スティーブ・ジョブズにより『iPhone』が世に発表されたとき、革新的なデザインと世界観に多くの人々が驚き、魅了されました。その後、似た機能のスマートフォンは数多く発売されましたが、『iPhone』が醸し出す世界観は依然として唯一無二であり続けています。
世界的に技術が高度化し、開発サイクルも早くなっている現代においては、サービスの“機能”が持つ優位性は短期間でコモディティ化します。だからこそ、デザインの重要性はさらに増しているのです。
「デザインはサービスの本質」と語るのは、個人間で車をシェアするカーシェアリングサービス『Anyca』のアートディレクター兼デザイナーを担当していた 飯島征士(いいじま こうじ)。
『Anyca』の立ち上げ段階からプロジェクトに参加し、サービスに一貫性のある世界観を貫くため“フルスイング”し続けてきた飯島。彼が大切にしてきたこととは、いったい何なのでしょうか?
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届けたい要素を”本当に重要なものだけ”にしぼる
――『Anyca』の立ち上げ時からプロジェクトに参加されたそうですが、初期フェーズでは、デザイナーとしてどんなことをやってきたのでしょうか?
飯島:運営側として大事にしたい「どんな印象でサービスをお客さまにお届けしたいか」を言語化していきました。具体的には、メンバー同士でディスカッションしながら、お客さまに届けたい『Anyca』の要素を抽出していったんです。
色々な意見が出ましたが、その中から 本当に重要なものだけをピックアップ していって。最終的に5つのキーワードが残りました。
デザイン本部デザイン戦略部UI/UXデザイン第一グループ 飯島 征士
新卒入社のCCC退社後、デザイン事務所にて印刷、Webメディアのデザインに従事。ナショナルクライアントのプロモーション、キャンペーン、コーポレートサイトのデザインを数多く手がける。DeNA入社後は、コーポレートブランディングや、CtoCカーシェアリングサービス「Anyca」の立ち上げに参加。その他、ロゴデザイン、新規事業・ゲームのプロモーションを担当。現在は「タクベル」(※2018年12月5日に『MOV』に名称変更)のデザイン業務などを担当。
――5つのキーワードとは、具体的にどのような?
飯島:1つ目は「 クルマ のサービスである」こと。
2つ目は「 どちらかと言うと男性寄り のサービスである」こと。サービスの特性上、良くも悪くも男性向けのサービスになってしまいます。しかし、女性を排除するという意味ではありません。男女比でいうと男性寄りですが、女性にも利用してもらいたい。
3つ目は「 新しい サービスである」こと。CtoCのカーシェアという存在が当時の日本では馴染みの薄い存在であったため、その新しい印象を届けたい。
4つ目は「 質の良い サービスである」こと。馴染みのないサービス形態だけに、お客さまにとって不安な要素も多いです。だからこそ、その印象を払拭するためにもいい加減なサービスに見えないように注意しました。
5つ目は「 今までのサービスよりも安く使える 」こと。レンタカーやBtoCのカーシェアリングサービスと比べて低価格で利用できるという、カジュアルな印象も浸透させたかったんです。
つまり全体的な方向性としては、手ごろな値段だけれどチープではない。安心感のあるサービスということですね。
――初期からデザイナーがサービスに参加し大事な要素をしぼりこむことは、世界観を統一していく上で大事なことでしょうか?
飯島: 「大事なこと」というより「必須のこと」 ですね。サービスを生み出すことは、自分たちの想いを形にしてお客さまに届けること。つまり、デザインすることに他なりません。
サービスをリリースするタイミングは、まっさらな状態から世界観を構築できるため、自分たちの想いをお客さまに届けるのに最適なタイミングです。デザイナーにとっては、メンバーや自分の気持ちをサービスに落としこみ、可視化した状態にできるので非常にやりがいがあります。
『Anyca』のプロジェクトに参加したのも、それが理由です。サービスの印象を決定づけるデザインを自分でコントロールできると思い、興味を持ってチャレンジしました。自分にとっても、サービス開発に携わるのは初めての経験でした。
すべてのデザインはキーワードに立ち戻り判断
――言語化されたキーワードは、『Anyca』のデザインにどのような影響を与えたのでしょうか。
飯島:デザインの是非を判断する際の指針になりました。
例えば、カラーリングの決定にも寄与しました。最初に候補として挙げていた色味は、現在の『Anyca』のキーカラーであるグリーンではなく、もう少し青っぽいものだったんです。
しかし、出来上がったものをお客さまに見ていただくと、上記の5つのキーワードをカバーしきれない部分もあった。そのため徐々にカスタマイズしていき、現在のものに近い色になりました。
また同様の理由で、サービスの説明ページに写真ではなくイラストを使うようにしました。写真を使うと、良くも悪くもその写真の人物の印象にサービスが引っ張られてしまいます。
印象をあまり限定したくなかったので、印象のコントロールがしやすく、リリース後の展開に応用も効きやすいイラストを採用しました。
それから、ご登録いただくクルマ写真のクオリティーにも注意しました。これは「質の良いサービスである」というキーワードと関連しますね。
『Anyca』はCtoCサービスなので、お客さまが所有している愛車の写真を掲載いただき、アプリやWebサイト上にはご登録いただいた写真がズラッと並びます。その際にできるだけクルマが格好良く見え、それに伴いサービスの質も高く見えるにはどうすれば良いかを考えました。
そこで、お客さまに登録していただくとき、 希望者には無料で「プロのカメラマンが登録するクルマを撮影」 するようにしました。写真の質が上がることで、サービス全体の質も上がって見えるようになったと思います。これは、『Anyca』メンバーの共通した意識があったからこその意思決定でした。
お客さまの目に触れるものはすべてデザイナーが携わる
――5つのコンセプトに照らし合わせることで、デザインの方針を決めていけるようになったのですね。
飯島:そうですね。デザインの世界観を統一する上で、初期フェーズでキーワードを絞り込めたことはとても有用だったと思います。
『Anyca』ではアプリやサイトデザインだけでなく、お客さまの目に触れるもの、『Anyca』の印象に繋がるものは、できるだけデザイナーが作るようにしていました。
例えば、サービス説明会で使う誘導用の案内表示も例外ではありません。サービスに直接関係しない細かなものは非デザイナーがつくることもあるかと思いますが、 『Anyca』ではすべてデザイナーが制作し、品質を担保するようにしています 。
つまり、サービスにおける核であるアプリ“以外の”デザインも、デザイナーが責任を持つ。お客さまに与える印象をコントロールし、世界観を保てるようにしています。
デザインの目的は”事業に貢献する”こと
――デザイナーが細部までこだわることで、統一感が生まれていくのですね。
飯島:はい。しかし、細部に気を配ってばかりではいけません。そもそも事業会社において何のためにデザインするかといえば「事業に貢献するため」です。細部ばかりを見ていると、この大目的からずれたデザインになりかねません。
その目的を達成するために一貫した世界観を持ったデザインを貫くには、大きく2つのスキルが必要だと考えています。
1つ目は、 デザインの意図を説明するスキル 。例えばパンフレット1枚を作るにしても「誰に向けたものなのか」「何を訴求したいのか」を考え、他のメンバーにも意図を伝えることが大事です。それができていないと、整理されているように見えるけれど、作った目的が達成できないものになってします。
そして、単に「良いデザインができて良かった」と考えるのではなく「成果を出すという目的を達成できているか」を厳しくチェックする姿勢を持つと良いです。
すべての制作物にはその目的があるので、サイトのUI改善であれ、チラシであれ、どれだけその目的を達成できたかを常に気にかけることは大事ですね。Anycaではチーム内で数値を細かく共有される環境があったので、その辺りは意識しやすかったです。
「なぜ違うのか」必ず理由を添えフィードバック
――プロジェクトにデザイナーが増えていく場合には、どのようにしてデザインの共通認識を持てるようにコミュニケーションしていますか?
飯島:メンバーのアウトプットに対し、 必ず意図を沿えたうえでフィードバック を返していくことで、少しずつコンセプトにフィットするものが仕上がってきます。
『Anyca』には、自分以外にも何名かのデザイナーに入ってもらったのですが、彼らに対しても僕が今までに作ったものを見てもらったり、「トーン&マナーはこんな感じだよ」と説明してきました。デザインの意図を踏まえて「こういう理由で、こうしてほしい」と伝えていったんです。
また、プロジェクトにおけるデザインのガイドラインを作成し、メンバーが共通認識を持てるようにしました。その結果、各デザイナーのアウトプットはすべて『Anyca』の世界観に沿っており、クオリティーのブレもなくすことができたんです。
――メンバーに対して丁寧にフィードバックを返し続けてきたんですね。
飯島:そうですね。チームで仕事をする意義ってそこにあると思っていて。要するに、僕が意見を持たず発言しなかったら、介在することの意味がなくなってしまうじゃないですか。自分がプロジェクトに加わる付加価値を生み出したいと、仕事をするうえでは心がけています。
アウトプットの質を高く一定に保つ
――統一感のある世界観を貫くために必要なもう1つのスキルは?
飯島: 質の高いアウトプットを続けられる能力 です。
チームの中で、デザインの水準を一番高く持てているのは、当然ながらデザイナーです。しかし個人的には、 「チーム内の合意を取ること」を最優先にデザインをしてしまうと、簡単にその水準は下がってしまう と考えています。
それを防ぐために、自分の作ったものが世の中に出たときにどのくらいの水準にあるか。つまり、客観的な視点を持つことを常に意識しています。その視点を身につけるためにも、世の中にある優れたデザインをインプットし続けることを心がけているんです。
――クオリティーを求められるのはどんなデザイン業務でも共通だと思いますが、特にそう思うのはどうしてですか?
飯島:例えば受託開発では多くの場合、自分のアウトプットに対して厳しい視点でチェックしてくれる人がいます。社内のメンバーや、代理店、クライアントの方々など。大きな仕事になればなるほど、複数の人による確認が入ります。だから、もし最初のクオリティーがイマイチでも、どこかで誰かが止めてくれる。
しかし、DeNAのような事業会社は、自分のデザインがそのまま世の中に出て行ってしまうことが大いにありえる。もちろんビジネス視点でのチェックは入りますが、デザイナー自身が高い意識を持ってコミットしていかない限りは、デザインの質を担保するのが難しいと感じています。
サービスに貢献するデザイナーになるために
――飯島さん自身は、その2つのスキルをどのように磨いてきましたか?
飯島:1つ目の「デザインの意図を言語化する能力」については、DeNAに入社してからビジネスサイドのメンバーと接する中でかなり引き上げてもらいました。
前職のデザイン事務所にいた頃は、社内で日常的に接するのは、自分と同じように制作側のメンバーが多かったため、あまり説明せずとも伝わってしまう部分が多かったです。
でもDeNAに入社してからは、さまざまな職種のメンバーと一緒に1つのチームとして動きます。僕とは得意領域も考え方も違う優秀な人たちが集まっているので、良い刺激を受けられるんです。デザイナー以外の人たちと一緒にサービスを作るなかで、自分の言語化能力も鍛えてもらっています。
――ビジネスサイドのメンバーと接することが少ないデザイナーは、どのようにしてそのスキルを磨くべきでしょうか?
飯島:その場合でも、意識的に言語化能力を鍛えることは可能だと思います。自分のデザインがなぜこうなっているのかを考え、伝えるようにしていくことが大事なのではないでしょうか。
「論理的に説明できる」ことも重要ですが、それとともに デザインの違和感に気づくことができることはもっと重要 。つまり論理的には筋が通っているが、感覚的に今ひとつなものはどうなのかな、と思いますね。
――2つ目の「アウトプットの質を一定に保つ能力」は、どのようにして身に付けるべきでしょうか?
飯島:多様なインプットとアウトプットをくり返すことですね。僕自身は、デザイン事務所にいたころ、複数のクライアントとの業務を経験したことが活きています。
DeNAでプロジェクトに携わり、品質を支えるデザイナーになる以上、特定の領域だけではなくサービス全体の印象をコントロールすることに責任を持つように心掛けています。さまざまなデザインを経験することで、これを達成できる力が身につくのではないでしょうか。
デザインとは、サービスの本質である
――飯島さんがデザイン業務に“フルスイング”できるのはなぜですか?
飯島:人がデザインから受ける影響って非常に大きいと思いますし、自分はその力を信じているからです。
ここから話すことは100%受け売りですが、自分の好きな本の一節に「モノとは二つの要素からできていて、一つは『機能』、そしてもう一つは『デザイン』である。つまり、デザインとは差別化したり付加価値を加えたりするための要素ではなく、 商品“そのもの” である」とあります。
大好きな内容ですし、これを読んだときデザイナーとして身が引きしまる思いがしました。商品やサービスの本質を決定できる仕事を担わせてもらっている以上、やはりいい加減なことはできないと思います。
――確かにその通りですね。
飯島:でも、事業においてその片軸である「機能」だけが優先されてしまうケースは多い。それって僕は良くないと考えていて。デザイナーとして、もう1つの軸である「デザイン」を大事にしていきたいと、強く思っています。
まとめ
飯島さんが『Anyca』のデザインで大切にしたこと
①届けたい要素を”本当に重要なものだけ”にしぼる
②デザインの可否はキーワードに立ち戻り判断する
③お客さまの目に触れるものはすべてデザイナーが携わる
④「事業に貢献するデザイン」という視点を常に持つ
⑤デザインの意図をメンバーに説明する
⑥質の高いアウトプットを続ける
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:中薗昴 編集:榮田佳織 撮影:小堀将生