2019年6月1日(土)・2日(日)に開催される『日比谷音楽祭』ではじめてコラボレーションする、音楽プロデューサー亀田 誠治(かめだ せいじ)氏とDeNAのCTO、nekokakこと小林 篤(こばやし あつし)。
本音楽祭は、石川さゆり、布袋寅泰、KREVA、山本彩、SKY-HIなど豪華アーティストの出演が続々決定。クラウドファンディングなどで資金を集め、日本では珍しい誰でも入場無料「フリーでボーダレス」な音楽祭の実現を可能にします。
亀田氏は「ITには幸せの価値観をアップデートできる力がある」
nekokakは「『お客様にいいものを届けたい』という普遍な意思があれば、テクノロジーの進化に当たり前のようにアジャストできる」と語ります。
異なるモノの融合で「これからのモノづくり」を考える亀田 誠治×nakokak対談。後編をお届けします!
※2019年5月15日プレスリリース 「DeNAが日比谷音楽祭のスマホアプリを配信」
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日比谷音楽祭をフリーにした、もうひとつの理由
――「音楽文化を押し広げる」「社会課題を解決する」。すでにうかがった2つ以外に『日比谷音楽祭』には、もう1つ狙いがあるとか?
亀田 誠治氏(以下、亀田):はい。 日本の音楽業界の「お金の流れ」を変えるきっかけにしたい んですよ。
亀田:大前提として日本の音楽市場は縮小を続けています。ただ、これが全世界的な流れかといえば違うんですね。
小林 篤(以下、nekokak):海外はSpotifyやApple Musicなどのサブスクリプション(※1)のストリーミング配信の市場が拡大しているんですよね?
※1……1ヶ月に定額で何曲でも聴き放題のサブスクリプションサービス
亀田:そうなんです。欧米はミュージシャンたちがストリーミング配信に舵を切った結果、むしろ音楽業界全体の売上はV字回復しています。
いい音楽がストリーミングで開放された結果、これまでより音楽を楽しむユーザーが増えた。
ところが、日本はストリーミング配信に消極的なつくり手がまだ多く、欧米に比べて7分の1程度しか楽曲がストリーミング配信されていません。
――だからV字回復に至らないと。
亀田:その結果、問題は制作の現場に流れるお金が削減され続けていることです。制作費が減れば、今いるスタッフは疲弊するし、新しい人材も育たない。
nekokak:しかし今回のように、クラウドファンディングや企業、自治体からのスポンサードといった新しいお金の流れがあって、それをもとに無料の音楽祭ができたら変わってくると。
亀田:そのとおりです。
ライブや音源制作でも、企業がメリットを感じてスポンサードしてくれるようになれば、無料あるいは低価格で開催やリリースができるかもしれない。
誰もがもっと気軽に音楽に触れられるようになれば市場も広がる。
音楽祭は、こうした潮流をつくるための挑戦の場でもあるんですよ。
届ける形が変わっても、つくるものは変わらない
――ITも音楽も、テクノロジーの進化で、メディアやデバイス、そして収益構造も変化してきました。では「モノづくり」という意味ではどう変わったのか、現場の最前線にいるお2人はどう感じていますか。
nekokak:我々の世界だとモバイルアプリがわかりやすいですね。
フィーチャーフォン、いわゆる”ガラケー”の時代は、アプリで実現できる範囲が限られていたので、ちょっとした技術で新しいアプリを公開したら「すごい!」と皆が感動して、使ってくれた。当時はビジネスがやりやすく、伸ばしやすかったんです。
亀田:ふむふむ。
nekokak:それが、2010年代に入ってデバイスの主役がスマホに変わると、技術的に実現可能な範囲が一気に広がりました。
すると今度は、エンジニアが単純なコードを書いたウェブサービスでは見向きもされなくなりました。
表現の幅が増えたと同時に、ユーザーの目も肥えてきましたからね。このタイミングで変化に追いつけないサービス・事業は、やはり淘汰されていきましたよね。
――メディアやデバイスの進化に対応して、技術をアップデートしていくことはまず必須だと。
nekokak:ええ。ただ一方で、ベースにあるのは 「お客様にいいものを届けたい」という普遍な意思なんですよね。そういった根っこの根の部分があるから、市場の変化やテクノロジーの進化に、当たり前のようにアジャストできる 、とも強く感じています。
――音楽の場合はどうでしょう?
亀田:僕は世代的にまさに音楽ソフトの変遷と共に歩んできた実感があります。
アマチュアの頃はレコードで、デビューした頃はCDが主流に。やがて音楽ダウンロードが主流になり、いまはストリーミングに移行しつつある。
nekokak :音楽の「入れ物」は劇的に変わりましたよね。
亀田:はい。ただね、結論からいうと、そんな変化があっても、僕がつくる音楽そのものは全く変わっていないんですよ。
――変わっていない、とは?
亀田:スタジオでバンドの音を録ろうと、パソコンで曲を作ろうと、 大事にしているのは「自分がワクワクと打ち震えるような音楽をつくる」ことだけ です。
この、“熱量”をどれだけ落とさずにユーザーに届けられるか、しか僕は考えていません。
亀田:僕の場合は、ですよ。
もちろん音楽のフォルムみたいなものは、メディアの変化、ユーザーの聴き方の変化で変わってきています。
たとえば欧米では顕著ですが、ほとんどの場合、ストリーミングで聞かれるため「イントロがない」「3分以内」の曲がとても増えている。
亀田:すぐ「つかむ」ためです。イントロが長かったり、曲そのものが長かったりすると、ユーザーが飽きて、すぐ曲を飛ばされてしまう。TVでCMをスキップ録画するのと同じ原理です。
nekokak:なるほど。デジタルストリーミングだからこそ、何分何秒で曲を飛ばしたというユーザーのリスニングデータがとれるわけですもんね。
そのデータに基づいた曲づくりが可能になった。
亀田:そのとおりです。
正直、僕のところにもそうしたオーダーが来ることが多いです。
しかし 「自分とユーザーの心を震わす」曲にすることが何より大切なので、データありきで「短くしよう」「歌から入ろう」と決めることは絶対にない です。
亀田:ええ。「5分でもつかみ続けられる」自信と経験値がありますからね。
まあ……なかなかメンタルが強くないと難しいですけどね。反対意見が出ることもあるしね(笑)。
結果指標だけみたモノづくりは本質から離れる
――モノづくりがデータやマーケティングに縛られる、いまその傾向はあらゆるモノづくりの場で生まれている気がします。IT業界ならなおのこと、ですよね。
nekokak:はい。ただ僕も亀田さんと同意見ですね。
DeNAのようなITのモノづくりでは、当然データを重視します。
アプリのサービスでいうならばリターンレート(※2)みたいなものは大事な指標です。ただあくまで「結果指標」なんですね。
※2……回帰率。過去にサービスを利用した利用者が再び利用している割合。
――「レートをあげるためにどう機能を変えるか」からモノづくりをしてはダメだと。
nekokak:そう。 結果指標だけみたモノづくりは本質から離れる。そもそも小さくまとまった発想しか出てこなくなる。本当にユーザーの心をつかむような機能、サービスは生まれない 気がします。
亀田:そう!芯を食ったところを伝えていくことですよね。
そこは音楽もITも含んだ、すべてのモノづくりで一番大事なところじゃないかな。
だってマーケティングデータって、どんなに大量に正確なものが揃ったとしても「過去の積み上げでしかない」ですからね。
そうそう、椎名林檎さんのデビューのとき、僕がプロデュースさせてもらったんですね。
nakokak:いや、もちろん知っています(笑)。
亀田:最初はもう周りのスタッフの多くが「売れない!」と言っていたんですよ。
nekokak:そうなんですか!? どうして?
亀田:「彼女のようなタイプの音楽の先例がなかった」から。
でも 「今までにないからこそ面白い!」と熱狂してくれる人は絶対にいる。そういう人を巻き込むようなイノベーションは、先例のない突然変異から生まれる と信じていました。現に椎名林檎さんはそうなりましたよね。
「なんとなくいいね」にかなうものはない
nekokak:僕も若いエンジニアと組むことが多いのですが、亀田さんも若いアーティストとコラボレーションされますよね。彼らとのモノづくりで気をつけていることはありますか?
亀田:よく「まだ若いもんには負けない!」みたいな表現がありますが、僕はまったくなくて、むしろ逆。「若いというだけで絶対的に素晴らしい」と思っています。
nekokak:その理由は?
亀田:まず圧倒的にエネルギーを秘めていること。そして経験値がまだ低いからこそ「前例に縛られない」からです。
繰り返しになりますが、 初期衝動のような高い熱量をもった音楽こそがユーザーの心をとらえる。だからこそ過去のデータやデバイスに縛られてほしくない んです。
そこに頼るのは10を100にするときで、0を10や100にするときではない。0から生み出すことこそが若さの特権で、イノベーションの芽になりますから。
あと、僕、よく言うんですけど「なんとなくいいね」にかなうものって無いと思うんです。
――「なんとなくいいね」とは?
亀田:たまに親戚の子どもとTVをみていると「この曲好きなんだよね」って言う。
「なんで?」と聞くと「いや、なんとなく」って(笑)。
ただ無意識にいいねって体が感じる音楽的ツボってあるんですよ。ロジックだけを突き詰めてもなかなか見つけられない。
nekokak:わかるなあ。僕らの世界でも「こんなんええんちゃう?」とノリでつくったサービスがヒットすることがあります。
亀田:ね?
nekokak:サイエンスじゃなくて感性、アートの領域なのかもしれません。
「なんとなく」という観点がなく、 理詰めと過去のデータだけでつくったモノやサービス、あるいは音楽は、欠点はないけれど「誰にも刺さらない」 のかもしれませんね。
音楽業界を代表して、ITに、DeNAに期待すること
――今回のコラボレーションをきっかけに、亀田さんがDeNAに、あるいはITのモノづくりに期待することはありますか?
亀田:音楽業界の働き方をアップデートする仕組みをぜひ作って欲しい、あるいは教えてほしいです。
先に述べたように、音楽業界はコストカットの影響で、1人1人の仕事量が増えた結果、現場の隅々まで目が行き届かなくなり、作品の質を下げることにつながっていく悪循環に陥っているように思います。
こうした働き方を含めた業界の課題は、IT業界に学ぶべきことが多いと思っています。
nekokak:それは僕らが得意としていることかもしれません。有名な言葉ですがプログラマーの三大美徳というのがあるんです。
亀田:三大美徳?
nekokak:「怠惰」「短気」「傲慢」です。
怠惰で短気で傲慢だと、ムダな作業や単調な仕事を「俺が効率化してやる!」という発想が生まれ、自分で手を動かしてツールを作り上げる。「なるべく自分で作業をしないようにする」ためにコードを書く、というのが僕らの美徳なんですよ。
亀田:すばらしいね!ぜひ今後もコラボレーションして、新しいことを生み出していきたいですね。
nekokak:ぜひ。本日はありがとうございました。
【話者プロフィール】
音楽プロデューサー・ベーシスト
亀田 誠治(かめだ せいじ)
数多くのアーティストプロデュース、アレンジを手がける。2004年に椎名林檎らと東京事変を結成、2012年解散。2007年第49回、2015年第57回の日本レコード大賞では編曲賞を受賞。近年は自身が校長となり、J-POPの魅力をその構造とともに解説する音楽教養番組『亀田音楽専門学校(NHK Eテレ)』シリーズも大きな反響。2019年元旦に放送されたEテレ特番『Eうた ココロの大冒険』では音楽監督を担当。
株式会社ディー・エヌ・エー 常務執行役員 兼 CTO システム本部 本部長
小林 篤(こばやし あつし)@nekokak
法学部法律学科からエンジニアへ転身し、2011年にDeNAに入社。Mobageおよび協業プラットフォームの大規模システム開発、オートモーティブ事業本部の開発責任者を歴任。2018年より執行役員としてDeNAのエンジニアリングの統括を務め、2019年より常務執行役員 CTOとしてより経営レベルでの意思決定に関わることと、技術・モノづくりの強化を担う。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆: 箱田 高樹 編集:榮田 佳織・栗原 ひろみ 撮影:小堀 将生