成長したい、結果を出したい、何者かになりたい——そんな思いを胸に、日々を必死に生き抜くビジネスパーソンは多いと思います。
自ら活躍するフィールドを見つけたDeNAのOB・OGを訪ねる本企画。第2回目は、株式会社アカツキの代表取締役CEO、塩田元規さんです。「A Heart Driven World.(ハートドリブンな世界へ)」というビジョンを掲げ、感情を大切にしながら経営をする塩田さんもそんな思いを握りしめていた1人です。
彼のアカツキ創業のストーリーを追うと、DeNA時代に身につけた「DeNA Quality(以下、DQ)」という行動指針と、事業と組織に必要な「感情との向き合いかた」が見えてきました。
※『DeNAのDNA』第1回目『「やりたい仕事はなくてもいい」——食べチョクCEO秋元里奈が語った、天職の見つけかた』はこちら
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これからの事業と組織に必要なものは「感情」
僕は2010年にアカツキを創業し、6年目には東証マザーズ上場、7年目に一部上場を果たしました。現在はデジタル領域からリアルライフ領域まで、さまざまな事業を展開しています。その全てに共通しているのは、一貫したビジョンです。
僕らのビジョンは「A Heart Driven World.(ハートドリブンな世界へ)」です。心がワクワクする活動こそが世界を輝かせると信じているし、その為に人の心を動かす素晴らしい体験を提供したい。そんな一心で、ハートドリブンな事業だけでなく“組織運営”にもこだわってきました。
会議の最初には、感情を分かち合えるように「チェックイン」というワークを取り入れています。参加メンバー全員が「今どんな気持ちなのか」「何を感じているか」を最初に伝えて、会議をスタートするんです。すると“自分の意見を受け止めてくれる”という心理的安全性が保たれて、本音を言いやすくなります。
これまで多くの組織は、本音を出さないで、人が機械のように合理的に動くことを前提に発展してきました。だから笑顔を繕ったり、辛く苦しいときでも、弱音を吐かないでがんばる。ありのままの自分は出さないことが当たり前だったと思います。
ただ、そうした組織は合理的に見えて、実は非合理的なんです。なぜなら感情を抑え込むが故に的外れな行動をし、時間を浪費してしまうから。たとえば、新しく始まるプロジェクトに違和感を感じてもそれを打ち明けられなければ、納得しないまま走ることになります。それでは、メンバーが本来持ちうる力を出し切るのは難しい。
一方で年齢や立場関係なく感情を分かち合えたら、享受できるメリットがたくさんあります。みんなで一緒に最適解を考えられますし、“周囲も同じ違和感を感じていたこと”が明らかになり、見込みのないプロジェクトを始動前にストップできるかもしれません。組織内で感情を分かち合うことは、非合理的に見えて、実はとても合理的で成果に繋がることなんです。
今でこそ「ハートドリブン」を掲げて経営をしている僕ですが、最初から感情や心を大切にできていたわけではありません。むしろ、うまくいかない時期を何度も経験し、その度に何度も痛感して、少しずつ前に進んできたんですよ。
「“嫌なヤツ”になるしかなかった」——生存するために必死になったDeNA時代
僕は大学時代から「ハートフルな会社を作りたい」と思っていたので、卒業後すぐビジネススクールに通いました。その大学の授業の1コマで出会ったのが、DeNA創業者の南場さん。南場さん率いるDeNAは、ロジカルで成長意欲の高い、優秀な人たちが集まっていることを知り、非常に魅力的に感じました。
そんな環境で実力をつけて結果を出せば、自信をもって起業できるはず——そう思い新卒でDeNAに入社したんです。DeNAの行動指針「DQ」のなかに“全力コミット”という言葉があるのですが、その言葉通り全力でコミットする3年間を過ごしました。
僕は誰よりも早く力をつけたかったから、睡眠時間を削って働く時期もありました(笑)。ガンガン結果を出して1年目の後半には、当時最年少で営業マネージャーに。2年目には部署のマネージャー、3年目にはディレクターとして事業部の戦略を任せてもらうほど順調に昇進していきました。
成長意欲が高い仲間たちと全力を注げる環境で働けたことは、僕にとって宝物。ビジネスパーソンとしての基礎を学び、力をつけることができたDeNAという場には本当に感謝しています。
ただ、当時の僕は成果にこだわるがあまり、正直なところ“嫌なヤツ”になっていました。自分の思い通りにいかないと、イライラを社内で見せてしまっていましたね。
“とにかく結果を出せばいい、さもなければここにいる価値はない”。そんな風に自分と周囲を追い込んで、息切れ寸前で走っていたんです。「ハートフルな会社を作りたい」と思いつつも、自分の心も周りの人の心も大事にできていない。矛盾を抱えた期間だったと思います。そんな僕にとっての大きな転機は、起業後に訪れました。
ハートドリブンの原点は「幻想」に気づかせてもらったこと
「3年間全力を尽くす」というDeNA入社当初の目標を果たし、僕はハートフルな会社を作る夢を叶えるべく、アカツキを創業しました。そこで待ち受けていたのは、資金が尽きるか、命が尽きるかの戦いです。
ピーク時は、会社で5億円を借金し、僕の連帯保証額は3億円。さらに採用でミスをしてしまい組織は崩壊し始め、プロジェクトも失敗、毎月3,000万円の赤字垂れ流し状態に。夜は泣きながら吐いて、日中は心臓がピリピリと痛みました。
ただ、会社にいるときは笑顔で「頑張ろう、乗り越えられる」とみんなを鼓舞していたんです。本当は苦しいはずなのに、それを全く出せませんでした。“弱いリーダーなんてダメだ”と思っていたから。
そんなある日、アカツキの社外取締役の勝屋久さん夫妻にランチに連れ出されました。そこで言われたのは「げんちゃんが描く幸せな世界に、げんちゃんは入ってるの?」という言葉。思えば自分の幸せは二の次で、全然考えていなかったんです。
勝屋夫妻に背中を押され、僕は「しんどい、限界だ」と苦しい状況をアカツキの仲間に打ち明けました。自分の弱さをさらけ出すのは、心底怖いこと。“してはいけないことだ”とずっと思っていたから。
ただアカツキの仲間はそんな僕に「なんで1人で全部抱え込むんだよ、一緒に頑張ろうよ」と言ってくれて……。本当に救われました。そして、自分の根深いところにあった思い込みに気付かされたんです。
“期待に応えないと、結果を出さないと、愛されない”。
それは当時37歳だった父が病気で亡くなって以降、長男としての責任感と、“早く何かを残さなくては”という焦燥感とともに身につけた思い込みでした。僕が成果を出せていなくても、受け入れてくれたアカツキの仲間を前に、根深い思い込みがスッと溶けていくのを感じました。そして、同時にチームはどんどん強くなっていき、業績は驚くほど伸び、社員数も着々と増えていったんです。
“自分の感情”に繋がることで世界は拓ける
業績が飛躍的に伸びた理由——さまざまな要素がありますが、僕自身の「内面の変化」は大きいと思っています。内面の変化が業績と関係する理由のひとつは、“真実を話すことがもっとも効率的だから”です。
たとえばアカツキでは“あってはいけないものだ”と思っていたネガティブな感情を僕が表現できるようになったら、メンバーも表現できるようになっていきました。先ほど話した通り、メンバー全員が本音を分かち合いながら進めた方が、最適解を選びながら効率よく成果に向かえます。
また、それぞれが自分の感情につながって「やりたいこと」に取り組むことができると、物事はどんどん進んでいきます。アカツキではメンバーそれぞれの思いから、ゲームやムービー、アミューズメント、スポーツなどのいろいろな事業が生まれていきました。
それに、リーダーの器以上に会社は大きくなりませんから、リーダーの内面が成長して、許せる物事が増えていくと、多様性のある優秀な人を採用できるようになるんです。
ただ、こうした内面の変化は、「自分の中にある思い込み」に気づくことが大切。僕はDeNA時代と起業後共に、幾度となくイヤな自分と直面し、「結果を出せないヤツは愛されない」という思い込みと向き合ってきました。
当時はたくさんの人を傷つけたし、罪悪感はもちろんあります。ですが、そのやり方しか知らない中で本当に一所懸命にやっていた自分を今ではハグしています。それに、DeNAに入社して得られた全力コミットの姿勢、数字と徹底的に向き合った期間があったからこそ、今がある。だから過去の全てに感謝しています。
誰しも、“不器用ながらに頑張っていた時期”はあるはずです。その時期を切り捨てるのではなく「含んで超える」。自分の中で受け入れられたら、不思議なことにその苦しみは頭の中から勝手に消えていきます。そして、別の選択を選べるようになるし、新たなステージに挑戦できるようになる。
1日の終わりに「TO FEELリスト」を作るのもおすすめです。ふわっとでもいいので今日感じたことを書き出し、感情を丁寧に味わい、仲間と分かち合うこと。押し付けるのでも同意するのでもなく、ただお互いに“感情表現を許していく”。それは、内面の進化を推し進めてくれると思います。
これからもアカツキは、感情を大切にしてハートドリブンな世界を作っていきます。そうすれば、世界はもっとカラフルに色づいていくはずだから。そんな話を自分の著書でも書きました(※)。自分の感情に繋がって、世界を切り拓く人が増えていくことを心から願っています。
※塩田氏初の著書『ハートドリブン - 目に見えないものを大切にする力』が2019年10月3日に発売されました
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
聞き手:風早 亮 執筆:柏木まなみ 編集:水玉綾 撮影:小澤彩聖