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口ぐせは「Make a Difference」為替と海外ビジネス投資支援の実務を担った、DeNA初エコノミストの横顔

2024.09.02

2024年9月、DeNAはチーフエコノミストを新設、元財務省為替市場課長の大矢 俊雄(おおや としお)が就任しました(※)。

大矢といえば、大蔵省(当時)に入省後、国際金融を舞台に数々の功績を残してきた霞ヶ関の元官僚。直近では内閣官房で内閣審議官兼海外ビジネス投資支援室長を務め、ウクライナ支援をはじめとする日本企業の海外での事業展開における、国際機関との調整や各国政府との交渉を担ってきました。

大矢とDeNAの出会いは2022年。子会社のアルムが現在累計30ヶ国以上に展開する医療関係者間コミュニケーションアプリ『Join』に注目し、アルムを訪問したことに端を発します。なぜ今回彼はDeNAに加わることを選んだのか。その理由と、意思決定の根底にある人となりに迫りました。

※大矢のチーフエコノミスト就任に関するプレスリリースはこちら JP/EN

官僚時代では経験できなかったことをDeNAで実現したい

──今年6月にDeNAに入社し、7月に子会社のアルムの取締役CGIO(チーフ・グローバル・インベストメント・オフィサー)に就任、そしてこのたびのチーフエコノミスト就任と、政府や国際機関で活躍された大矢さんが、なぜ今DeNAにジョインしたのか。まずはそこからお聞かせください。

前置きとして最近の職歴をお話させていただくと、これまでIMF(国際通貨基金)、世界銀行、アジア開発銀行の3つの国際機関で仕事をしました。また、2019年から2年間、私は財務省から国際協力銀行(以下、JBIC)に常務取締役として出向し、プロジェクトのリスク管理と案件審査の責任者を務めていました。さまざまな現場で鍛えられ、プロジェクトを成功させるためには「計算されたリスク」を取ることも重要だと学びました。

新たなチャレンジの場としてDeNAを選んだ理由は、端的に表すなら、自分でプロジェクトをつくることができるから、です。

国際機関やJBICはお金を貸す機関です。政府では海外ビジネス投資支援室長を務めましたが、投資家や政府の支援機関、もしくは途上国に赴任している日本の大使に企業や事業を紹介するつなぎ役です。企業や政府がつくったプロジェクトにお金を貸したり、ハブとして人を紹介することはできても、自分でプロジェクトをつくることはできませんでした。

──DeNAでプロジェクトをつくることに魅力を感じられたのでしょうか。

そうですね。新しいことは、何歳からでも始められます。チーフエコノミストも、大きな意味でプロジェクトをつくることに貢献できる。やらせて欲しいと自ら申し出ました。

▲株式会社ディー・エヌ・エー チーフエコノミスト 兼 株式会社アルム取締役CGIO 大矢 俊雄(おおや としお)
1986年大蔵省(現財務省)入省。コロンビア大学ロースクール留学、IMF審議役、世界銀行理事代理、財務省主計局国土交通・環境係担当主計官、国際局為替市場課長、金融庁国際担当参事官、財務省大臣官房総合政策課長、アジア開発銀行(在マニラ)人事・予算担当局長、財務省大臣官房審議官(国際局担当)、国際協力銀行常務取締役、内閣審議官兼海外ビジネス投資支援室長などを歴任。2024年6月DeNAにエグゼクティブ・エコノミストとして入社、同年7月に子会社の株式会社アルムの取締役兼チーフ・グローバル・インベストメント・オフィサーに就任。2024年9月DeNAのチーフエコノミストに就任。

財務省時代の印象に残る仕事のひとつに、東日本大震災後のG7円売り協調介入オペレーションがあります。当時、私は為替のマーケットの担当課長、つまり為替介入のオペレーション実施の責任者でした。

2011年3月11日に東日本大震災が発生した際、誰もが円安になると予想しました。私も週明け日本が破綻するような円安になったらどうするかを考えて週末も出勤しましたが、実際はその逆のことが起こりました。週が明けると円が急伸し、木曜の朝6時過ぎにそれまで円高の記録だった79円75銭が私の目の前で大きく割れました。76円25銭までプライスが飛んだのです。

日本の国難の時に円高を仕掛けるとは許せない──政府はすぐに他のG7の国と協調介入の相談を開始し、翌日の3月18日金曜日の朝からG7円売り協調介入のオペレーションを始めました。東京からスタートして、次にヨーロッパの国々、最後にアメリカのマーケットが開くとアメリカの当局、地球を1周した介入のオペレーションです。組織としての大きな仕事の中で、私のチームは失敗できない、しびれるような介入のオペレーションができた。これは自身のキャリアにおいて忘れがたい記憶となっています。

この後、財務省大臣官房の総合政策課長としてマクロ経済の分析、経済対策取りまとめ、日銀の金融政策の窓口等の仕事を担いました。その後、海外投資支援の仕事に携わる一方で、心のどこかでもう一度マーケット・マクロ経済系の仕事をしたいという思いがありました。

公務員退官後しばらくしてアルム入社の話を伺った際、そんな話をDeNA取締役の大井さんとする機会があり、「もしDeNAにマーケットをフォローしている方がいないなら、私にやらせてもらえませんか」と申し出ました。「海外事業の判断の基礎となる情報を提供することは重要です。誰もやっていないなら私にお任せいただけないでしょうか」と。

世界に広めたい、アルムの遠隔診療技術

──チーフエコノミスト就任に先立ち、取締役CGIOとしてアルムに入社されました。アルムに参加した背景は何だったのでしょう?

理由はシンプルで、アルムの遠隔診療の技術の素晴らしさに惹かれたからです。

私は2022年当時、政府の内閣官房で、内閣審議官兼海外ビジネス投資支援室長を務めていました。技術があるのに海外事業展開に苦しむ日本企業を支援する目的で新設されたオフィスの初代室長です。2年間で延べ170社以上に話を聞くなかで、 アルムが海外展開を積極的に行っていることを聞きました。そしてアルムを訪問して代表取締役社長の坂野さんに話を伺い、素晴らしい技術、「日本が勝てる技術」であると確信しました。

──アルムは医療関係者が高セキュリティ環境下でリアルタイムに情報共有ができるアプリ『Join』の他、さまざまな医療ICTソリューションを開発・提供しています。アルムの技術に、どのような可能性を見出されたのですか。

たとえば、離島が多い国など、医療機関へのアクセスが困難な地域は少なくありません。他国の政府や国際機関の幹部と話をしていても、遠隔診療の必要性を説く声は多く、そういう国々の医療アクセスの改善をアルムが取り扱う医療機器やシステムで支援することができます。

ウクライナのような状況の国にも大きな貢献ができると考えています。2023年3月の岸田総理のウクライナ訪問の後、ウクライナ支援のモメンタムは更に高まりました。ウクライナの戦況は全く改善せず、医療を必要とする場所に医者が入ることが困難な状況が続いていました。これは、遠隔診療の出番です。私は官邸幹部等にその意義について説明をする一方で、坂野さんとさまざまな話を始めました。

──林外相(当時)のキーウ訪問に坂野が同行したことでウクライナ支援が進み、医療機器の無償提供にもつながりました。

2023年9月、ロシア侵攻後初めて林芳正外務大臣(当時)がウクライナを訪問する際、日本企業5社が同行する形を取り、私も内閣官房のメンバーとして随行しました。その1社がアルムです。

首都のキーウには爆撃の可能性があって泊まれないため、ポーランドとウクライナとの国境で寝台夜行列車に乗り、片道9時間、往復18時間の移動。ウクライナ国内での滞在32時間の内18時間は車中という中、キーウでは、坂野さんがウクライナの大統領や首相に医療ICT技術のプレゼンを行いました。そういった経験を共にしたこともあり、アルムのことも一層よく知るようになったと思います。

ウクライナについては、毎日毎日ウクライナの人々のために何ができるか、一生懸命考えています。アルムは、爆撃で被害を受けたキーウの小児病院に医療器材の無償供与を行うことを決めましたが(※)、これはウクライナへの医療支援のための大きな一歩になると考えています。

※……アルムのウクライナ医療機関への医療機器の無償提供に関する詳細はこちら

DeNAの魅力は圧倒的なスピード感、任せる文化が人を育てる

──DeNAの社風やカルチャーは、大矢さんの目にどのように映っていますか。

任せる文化があることは入社前から聞いていましたが、実際、驚くほどに私自身も任せてもらえていると思います。 任せる風土・文化があることは、やる気を起こさせるという点で、 また意思決定が早くなるという点で、素晴らしいことです。

日本の伝統的な企業は、大企業であればあるほど、海外に投資をする・しないの意思決定に時間がかかる傾向があります。 たとえばインドネシアのとある州が、投資を誘致して、こんな優遇策をオファーしますと言っているのに、本社での意思決定に1年以上かかるとか。その一方で、中国や韓国の多くの企業は1週間で決定し、しかも意思決定を現地に任せています。

任せる文化があると意思決定が早いのは間違いありません。それが日本の伝統的大企業に欠けていると私はずっと思っていたし、2015年から3年間アジア開発銀行のマニラ本部にいたときに現場の実情を見て、海外ビジネス投資支援室長を務めたこの2年間でもそうした姿を見てきました。

DeNAグループの意思決定が早いのは、事業やプロジェクトが現場に任されている証拠。メンバーも行動が早いですね。思ったらすぐに実行する。時々、誰かが一拍置いてもう少しタイミングを待とう、と言い出すこともありますが、 それもチームの誰かが自発的に言い出すことが多い気がします。それがあるので、任せることができるということかと思います。

他方で、任せることについてはリーダーシップが大事です。勝手に走ってしまうと困るものもありますから。要するに、誰に何を任せて何を任せないかを決める、リーダーのこの点の判断と統率力はとても大事です。

──これからDeNAではどのようなことに取り組んでいかれるのでしょうか。

チーフエコノミストも、アルムのCGIOも、新設のポジション。私にとっては毎日がアドベンチャーです。

退官後に入社のお誘いをいただいたときは驚きましたが、新しい帽子をかぶった今、公務員の時にはできなかった具体的な案件づくりのために頑張っていきたいと思っています。アルムについては、現在、累計30ヶ国以上でソリューション提供を行っていますが、国によって求められるニーズはさまざまです。その国に合わせた、最適なソリューションを提供し、遠隔診療を支援する取り組みを加速させていきたい。直近では、パラオ、フィリピン、そしてインドで事業を立ち上げられないか、さまざまな関係先にコンタクトしています。

自分で仕事をつくる、その仕事を推進するためのハード・ソフトウェア環境を整える、初めての経験の連続です。チームの組成もそのひとつ。人材のリクルートも含めて、いろいろな人にお願いをして巻き込みながら始めています。 新たな環境ゆえ勝手がわからないことも多々ありますが、それも楽しもうと思って。挑戦の日々です(笑)。

DeNAを前進させる、象徴的なプロジェクトを創出していく

──大矢さんが国際舞台での英語経験を綴った近著『エイゴは、辛いよ。』(※)にも、苦境を前向きに楽しまれたエピソードがユーモアを交えて書かれていますね。

それでいうと、隠れたアジェンダというか、私が密かにやりたいと思っているのは、若手の育成です。この本は、特にこれから海外でチャレンジしようとしている人、もしくはすでに苦労している人にぜひ読んでほしい。私のエイゴは、最初は笑うしかないレベルでも、読み進めるとだんだんマシになってくるでしょう? それで勇気と希望を与えたいと。

コラムには英語の会議や面談で使える「切れる」フレーズも記しました。英語の敬語、上司の用語法、単語帳の作り方や使い方、ダジャレみたいなものまで。私が日頃から何十年も思ってきたことは、全部この本に込めてあるので、参考にしてもらえたら嬉しいです。

※……大矢の海外生活11年、海外出張100回近くの中で経験した試練と失敗の記録、経験に基づく英語の数々をまとめた実録。詳しくはこちら

──人材育成について思うことはありますか。

「Make a Difference」はいつも言っていて、後ほど改めて申し上げますが、もうひとつ「任せる」ことについて、財務省時代の上司に言われて今でもありがたいと思っている言葉があります。

私が財務省の主計局で国土交通省の予算を担当していたときのことです。財務省では予算を切ることが仕事のように思われていますが、国土交通省の予算要求の中に良いものがあって、切りがたかったわけです。当時、主計局の幹部だった 香川 俊介氏(※)に、後に事務次官になられた方ですが、酒の席で「国土交通省のこの予算はなかなか切れないんですよ」と言うと、「お前が迷うんだったらつけろ」と。こんなことを言う主計局の人はいません。普通は「お前が確信持てない予算は削れ」です。

要するに、俺はお前を信じているから、お前が迷うぐらいならつけた方が良いということなんです。予算を切るだけなら誰にでもできる。大事なことは「Value for Money」で、最も成果が出る予算の付け方をしなさい、金が無ければお前の判断で他を削れば良いじゃないか、と香川さんは言っているんです。

すごく信頼されていることがわかりました。そう思うと、幸せな気分になり、やる気が出て、プレッシャーからも解き放たれました。これこそリーダーシップではなかろうかとつくづく思いました。 自分も組織の中でこういう存在になりたいと思っています。

※……第11代財務事務次官。58歳で逝去。「不世出の財務官僚」と評された。

──DeNAは、2027年3月期にNon-GAAP営業利益150億円を公約していますが、その進捗をどのように見ていますか。

今、DeNAはいろいろなところに種を蒔いて仕込んでいるところです。すぐに業績がよくなるものではないかもしれませんが、どこにどのような種を蒔くかはすごく大事。試行錯誤しなければいけないし、私がやろうとしていることも含めて、新しく試したほうが良いことは数多くあると思います。

種を蒔いて立派な果実を育てるには、いつ肥料を撒くかの段取りを考えることに加え、リスクを知り未然に防止しないといけません。そこに、チーフエコノミストとして貢献したいと思っています。

──では最後に、チーフエコノミストに就任されての、率直な思いを聞かせてください。

エコノミストは一歩間違えると評論家になりかねません。当然のことながら、DeNAは事業会社、事業に役に立つ分析が必要です。現在進めているのは、世界のどこの国にどういうリスクがあるのかの分析です。実際海外に事業の投資をするかどうかの判断を行うときにこれが役に立つはずです。

たとえば、 アメリカ大統領選挙の結果によってどうなるか、中国の不動産セクターの問題が国の内外にどう影響するか、インドにはどのくらいチャンスがありどんなリスクがあるのか──これまでDeNAではあまりやってこなかったが、すぐにお役に立てそうな分析をこれからやっていきたいと思ってます。

種がちゃんと育って果実ができるまでには、育成のための肥料・水やりも大事ですが、枯れないようにするリスク管理も大事です。大雨が降ったり、日照りになったら大変だし怖いと言うだけではなく、そういうリスクを事前に察知して、どのくらいの確度で起こりうるのかを分析して、DeNAグループのみなさんに早め早めに情報を共有していきたいです。

──評論家にはなりそうにもありませんね。

(笑)。あともうひとつ、これから収益を上げていくには、ブランディングが重要です。「DeNAは何をやっている会社なんですか」と私も時々聞かれます。野球やゲームはみんな知っていますが、遠隔診療、AIなど、DeNAが手がけるさまざまな事業について人々に広く知ってもらう。そのためにはブランディングの力を高めていかなければなりません。

私の立場でできることは、まずアルムで、遠隔診療で早く象徴的な案件をつくり、ブランド力を高めていくこと。素晴らしい技術と機材を持ち、最先端のソリューションを世界中で提供できることをおそらくほとんどの国の政府は知りません。国際機関にはアルムの技術のイメージを持つ人が比較的多いけれど、どこの国でどういうことができるかの具体的なイメージを持っている人が少ないのはもったいないことです。世界のいろいろな国で現地パートナーを見つけ、一緒に具体的案件組成の議論をして、現地政府や国際機関に支援を求めていきたいと思っています。

私は常に、Make a Difference─自分にしかできないことをやりなさい。You Can Make a Difference─あなたは違いをつくることができる、と言ってきました。もし今そういうものがなかったら、これからつくれば良い。それを探す旅を始めるのです。これを他の人に言うだけでなく、自分にも向けて、できるだけ早く、この会社で誰もやっていなかったことをやる。そうやって蒔いた種が根付き、枝ぶりが良くなって、果実をつけてくれるよう貢献したいですね。

※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。

執筆:さとう ともこ 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生

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