セコム株式会社、AGC株式会社、株式会社ディー・エヌ・エー、株式会社NTTドコモが協働で開発し、内閣府主催の第3回「日本オープンイノベーション大賞」にて経済産業大臣賞を受賞した、世界初(※)となるAIを活用した「バーチャル警備システム」。労働人口の減少という社会課題を解決すべく、専門性を持つ4社が生み出した画期的なシステムは、どのように作られたのか。
今回、本プロジェクトを推進するセコムオープンイノベーションチームの代表者・沙魚川久史(はぜかわ ひさし)氏と、DeNA側のフロントに立つ吉田航太朗(よしだ こうたろう)の話を、セコム本社1階にあるコラボレーションスペース「HARAJUKU 3rd Place」で聞きました。
※ 2019年4月時点セコム調べ。AIを搭載した等身大のバーチャルキャラクターが常駐警備サービスを提供するシステムが世界初となるもの。
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互いの強みを組み合わせてできた「バーチャル警備システム」
ーーセコムが提供する「バーチャル警備システム」。まず、このサービスについて教えてください。
沙魚川久史(以下、沙魚川):常駐警備員が対応しているような、警戒監視、受付業務などを、AIを活用したバーチャルキャラクターの「バーチャル警備員」が提供します。通行方向に応じた「こんにちは」などの声かけや会話から、顔認証によるゲート開閉や道案内なども担当します。
とはいえ、「昨日財布を落としたので、届いていないか?」などの対応はまだまだAIにはできないので、実際の警備員がモニタリングしながら、必要に応じて遠隔で会話したり、救援要請時には施設内の常駐警備員がすぐに駆けつけたりして対応するようになっています。
吉田航太朗(以下、吉田):警備員の動きや、何かあったときの対応などはセコムさんの知見をお借りして、それをモーションにして見せています。
たとえば、どこかにご案内をする際には手振りをするほか、お子さんや車椅子の方が来たときにはしゃがんで目線を合わせて対応するなど、実際の警備員さんの動作を取り入れ、常日頃からセコムさんがお客さまの応対で大切にされていることを表現した動きになっています。
遠隔にいる実際の警備員さんの動きをリアルタイムで検知して、バーチャル警備員を動かすという話も出たのですが、動きが崩れてしまうこともあり、警備員として相応しくない動きをする可能性もありましたので、固定のアニメーションをさまざまなパターンで仕込んでいます。
沙魚川:相手に合わせた、誰にでも寄り添った動きが表現できると、デジタルだったものが急にウェットに傾いて人間らしく見えるんです。私たちが目指していたのはバーチャルでも警備員が“そこにいる”という存在感や空気感。ですから、視線を含めモーションに関してはかなりこだわっています。
たとえば、バーチャル警備員が公共空間に立っているとき、虚無の表情でいるのも気持ち悪いので、相手に話しかけられたり、設定されている空間に何かが入ったりするまでは左右に視線を動かす動作を入れています。バーチャル警備員に捕捉されると視線がしっかり追ってくるので、それを見た人は“誰かに見られている”ような印象を受けます。誰かに見られている、誰かの視線を感じるというのは公共空間での犯罪抑止力として効果的です。
“警備員の存在感”のデジタル化を実現
ーー「バーチャル警備システム」プロジェクトのそもそものきっかけは?
沙魚川:私がセコムのオープンイノベーションを担当しており、DeNAさんをはじめとするさまざまな企業や社会の関係者と世の中の価値観の変化や多様化を探索したり、それを解決する新しいビジネスを生み出す会話をしたりしています。また、「SECOM DESIGN FACTORY」という挑戦的な取り組みのブランドも担っています。その取り組みの中で、DeNAさんとは以前からいろんな議論を重ねていました。
吉田:「バーチャル警備システム」開発の記者発表は2019年でしたが、それ以前からかなりの会話を重ねてきましたよね。
沙魚川:はい。セコムでは、オープンイノベーションを考えるときに、同じマインドセットではなく、違うマインドセットの方と会話していくことを意識し、ビジネス寄りで考えるというよりも、社会視点で見たニーズの多様化や技術の革新を考えることに重きをおいています。
我々はセンサー技術を得意とする会社ですが、DeNAさんはエンタメの会社です。セキュリティという本業とは離れたところの方と会話することで新しいケミストリーが生まれると考えたのです。
吉田:それこそ「バーチャル警備システム」に辿り着くまでに、位置情報を活用したものや、アプリケーションの話などさまざまな議論がありました。ちょうどそのときにDeNAがAI技術を使ったサービスに力を入れていた時期でもあり、その流れから本プロジェクトに関わっていったという経緯です。
沙魚川:当時私たちは、“警備員の存在感”のデジタル化を実現したいと考えていました。等身大のデジタルキャラクターをどんなルック&フィールにするのか、実写、アニメーション、劇画などいろいろなものを試行錯誤し、結論として出たのが、「リアルであればあるほど不気味。人が不快と感じる」ということです。
デジタルキャラクターなので、モーションが“おかしな動き”をしてしまうことは否めません。そうすると、リアルに近いキャラクターにするほど人は“おかしな動き”に違和感を覚えるということを検証しました。そこはデフォルメされればされるほど改善されるのですが、アニメーションは私たちにはつくれないため、「DeNAさんであればキャラクターデザインまでできるぞ! 」という話になりお願いすることになりました。
吉田:当初はキャラクター設定、デザインをDeNAにという話だったのですが、「バーチャル警備システム」のファーストプロトタイプを作り、価値検証をしながらブラッシュアップさせていく中でシステムのクラウド化が必要になってきたのでその部分もDeNAが担当することになっていきました。
沙魚川:2019年に記者発表したファーストプロトタイプは等身大AIキャラクターによるユーザ体験の検証を念頭に置いたもので、エッジ筐体ですべての処理を担うオンプレミス型のシステムを構築してありました。ユーザ体験の検証としてはバッチリだったのですが、システム運用としてはこのままでは難しいということも分かりました。たとえば、サービス化したときに各設置場所での設定やアップデートなども簡単にできない、ということなどです。 そこで、システムをクラウド化するというピボットをしました。そこからセカンド、サードと、プロトタイピングをしながら価値検証を進めて、約3年たった今年1月、ようやく無事に販売をスタートすることができ、ほっとしたところです。
ーーシステム全体を実装していく中で、どうやってすり合わせていったのでしょうか?
吉田:警備員として必要な内容などはお話をお伺いしながら、システムの設計案をDeNAで作成し、両者で確認しながら進めていきました。プロトタイプができてからは、セコムさんのオフィスやお客さまのところでも設置検証などを実施いただきました。
エッジ筐体などハード面はセコムさんで開発していたのですが、耐震試験をするために、かなり遠方まで運ぶという話を伺ったときは、当初想定できておらず、かなり驚きました。
沙魚川:ディスプレイ一体型ミラーなど万が一倒れてきたら大惨事につながりかねないので、試験を重ね、阪神大震災と同程度の地震が起きても倒れないような設計になっています。
吉田:セコムさんがハードの会社でもあるという強みですよね。
沙魚川:筐体の足回りが大きいのもそれ故ですね。しかし、当初システムを載せていた部分をクラウド化できたので、かなりスリムになったと思います。
吉田:遠隔で常にシステムをアップデートできるというのも、汎用性がより高くなったといえます。置く場所によって、対応を変えることが可能になります。
その他の特徴といえば、話しかけた人の言葉をテキストで表示させるUI/UXも協議の上出てきたアイデアでしたね。当初はテキスト表示させていなかったのですが、AIが処理をする間のつなぎにもなるし、AIと人とのコミュニケーションを円滑にできる手段にもなる。
沙魚川:まだまだ人はAIに慣れていませんから。話しかけても相手が聞き取ってくれないと「なんだよ」と苛立ってしまう。AIが聞き取った言葉をテキストで表示することで、「AIにはこう聞こえているんだ」「自分の発音の仕方が間違っていたからうまく聞き取ってもらえなかったんだ」と、人がAIに寄せていくことができるんです。おもしろいのがDeNAさんのアイデアで、「NGワード」というものを設けているんです。人がNGワードを発したらテキストに表示させないように組み込まれています。
吉田:公共の場でさまざまな人が見ていますから、AIが聞き間違えたりしてNGワードが表示されてしまったらその人の信用問題になりかねません。これまで私たちがtoC向けに運用してきたサービス運用の知見が活かされましたね。
沙魚川:セコムの培ってきたセキュリティ、センサー技術とハードの部分、DeNAのエンタメ性、エンジニアリングなど、お互いの強みを組み合わせて出来上がったものがまさに「バーチャル警備システム」なんです。
受発注の関係ではなく「一緒に社会課題を解決する」チームメイト
ーーチーム編成を教えてください。
吉田:発足時はスモールチームだったのが、クラウド化を推進していく中で現在はセコムさんが15名ほど、弊社が10名ほどの編成になっています。私のようなビジネスサイドから、エンジニア、契約・権利周りを担当するものまで幅広く関わっていますね。
沙魚川:フロントに立っていただいている吉田さんが、ビジネス側でありながらエンジニアのバックグラウンドをお持ちだったので、会話もかなりスムーズにできたのではないかと思っています。
吉田:ありがとうございます。振り返ってみると、本プロジェクトはエンジニア寄りの会話が多いので、ビジネスサイドのみの経験だと「エンジニアに確認します」と、一度持ち帰らないと回答できないような内容のことも多かったように感じます。一時的でもその場で回答できたのは「自分のエンジニア経験を活かせたな」と嬉しく思います。
沙魚川:ちょうどコロナ禍になったこともあり、オンラインミーティングが当たり前になったタイミングだったというのもスムーズに進行できた背景ですよね。
吉田:少しでも疑問がでたら「ちょっと話せますか?」と声をかけて、時間をもらったりして。他にも、チャットベースのコミュニケーションや、webベースのワークスペースなどでセコムさんにはDeNAのやり方に乗っかってもらう形になりました。
ーー苦労したところは?
沙魚川:技術をブラッシュアップさせていくところはもちろんですが、協働・オープンイノベーションにはステークホルダーが増えることで承認プロセスが複雑化するという面もあります。進行にあたって各社の承認を得るところが難しかったですね。それぞれ違うところが気になったりして……。
吉田:そうですね。現場では日頃から会話を多くしているので目指している方向は同じですが、「それをする必要があるのか?」「スケジュールを優先させた方がいいのではないか」と、双方の意見が食い違う場面もありました。
沙魚川:得意としているジャンルが違うので、気になる点も異なってくるというのは当たり前ですよね。大事なのは、相互の意見に共感を持つことと、協働のチームだと意識することですね。異なる視点が増えることはメリットでもありますし、スムーズに動けるように互いに歩み寄っていった結果、うまく着地できたのではないかと思っています。
世の中にインパクトのある活動をしていきたい
ーー今後どのような取り組みを予定していますか?
沙魚川:「バーチャル警備システム」以外にも、本当に小さなものから大きなものまでさまざま議論しています。ただ、せっかくなので2社の強みを活かしたインパクトのあるものをやろう、というのは共通認識として持っていますよね?
吉田:そうですね。具体的には言えませんが、セコムとDeNAだからこそできることというのはまだまだたくさんある。一旦スモールで出してブラッシュアップさせていくものから、最初から大きく出していきたいものまで、さまざまです。
沙魚川:セコムは社会課題の解決に心血を注いでいる会社です。DeNAはエンタメのイメージが強いですが、実はこういった社会課題にも真摯に向き合っている会社。向いている方向は同じです。AIを使った自律型のデジタルキャラクターによるコミュニケーションもまだまだ一般的だとは言えず、我々で啓発活動のようなことも行なっていきたいと考えています。
吉田:そういう意味で、IPを活用するなど、エンターテインメントに寄ったチャレンジを引き続きしていき、認知度を上げる施策も行っていきたいです。
また、「バーチャル警備システム」そのものもまだ生まれたばかりです。利用者さまの生の声を取り入れながらどんどんブラッシュアップさせていきたいですね。セコムさんとの取り組みもまだまだあるので、チームをより強固なものへと成長させていきたいです。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。
執筆:小池 遥 編集:フルスイング編集部 撮影:小堀 将生