AIオールイン宣言から1年。DeNAが示した進化の証明<Proof>|AI Day 2026 全セッション紹介
2026.04.02


「AIを使えることは、もう競争力ではなくなる」
生成AIを使うこと自体は、もう珍しくなくなりました。そのうえで「次に差がつくのは暗黙知だ」という話を、あちこちで聞くようになっています。
ただ、ここで議論はたいてい止まります。「暗黙知を形式知化しましょう」まではみんな同意するのに、「では何から手をつけるのか」「どこまでAIに任せられるのか」となると、その道筋が見えなくなるのです。
理由のひとつは、「暗黙知」という言葉が、使われている文脈ごとに違うものをまとめて指していることにあります。
計画最適化のALGO ARTIS、AIヒアリングのAsterminds、そしてリーダーズAIを手がけるDeNA AI Link。暗黙知を引き出すことに向き合っている3社が2度にわたって議論を重ね、2回目には暗黙知を引き出すプロジェクトに関わった東北電力の方(暗黙知を持つ側)をゲストに迎えました。4社の議論を踏まえると、暗黙知には少なくとも5つの分類が読み取れました。何が話されていたのか、そしてそこから見えてきた「暗黙知」の引き出し方を紹介します。
※本記事は、2026年7月16日・7月30日にDeNA AI Linkが開催した「第5・6回 AI活用セミナー」での議論をもとに、編集部が再構成したものです。
目次
冒頭では、議論の前提となる共通理解のために、DeNA AI Linkの中井雄一郎さんから生成AIの仕組みについて説明がありました。
ChatGPTもGeminiも、裏側にあるのは大規模言語モデル(LLM)です。人が打ち込んだ言葉をいったんトークンという数値の単位に変換し、「この並びのあとには、この言葉が来る確率が高い」という予測を積み重ねて文章をつくっています。中井さんが挙げた例では、AIに大学受験の相談をした場合、「大変ですね」と寄り添った返しはしてくれるけれど、LLM自体が受験をしたわけでも、その競争の苦しさを感じたわけでもない。あくまでパターンとして認識して答えているに過ぎないのです。
だから素のまま使えば、誰が聞いても同じような一般論が返ってきます。そのうえで中井さんが挙げたのが、AIが決定的に苦手なことでした。「察するとか、言わないで伝える、みたいなことが難しい。きちんと言語化したことじゃないと、AIは拾えない」。ここが一番大きいポイントだと強調します。そしてもうひとつ、事前に学習していない最新のデータや情報、固有の組織や人が持っている経験知や一次情報は扱えない。「だから暗黙知が重要になってくる」と重ねました。
そして中井さんが指摘したのは、「AIを使うこと自体はもう差にならない」という見立てです。
中井さん 「AIはどんどん賢くなっていって、お金さえ払えば使える。どれだけ使えるかが今は競争力に見えていますが、いずれオフィスにWi-Fiを引くのと同じくらいコモディティ化する。その先で差がつくのは、自分たちの持っている暗黙知をどう組み合わせるか、だと思っています」
議論の中身に入る前に、登壇した顔ぶれを簡単に紹介します。
ALGO ARTIS・永田健太郎さんは、DeNAに12年在籍したのち、2021年にスピンオフする形で同社を創業。製造業やエネルギー、物流といった社会基盤産業の「計画」を最適化するサービス「OPTIUM」シリーズを提供しています。
Asterminds・本多真二郎さんは、「組織の暗黙知を人もAIも使える資産に変える」を掲げる2025年創業のスタートアップの代表。AIが人に代わってインタビューを実施し、判断基準や例外処理を構造化する「InTake」を提供しています。
DeNA AI Link・中井雄一郎さんは本セミナーのモデレーター。経営者やベテランの思考・判断基準を引き出して自社専用AIにする「リーダーズAI」を手がけています。
そして2回目の議論には、ゲストとして東北電力・鈴木芳明さんが参加しました。火力発電所の現場を経て、石炭船の配船業務を担当。DeNAとALGO ARTISの支援先であり、自分の頭の中にある「暗黙知」を引き出された側として、今回の議論に加わりました。
最初のテーマは、そもそも暗黙知をどう定義しているか。中井さんが「大事だ大事だと言うわりに、定義は結構バラバラだと思っている」と切り出しました。
永田さんが挙げたのは、計画づくりが職人技であるという実感でした。その人しか分からないニュアンスややり方があって、完全に暗黙知化している状態。もちろんマニュアルや数式、Excelの表になっている形式知もあります。
永田さん 「良い計画を作るために必要な情報のうち、形式知化されていない、残りの、誰かの頭の中に入っているもの。それを我々は暗黙知として捉えていて、じゃあそれをいかに引き出すかという、対処しなきゃいけないラスボスみたいなものが、僕にとっての暗黙知ですね」
永田さんがもうひとつ挙げたのは、暗黙知は「知」であって単なる「情報」ではないという区別です。例えば、今この場での会話は「情報」ではあるけれど、その場限りのもので、体系化されていないので「知」とは言えない。ところがLLMが登場して、文字起こしを「サマって」と言えば要約が出るようになった。「要約が出てきた瞬間に、再現性のあるものになるので、情報から知になるわけです」。
本多さんの定義は、もっと実務寄りでした。
本多さん 「シンプルに、すでにデータ化されているのか、まだデータ化されていないのか。どちらの情報が今あなたの意思決定にとって重要ですか、という話をさせていただくことが多いです」
LLMは十分に賢いので、データさえあれば抽出は難しくない。問題は、そもそもデータがない領域です。なぜその意思決定をしたのかという背景は、ノートにも社内データにも残っていないことが多い。「だから、そこを獲りに行きましょう」という話をされていました。
中井さんは「リーダーズAI」の特徴を引き合いに出して、もっと個人に紐づいた暗黙知を対象にしていると説明します。「この人がこの状況でどう考えるか、というリーダーの思考や意思決定の癖そのものをAIに写す」というイメージです。
この流れで、本多さんが強調したのは、その情報を持っている本人が、それを知見だと認識していないケースが多いという点でした。だからこそ「我々はそれを宝の山だと思っています」と。「あなたの持っている知識はとても大事で有用なんです」というコミュニケーションを心がけているそうです。
一方、永田さんは暗黙知を「伸びしろ」と捉えていました。属人化した知が形式知化されてシェアされれば、別の人が同じ能力を発揮できるようになるからです。加えて、暗黙知のままでいる限り、それが正しいのか間違っているのかに誰も触れられないので、「進化のスピードがすごく遅くなっている、もったいない状態」というわけです。
続いて話題になったのが、AIサービスを手がける各社が、「暗黙知の重要性をどう伝えているか」です。
本多さんが顧客への入口にしているのは、「生成AIの能力を本当に活かしきれているか」という問いでした。
本多さん 「これまで事業運営で大事だったのは構想力と実行力の2つで、ボトルネックは開発などの実行側にあった。アイデアはあるのに実現できない、という状況が長かった。ところが生成AIによって実行側が強化された結果、追いつくべきは構想力の側になりました。そこに追いつくための構想力、社内の暗黙知を獲れていますか、と話しています」
一方の永田さんの答えは、少し意外なものでした。暗黙知そのものが重要だとは、もう思っていない、と言うのです。
永田さん 「暗黙知というのは、形式知化されていない、土に埋まっているようなもの。本当はもっと使いようがあるのに、埋まっているがゆえに引き出せないもったいない状態という捉え方をします」
暗黙知だから特別に価値が高いのではなく、取り出せていないから困っている状態にあるということです。
本多さんは、この話を人とAIの両方に共通する構図として受けました。特定の作業では、すでにLLMはほとんどの人類の知能よりも賢いという前提にある。AIを使ったデスクトップワークで思ったほど成果が出ていないなら、「そのAIをオンボーディングできていない状態」だと話します。暗黙知をAIに伝えていくことは、「優秀な新人を自分の手駒にできる」ということ。そして、「一度形式知化したものは再利用でき、数倍から数百倍に広げられるというのは、生成AIならではの複利が効くメリット」と強調します。
会場からは、「社内のどこに暗黙知がありそうか、どう当たりをつけるのか」という質問があがりました。
本多さんの答えは、全員に聞いてしまえばいい、というものでした。かつてコンサルタントを入れるとなれば莫大な費用がかかり、どの部署を対象にするかというショートリストの作成だけで数ヶ月かかるという世界でした。しかし、本多さんによれば、AIヒアリングのコストはほぼゼロで、1ヶ月で終わる。だから「目的次第ですが、だいたい1000人くらい聞けば、その会社の判断基準はほぼ分かります」と言い切ります。本多さんが対象にしているのは、組織のあちこちに散らばった、一つ一つは小さな判断の集積です。
一方の永田さんが向き合っているのは、ごく少数の個人が持つ、深い暗黙知です。「この業務の計画をつくれるようにしたい」という明確なゴールがあり、今それをつくれる人がいるという事実がある。「この人をちゃんと深掘ればよくて、この人の中の暗黙知を極限まで100%引き出すことが重要」と話します。
同じ「暗黙知を引き出す」という言葉が、まったく違う対象を指していました。
組織に薄く広がる暗黙知と、個人に深く根を張った暗黙知。どちらが優れているという話ではなく、そもそも狙っている暗黙知の種類が違う、ということです。
また、「引き出した暗黙知は、どんな形でデータ化されて使われるのか」という話もありました。永田さんによると、取り出した暗黙知が外から見て分からないまま機能する形もある。機械学習がそうで、モデルの内部で何が起きているかは読めないけれど、別の場所に移せば使えるようになる。そのうえで、同社サービスでは扱い方が違うと説明します。
永田さん 「私たちの扱う暗黙知は、全て言語化、形式知化されます。ツールとして使う分にはいいんですが、ブラックボックスになると困るんですよね。つくったAIシステムが100点満点の答えを出せない場合、何でこんな結果を出したのか理由がわからないと、人間が修正できないからです」
いわゆるヒューマン・イン・ザ・ループの重要性です。だから明確にルールを形式知化して、なぜこのアルゴリズムがこう考えているかが使う人に分かる形でつくる。見えるようにしなければいけない場合と、見えなくてもいい場合がある、というのが永田さんの認識でした。
ここで、「暗黙知を引き出された側」の当事者として、ゲストの東北電力・鈴木さんが議論に加わります。
鈴木さんが数年前に担当していたのは、石炭船の配船業務でした。海外から輸入する石炭を、どの船で、どのタイミングで、どの発電所に運ぶか。計画はExcelで管理され、1人の担当者が丸1日かけて組み上げる。ところが天候やトラブルで予定がずれると、一から作り直しになる。こうした計画業務を最適化するプロジェクトに、DeNA在籍時の永田さんと中井さんとともに、鈴木さんは取り組みました。
この当時は今のような生成AIがまだない時代で、鈴木さんと永田さんは毎週ミーティングを行い、自然言語で業務のプロセスやルールを聞いては、数式やロジックに解釈して確認するという繰り返しだったそうです。
鈴木さんが振り返るのは、セル一つひとつについて細かく突っ込まれた日々です。なんでこの船はこっちの港じゃなくて、遠回りしてこっちの発電所に行くんですか、と。永田さんも、「暗黙知の深さが深すぎて、どこまで行ったらちゃんと全てを洗い出してシステムができるんだろうという不安は常にあった」と振り返ります。
このとき、ただ聞いて答えてもらうのではなく、永田さんの方では毎回プロトタイプをつくって、見せて、違和感を出してもらうということをしたそうです。「こんな計画じゃまだ使えないなぁ」と言われても、それはまだ暗黙知を引き出しきれていない証拠であると。熟練者である鈴木さんが「うーん……」と唸る瞬間。そこには必ず、言葉にできていなかった暗黙知が隠れているからです。
永田さん 「でも、あるとき、『なんかこれ、いいんじゃない』っていう反応をもらえて、これで必要な暗黙知は大体回収できたんだなっていう瞬間があるんです。感慨深いですね」
暗黙知を引き出される側の鈴木さんも、同じ感覚を持っていたようです。
鈴木さん 「毎週毎週、質問リストの宿題が私に来ていました。週を追うごとに質問の質が上がっていて、話をするのがだんだん面白くなってきたんですよね。答える側の私もだんだんシステムの全体像が見えてきて、一緒につくり上げていく目線になっていきました」
引き出す側の問いが鍛えられ、引き出される側の目線も一緒に上がっていった。今はヒアリングやプロトタイピングにAIを使っていますが、深い暗黙知を引き出すには、今もこの往復でしか進まないようです。
永田さんによれば、計画策定のルールをたくさん出すこと自体はそれほど難しくないと言います。何百という運用ルールがあっても、時間をかけて聞いていけば言語化はできる。本当に難しいのは別のところにありました。
永田さん 「良い計画とは何かっていうのを定義するのは非常に難しいですね。コストミニマイズでいいのかっていうと、そういうわけじゃなくて、リスクのある計画では当然ダメ。鈴木さんは、その両方を頭の中でいい感じにバランスさせているけれど、それを目的関数として定義しようとすると、途端に難しくなる」
だから、サンプルをたくさん出すなかで、「この感じ」と言わせるようなものを提供しなければいけない、と付け加えました。
また、配船計画の別のプロジェクトでは、最初は季節性を意識していなかったが、進めていく中で季節性による荒天リスクを組み入れたほうがいいと気づいたときがあったそうです。
効率的な計画策定のための暗黙知を引き出していく中で、さまざまな暗黙知が表に出てきたからこそ、初めて別の必要な要件を設定できました。暗黙知を引き出す作業が、考える対象そのものを広げることがあるという事例です。
議論はここから、限界の話に移ります。
永田さんは、暗黙知を階層として整理しました。最初のレイヤーは、自分の中で理解はしているけれど、整理されていなくて、外に出せていないもの。これはAIや丁寧なヒアリングでだいたいは形式知化できる。その下にあるレイヤーは、頑張ってもうまく表現できない、フィーリングのようなもの。この暗黙知は深いので、すぐには引き出せない難しさがある。質問だけではなく、いろいろなパターンのビジュアルで目視で反応を見たりして、ようやく引き出せるものだと説明します。
中井さんも、暗黙知を引き出す難しさについて話します。ドラマ制作の監督の分身AIをつくる事例では、5時間ぶっとおしでのインタビューをして、ようやく断片的に監督自身の考え方の軸やルールめいたものが見えてきたとのこと。「クリエイティブ領域は非言語の極致なので、暗黙知を引き出すのは難しい」と指摘しました。聞く方にも柔軟な対応やアイデアが必要なので、こうした深いインタビュー自体をAIができるようになると期待していました。
本多さんは、1万件を超えるAIヒアリングを実施してきた立場から、AIの得意・不得意を挙げました。目的やゴールが明確な問いに対して、発話を深掘りして構造化するのは非常に得意。専門的分野のヒアリングでも、専門書の知識をインプットさせた上であれば、人間が行う以上の発話量を引き出せる。何より、膨大な数を実施できるというスケールメリットは大きい。その一方で、苦手なことも。
本多さん 「先ほど鈴木さんが、『話しているうちに楽しくなっていった』という話をされていましたが、これは人間相手だからこそ。AIがどれだけクリティカルな質問をしても、気持ちは高まらない。可愛いから喋ってやろうみたいな気持ちにはならないですよね」
中井さんも同じ実感を口にします。リーダーズAIで人によるインタビューにこだわっているのは、人と話すことで相手が乗ってきて、自分でも意識していなかったところが言語化されるから。その広がりが圧倒的に大きいと強調します。
もう一つ、AIを使っても暗黙知を引き出すのが難しい領域として、最先端の知見や情報があります。現在、鈴木さんはカーボンニュートラル燃料の導入検討を担当しています。
鈴木さん 「社内でもまだ手探りで、サンプルで触ったことがある人、写真や映像で見たことがある人、文献で確認した人など、知見の統一ができていない。そういうものは、足を運んで、実際に見聞きして、ノウハウとして蓄積するしかないんです。いずれAIに暗黙知を整理させるにしても、まずは私が知見を集めないと」
中井さんは、「鈴木さんが扱っているテーマは最先端で、LLMの学習に入っていないレベルのものは、AIの苦手なところ」と補足します。社内においてもまだ「情報」が散在している段階なので、暗黙知を形式知にする前に、鈴木さんのような人が「知見」に集約していくことが重要です。
会場からは、「暗黙知を持っていることが組織における自分の価値だと思っている人にとって、それを吐き出すインセンティブは働かないのではないか」という問いがありました。
永田さんはまず、自社のケースは少し特殊だと断りました。計画を立てられる人は1人しかいないので、基本的にとても忙しい。その人が残業せずに済む、土日に呼び出されずに済むというインセンティブが働くので、実は協力的であると。そのうえで、一般論としては評価制度の話になってくるのではと投げかけます。「囲ってあなただけができるという状態は、実は今一歩なんじゃないですか。あなたの努力で会社全体が使えるようにすることがあなたのミッションです」と、評価制度に組み込むアイデアです。
本多さんは、「結論、解はないですね」と話します。数百人規模でヒアリングすれば、やりたがらない人も当然いる。ただ、逆側も見えるのだと言います。自分から進んで話してくれる人がいて、そこから「この人ってすごく会社の立場に立って考えているんだな」という発見がある。つまり、スポットライトを当てることもできる。だからこれは経営の意思決定として、やると決めてやりましょうという話になるのではないかということです。
インセンティブの問題は、裏を返せば「引き出したあとに何が起きるのか」が見えていないから生まれる面もあります。引き出した暗黙知をどう組織の力に変えるのか。形式知化はゴールではなく、むしろ出発点だという捉え方が、3社に共通していました。
永田さんが暗黙知を「伸びしろ」と呼んだ理由も、ここにあります。属人化した知が形式知化されてシェアされれば、別の人が同じ能力を発揮できるようになる。1人の担当者しか作れなかった計画を、システムを介して誰もが扱えるようになる。引き出すこと自体よりも、引き出した知が組織の中で再利用され、複数の人・場面に広がっていくことにこそ価値がある、という考え方です。
本多さんの言う「一度形式知化したものは再利用できて、数倍から数百倍に広げられる」という複利のメリットも、結局は同じ話です。
中井さんが「リーダーズAI」で重視しているのも、引き出した個人の思考を組織の中で受け継いでいくことでした。経営者やベテランの判断基準をAIに写すのは、その人がいなくなったときに知が失われないようにするためでもあります。さらに設計面では、すぐにAIが答えを出さず「なんでそれをやりたいと思ったの?」と問い返すようにしているそうです。引き出した知をただ消費させるのではなく、使う人自身の思考を鍛えるためです。暗黙知を組織に返す過程そのものを、次の世代を育てる場にしようという発想でした。
引き出す難しさにばかり目が向きがちですが、引き出した先で組織にどう還元し、次の担い手にどう受け継いでいくか。3社が共通して見据えていたのは、その一歩先でした。
2回にわたる議論を聞いていると、暗黙知には改めていくつかの分類があるように思いました。組織全体に散らばった暗黙知を集める話と、1人の専門家を極限まで掘る話が、どちらも「暗黙知を引き出す」と呼ばれていた。AIでほぼ完璧に形式知化できるという話と、AIには扱えないという話が、同じ言葉で語られていた。
議論のまとめとして、暗黙知の分類とそれぞれの引き出し方を整理します。
① 聞けば出る知
整理されていないけれど、本人は明確に分かっていて、聞かれれば答えられる。ただ、どこにも書かれていない。判断の基準、例外の処理、現場では当たり前になっている前提など。この領域で必要なのは「集める」ことで、あとは誰にどれだけ聞くかという物量の問題。だからAIヒアリングでスケールが効くし、「まず全員に聞いてしまえばいい」というアプローチが成立します。
② 見せられて初めて出てくる知
聞かれても言葉にならない。でも、イメージで見せられると「いや、それは違う」と反応できる。本人にとって当たり前すぎて、質問されている自覚がないケースもあります。攻略法は「つくって、見せて、違和感を出してもらう」という往復。生成AIによってプロトタイプをつくる速度が上がったことは、この層の引き出し速度が上がったことを意味します。
①と②は、深さの階層になっていて、①の下に②があります。
③ 深掘る過程で、隣に見つかる知
これは①→②の階層の横に存在しているものです。「季節性を要件に入れるべきだった」という気づきのエピソードのように、埋もれている暗黙知を掘っている途中で視界に入ってくるものです。暗黙知を引き出す作業そのものが、次の暗黙知のリストを更新していきます。
これは「暗黙知の種類」というより、引き出す作業の性質の話かもしれません。ただ、この現象があるということは、あらかじめ完璧な質問リストをつくってから始めるやり方には限界がある、ということでもあります。
④ センスやクリエイティブの知
クリエイティブ領域の仕事では、本人の中で明確な言語化や正誤判断になっていないものが多く、長時間かけてインタビューしたり、何十個ものケースを並べて「AとBはどっちが近い?」と繰り返して、ようやく輪郭が出ることもあります。攻略法は、引き出す人が、いろいろな角度から時間をかけて照合を繰り返すこと。AIヒアリングでは引き出すことが難しい領域です。
①②③が「まだ言葉になっていないだけ」なのに対し、④は「そもそも言葉という形式に馴染みにくい」ところもあります。深さの違いというより、種類の違いに近いものです。
⑤ 現在進行中の最先端の知
①〜④は、少なくとも社内の誰かの頭の中にはあるものでした。⑤は少し性質が違います。
カーボンニュートラル燃料の話のように、まだ誰の頭の中にも十分な形では入っていないような最先端領域。人が現場に足を運んで、自分の目と足で情報を集めて、知見と言える状態にするしかありません。足で稼ぐ情報は大事だというのは、AIの限界の話であると同時に、一次情報の価値が下がっていないという話でもあります。
ここまでの議論を振り返ると、冒頭の問いに戻ってきます。
なぜ「暗黙知を形式知化しよう」で話が止まるのか。少なくとも5種類ある暗黙知で、対応すべきことがまったく違うからです。
①なら、聞く仕組みをつくればいい。②なら、プロトタイプをつくって見せる。③は、計画通りに進める発想そのものを緩める必要がある。④は、時間と人とアイデアが要る。⑤は、AIの話である以前に、人が現場に足を運ぶ話です。
自社の困りごとが何か、引き出したい知見はどういうものかを整理しないまま、「暗黙知をAIに渡そう」と言っても、手が動かないのは当然でした。そして何より、引き出した暗黙知をどうやって組織に返すのかという設計がないと、うまく進まないのです。
ただ、この組織に返す段階については、今回の議論を通して結論が出なかったことがあります。AI時代における、形式知化が進んだ組織での育成の問題や形式知化したコンテキストの陳腐化です。
形式知化が進み、AIによる自動化が進むほど、その知が正しいかどうかを自分で判断する経験が減る。AIに渡した判断基準が古びたとき、そのコンテキストを誰がどう入れ替えるのか。どこまでをAIに任せ、どこからを人が担うのか。
こうした問いは、今回の議論ではまだ結論が出ていません。中井さんは、「AIの進化は目まぐるしい。AI×暗黙知という同じテーマで、また1年後に話してみたい」と締めくくりました。
※ DeNA AI Linkでは、今後も「AI活用セミナー」を定期的に開催しています。こちらから最新情報をご確認いただけます。
※ 本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆・編集・撮影:村田 喜直
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