「暗黙知を形式知化しよう」で、なぜ話が止まるのか|AIサービス3社による「AI×暗黙知」の議論から
2026.08.27


「聞き返してくれるところがいい」。
業務終了後、オープンなSlackチャンネルでAIに向かって日報を提出する。これが、企業の暗黙知をAIに落とし込むサービス「リーダーズAI」を展開するDeNA AI Linkの日常的な風景です。投稿された日報に対し、AIがすかさず質問を投げかけてくるのです。
同社の事業責任者・住吉政一郎の判断基準・思考を落とし込んだ「AI住吉さん」は、「その言葉、どういう意味で使っていますか?」と、まずは話の前提をそろえにきます。一般的な生成AIとは何かが違う──そんな感覚を覚えるやり取りです。
まるで上司と壁打ちをしているかのように思考を深めてくれるこのAIは、営業の現場でどのように使われているのでしょうか。同事業部で働く2人の営業メンバーに、AIとの壁打ちで見えてきた組織の変化と、AIの中に感じる「住吉さんの思考プロセス」について聞きました。
目次
富樫さんと田中さんは、DeNA AI Linkで「リーダーズAI」の営業を担う2人です。一日の終わりにオープンなSlackチャンネルへ日報を投稿すると、「AI住吉さん」からすかさずフィードバックが届きます。このやり取りをチーム全員で共有するのが、彼らの日常です。
──初めて「AI住吉さん」を使ったとき、率直にどう感じましたか。
富樫 颯人(以下、富樫):そもそも人が関与していないのに、自社の業務文脈を踏まえた返信がくることに感動しました。前職でも生成AIは日常的に使っていましたが、日々業務を行うSlackという環境の中で、自社のナレッジが反映されたフィードバックが完結する。この体験は初めてでした。普段使っていた汎用的なAIとは一線を画す精度の高さを感じましたね。
──田中さんは、どんなところに違いを感じましたか。
田中 援(以下、田中):特に違いを感じるのは「聞き返してくれる」ところです。一般的な生成AIは、良くも悪くも整った回答を提示してくれます。ただ、それだと論点が広がってしまい、本当に知りたい核心に触れられないケースも少なくありません。
でも「AI住吉さん」は違います。一つの単語に対し、「その言葉、どういう意味で使っていますか?」と前提を確認してきたり、「いくつかのアプローチが考えられますが、まずは田中さん自身の仮説を聞かせてもらえますか?」と思考を引き出す問いを投げてきたりするのです。つまり、汎用AIが「答え」を出すのに対し、「AI住吉さん」は「問い」を返してくる。そこから人とすり合わせをするような感覚でやり取りが進むので、自分たちが本当に求めている答えが壁打ちを通して見えてくるようになります。
──それは、実際の住吉さんご本人と話している感覚に近いのでしょうか?
田中:かなり近いです。「それはどこから来ているの?」「それはどういう意味?」「なぜそう思うの?」とエビデンスを積み重ね、最終的に「じゃあそれをやってみよう」という結論へ導く。その聞き方や論点を整理していくプロセスは、まさに住吉さん本人の思考プロセスそのものだと感じます。
──「AI住吉さん」と壁打ちを重ねるほど、考えが整理されていく感じがあるということでしょうか。
田中:はい。実際に壁打ちをしていると、「こういうケースもあり得るよね」と返ってくる。それがあるからこそ、「確かにそうだよな」と納得したり、「近しいのはこちらだ」と答えが絞られていくんです。逆に、自分の中で「論点を2〜3パターンに整理しきれているか」という気づきになり、そこから壁打ちがもう一段深く始まることも多いですね。
富樫:日報でのやり取りはオープンなチャンネルで全員が見ているので、田中さんがAIと壁打ちをして論点を整理していくプロセス自体が、チームにとって非常に良い学びになっています。「AI住吉さん」から返ってくる問いかけは、私たち全員の思考の解像度を上げてくれていると感じます。
「リーダーズAI」の導入検討の問い合わせは、企業の経営企画や社長室など多岐にわたる部署から寄せられますが、お客様が抱える課題には共通点があると言います。
──実際に、どのような課題を持つ企業様が多く、またどういったケースで導入が決まるのでしょうか。
田中:「属人化」というワードは、部門や規模を問わずどの会社にもあります。個人の経験に依存している状態を「属人化」、まだ言語化されていないノウハウを「暗黙知」と整理すると、そのどちらか(あるいは両方)に課題を持っていらっしゃる企業様がほとんどです。
導入のきっかけは大きく2つに分かれます。1つは、ベテラン社員が持つ経験則を企業の資産として残したいというケース。もう1つは、社長や役員自身の判断基準をAIに落とし込むケースです。決裁前の壁打ち相手として活用することで準備の精度を高め、経営層の時間を創出する。さらには、トップの判断基準を組織全体に浸透させ、メンバーの底上げを狙います。
──商談では「リーダーズAI」の魅力をどう伝えているのですか。また営業活動での難しさなどはありますか。
富樫:実際の挙動をデモでお見せしながら「こういう問いを投げると、こんな回答が返ってきます」と、その場で壁打ちの様子を再現し、導入後の活用シーンを具体的にイメージいただけるよう努めています。
難しさで言うと、やはり「費用対効果」の説明でしょうか。「リーダーズAI」はお客様と伴走しながらAIをつくり、修正をしていく中で業務に活用できる水準に引き上げ、利用開始後も、使えば使うほど組織になじみ、思考の質を高めていくもの。そのため、ROIを事前に分かりやすい形で数字で示すのが難しい側面はあります。そんな時も「AI住吉さん」に壁打ちしながら「こういう業種の会社に、この価値をどう説明すれば伝わりやすいか」の解を導き出していきます。業界ごとの文脈に合わせて説明の構造を整理してくれるので、営業としての引き出しが増え、お客様への提案精度も高まっています。
──営業の細かい進め方も「AI住吉さん」がサポートしてくれると?
田中:いえ、実は日々の営業活動に関する「細かいノウハウ」の相談は、AIではなくチーム内での共有で解決できているんです。チーム加入当初は「AI住吉さん」を多用していましたが、オープンなSlackチャンネルで提案資料やメールのやり取りがすべて共有されているので「この提案の切り口がいい」となれば、担当者に直接ヒアリングしたり、共有ドライブを覗いたりして口頭やチャットですり合わせる。ベースにあるのは、チームの「情報のオープン化」という文化です。誰が何をして、なぜ成功したのか。その知見が自然と全員に蓄積される土台があるからこそ、高度な提案方針を練る際の「AI住吉さん」との壁打ちがより生きてくるのだと感じています。
──商談以外で「AI住吉さん」をよく使う場面はありますか。
田中:直近では、自社セミナーの企画構成を考える際に活用しています。たとえば、10分間のプレゼンと10分間の質疑応答という構成でピッチイベントに登壇した際も、「この背景・ターゲット層に対し、どのような構成が最適か」といった相談をAIと繰り返しながら組み立てていきました。個別の企業への提案というよりは、新たな事案や課題に対して、住吉さんの視点や知見を借りたいときに頻繁に使っています。
富樫:私たちはまだ部長や社長といった経営層の立場を経験していません。そのため、彼らが組織や物事をどう見ているのか、どのような視点やロジックがあれば納得感が生まれるのか(意思決定しやすいのか)を想像するのは限界があります。しかし、住吉さんはまさにその立場にいる方なので、住吉さんの思考が落とし込まれた「AI住吉さん」を通して、経営層の視座や判断基準を積み上げていくことができる。そこに大きな価値を感じています。
──経営層の思考が落とし込まれているとなると、相談する側もある程度考えを整理してから投げる必要があるのでしょうか。
田中:これが私にとっては一番の魅力なのですが、アイデアが固まる前の段階で、「〇〇があって、〇〇なアイデアがあるんですけど、どんなプロセスで始めると良いと思いますか?」などと、そのまま投げられるのがいいんです。
通常、上司やチームに相談するとなれば、ある程度形にしてから持っていく必要がありますよね。その点、「AI住吉さん」なら考え始める最初の段階から部長クラスの知見を借りて企画を練り始められる。この「思いついた時点から壁打ちができる」という心理的安全性こそが、このAIの最大の強みだと思っています。
──それほど優秀な壁打ち相手になってくれるとなると、導入する側のハードルも気になります。個人の思考プロセスをそこまで精緻に落とし込むにあたって、日々のメンテナンスやアップデートは大変ではないですか。
田中:資料を追加すると、AIが更新案を出し、人が確認して反映する仕組みです。立ち上げ期は私たちが伴走するので、お客様の負担は大きくありません。導入いただいているお客様でも、現場の方々が問題なく活用できています。
──日報での壁打ちから商談、企画の骨組みづくりまで、「AI住吉さん」を使いこなしているお二人ですが、そもそもなぜこの「企業の暗黙知をAIに落とし込む」という未開拓な領域に、それほどの熱量を持って挑めているのでしょうか?
富樫:理由としては2つあります。1つはプロダクトへの強い共感です。前職などで、「忙しいかな」「こんな浅い段階で相談していいのかな」と上司に気を遣ってしまい、気軽に相談できないという現場の課題を肌で感じてきました。だからこそ、このプロダクトが世の中の課題を解決すると確信したんです。身近で見てきた課題だったからこそ、関われる機会があるなら絶対に手を挙げたいと思いました。
もう1つは0→1の手応えです。不確実な分、自分たちが生み出すインパクトが目に見えて大きく、世の中に新しい価値を届ける経験そのものがチームの原動力になると感じています。チーム内では「受け身でいたら置いていかれる」という良い意味での危機感もあり、それが日々の提案の質を上げることにつながっていると感じます。
──田中さんはいかがですか。
田中:0→1の立ち上げに挑戦したいと思ったのが一番の理由です。私は前職でゼロから立ち上げた部署にいた時期が一番大変で、同時に一番成長できた時間でした。環境が安定してきた頃、もう一度あの「ヒリヒリするような挑戦」がしたいと考えたんです。単なるツールの提供にとどまらず、お客様の組織そのものを変革するような0→1の事業は非常に難易度が高いですが、だからこそ面白いと感じています。
──他の選択肢もあったかと思いますが、あえてこの場所を選ぶ理由はどこにあるのでしょうか?
田中:将来を考えた際、単に勢いだけで飛び込むのではなく、安定した基盤がありつつも、本質的な課題解決に挑戦できる環境に賭けたいと考えました。まだ誰も答えを持っていない中で、「AI住吉さん」のような壁打ち相手とともに手探りで前に進める。この挑戦的な環境に身を置けているからこそ、自信を持ってお客様に「リーダーズAI」の価値を提案できると感じています。
──この先「リーダーズAI」をどのような存在に発展させていきたいですか。
田中:事業立ち上げ当初からいるチームの先輩が「リーダーズAIを組織の潤滑油にしたい」と語っていたのですが、最初は正直、あまりピンときていませんでした。しかし、プロダクトへの理解が深まるにつれ、その言葉が自分の中でしっくりと腑に落ちるようになりました。SlackやGoogleドライブが仕事に欠かせないインフラであるように、「リーダーズAI」もまた「あって当たり前の存在」にしたい。まずは半年から1年というスパンで、成長企業が選ぶ標準的なツールとして定着させるのが目標です。
──富樫さんは、どんな未来を描いていますか。
富樫:日本の高齢化が進む中で、長年経済を支えてきた先人たちの技術や経験が引き継がれないまま失われていくケースを目にしてきました。それは個人的に、とてももったいないことだと感じています。「リーダーズAI」を通してそうした貴重な知見を言語化し、組織の中に残していく。現場で活躍されている間はもちろん、退かれた後も、その知見が組織を支え続ける。そんな技術の継承を後押しする仕組みを構築していきたいと考えています。
「あって当たり前」のインフラになるまでには、まだ距離があります。2人は今日も、チーム全員のオープンなSlackチャンネルで「AI住吉さん」に日報を提出しています。彼らの日報には、明日はどんな「問い」が返ってくるでしょうか。そしてもし、あなたの日報にAIが問いを投げかけてくれたら、明日の仕事はどう変わるでしょうか。
「暗黙知の形式知化」はなぜ進まないのか。組織に眠るナレッジをどのように引き出し、資産に変えていくのか。AIサービス3社のアプローチから具体策を深掘りした記事も併せてご覧ください。
「暗黙知を形式知化しよう」で、なぜ話が止まるのか|AIサービス3社による「AI×暗黙知」の議論から
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆・編集:フルスイング編集部 撮影:小堀 将生
撮影場所:WeWork 渋谷スクランブルスクエア会議室
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