元外科医と医師の働き方改革を紐解く。必要なのは“病院の”働き方改革だという真意とは
2025.01.22
さまざまな業界でDX推進が叫ばれて久しい中、世界の医療DXは実際どれくらい進んでいるのか。世界と比較して日本はどうなのか──。
「ICTの力で医療の格差・ミスマッチを無くし、 全ての人に公平な医療福祉を実現する」というミッションのもと、国内外で医療DXを推進しているのが、2022年にDeNAにグループインしたアルム。象徴的なプロダクト、医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」は現在30ヶ国以上で活用され、2024年にはNewsweek誌「World’s Best Digital Health Companies 2024」(世界最優秀デジタルヘルス企業)のTelehealthカテゴリーにも選出、世界中の医療機関から注目を集めています。
そうしたグローバルでの躍進を影で支えているのが、同社海外事業の執行役員・相良 美奈子(さがら みなこ)。JICA(国際協力機構)や大手コンサルを経て、2022年にアルムへ。一環して「医療×グローバル」による社会課題解決に奔走してきた人物です。
今回は、そんな彼女に「グローバルな医療DXの現状とは?」「日本と各国の違いとは?」、さらに「自身のキャリアと、アルムでの仕事の醍醐味について」までインタビュー。アルムと彼女の現在地を明らかにします。
──日本でも医療DXの重要性が説かれていますが、そもそも海外はどのような状況なのでしょうか?
アメリカや北欧などの国が医療分野のDXを牽引しているのは、皆さんなんとなく聞いたことがあるかもしれません。
もっとも、新興国や途上国と呼ばれる国でも、医療DXが進んでいる状況が多く見受けられます。
──たとえば?
中東は面白い取り組みが見られますね。たとえばサウジアラビア。「SEHAバーチャルホスピタル」という保健省が主導する遠隔医療プラットフォームがあって、サウジアラビア全域の170ほどの病院と接続し、AIやIoT、弊社の「Join」なども活用しながら専門医による遠隔診療や診断支援を提供しています。
サウジアラビアの国土は日本の6倍くらい。ただ、その広大な土地に住んでいるのは3396万人ほど。日本の約25分の1の人口密度で、自ずと専門医療は都市部に集中します。
そのような中、「SEHAバーチャルホスピタル」では、150人ほどのあらゆる分野の専門医が地方の医療機関を遠隔で支援できる仕組みを整備しています。ですので、どんな過疎地でもネット環境さえあれば、脳卒中、心臓病、糖尿病、ICU支援など、幅広い診療分野でバーチャルコンサルテーションを提供できる。医療の質向上に向けて、専門医などの限られた医療リソースを、広大な土地で効率的に活用しているわけです。
──それは国が推進している医療DXなのでしょうか?
そうです。サウジアラビア王国が掲げた国家変革プログラム「サウジ・ビジョン2030」にのっとってトップダウンで実施されています。
同じ中東ではドバイも国をあげて医療DXを進めています。電子カルテを統合し、どんな病院からでもリアルタイムに患者の診療履歴にアクセスできるようになっています。また、24時間いつでも医師とオンラインで相談できる無料の遠隔医療サービスなども政府により提供されています。
──比べると、日本の医療DXが立ち遅れているように見えてきます。理由はどこにあるのでしょう?
よく指摘されるのが規制の厳しさです。新しいこと、これまでと違うことをやろうとすると、法律や条例などの規制が壁になることがどうしてもあります。また「日本の医療がとても優れている」ことも影響しているのではないでしょうか。
日本には自己負担額原則3割で医療サービスを受けられる「国民皆保険」があり、全国どこの医療機関でも均一な医療費で受診できる「フリーアクセス」が保証されています。世界の中でも非常に優れた医療制度だと思います。
──基本的な医療の質が確保されているゆえに、急激なデジタル化や変革の必要性を感じにくいという点が影響している側面もあるのではないかと……。
はい。少なくとも医療資源が限られた途上国や新興国などに比べると、「医療へのアクセスを改善してほしい」「医療の質をあげるべきだ」などといった、医療DXが果たすようなニーズが高くなりにくいのかなと。一方で、途上国や新興国などでは、医療へのアクセスや質の問題が非常に深刻なケースがあり、規制の緩さなども影響して、一気にイノベーションの導入が進みやすいといった側面があります。そしてそれは中南米、中東、アフリカなどに子会社を構えるアルムにとっても大きな事業機会です。
──アルムの海外での事例にはどんなものがあるのでしょう?
まずブラジルはアルムのソリューションを最も活用していただいている国のひとつです。27ある州のうち10州で「Join」が採用されています。
具体的には、脳卒中や心筋梗塞などの急性期疾患の医療ネットワークを、「Join」で構築。約400病院2万人以上の医療従事者が利用しています。
たとえば脳梗塞を発症した場合、4時間30分以内に脳の血管にできた血栓を溶かすtPAという薬剤を投与すると大事にいたらない可能性が高い。逆に4時間30分を過ぎると後遺症が残る確率が急上昇し、最悪の場合、命の危険すらあります。
つまり、いかに脳梗塞か否かを診察して、tPAを処方する判断を下す必要があるのですが、その判断をする専門医がいなければ難しいわけです。
──「Join」のやりとりで、遠隔からでもそうした判断をできるようにしたのですね。
はい。「Join」のアプリを使って遠隔から診断支援してもらうことで、専門外の医療従事者でもtPA処方の判断を素早くできるようになりました。
実際に「Join」を採用したいくつかの州では、それまで0%だったtPAの処方率が、10%以上にあがりました。
──つまり、大勢の人が「Join」導入によって助かったわけですね。
とてもうれしいことです。
またブラジルでは、「Join」を使ってもらうだけではなく、専門医ネットワークを提供したり、医療従事者の教育や看護師の派遣事業も進めるなどして、付加価値を高めています。
──すばらしいです。「Join」の新たなカスタマイズサービスをはじめている国もあるそうですね。
はい。たとえば「Join Mobile Clinic」があります。
これはもともと中東の現地法人のメンバーから生まれたアイデアで、「Join Mobile Clinic」を活用したプロジェクトは具体的に議論が進捗しています。
仕組みはこうです。
スーツケースに各種ポータブル医療機器がコンパクトに入るようになっていて、これひとつ持っていけば疑似診療所の展開を可能にします。ポータブル医療機器からの医療データはすべて「JoinNotepad」という診療記録システムにオフライン環境でも連携される。この「JoinNotepad」のデータは、そのまま医療従事者をつなぐコミュニケーションアプリ「Join」に接続。専門医と情報共有をして、患者の正確な医療データにもとづいた適切な処置や助言をリアルタイムにもらえる、というわけです。
──「Join Mobile Clinic」のスーツケースを持っていけば、どんな僻地でも医療にアクセスできる?
たとえば無医村の地域や、仮に被災地や紛争地帯でも、スピーディに質の担保された医療の提供が可能となります。
弊社とパートナーシップ協定を締結している国際医療NGO・特定非営利活動法人ジャパンハートでは、3月に起こったミャンマー地震を受けて現地の医療支援活動に活用を開始していますし(※)、現在アフリカ、中東、中南米などの政府や民間企業、NGO等多様なお客様からニーズのお声をいただいています。
※……ミャンマーで実施する医療支援活動について詳しくはこちら
──ところで「Join Mobile Clinicは中東の現地法人のメンバーのアイデア」とおっしゃいましたが、アルムは各国に現地法人があるのですか?
はい、アルムは世界9ヶ国に現地法人を構えています。このグローバルな各国拠点が、アルムのとてもユニークで強力な特徴だと言えます。
まず、今後急成長が期待される新興市場を捉えにいく体制を既に持っていること。ここまで積極的に海外展開を進めているのは日本の中小企業の中でも比較的珍しいのではないかと思います。
そして、医療領域の現地の知見と豊富なネットワークを持つ現地の拠点長がリードする体制をとっていること。日本企業は海外進出する際、日本人を送り込むことが多いですが、現地の優秀な人材に任せることで、製品やサービスありきのプロダクトアウトの海外展開ではなく、各国の市場ニーズにあったソリューションを提供するマーケットインのアプローチが実現できています。スタートアップながら、グローバルですでに多くの支持を得ているのは、テクノロジーの質の高さももちろんありますが、こうした体制によるところも大きいのです。
──チリでも、眼科検診で新たなソリューションをローンチしたと。
はい。スマホ一体型の眼底カメラ「Eyer(アイヤー)」と「Join」を連携させたプロジェクトをローンチして、大きな成果をおさめています。
チリの非営利団体の約2万人の会員を対象にして、「Eyer」で撮影した網膜の画像をチリ国内の眼科専門医ネットワークにシームレスに連携、診察をしています。デバイスに組み込まれたAI診断とあわせることで、診察を受けたうちの66%の症例で網膜異常が確認されました。その後眼科医の診断により、そのうちの55%の症例で網膜異常が確定し、眼科疾患の早期発見にこの技術が効果的であることが明らかになり早期発見に寄与できました。そして本事業は同国で益々拡大しています。
──国内でも国立がん研究センター中央病院が地方のがん診療医師と連携してコミュニケーションをとるなど、新たなネットワークに踏み込んでいますが、海外は目覚ましい普及ぶりですね。
そうですね。とくに途上国や新興国は、医療の課題が大きく、更に医療インフラやテクノロジーが日本ほど整備されていないケースが多い。
だからこそ、一足飛びに最新のテクノロジーを使ったソリューションサービスが普及し、イノベーションが起きる可能性も高い。いわゆる「リープフロッグ」(カエルがジャンプするように、大幅なステップアップを実現すること)が起きやすい面もあります。
──固定電話が普及していない国のほうが、モバイル機器やネットワークがすぐに整備されて普及するような現象ですね。
ええ。また、そうしたイノベーション、ソリューションを提供する主体でありたい。アルムに飛び込んだ理由も、「医療×グローバル」の社会課題を解決したいという想いへの原点回帰にあります。
──以前はJICAにいたそうですね。
はい。大学在学中に医療分野に専攻を変更したいと思い、アメリカの大学に編入。その後、日本の大学院に入り、国立感染症研究所に属しながら国際保健および感染症の研究をしていました。
このとき、フィールドワークでモンゴルやラオスに行き、感染症の研究に従事しました。途上国の医療格差を目の当たりにし、自然と「医療×グローバル」の社会課題を解決したい、役に立ちたいと考えるようになったのです。
そもそも研究室で閉じこもっているより、人と接して泥臭く動きたいタイプだったので、そのまま就職を決めました。
──JICAではどんな仕事を?
専門領域である医療に関して、ODA(政府開発援助)を実行するための調査や事業企画などを行っていました。途上国で病院を建設する案件や、医療機材を提供する案件、あるいは専門家を派遣する案件などもありました。
アジア、中東、アフリカなど、このときは本当にたくさんの国々の事業を担当しました。
──そのJICAに13年に在籍された後、デロイトトーマツ ベンチャーサポートへ転職されました。
はい。JICAで途上国の社会課題に向き合えば向きあうほど、イノベーションの重要性と力強さに気付かされる機会が多々ありました。
今まで陸路で5時間かかっていた道路整備されていない僻地にドローンが15分で医薬品を運べるようになったり、電気が通っていない地方部にオフグリッドソーラーソリューションが電力を供給したり、イノベーションによる社会課題の解決を目の当たりにしました。
こうしたイノベーティブな手法による社会課題の解決の大きな一翼を担っていたのが、スタートアップだったのです。
──「リープフロッグ」を実際に起こしていたのは、斬新なアイデアと機動力をもったスタートアップだったと。
そうですね。そこで、スタートアップの支援をするデロイトトーマツベンチャーサポート(以下、DTVS)へ。当時、DTVSは新興国への海外進出支援や開発業界のオープンイノベーション支援は手がけていませんでしたが、これら領域の事業を仲間と新規で提案。現在では一つの事業の柱となっています。
デロイトのようなコンサルティングファームは、それぞれの領域で高いケイパビリティ(強み)を持った人たちがいます。そのようなメンバーとチームアップしながらイノベーションを普及・促進するための事業を企画・提案し、獲得して実行していくことができ、とても刺激的でした。
──まさにイノベーションの手助けをするような仕事ができたし、確かな成果も出されました。しかし、その後DTVSを飛び出し、アルムにジョインされました。理由は何だったのでしょうか?
幅広な領域でコンサルをする中で、自分のなかで「医療×グローバル」にフォーカスしたい、しかも一つ一つの事業の成長にコミットして向き合いたいという気持ちが募っていました。
──そこでアルムへ移った?
そのとおりです。前職時代からアルムの存在は知っていて、積極的にグローバルに事業を展開し、医療にフォーカスして、イノベーティブな事業を展開していた。「ICTの力で医療格差をなくす」というミッションも、私自身のミッションと重なっていましたから。
今までの自分の経験を最大限活かし貢献できる場と思い、飛び込みました。
──アルムでの仕事、雰囲気はいかがでしたか?
なかなかしっくりきました(笑)。
非常にグローバルかつダイナミックな環境で、中東、アフリカ、ブラジル、チリ、東南アジア、欧米のメンバーと日々連携しながら事業を推進しています。
スタートアップ的環境の中で、子会社支援と管理、新規事業の企画・推進、相手国関係者との折衝など、やることは多いですが、一人一人の裁量が大きく、自分が考え、動いただけ、物事が変わる実感があります。
そして、今後急成長していく新興国市場を捉えにいく体制が既にあり、その中でグローバルのメンバー全員が事業拡大に向けて同じ方向を見ている。まだまだやることは多いですが、グローバル事業を急成長させ、途上国や新興国の社会課題に貢献していきたいと考えています。
──グローバルで活躍したい方や、社会課題の解決に従事したい方にとって、相良さんのキャリアパスはとても参考になる気がします。
どうでしょう。ただ一つ言えるのは、今いる場所で何かしっくりきていなかったり、挑戦しきれていないような思いがあったりしたら「いくらでも新しく挑戦すればいい」と思います。私だって40 歳を過ぎて、自分は官公庁系よりコンサルよりも事業会社の方がしっくりくるんだなと気づいたわけですから。
今いるこの場所で、自分とアルムのミッションをしっかりと果たしていくつもりです。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
写真提供:ジャパンハート
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき 撮影:内田 麻美
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