スタジアムの枠を超えたパートナーシップ。スポーツとまちづくりを組み合わせ、企業の経営課題に伴走
2026.04.23


「どの船に乗ったか」よりも、その場所で何をつかみ取り、「選んだ道をどう正解にするか」──。
広告、ゲーム、メディア、オートモーティブ、ヘルスケア、そしてまちづくり──。DeNAを一度離れ、スタートアップでの3年間を経て再入社した長野 資正(ながの ともまさ)は、異なる事業領域を渡り歩いてきました。
高いスキルを武器に、与えられたミッションで確実に成果を出すプレイヤーから、チームの総力を動かすマネージャーへ。その変容の過程には、積み上げてきた実績を意図的に手放す「アンラーニング」がありました。
変化し続ける組織を舞台に、自身のキャリアを自ら正解にしていく。その実践者に迫ります。
目次
──現在はスポーツを起点としたまちづくりに取り組んでいらっしゃいますが、広告やゲームのマーケティングに携わってきた長野さんが、なぜこの領域へ飛び込んだのか。そこから教えてください。
やりたかったかどうかでいくと、当初はまちづくり=不動産ディベロッパーの専門的なお仕事というイメージがあり、自信がなかったというのが正直なところです。
一方で、まちづくりや地域コミュニティへの関心が自分の中にまったくなかったかといえば、そうとも言い切れなくて。以前、南場(智子)がメディアで「ムービングターゲット」という言葉を使っていたんです。人は年齢やライフステージによって興味・関心が変わる。そしてDeNAのビジネスもエンターテインメントだけではなく、ヘルスケアやメディカルと領域を広げることで「届ける相手も変化していく」という文脈で使われていた言葉でした。
自分自身も年齢を重ねてライフステージが変わっていく中で、地域やコミュニティ、地方創生といったテーマに自然とアンテナが向くようになっていました。私は川崎市に住んでいるのですが、溝の口エリアには東京・赤坂と神奈川県・大山を結ぶ歴史的な「大山街道」が通っていて、その地域活性化イベントに参加していたこともあります。
ただ、それを「仕事として」やれるかどうかは、まったく別の話です。不動産の知識もなければ、商業施設の運営やテナントの誘致、設計・施工といった専門知識もない。まさか自分がその領域に仕事として関わることになるとは想像していませんでした。赤裸々に言えば、自分から志願したというよりは、会社からの予期せぬ「アサインメント」がきっかけだったんです。
──DeNAを一度離れた理由は何だったのですか。
以前、タクシーアプリ『GO』(※)の前身にあたる配車サービスのプロジェクトに携わることになったのですが、そこで強く感じたのが、社会インフラをつくる事業ならではの「圧倒的に長い時間軸」でした。
※JapanTaxi株式会社のタクシーアプリ「JapanTaxi」とDeNAの「MOV」が統合し、2020年9月からサービスを開始。
モビリティビジネスは、産業全体の変革や法制度への対応なども含め、中長期的なスパンで戦略を推進していく世界です。ただ、そうした壮大なグランドデザインを前に、当時の私は「自分の日々の行動が、この大きな事業の成果につながっている」という手触り感を、どうしても持ちづらくなってしまって。まるで自分自身が組織の歯車の一つのようになって埋もれていくような、強い焦りを抱えていました。当時、40歳を前にしていたこともあり、「もっとスピード感のある環境で自分の成長実感を高め、自分自身の幅を広げたい」と考え、DeNAを離れる決断をしました。
──外に出て、また戻ることにしたのはなぜですか?
前職のスタートアップでは、観光業界向けにインバウンド向けチャットボットの事業拡大に関わっていたのですが、順調に導入施設が増えていた矢先にコロナ禍の直撃で180度の方針転換を余儀なくされました。先行きが不透明で思うように成果が出せない状況の中、今後のキャリアを冷静に判断して転職を決意、最終的にDeNAへの再入社を選んだのは「予想外の異動や抜擢(アサインメント)の可能性がある」ことが大きかったです。
──「アサインメントの可能性」?
はい。当時、ありがたいことに複数の選択肢をいただいていましたが、最終的にこの場所へ戻る決断を後押ししたのがアサインメントの柔軟性でした。DeNAは多角的に事業を展開していることもあり、異なる事業部のメンバーを新しいプロジェクトに抜擢するカルチャーが根づいています。実際、私が未経験からまちづくりに関わることになったのもその典型です。「自分の想像を超えたアサインメントが起こる」という環境そのものが、私にとっては不安ではなく、大きなワクワクなんです。それが決め手でした。
──スタートアップでの3年間、DeNAでの学びが生きた場面はありましたか?
会社の規模も資金も人材も、DeNAとは異なる環境でしたが、DeNAで身についた「ことに向かう」という考え方は、自分の根底にあり続けました。
たとえば、インバウンド向けチャットボットのサービスを提供していたとき、導入先であるホテル側には「夜間シフトに英語話者はいても、時間帯によっては他の言語の話者がいない」といった課題がありました。そこで私たちは、チャットボットを使って24時間365日、多言語でフロント業務をカバーしていました。ただ、サービスに含まれていた「飲食店の予約代行」などは、当時完全に自動化しきれない部分もあり「人力」で回していました。ゲストの代わりに飲食店を予約したものの、急な当日キャンセルが発生してお店からのクレームが直接こちらにかかってきたり。「お店に迷惑はかけられないから、社員で食べに行こう」なんて、今振り返れば笑い話ですが、当時はとにかく必死でした。
でも、「ことに向かう」という観点からすれば、それはサービスに必要なことでやるべきことでしかなかった。そういう泥臭さを苦労と感じずに動けたのは、DeNAで自然と身についた姿勢があったからだと思います。
この「成果を出すためなら、どんな泥臭いアプローチでもやり切る」というスタンスは、スタートアップでも大きな武器になりました。しかし、このスタンスこそが、再びDeNAに戻った私にとって、後に大きな「アンラーニング」を迫られる壁になりました。
── 一人で動いて成果を出すスタイルのプレイヤーから、組織を動かすマネージャーへ。長野さんがご自身の働き方を変えようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
最初の転換点は、2018年に一度DeNAを離れて飛び込んだスタートアップ時代、コロナ禍に直面したときです。
当時、市場環境が激変したことで、自分のスキルのうち、ごく一部の限られたものしか発揮できない状態になりました。インバウンド向けのチャットボット事業を展開していましたが、コロナ禍で需要がストップする事態に直面したのです。新たな市場の開拓に向けてピボットを図るものの、急激な変化の中ですぐに実行できることは「新規アポの電話営業」のみ。しかし、リモートワークの普及によってオフィス不在の企業が増え、電話すらつながらない。そんな思うようなアプローチができない日々が続きました。
自分のリソースのほぼすべてを仕事に注いでいるにもかかわらず、目に見える成果に結びつかないシビアな現実を突きつけられ、個人のスキルの切り売りの危うさを痛感したんです。市場のルールが変われば過去の成功パターンは通用しなくなる。だからこそ、環境を言い訳にせず、自分自身のOSを書き換えなければならないと本気で思いました。
──その「OSを書き換える覚悟」を持って、2021年にDeNAへ再入社されたと?
はい。ただ、人間はそう簡単に長年染みついたスタイルを変えられるわけではなく、戻って最初に配属されたヘルスケア事業で再びその壁にぶつかりました。
To C向け遺伝子検査事業において、「(限られた予算の中で)検査キットを売れるだけ売り切ってみよう」というフェーズで他部署から異動してきた新卒1年目の社員の育成を任されたのですが、当時の私は、目の前のミッションを個人の営業スキルで淡々と突破しようとするプレイヤー意識のまま。スピードを最優先するあまり、組織を俯瞰して次世代の育成にコミットする視点が欠け、彼をうまくマネジメントできなかったんです。
全力で販促施策をやり切ったものの、結果として、目標に届かないまま事業クローズを迎えることになりました。「もしあのとき、チームで勝つためのアプローチができていたら異なる結果になったのではないか」。その思いが強く残りました。
──では、どういう経緯で現在のスポーツ・スマートシティ(まちづくり)の部門へ入ることになったのでしょうか。
再入社して最初に在籍したヘルスケア事業で、自分の力をどこまで活かしきれているか、もどかしさを感じていたんです。そんなときに、横浜拠点事業開発部の部長と話をする機会があり、「長野さんのこれまでのジェネラリストとしてのスキルを、横浜市旧市庁舎街区活用事業におけるエリアマネジメントで活かしてみないか」と声をかけてもらったのが入口でした。
事業ポートフォリオが広がっていくと、それぞれの領域のプロフェッショナルを迎え入れることは必要不可欠ですが、専門家だけでは組織がうまく機能しない局面が必ずあります。泥臭い現場のタスクも含めて「ことを進めるために何でもやる」ジェネラリストがピースとして必要なんです。会社が急成長して組織が細分化されるほど、この「ドメインを横断して組織の結節点になれる人材」の価値は高まっていく。そこに私の役割を見出せると考えました。
──未経験領域への挑戦ですが、初期はどのようにプロジェクトに入っていったのですか?
最初に担当したのは、今の「BALLPARK Xmas」の前身となる「BALLPARK FANTASIA」というイベントの協賛営業、アーティストとのコラボプラットフォーム「Neee」(※)のアライアンス営業、そしてSDGs領域の新規事業検討の3つです。
こういうときの入り方として、プロジェクトの現状で不足している課題を見つけ、主体的に動き出すことを心がけています。「今このプロジェクトで困っていることはこれですよね、だったらこうしてみてはどうか」と指摘するだけではなく、自ら考え動いていく。小さな成功体験を積み重ね、早期にチームからの信頼を獲得することを意識しました。
※2026年6月現在サービスは終了しています。
──持ち前の泥臭いアプローチでチームに溶け込んでいったのですね。しかし、そこからさらに「アンラーニング」が必要になる局面があったのでしょうか。
はい。最初は従来のスタイルのまま、自分の営業スキルを武器に3つのプロジェクトを掛け持ちして動いていました。会社として大きな横浜市旧市庁舎街区の活用事業を進める中で、「今携わっている3つのプロジェクトが終わったら、次は何をしようか?」という漠然とした不安と未知なるチャンスへのワクワクが入り混じった気持ちがありました。
そんななかで突きつけられたのが、オートモーティブ事業に携わった時に感じたような、まちづくりの圧倒的な「時間軸」でした。たとえば横浜市旧市庁舎街区活用事業として2026年3月に開業した「BASEGATE横浜関内」は、2019年の事業者選定から開業まで約6年半を要しています。1年単位ではなく、3年、5年、10年のスパンで街の景色や人流が変わっていく世界を前にして率直に圧倒されました。それと同時に、「自分一人で生み出せるインパクトには限界がある。一人の力では、この街に貢献すると言ってもできることは微々たるものだ」と、本質的に自覚したんです。
振り返れば、スタートアップ時代に「個のスキルの切り売り」の危うさを痛感した経験、そして再入社後の苦いマネジメントの葛藤があったからこそ、それまで頑なに抱えていたプレイヤーとしてのプライドを手放すことができたのだと思います。外の世界を経験し挫折を味わったからこそ、自分が前に出るのではなく、一歩引いてチームの「総力をいかに発揮するか?」という方向へ、真にマインドを切り替えることができました。
そのほうが、結果として何倍ものインパクトを生み出せる。アンラーニングすることで、初めて視界が開けた感覚がありました。
──思考を切り替えてから、具体的に何が変わりましたか?
スコープのスケールがまったく変わりました。以前は「日々の販売数量や売上」「その月の実績」など目の前の単位を注視しがちでしたが、今は関内駅周辺の横浜スタジアム、横浜公園、BASEGATE横浜関内、2027年にリニューアル予定の大通り公園、横浜市で行われる「GREEN×EXPO 2027(2027年国際園芸博覧会)」、そして、順次進む2030年に向けた近隣エリアの開発までを、中長期のロードマップとして意識しながら、当社ならではの価値創造のあり方を考えています。
──スペシャリストが集まるチームの中で、ジェネラリストとして大事にしていることはありますか。
常に「相手が主役」というスタンスです。まちづくりの領域には、不動産や商業開発のプロフェッショナルたちが中途入社で活躍されています。自分よりはるかに専門知識を持っている彼らが、どうすれば気持ちよく最高のパフォーマンスを発揮できるか。
そのために、個々人のWill/Can/Mustの把握から始まり、誰と誰を組み合わせれば組織としての力が出るかを見極め、多様な専門家が集まる会議の場で建設的な意思決定が行われるよう、事前に丁寧な意見交換を重ねて合意形成の土台を築いておく。そうした「周囲を巻き込むためのプロセスマネジメント」を、かなり意識するようになりました。
これは昔の自分にはなかった発想です。それがあることで視野が格段に広がる。「自分自身のスキルや視点を、チームのパフォーマンスを最大化するために機能させる」。そんなイメージで動くようになりました。
──長野さんが現在携わっているお仕事について教えてください。
DeNAは横浜DeNAベイスターズ、川崎ブレイブサンダース、SC相模原という3つのスポーツチームを有していますが、それぞれのホームスタジアム・アリーナと、その周辺の街区を一体的に開発していくのがDeNAグループならではのまちづくりです。
その最初の取り組みとして、今年3月に横浜・関内駅前に「BASEGATE横浜関内」が開業しました。私たちのミッションはシンプルに言えば、「試合がある日もない日も、オフシーズンも、このエリアに人が来る理由をつくり続けること」です。
そのために今取り組んでいるものの一つに、横浜公園をメイン会場としたクリスマスイベント「BALLPARK Xmas」があります。これは、私たちの拠点である横浜スタジアムのある横浜公園に巨大なツリーやマーケットを展開するだけでなく、日本大通りのイルミネーションや、横浜赤レンガ倉庫のクリスマスマーケットとも連携し、街全体を一つのクリスマス空間として盛り上げる仕掛けです。
私たちが目指すのは、自社のアセットだけに閉じるのではなく、周辺の事業者様や交通機関、自治体の方々とも広く連携しながら地域一体となった面的な開発を推進すること。関内地区と臨海部を人が相互に行き交う「面的な賑わい」をつくり、エリア全体を人が巡る新しい体験を生み出したいと考えています。
──それが、来年の「GREEN×EXPO 2027」という大きな波へとつながっていくというわけですね。
はい。国内外から多くの来場者が見込まれる大型博覧会で、会場の横浜市・旧上瀬谷通信施設に向かうトラフィックをどう関内エリアに引き込んでくるか。MICEの文脈でも仕掛けを考えているところです。
面白いのは、この感覚がチャットボット事業に携わっていた時期、インバウンドが急増していたあの頃の興奮に似ているんです。コロナ禍を経て、また新たなインバウンドの大きな波がこようとしている。今年も開催予定の「BALLPARK Xmas」、来年開催される「GREEN×EXPO 2027」など、さまざまなイベントを起点に人流の大きな波をつくり、そしてそれを事業収益につなげるのが目標です。
──直近の目標を語られる表情からも、今とても充実している印象を受けます。長野さんにとって、エリアマネジメントの仕事のどういった部分に面白さやワクワク感を感じているのでしょうか。
エリアマネジメントって、本当に「答えのない仕事」だからです。
私たちはもともとインターネット企業であり、広大な土地を昔から保有しているわけではありません。だからこそ、スポーツやエンタメ、デジタルといった「ソフトの力」で人の心を動かし、街に新しい活気と体験を生み出す。それが私たちの勝負どころです。
その具体的な挑戦の一つが、2027年の開園に向けて総力を挙げて推進している、横浜市初の大型Park-PFI事業「横浜市大通り公園1区~3区リニューアル事業」(※)。「BASEGATE横浜関内」と、公共空間である「大通り公園」をデジタルやイベントでシームレスに連動させ、関内・関外エリア一帯に持続的な賑わいをつくり出すことです。
※「横浜市大通り公園1区~3区リニューアル事業」について詳しくはこちら
「それぞれの魅力的なアセット(コンテンツ)をどう組み合わせることで、滞在時間を延ばし、消費を最大化できるか」。この問いに、まだ正解はありません。決められた仕様をこなすのではなく、答えのわからない問いを自分たちで泥臭く考えてチャレンジできる。だからこそ、40代を迎えていますが、これまでのキャリアの中で「今が一番楽しい!」と言えます。
──答えのない挑戦にワクワクされている様子がお話から伝わってきます。もし今、過去の長野さんのようにキャリアチェンジや「出戻り」に迷っている人に声をかけるとしたら、どんな言葉を選びますか?
振り返ると、私は決して「計画的にキャリアを歩んできた人間」ではありません。2018年にDeNAを一度離れたとき、転職活動で別の企業という「船」を選んでいたら、まったく違う人生があったはずです。
でも、後悔はありません。外に出たからこそ、スタートアップの混沌とした現場でしか得られない強烈な経験が積めた。乗る船のスペック(会社の規模やリソース)で見える景色が変わることは事実ですが、結局のところ、「どの船に乗ったか」よりも「その場所で何をつかみ取ってきたか」、そして「自分で選んだ道を正解にする」という考え方の方が、キャリアにおいてははるかに重要だと思うのです。
当時、スタートアップからDeNAに戻ってきた際、私は自分のノートにこんな言葉を書き残していました。
「自分の視点の持ちようによって、組織の歯車になるか、それとも歯車を自らつくる側になるかは、自分次第でいくらでも変えられる。外で経験を積んだ今の自分には、これまでのDeNAにはない発想や視点が間違いなく湧き出ている感覚がある」。
DeNAは、外の世界で培ってきた経験や、そこから湧き出る新たな視点を、組織を活性化させるための「アップデート」として信頼し、歓迎してくれます。だからこそ、会社に新しい舞台を「用意してもらう」のを待つのではなく、自らのアップデートのためにこの組織というプラットフォームを「活かしきっていく」。それが、私にとってのDeNAです。「転職せずに社内で異なる事業領域に挑戦できる」という選択肢の広さは、この会社ならではの圧倒的な強みだと思います。
かつてのように一人で成果を追うのではなく、手放すことを覚えたからこそ、今チームと共に新しい街の未来をつくる挑戦に向き合えている。「戻ってきた」というより、「アップデートした自分で、新しい舞台をつくりに来た」。これからも、仲間と一緒に挑戦し続けたいと思います。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆・編集:川越 ゆき 撮影:内田 麻美
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