2020年、DeNAが社内に向けてローンチした『OpenQuest』。ゲームでもSNSでもなく、社内専用のジョブボード(求職サイト)です。
『OpenQuest』は、DeNAの名物公募制度として知られる、手を挙げればスピーディーに部署異動ができる「シェイクハンズ」と、社内副業制度「クロスジョブ」を促すための仕組みであり、プラットフォーム。
ピッチイベントとして実施している『OpenQuest Lounge』も盛況で、直近2年で17回開催され、毎回100人~150人ほどのDeNAメンバーが集まるまでに成長しています。『OpenQuest』、そして、その情報流通の場である『OpenQuest Lounge』に込められたDeNA HRにおける思想と理想とは?
企画の立上げから運用までを担当しているキーパーソン、森岡 志門(もりおか しもん)と斎藤 友紀(さいとう ゆき)の2人に話を聞きました。
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もっともっと挑戦できる『OpenQuest』
――『OpenQuest』とは、どのようなものなのでしょうか?
森岡 志門(以下、森岡) :一言でいうなら、イントラネット上に設置された社内求職サイトで、社員専用のジョブボードですね。DeNAの各部署がいま求めている人材、職種を自由に書き込め、また誰しもがその公募に手を挙げられる。
DeNAには「シェイクハンズ制度」と「クロスジョブ制度」という2つの働き方制度があるのですが、この両制度のマッチングを活性化させるためにローンチしたプラットフォームなんです。
――「シェイクハンズ制度」と「クロスジョブ制度」についても、あらためて教えてください。
森岡:2017年から実施している、DeNAの社内公募制度です。
「シェイクハンズ制度」は、社員自らが自由に社内の別部署への異動に手を挙げられる制度。異動先の部署からOKがでれば、いま所属している上司やHR部門の承諾を得なくても、異動できる制度です。
一方の「クロスジョブ制度」は社内副業を促す制度で、今いる部署の仕事を続けながら、業務時間の最大30%を他部署の仕事に充てられる、というものです。
ケースとしてまずはクロスジョブで兼業から始めてみて、もっとガッツリ関わりたいと思ったら、シェイクハンズで異動するなどの使われ方もありますし、スポットで3ヶ月だけ手伝うなどの使われ方もありますね。
斎藤 友紀(以下、斎藤):どちらの制度も、社員にめいっぱいパフォーマンスを発揮してもらいたい。自らの可能性を広げてもらうために、その制限となるものを取っ払い、フルスイングしてほしい想いからつくられた制度です。
DeNAメンバーにとってキャリアアップにつながる、キャリア形成の後押しになればと考えています。
というのも、「キャリアアップのために今とは違う領域にチャレンジしたい」といった考えを抱く人は少なくありません。背景として、そういう理由から社外に飛び出す社員も実際にいます。
しかし、現在DeNAは本当に多岐にわたる事業を手がけていて、「あなたがやろうとしている事業、あの部署でできるのに……」と歯がゆい思いを感じることがままありました。
一方で、人手が足りず、優秀な人材を常に求める部署も多々ある。両者をつなげれば、社員のキャリアアップの面でも、HRの面でも機会損失を防げると考えたのです。
森岡:いくつもの領域をまたがって活躍し、多彩なノウハウと知見を積むことは、個人にもDeNAにとっても大きな価値を生みますからね。
――その2つの制度を“活性化させるため”のプラットフォームに『OpenQuest』をつくったのですね。マッチング面で課題があったのでしょうか?
斎藤:初年度からどちらの制度も活発に活用されてきました。しかし、これまでは「シェイクハンズ制度」も「クロスジョブ制度」もHR本部が公募を取りまとめてExcelで管理、イントラにアップするスタイルで、少し泥臭い面がありました(笑)。
森岡:スピード感に欠けたり、古い情報が残ってしまっていたり、そもそも閲覧しづらかったりして、不便さがあったのです。
制度も情報もあるし、それを出したい人もいる。けれどもそれを行う場がない状況でした。
――なるほど。他部署の状況や社内公募情報によりアクセスしやすい仕組みへと磨き上げたわけですね。
森岡:DeNAはHR tech(※)を内製化していて、我々はそのメンバーです。
DeNAのHRに関する思想と、その上で立ち上げた制度だけを組み上げてよしとせず、“仕組み化”して届けたい。そう考えてつくりあげたのが『OpenQuest』なんです。
実際に、今では月に2~3件、年間約20件の社内マッチングが『OpenQuest』を通して成立しています。
斎藤:異動や兼業を考えていないメンバーにとってもDeNAにあるポジションを知るきっかけにもなりますし、「DeNA」という会社理解にもつながります。
※……DeNAの内製HR Techに関する記事はこちら(前編・後編)。
――『OpenQuest』という名の由来は?
森岡:私の上長でありグループマネージャーである、澤村(※)が名付けました。自分の求めるキャリアを、「障壁のない開かれた世界で、どんどん探しに行ってほしい」との意味が込められています。
※……澤村 正樹(さわむら まさき)。現ヒューマンリソース本部人材企画部テクノロジーグループ マネージャー。
「Why」から始まる。“共感”を呼ぶ設計へ
――『OpenQuest』はUI/UXでも工夫を施しているのだとか。
森岡:そうですね。まず全体のデザインは、多くの方が使い慣れている他社のジョブボードサービスも参考にして扱いやすさに重きを置きました。そのうえで最も意識したのは、更新性や双方向性ですね。
たとえば「話を聞きに行きたい!」など、応募者側がリアクションできる機能や、人事を介さずに、現場の人がすぐに公募情報を出せるようにしました。
限られたメンバーしか更新できなかった設計から、ポジションを増やしやすい、自由度の高い設計へ変えました。
斎藤:当初は画像も載せることができなかったのですが、今は内容とともに載せられるデザインになっています。リリースした後も細やかなチューニングを続けていくことはDeNAの事業と同じで、たとえ社内向けのサービスであっても妥協しない運用をしています。
――なるほど。Excelベースの見せ方とは大違いですね。
森岡:そうですね(笑)。あと、掲載情報の構成にはこだわりを持っています。
各部署の求職の記事に関して業務内容を記すときに、最初のパラグラフは「What(何をするのか)」ではなく、「Why(なぜするのか)」から書いてもらう設計にしました。
「ゴールデンサークル理論(※)」という考え方に基づくのですが、数字や理論などの定量情報もさることながら、人の心を動かすには感情が大事です。「Why」から始めて、伝えて、仲間を求めることで、直感的に“共感を呼び起こす”ことができると言われているのです。
※……ゴールデンサークル理論(Golden Circle logic)。サイモン・シネック(Simon Sinek)氏が提唱する、「優れたリーダーはどのように行動を促すのか」の概念。
――「共感」から伝えることで、他部署や他領域への挑戦がしやすくなる?
森岡:そう考えています。
今いる場所とは違う領域への異動を考えたときに、「自分のスキルはどう活かせるか」からスタートすると、どうしても挑戦の幅が狭まりますからね。
また実際に仕事において大切なのは、スキルなどより、事業のミッションや人のパッションに共感しているか否かであったりします。
領域をまたぐ大きなチャレンジは、足場がないところに足を踏み入れるわけなので、リスクもあるし、結構怖いことだと思うんです。だからこそチャレンジしたいという想いを応援したいし、「共感」を足がかりにしてほしいと考えました。
――お二人とも、多様な事業部をまたいで活躍されてきましたよね。異分野に挑むモチベーションは「共感」が大事だと実感しているところはありますか?
斎藤:ありますね。私は2007年に入社してからECや『モバゲータウン(現Mobage)』のディレクターなどを担当した後、自ら手をあげて新規事業推進室へ異動しました。そこでシニア向けサービスなどを手がけてきました。
できることから考えて、異なる領域に飛び込んだというよりも、もっとパッションの部分で動いてきた。
森岡:私もそうですね。エンジニアとして新卒で入社してから2年目の頃、「もっと大きなことをやりたい!」と思って上長に直訴し、新規事業部に異動した経験があります。
それまではチームで取り組んでいたのに、1人きりで最初の開発から運用まですべてをやることになってしまって、最初は面食らいました(笑)。でも、1人で上流から下流まで一貫してやってみたいという強い想いがあったので、その目標に向かって必死にどんな仕事もキャッチアップできた。
パッションを駆動力に、後追いでスキルが積み上がったり、広がっていく実感はありますね。
200人近いメンバーが集まる回も『OpenQuest Lounge』
――さらに『OpenQuest Lounge』の名でオンラインイベントも実施。人気を博しているそうですね。どんなイベントなのでしょう?
斎藤:『OpenQuest』のジョブボードに求人を出している部署が仕事内容や部署の雰囲気だったり、募集しているポジションについて話すピッチイベントです。
『OpenQuest』は2020年4月にリリースしたのですが、ちょうど本格的なコロナ禍がはじまった頃。DeNAもリモートワークが進み、今のオンラインとオフラインを合わせたハイブリッドワークスタイルへの移行期でした。
オンラインが増えると、自然と情報が入ってくる機会が減るので「他の部署がどんな業務をしているか」が、以前より見えにくくなります。システム、仕組みとして用意するだけではなく、公募する部署の業務内容やカルチャーを臨場感をもって伝えたいと思って、ピッチイベントを開こうと。
ただ、最初はこけら落とし的な単発イベントのつもりでした(笑)。それが部署からのリクエストもあり続々と実施し、夜にイベントをしてみたり、イベント後にその場で面接ができたりなど、いろいろと試行錯誤してみた結果、今はお昼間でのイベント開催で安定しています。
カジュアルに参加いただけるイベントです。
――今はほぼ毎月実施されているとか。
森岡:最初の『OpenQuest Lounge』は2020年5月に開催しました。みんながオンラインイベントにまだ慣れていないのにもかかわらず、いきなり200名近い方々に参加いただけて、熱量がすごかった。
これは定期的にやったほうがいいねと、今は毎月のように実施しています。毎回100~150人くらいはコンスタントに参加されるイベントになり、それを維持できているのも一つの成果としてあります。
1年目の頃は私たちから事業部に登壇の打診をしていたのですが、2年目以降事業部から「Loungeに出たいのですが、次回はいつですか?」といった問い合わせも増えていますし、企画運営面でも事業部の方に参加いただく幅も広がっていて、より事業の熱量が伝わりやすい時間になっていると思います。
募集する側にとっても応募する側にとってもいい場になっているのではないでしょうか。
斎藤:イベント時にポジションや働き方についての質問もできます。『OpenQuest Lounge』の開催に連動して、実際に『OpenQuest』の閲覧も増えるので、存在意義は高いですね。
また、今までは一度のイベントに200人近くものメンバーを集まる場を提供することは物理的にほぼ不可能でした。オンラインイベントならではの良さがわかったことは、いい意味でのギャップです。
――誰が登壇してもいいのですか?
斎藤:そうです。公募する事業部のメンバーなら誰でも。
事業の全体感を伝えたい場合は本部長だったり、エンジニア募集の場合は現場のエンジニアだったりと、決まりはありません。誰がどのように伝えると、聞き手により伝わりやすいとの観点で、私たちも事業部と一緒に企画・構成から考えて、つくり上げていきます。
本部長自らが「この事業にはこのようなミッションがあって、こういうようなビジョンに向かって取り組んでいる」と話すと、先にも出てきましたが、事業に対する解像度が上がり、理解が進みますよね。
それに「他部署の様子が知れてよかった」という声も毎回いただけるんです。文字情報だけでなく、話している姿を見ることで、熱量もより伝わりますし。
――相談からできるのであれば、イベントそのものの精度も高まり、活性しますね。
森岡:企画の前半パートはできるだけ事業責任者に事業のミッション・ビジョン・バリューを話してもらうようにお願いをしていて、後半パートでは現場の人がどういう気持ちで働いているのかを伝えてもらうようにしています。
現場のぶっちゃけ話が聞けたり、メンバーの顔ぶれや人となりがわかったりするので、雰囲気なども感じ取ってもらえればなと。
部署ごとのカルチャーの違いもありますし、なにより“本音と建前”に違いがないようにしたいと思っています。
たとえば、先日の『OpenQuest Lounge』で、中国でのゲーム事業を行っている部署のピッチがありました。
日本のIPをもっと中国に広める事業なので、極めて国際色豊かなメンバー。なので「グローバルなコミュニケーションスキルを持つ人じゃないと無理だろう……」と尻込みしてしまう人が多かったと思うのです。しかし、イベントで現場のメンバーがとてもフランクに実情を話して、気負いなくダイナミックな市場に挑んでいる雰囲気が伝わった。
それに皆が気になっていた中国語のスキルも、国内のゲーム事業から異動してきた方が「最初は話せなかったけれど、周囲のメンバーからのサポートが厚く、自然とできるようになっちゃうんですよ」と生の声で話すと、すごく説得力があるし、背中を押された方は多かったと思いますね。
こうした「実際どうなの?」と感じるような心配事にも寄り添うような内容も、引き続きお届けしていきたいです。
――『OpenQuest Lounge』をはじめて、もともとあった2つの公募制度の利用状況に変化はありましたか?
森岡:爆発的に応募者が増えたということはありません。しかし、確実に増えてはいますね。定性的ですが、普段かかわりのない遠い部署への異動、副業が増えた感はあります。
現在、2つの公募制度で異動される方の7割は、同じ部門内の隣の部署などではなく、エンタメからヘルスケア事業など、部門を大きくまたぐような別領域への異動です。
実際にシェイクハンズ制度を使って、ゲーム事業からヘルスケア事業へ領域横断で異動したメンバーが「ゲーミフィケーションの考え方をヘルスケアのサービスに持ち込みたい」と異動。「楽しく健康になる仕組みを実装したい」と考えていた事業部側が抱えていた想いと合致し、すばらしいプロジェクトを走らせています。
カラフルな挑戦をそろえ、描き方の示唆まで
――狙いどおりのシナジーですね。制度や仕組み、そして風土が一気通貫につながっているからこそですよね。
森岡:そのようなカラフルな挑戦ができるように、絵の具のように選択肢を増やしているつもりです。
しかし用意したたくさんの絵の具を使って「どのような絵を描くか」は難しさもある。そこで、キャリアについての考え方をベテラン社員に語ってもらうようなセミナー、『OpenQuest Lounge』のテーマとして実施。そろえた絵の具で、何を描くかも、緩やかに示唆しています。
直近では、以前『Mobage』の立ち上げや、女性メディア『MERY(※1)』を統括してきた現ヘルスケア事業本部の砥綿 義幸(とわた よしゆき)副本部長に、自身のキャリアの棚卸しを話してもらいました。
他には、目の前の波に全力で乗っていく結果、いろいろなスキルがいつの間にか自分のタグとして増えていく、いわゆる「計画的偶発性理論(※2)」についての講演なども実施しました。
マネージャー層からも注目度の高い企画となり、ポジション関係なく多くの方々に参加いただけました。
※1……MERY。2013年4月にサービスを開始した女性向けキュレーションプラットフォーム。2017年より株式会社小学館とDeNAの共同出資会社として株式会社MERYを設立し、サービスをリニューアル。 ※2……計画的偶発性理論(Planned HappenStance Theory )。心理学者ジョン・D・クランボルツ教授が提唱するキャリア理論。
斎藤:今までキャリアについてオープンに発信するような場って意外と社内になかったんですね。キャリア相談窓口はありますが、1対1の閉じられた会話なので。
そうではなく多くの人に届けることで、語り合うきっかけにもなり、とても評判が良かったです。シリーズ化を望む声も多いですね。
DeNAには起業を目標にしているメンバーがいる一方で、具体的なキャリアプランを持っていないメンバーもいる。要は“変化を起こす人”と“起こった変化の波に乗り、それをおもしろがる人”もいるのです。
どちらがいい、悪いではなく、今目の前にあることをやり切っていく積み重ねがキャリアにつながるのでは?という自己啓発のきっかけにもなったと思っています。
キャリア形成と対話の場にしたい
――『OpenQuest』や『OpenQuest Lounge』を今後さらにどのような場にしていきたいですか?
森岡:最近はとくにDeNAの事業領域の広さに魅力を感じて、幅広い挑戦がしたいという想いで入社してくる方が増えています。
そのような方が、入社から数年後に実際に別領域へチャレンジできるような後押しになればと強く感じていて。非連続なチャレンジを続けられる文化を醸成し、仕組みとして実装し続けたいと考えています。
また、DeNAには共通価値観である「DeNA Quality(DQ)」の一つに、“発言責任、傾聴責任”があります。思ったことを言わないということは、会社やチームとしてもすごく勿体無い、ちゃんと言おう。という風土がある。
もっと個々が持っているアイデアをぶつける場であったり、対話をしたりする場づくりのきっかけとして、受け入れ側にとっても「そういう発想もあるのか」というように、学びにもつながるといいですね。
斎藤:私たちには、社員の皆さんのキャリア形成を後押ししたいという強い想いがあります。だから、キャリアに関する話はもちろん、手前の内省の仕方や考え方の提供などもやっていきたい。悩んだときには、この場を思い出して参加する、そんな場になればすごくうれしいです。
あと、企画担当としてさまざまな事業部の方とお話ししていると、あらためてDeNAの熱量や可能性を日々感じています。森岡をはじめ、いい仲間がいますし、やっていて楽しい。このわくわくを、ぜひ多くの方に感じていただきたいですね。
事業部発の新しい発信の仕方など、今後やりたいことは止めどなくあります(笑)。
森岡:斎藤と「役得だよね」とよく話しています。私たちも事業部から出てくるいろいろなストーリーや挑戦を知ることができ、事業の可能性や人材の多様性に気づかされます。毎回企画を通して発見や学びがあり、やりがいがあります。
ポジションを募集している側からメンバーに直接面談に招待することができる、スカウト機能を『OpenQuest』に新しく追加しました。さらにDeNAメンバーにとってさらに使いやすく活用できるようにアップデートを続けていきます。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。
聞き手:箱田 高樹 執筆:日下部 沙織 編集:若林 あや 撮影:小堀 将生