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「見えない貢献」が数値に表れはじめた。川崎ブレイブサンダース 佐藤GM × DeNA・AIエンジニア柳辺のデータ活用

2026.11.05

NBAのアリーナには、選手の動きを追うトラッキング専用のカメラが十数台設置されています。試合をしている、まさにその最中に、コート上の選手全員の動きがトラッキングデータになっていく。

Bリーグに、その設備はありません。

川崎ブレイブサンダースで代わりに選んだのが、Bリーグが各クラブに提供する単眼の試合映像から、AIでトラッキングデータを作る方法でした。手がけたのは、2022年に新卒でDeNAに入社したAIエンジニア・柳辺十武。入社と同時にこのプロジェクトにアサインされ、専用の設備に頼らない仕組みを形にしてきました。

今季のチーム体制発表では、柳辺を含むAIエンジニアがスカウト&アナリティクスセクションのスタッフとして名を連ねました。会見では、AIのデータが「数値として評価するのに使えるレベル」になってきたことも話されています。

それでも、そのデータを選手にそのまま見せることはしていません。AIが選手に「こうしたほうがいい」と伝えることもありません。AIが出すのは事実までで、判断するのは人です。データを現場にどう渡し、どこで渡さないか。そこには、ゼネラルマネージャーである佐藤賢次の判断があります。

作る側と使う側、それぞれに話を聞きました。

佐藤 賢次(さとう・けんじ)1979年生まれ。奈良県出身。バスケットボールの名門・洛南高校、青山学院大学を卒業後、2002年東芝入社。東芝ブレイブサンダース(現・川崎ブレイブサンダース)では、2006-07シーズンより主将を務め、2011年引退。引退後は同チームのアシスタントコーチに就任し、2014年から2016年まで日本代表チームのアシスタントコーチも務めた。その後2019-20シーズンからはヘッドコーチに就任し、二度の地区優勝、クラブ史上初の天皇杯連覇に導いた。2022年には『ドリブル パス ショット バスケットボール解析図鑑』(イースト・プレス)を執筆。2026年7月より現職
柳辺 十武(やなべ・とむ)2022年DeNA新卒入社。IT本部AI・データ戦略統括部AI技術開発部ビジョン・スポーツグループマネージャー。入社と同時に川崎ブレイブサンダースのチーム強化プロジェクトに参画し、現在はプロジェクトリーダーを務める。試合映像からAIでトラッキングデータを構築・評価する仕組みをゼロから開発。2026-27シーズンはクラブのスカウト&アナリティクスセクションのAIエンジニアとして公表された。その他、『EDGE POKER』のLead AI EngineerやAIコンペティションプラットフォーム Kaggleでの複数入賞など、AI領域に幅広く取り組んでいる

NBAにあって、日本になかったもの

—— NBAではデータ分析やトラッキングが当たり前になっています。その中で、Bリーグの現状と、川崎ブレイブサンダースが抱えていた課題感を教えてください。

佐藤:欲しいデータは、自分たちの手で作るしかありませんでした。

コーチ目線で言うと、まず1試合分の映像を見ながら、気になるシーンを何度も巻き戻して、問題を見つける。見つけたらそのシーンを切り取って1本のクリップにする。情報をたくさん入れ込んだクリップを何十本も作って、整理して、最後にミーティングで使う映像を選ぶ。これが全部人力です。今もやっています。

その映像のクリップに、基本的なスタッツ*、それに人の手で付けてもらう動きのデータ。この3つでなんとか、いろんな指標を作っていました。ただ、それ以上のことをやろうとしても、日本にはまだその環境がなかった。NBAなら、どこの会場に行ってもカメラが十何台もあって、すぐにAIトラッキングデータが出てくる。それが日本では当分叶わないだろうなと思っていました。

*得点、リバウンド、アシストなど、プレーの記録を数値でまとめたデータ

—— そもそもトラッキングデータとは、どのようなデータでしょうか?。

柳辺:試合中、コート上の選手が、いつ、どこにいて、どう動いたかを記録したデータです。得点やリバウンドの回数のような基本的なスタッツには出てこない動きが、数値で見えるようになります。

—— 専用カメラがない中で、試合映像からそれを作る。一番苦労したのは何でしたか。

柳辺:自分たちのチーム分だけなら、追加のデータを人間が気合で作れます。基本的なスタッツにない特定のアクションのカウントなどは、頑張って目で見ればできなくはない。でもそれをシーズンを通して全チーム全試合となると、人力には限界があります。

AIでやるにしても自分たちのアリーナに特注のカメラを置けば楽かもしれません。でもアウェイ会場や他チーム同士の試合ではそうはいかない。だったらホームでも特注のカメラには頼らず、「どの会場にも共通で置かれているカメラだけで作れなければ意味がないよね」と。自分たちに制約をかけました。

—— NBAのように専用カメラを十数台並べるのとは違って、位置も画角も選べないわけですよね。

柳辺:その分、技術力が試される。難しい条件でなんとかやり切るというのが、まず最初のハードルとしてありましたね。なので2年くらいかかってしまったというのもあります。その甲斐あって、特別な設備を足さなくてもAIでトラッキングデータが作れるようになりました。

最近はAIがすごく進んできているので、トラッキングデータを試しに作ること自体は意外と誰でもできてしまうんです。でも、パッと作るのと、活用を前提に1試合を通して整合性をちゃんと合わせて矛盾なく作るのとでは、難易度がはるかに違う。私たちがやるべきなのは後者で、そこをやりきるのが一番苦労したところですね。

—— 出てきた数値の精度は、どう担保していますか。

柳辺:例えば1試合のパスの回数をカウントしたときに、1000回とか出てきたら明らかにおかしいので、そういう最低限のチェックはかけます。でも最終的にそれが本当に正しいのかは、全部自分で数えないと確かめられない。その辺をどこまでやるのか、どこまでやったらチーム側に見せても問題ないか。そこはすごく難しいところだし、気をつけているところではあります。

データを、現場にどう渡すか

—— できたデータを、佐藤GMは現場にどう渡していますか。

佐藤:コーチ陣のスタッフのうち、映像を扱うビデオコーディネーターへ渡しています。私もコーチだったので分かるんですが、いきなりドーンと大量のデータを渡されても使いにくい。今の現場にとって何が必要で、どう伝えるかは彼に任せています。

—— そのまま渡すのは、なぜ難しいのでしょう。

佐藤:バスケは、狭いコートの中で一瞬一瞬の判断が重なっていくスポーツです。判断するのも一瞬で、同時にいろんな情報を集める。何点差で、残り何分で、ファウルの数はいくつで、今調子がいい人は誰で、悪い人は誰で、怒っている人は誰で。それを本当に一瞬でパンと集めて判断して、それがどんどんつながっていく。感情にも左右される。だからデータとのつなぎ方はすごく重要だと思っています。

—— データが使われているのは、いまどのあたりですか。

柳辺:まずは、どんなチームを組むか、つまり編成のところをメインスコープにすると割り切っています。いきなり、プロレベルのバスケ経験者ではない私たちが、データを根拠に選手たちに何か言っても説得力がない。でも編成だったらサポートできることはあるよね、という形で始まったんです。だから、現場には入り込みすぎない。その分佐藤さんとは、ずっとやり取りさせていただいています。

佐藤:私がドイツから帰ってきてから、柳辺さんとは隔週で定例ミーティングをしていて。「今チームの現場ではこういうコンセプトでやっています。そのコンセプトを数字で裏付けられませんか」「課題が見つけられるように、映像で見られませんか」と、いろんなリクエストをしながらやり取りしてきました。

AIが出すのは、事実まで

—— GM就任会見では「どこでシュートを打ったかも見られるようになっていて」と話していました。その一つが、シュート1本が平均して何点になるかを示す「得点期待値」ですが、いま出しているものは一般的なものと何が違うんですか。

佐藤:一般的なデータで出せる得点期待値だと、3ポイントシュートを40%で決める選手なら、1本あたり1.2点。場所も関係ないし、ディフェンスがいるかも関係ないし、状況がまったく反映されていない数字です。

柳辺さんたちが出してくれている得点期待値は、そこがちゃんと加味されている。川崎ブレイブサンダースにしかないデータです。

—— 同会見では、AIのデータについて「数値として評価するのに使えるレベルになってきています」とも話していました。選手のプレーを、一つずつ評価することにも使うんですか。

柳辺:期待値の性質上、ワンプレーずつ評価するよりも、統計的に扱うほうが適切なんです。そのワンプレーのミスが本当にミスなのか、どうしても説明しきれない。いろんな状況があるし、AIも100%ではないので加味しきれない情報もあります。

佐藤:選手と議論したこともありますし、ユースのメンバーに「得点期待値とは」という講義をしたこともあります。でも日常的に「今のシュートは期待値がこう」みたいなことは、実は使わないんですね。情報としてはもう確立されていて、とても重要な指標なんですけど、それで評価されることには、選手側にまだ抵抗があると思います。

—— 他に、技術的にはできるけれど、やらないと決めていることはありますか。

柳辺:AIが選手やコーチに「こうしたほうがいいですよ」と言う使い方はしないと思います。

生成AIに出力させればそれっぽいことは提案してくれますが、現場の経験や複雑な人間関係などは考慮できていないので。そういう表面的な使い方はしない。そもそも方針としてないですね。

—— では、AIは何をしているのでしょう。

柳辺:単に事実を提示しているだけです。

例えばシュートが60%の確率で入っているとして、それが「その選手の決定力のおかげで入った60%」なのか「チームで作り出した60%」なのか。いろんな要素がある中で、「今回の試合はこういう60%でしたよ」という事実を伝えているだけです。

そこから、それを続けていこうなのか、改善していこうなのか。そこは現場の方の判断です。

佐藤:数値って誰が見ても同じ数値じゃないですか。シュートが5本中3本入っていれば、誰が見ても60%。でも、その入った3本が、めちゃくちゃきれいに打ったシュートなのか、苦し紛れに放り投げて入ってしまったシュートなのか。それは見る人によって変わりますよね。

主観的なものがないとおかしいし、客観的なものだけでは試合は進まない。データはすごく重要な指標なんだけど、それだけで決定はしない。それぞれの主観が重なり合って渦巻いて、生き物のように進んでいく。それがバスケットの試合だと思っています。

数値に表れた、見えにくい貢献

—— 試合が終わってから、データはどんな流れでチームに届くのでしょうか。

柳辺:今は試合が終わると、だいたい夜中くらいからマシンが自動で動いて、次の日のお昼にはデータとして出てきます。それをダッシュボードで私も見られるし、佐藤さんたちもチェックできる。そこからさらに詳しい分析や、その試合で感じた課題の分析は手を動かしてやって、適宜お会いするタイミングでお伝えしています。

数値を見ると、その数値に紐づく映像がすぐ見られるようになっているので、映像と数値がずれていないかも全部確認しています。

—— 佐藤さんはヘッドコーチを経て、いまはGMとして編成を担う立場です。データが、チームづくりの判断を裏付けた例はありますか。

佐藤:例えば去年はリバウンドが課題でした。シュートが外れたボールを取るプレーです。そこを編成でも課題にしていて、クリアできるような人材に来てもらった。「そこがやっぱり課題だね」という数値も、ちゃんと出ていました。

今年来てくれたメンバーについては(※取材時、開幕4試合時点)、もう数値に表れていて、裏付けとしてデータで出ています。数値に出てこなかったら、他に課題があるのか、システムに問題があるのか、掘り下げていく。柳辺さんたちが毎試合データを出してくれるから、編成で考えたことが効いているのかを確かめられるんです。

—— ご自身がコーチ時代にデータを作っていた頃と比べて、何が変わりましたか。

佐藤:当時はデータを作ることで精一杯で、ヘッドコーチに渡して「こうでした」で終わっていたんです。今はデータはデータとしてちゃんと出してもらって、その先にあるもの、その前にあったものをコーチが考えられる。それがめちゃくちゃありがたいです。

—— 柳辺さんは、川崎ブレイブサンダース選手の動きをいちばん細かく見ている人かもしれません。その立場から、すごいと思う選手の動きはありますか。

柳辺:シュートチェックのときにしっかり手を上げているかとか、ボールを持っていない選手が、味方の動きやすいスペースをしっかり作っているかとか。直接的じゃないけど、細かいところで貢献しているようなプレーが、ちゃんとチームを良くするために効いているんだなと分かって、それが数値でも証明されている。

これまである種、根性論みたいな言われ方をしていたことが、実は本当に数値として影響を与えているんだと分かってきている部分もあるので。そこはすごく面白いし、そういうことができる選手はすごいなと思います。

—— 編成の裏付けから、選手の見えない貢献まで、データで見えるものが増えてきました。ここから、データ活用をどう発展させていきたいですか。

柳辺:やりたいことは実はいっぱいあって、いい編成を組むための根拠を確立して足していきたい。また、育成のところにも活かしていきたい。

可能性は無限大にある気がしますが、やるとなればもちろんお金もかかる。夢は膨らんでいますけど、ちゃんと地に足をつけながら、やれることから優先順位をつけて、一つひとつやっています。

プロの現場で、データとともに成長する

—— お互いの仕事を、ひと言で言うとしたら?

佐藤:一度、仕事の話を聞いたことがあるんですよ。そうしたら「ずっとゲームをやっているみたいな感覚でやってます」と。「大丈夫か、この人」と思いましたけど(笑)、本当に夢中になっているのは、そばで見ていて感じます。

柳辺:選手の皆さんも、コーチ陣やフロントの皆さんも、普段の生活では会わないようなプロフェッショナルな方たちです。プロ意識も責任感も別格です。そういう人たちのもとで働けて、手伝えるのはすごく幸せです。私自身、名前が出たことで期待してもらっている反面、厳しい目で見てもらえるのはいいことだと思っています。

—— AIのデータを得て、今シーズンは何を見てほしいですか。

佐藤:チームの成長ですかね。

リーグって、シーズン中に一番成長したチームがファイナルに行くと信じているんですよ。どれだけいろんな失敗を重ねて強くなっていくか。それを全員でやりきったチームが、最後ファイナルに行く。その成長が今シーズンどうなっていくか、見てもらえたら。


カメラは増えていません。増えたのは、これまで見えにくかった貢献を示す数値です。それをどう使うかは、コートにいる人たちが決めます。得られた数値をいかにしてチームの推進力に変えるか。正解のない問いに向き合う彼らの探求に、終わりはありません。

※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。

執筆・編集:難波 静香 撮影:小堀 将生

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