働き方に対する価値観の多様化、人的資源の重要度の高まり、止まることのないテクノロジーの進化とともに拍車がかかるHRDX。DeNAでは世の中の流れより一足早い、2019年に人事データを収集・分析するHR Techのチームを立ち上げ、今に至ります。
経営、従業員、バックオフィスの“三方よし”を目指し、ツールの内製にとどまらず活動領域を拡大。その取り組みはより一層進化を遂げています。他社に先駆けて走り続ける中、どのような課題を乗り越えてきたのか、そして得られた成果とは?
2019年に公開した記事(※)の続編として、ヒューマンリソース本部人材企画部テクノロジーグループのグループマネージャーを務める澤村 正樹(さわむら まさき)に、DeNAのHR Techの現在地と、目指す未来を聞きました。
※……2019年時点のHR Techチームの特徴や取り組みについてのインタビュー記事はこちら
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変化に柔軟かつスピーディーな事業運営を支える
――前回の取材から約3年が経過し、世の中のHR Techの潮流はだいぶ変わりましたね。
HR Techに取り組む企業も増えましたし、多種多様なSaaSツールが出てきて便利になっていると思います。
ただ、「どのツールを活用すべきか」を悩んでいる会社は多いのではないでしょうか。HR・人事の領域は企業によって独特な部分が多い。それを既存のSaaSでカバーできるのか、難しい面があります。
――具体的に、どんな難しさがあるのでしょう?
たとえば法律で決まっているような労務や勤怠領域などは、各社の独自ルールがあまりなく既成のツールで賄いやすい。
しかし、それ以外の「評価」などの人材開発・組織開発の領域は、会社独自の想いや考えが入っていることも多いのです。既存のSaaSが用いた評価プロセスや評価軸では、うまくはまらない部分も出てくる。
制度をツール側に合わせるのか、もしくは内製するのかという選択肢も含めて検討している会社も少なくはないと思います。
――他社に先駆けてHR Techに取り組んできたDeNAにも、そのような課題感はありましたか?
当初DeNAも評価ツールに既存のSaaSを使っていた時期もあり、「本人が目標を書く」という基本的な部分は、問題なく行えていました。ですが、評価を決める過程や本人に伝える過程では使いきれず、結果として情報が分断された状態にありました。またオペレーションの面でもDeNAは日に日に組織構造が複雑になり、かつ組織改編の頻度が増えてきた。
とても追いつかなくなりました。
――たしかに、DeNAは頻繁に組織変更をしますよね。
1ヶ月に1回は変わりますからね(笑)。
前提として、DeNAの組織変更は高頻度なうえ、プロセスも独特です。DeNAの場合はボトムアップ型と言えますが、事業本部ごとに自律した経営を意識しているところもあり、各事業部から出てくる組織素案を経営でレビューします。ボトムアップで集約しつつ、経営視点でバランスをとる形をとっているのです。
まず、各事業部のマネージャークラスが「こんな組織にしたい」という組織構造や、各事業部が「Aさんはこのグループ、Bさんはこのグループに入れたい」といった人員配置の変更を現場判断のもと発案します。その各現場からの素案をHRが集約し、毎月1回ある経営層レビュー会で審議。そこで承認が得られると、翌月には素早く反映されます。
根底にあるのは、いわゆる先が見えない、VUCAな時代への対応です。
「組織は戦略に従う」という思想があります。世の中が変わり、事業戦略が変化する中、組織構造もフレキシブルに変化すべき。多様な新規事業の垂直立ち上げのためには、人員リソースの配分を変えるのが最も効率的です。あるいは既存事業の中でも顧客ニーズの変化や事業の成長段階に応じて、チームの分割や統合をする、といった具合です。
このように変化が激しいと複数のプロジェクトと兼務をしながら仕事をする社員も増え、評価者が複数いたり、評価期間の途中で評価者が変わったりするケースが増えてきました。
――複数の評価者からの評価を集める仕組みが既存の評価ツールには、なかったりすると?
そうです。だから採用や労務、勤怠に関しては既存のSaaSを利用していますが、DeNA独自のポリシーや運用ルールがある「組織変更」や「配置転換」においては、メンバーのコンディションや意欲、適正などを計る、サーベイや評価の領域とともにツールを内製しているのです。
「暗黙知を形式知に」「文化を仕組みに」
――DeNAは現場主導だからこそプロセスも複雑で、調整先も多くなりそうですね。
これまでは素案をエクセルで提出してもらい、それを手作業で集約していました。当然、「ヌケ・モレが発生するリスクがある」「他システムとのデータ連携がリアルタイムでできない」といった課題がありました。
こうした課題を解決したのが、我々のつくった内製システムです。
人員や組織情報のデータベースを構築し、そのマスターを管理することで、データの正確性を担保しました。システム連携も自動化することで、プロセス全体がスムーズに流れるように仕組み化したのです。
――仕組みを構築するにあたって、かなりの労力がかかったのでは……。
かなり大変でした。以前は属人化されがちでしたからね。基準となるガイドラインが曖昧だったので、出向や兼務をどのタイミングでレビューするかの取り扱いも曖昧なまま、組織変更や配置変換がなされていた。
このように組織の在り方が変化していくたびに、「DeNA内の組織に所属したまま、兼務で出向した場合は、出向とみなすのか」「子会社から子会社に出向した場合はどうするのか」など、さまざまな条件パターンが誕生しました。
人間なのでその場の状況に応じ、都度判断できていた。また、そのロジックの詳細な部分は各担当者の頭の中にしかなく、ブラックボックス化していたのです。
――仕組み化するために条件分岐を洗い出し、整理していったのでしょうか?
とにかく地道に関係者へのヒアリングとフィードバックを積み重ね、形にしていきました。今振り返ってみると、自社に合わせたプロセスを手作業でスピーディにトライ&エラーを繰り返しながら構築していくことはもちろん重要なことです。しかし、仕組み化するタイミングの見極めが重要かなと。
手作業を続ければ続けるほど担当者のさじ加減による判断のバラつきが広がり、一貫性が失われていきます。意図せぬ中間データの2次利用が広まった結果、変更がしにくい構造に陥りがちです。そうなると条件を整理して定義してみても、過去の判断にどうしても不整合が生じてしまい、仕組み化しにくくなってしまいます。
しかるべき段階で移行する、見極めと決断が必要ですね。
――こうして定義づけた組織変更の内製ツールと社員の強みやモチベーションを可視化する、ピープルアナリティクスの仕組みと組み合わせ、正確かつ効率的にできるようになったのですね。
2019年から「暗黙知を形式知に」「文化を仕組みに」とのミッションで動いてきたチームの現在地です。
――実際に組織変更のツールを運用した結果、社内からはどんな声が?
やはり組織変更のスピードアップが図れたことは、各本部の事業部人事たちから評判がよかったですね。「これがなかったら年末を乗り越えられなかった」という声もいただきました。
ほかにも評価ツール「Moonshot(ムーンショット)」では、上長がメンバーに行うチェックイン面談(※)の雛型も提供しはじめました。
※……チェックイン面談。メンバーとマネージャーとの面談において、状況のすり合わせや目標設定に関するコミュニケーションをとることで、社員のパフォーマンスを上げることを目的とした人事制度。
「Moonshot」はリモートワークにおいての評価に対して納得度を高めるためにも、一定の型で記録を残しておくことを意図して開発をしました。「おかげで内省が深まり、自分自身の棚卸しにつながった」という声を聞いたときは、とてもうれしかったです。
今後も本人のキャリアとして目指す姿と、DeNAが従業員に求める姿、これがうまく交差していくような仕掛けにしていきたいなと考えています。
ツールは道具の1つにすぎない。運用もまるごと設計
――リモートワークが中心となり、ツールの利用状況に変化はありましたか?
以前よりも重要度が増したと感じているのは、新たに開発した社内公募制度のシェイクハンズに利用されている、「OpenQuest(オープンクエスト)」というツールです。
シェイクハンズ制度は、直属の上長の承諾を得なくとも、希望先の上長と合意できれば自ら手を上げて部署異動ができるという、DeNAの名物制度です。
極めて多岐にわたる事業展開をしているDeNAでは、隣の事業部はまったく畑違いの事業をしているということが往々にしてある。そのような環境において、社員がいろいろな事業を経験することでキャリアの幅を広げられるよう、挑戦の機会が開かれています。
DeNAとしても、人がノウハウを運ぶことでより成長していこう、というポリシーがあります。
――シェイクハンズ制度を取り巻く環境が、リモートワークで変わったと?
みんなでオフィスを出入りしていたときには、自分の領域ではない、他が何をしているのかを、多少なりとも感じられました。
リモートワークが中心の場合、会社の状況や他のチームの状況を含め、自然と情報が入ってくるような機会が極めて少なくなります。どうしても自分の半径1~2m程度の情報しか入らず、閉塞感を感じやすくなりますからね。
そこで、先ほどのシェイクハンズの情報流通のために、募集中のポジションを求人サイトのように一覧化し、誰でも閲覧や応募ができる「OpenQuest」を開発したのです。
リモートワークをしながらも、他部署の様子や求人状況が可視化しやすい仕組みで、そのピッチイベントにも力を入れています。
――イベントをおこなうことも重要なのですか?
テクノロジーグループという部署名ですが、ツールだけですべての課題を解決しようとは思っていません。利用を促進するためのイベントなど、運用までをセットで考えることが重要だと考えています。
イベントは気軽に他事業の部署やチームの状況を情報収集できる“場”です。求人中の各部署がミッションやビジョン、事業内容を全社に共有し、応募を働きかける月1回のピッチイベントをオンラインで開催するようにしました。自分の領域外の状況を気軽に情報収集できる機会をつくっています。
マネジメント層の“武器”となり、全社へ波及
――経営、従業員、バックオフィスの三方よしを目指していると聞きました。
中でも最近は現場のマネージャーに対して、チーム開発や人材開発をするための“武器”を提供するイメージを持ち、「顧客」として強く意識しています。この部分を強化することで、会社全体へ及ぼす影響力が大きく、レバレッジが高いだろうという判断からです。
チームのパフォーマンスを最大化するために、メンバーのサーベイ結果からコンディションをウォッチすることができるダッシュボードや評価の履歴を見られるツールなどを利用できます。また「OpenQuest」を利用すれば、HRを介さずともメンバーを募集することも可能です。
――一般的に、増員したいときはHR・人事部にお願いするしかない会社が多いと思いますが、真逆の世界観ですね。
マネージャー自らの裁量で、最適なチームをつくれる世界を目指しています。今の経営環境のスピード感とマッチさせるためですね。
――しかし、現場に裁量が大きすぎると全社最適が失われていく可能性もあるのでは?
そのとおりです。部分最適になりやすく、経営視点と現場視点は表裏一体ともいえます。
経営の意思が重視されすぎれば、社員一人ひとりの思いや希望が蔑ろにされて、働きがいを感じられなくなってしまうかもしれない。逆に現場の意思が重視されすぎると、会社全体としては非効率になってしまうかもしれません。
そのためにDeNAでは経営の意思としての人員配置と、本人や現場の意思としての人員配置の両面がうまく拮抗するような状態がベストだと思っています。DeNAが目指す姿と、メンバー一人ひとりが目指す姿の重なりが広がるようにと。よってその間のハブである、マネージャー層が重要な役割を担っているのです。
内製HR Techを磨き上げることで、実際に現場で働いている個々の想いを視える化することができ、やりたいことの実現ができたり透明性のある評価を受けられたりと、働きやすさにつながると信じています。
DeNA成長の要「HR Tech」。前人未踏の領域へ
――現在、HR Techの仕事の醍醐味はどこにあると感じていますか?
未知の領域に挑戦している点ですね。
実は、このようなポジションは世の中にまだあまりないのです。ないからこそ苦労する部分もありますが、会社がこれから成長するための、肝になる領域だと感じています。人材を活性化し、その力を最大化することは経営において重要なミッションです。
私はそこに携われているという自負があります。
――テクノロジーというハードと、HRというソフトの掛け合わせには大きな可能性を感じます。
HRに異動してきたときに改めて感じたことは「人間は感情の生き物なのだな」ということでした。
「希望する仕事か否か」「気の合う人が周りにいるか否か」「直近の評価がよかったか否か」――。
軸は人によって違っても、こうしたファクターで“感情のゆれ動き”が強く現われる。一方で、まったく現われない人もいたりする。日常の些細なことで大きく気持ちが浮き沈みする人もいれば、モチベーションが大きく上がることはないけれど、常に安定している人もいるのです。
――だからこそ丁寧にデータを集めて、真摯に分析する必要があるともいえそうですね。
その意味でも、とても魅力のある仕事を担っていると思っています。
もちろん、ここまで内製で踏み込んでいる会社はまだあまりない。経営と現場、ステークホルダーの方々との関係性という観点においても、DeNAの事業や組織の進化に大きく寄与できるポジションです。
まだまだやりたいことは多く、長いみちのりです。一緒に挑戦してくれる仲間をもっと増やしていきたいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。
聞き手:箱田 高樹 執筆:日下部 沙織 編集:若林 あや 撮影:内田 麻美