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『川崎ブレイブサンダース』のファンづくり。ロジックと純粋な想い、情熱が交わるところの仕事観

2022.07.27

DeNAが推進するスポーツ事業のひとつ、2018年にDeNAが事業継承したプロバスケットボールクラブ『川崎ブレイブサンダース』が、目覚ましい飛躍を遂げています。

観客動員数150%増、平均来場者数をリーグトップ(※)に押し上げ、チームのYouTubeフォロワー数を25倍の10万人超に拡大した仕掛け人であり、チームと一緒に駆け上り続ける藤掛 直人(ふじかけ なおと)は、新卒でDeNAに入社して9年目。

2022年5月には、自身の経験から得たデータ活用とデジタル戦略のノウハウをつづった『ファンをつくる力 デジタルで仕組み化できる、2年で25倍増の顧客分析マーケティング』を上梓しました。バスケを知らなくても読みやすく、多種多様な事業から個人にまで再現性のある当書を、多くの人が手に取っています。

ゲームプロデューサーからキャリアチェンジ。藤掛の純粋にやりたいことに向き合うキャリア観と仕事術について話を聞きました。

※……2020~2021シーズンの成績(2021~2022シーズンはリーグ2位)

シーズン4年目、事業戦略の現在地

――着任して4年目、チームにとってどんなシーズンになりましたか?

2022年3月の天皇杯に優勝して、チームが2連覇を達成できたのはすごくよかったです。B.LEAGUE(以下、Bリーグ)の決勝トーナメントである「B.LEAGUE CHAMPIONSHIP」は、久しぶりに準々決勝、準決勝をホームで開催でき、優勝も見えていただけに、あと一歩のところで届かなかったのがすごく悔しいです。

私ができることは事業の部分。いかに多くのファンの皆さんに応援していただき、チームを後押しできるかに挑戦しています。

藤掛 直人
▲ DeNA川崎ブレイブサンダース事業戦略マーケティング部 部長 藤掛 直人(ふじかけ なおと)
東京大学経済学部卒業。2014年DeNA新卒入社。ゲーム事業部でプロデューサーとして活躍後、スポーツ事業部へ異動。『川崎ブレイブサンダース』の事業継承、戦略立案、子会社設立を担う。現在はマーケティング領域を統括。

――たくさんの人に試合を観ていただいてチームを盛り上げる、というところでしょうか?

もちろんそれもありますが、クラブとして売上を立てて、経営を成り立たせなければ、そもそも選手を獲得できず、練習施設も整えられません。そのベースがあったうえで、多くのファンの方に観戦していただき、選手のプレーを後押しする環境を整えたいと考えています。

チームの結果は事業に返ってきて、事業で結果を出せばチームに投資できる。チームと事業は両輪で一体です。

――『DeNA川崎ブレイブサンダース』の運営に携わってきて苦しかったことは?

まずは初期の子会社立ち上げですね。事業戦略やマーケティングは、ゲームプロデューサーの経験で何をやるべきかわかっていたのですが、バスケの事業を継承するときに必要だった、子会社を立ち上げることは初めての経験でした。

オフィスの借り方や人材採用の仕方、経理システムのつくり方など、右も左もわからない状態で、期限が迫ってくるという。何もわからないところから、社内の法務、人事、経理など、いろんな部署の方々に力を借りながら推進することができました。

――コロナ禍では、クラブスタッフ全員で川崎市とどろきアリーナ(以下、アリーナ※)の掃除をしたのだとか。どんなご状況でしたか?

試合がなくなったのは本当にきつかったです。アリーナにお客さまを呼んで楽しんでもらうために準備をしていたのに、試合そのものが開催できないわけですから。

何をすればいいんだろうと途方に暮れましたが、ちょうどデジタル戦略に力を入れ始めていたので、試合がなくても新しい方にチームを知っていただくことと、今応援してくださっている方の熱意を維持することに注力しました。

また、アリーナの座席数は5,000ほどしかなく、アリーナに訪れてくれるファン層以外で、アリーナ外でのファン拡大へシフトしたいタイミングでもありました。

※……川崎市とどろきアリーナ。神奈川県川崎市がホームタウンの『川崎ブレイブサンダース』は、川崎市とどろきアリーナをメイン会場としている。

著書『ファンをつくる力』出版の意図

藤掛 直人

――著書『ファンをつくる力 』が出版されました。自身のノウハウを執筆しようと思ったきっかけは?

いちばんは業界を活性化する一助になれればという想いがあったためです。加えて、以前から『川崎ブレイブサンダース』の社長の元沢 伸夫(もとざわ のぶお)と、本を出せたらいいねという話をしていました。バスケと関わりのないビジネスパーソンに、『川崎ブレイブサンダース』を知ってもらえればと。

マーケティングといえば、消費者の方々や見込みファンの方にチームを知っていただくことを想起されると思います。一方、事業の売上はスポンサー協賛も大きな割合を占めています。私がミッションとしている、「ファンを増やす」ところでも、ビジネスのアライアンスやコラボレーションの成果は大きく、それを成すためにもB to Bの認知度はとても大事です。

企業の方が、Bリーグに協賛したい、バスケとコラボしたい、スポーツクラブと提携して何かしよう、と思ったときに、『川崎ブレイブサンダース』が第一想起に入ってくるにはどうすればいいか。ビジネス本として書店に平積みされたり、話題になったりすることで、『川崎ブレイブサンダース』のブランディングになるのではないかと考えています。

――さまざまなマーケティング施策の事例とともに、ストーリーのあるビジネス書になっていますね。

他のスポーツリーグや大学や他社企業から講演のお声がけをいただくたびに、自分が経験した各種デジタルマーケティングに関するノウハウについて、ニーズがあるのではないかと感じるようになりました。多くの方のお役に立てればと思い、現場の試行錯誤が伝わるようストーリーを意識した内容を目指しました。

藤掛 直人

――反響を呼んでいる著書ですが、内容で意識したことを教えてください。

アカデミック色が強く、現場に寄り添っていないビジネス書はなかなか実践に活かしづらかった体験があるので、実体験に基づく内容で、できるだけ生々しく書くことを意識しました。

教科書のようにならないよう事例を多く入れることで、バスケを知らなくても、スポーツビジネスのベースがなくても、すっと内容が入ってくるように。いろいろな人に違和感なく読んでいただきたかったので、事前になるべく多くの視点を取り入れています。

川崎ブレイブサンダースのメンバーはもちろん、他職種のDeNAメンバーや家族にも読んでもらい、わかりづらい表現にならないように気を付けました。

――出版後、藤掛さん個人の変化はありましたか?

それまで走りながら考えていたものを一度立ち止まり、本にしたことで、自分の頭の中が整理されて言語化される、いい機会になりました。取材もたくさんいただくようになったので、質問に答える形でアウトプットする機会が増えると、思考がどんどんクリアになりますね。

キャリアの選択の軸となったバスケへの純粋な想い

藤掛 直人

――シェイクハンズ制度(※)の一期生と伺いました。

DeNAでのインターン時に知り合った方とのつながりがあり、立ち上がったばかりのシェイクハンズ制度を利用して、スポーツ事業本部に異動しました。

ゲーム事業で一緒に働いていた先輩方が、私の仕事の仕方や様子などを褒めてくれて、皆さんが推してくれたと後から聞いて、ありがたかったです。それまでの仕事の中で築き上げてきた信頼関係を感じました。

※……シェイクハンズ制度。本人と異動先の合意さえあれば人事や上司の許可なく異動できる人事制度。

――キャリアの選択として、スポーツ事業本部への異動は大きな決断でしたか?

入社4年目で、後にも先にもこれほど悩んだことはなかったです。バスケはいわゆるキャリア的に潰しの効く選択肢ではないし、他社からのオファーもいくつかあり、転職や他のポジションも含めて、どうするべきかと。

スポーツビジネスが伸びているとはいえ、業界の平均年収は低い事業領域。同じ仕事をするなら、収入が多いほうがいいなとか、迷いに迷って大学の先輩やいろんな方に相談をしました。

バスケ以外のキャリアがいいと思う理由を挙げてみたときに、そっちのほうが高収入だとか、将来のキャリアに有利と言われているとか、周囲からよく見られそう、などといった考えが強かったことに気づきました。つまり他者の評価基準ですね。一方、バスケは昔からやりたかったことで、純粋に仕事としてやりたいと思えることです。

最終的にどちらかを選ぶとなったときに、他者ではなく自己の評価基準で選ぶべきかなと。自身がやりたいことを仕事にしているほうが楽しいだろうし、幸せだなという結論に至りました。「どう見られたいか」ではなく、「何をやりたいか」を1番重視すべきだと考えました。

――原点は、高校までやっていたバスケットボールだそうですね。

小中高とバスケをしていました。小中学生のときにバスケ誌「HOOP(フープ)」に掲載されていた、当時NBA(※)のニュージャージー・ネッツのスタッフのジュン安永(やすなが)氏のコラム記事を読んで、おもしろそうだと憧れていました。

ですが、高校生や大学生になって、現実的にスポーツビジネスへ関わるという選択肢は頭になかったんです。DeNAに入社し、ゲーム事業に携わっていくうちにリアルのエンタメで人が楽しんでいる顔を、もっと見たいと思う気持ちが芽生えてきていました。

そのような中、新しいスポーツ領域への参入を検討しているという話を耳にしたときに、小さな頃のバスケ事業への憧れの気持ちを思い出して、わくわくしました。横浜DeNAベイスターズの好事例もありますし、もしそれがバスケではなくても、スポーツ事業に挑戦してみたいという想いが湧いてきましたね。

※……NBA。米国とカナダの30チームで構成される北米のプロバスケットボールリーグ、National Basketball Associationの略称。

やりたいことは取りにいく。そして、やり切る

藤掛 直人

――ご多忙だと思いますが、どれくらいで「ファンをつくる力」を執筆されたのですか?

実は初稿を2、3週間で書き上げました。熱を帯びた状態で出したくて、Bリーグのファイナルまでに、と編集の方と発売日を設定して。逆算したら全然時間がなかったので、寝る間も惜しんで爆速で書きましたね(笑)。

――藤掛さん自身もマーケティングやSNSについての本を読むこともありますか?

もちろん読みますが、実際に“触れる”ことに、さらに多くの時間を割いています。うまくいっているコンテンツ、うまくいっていないコンテンツを自分で体験してみて、なぜそういう結果になっているのか、を考えている時間のほうが長いですね。

――仕事の信頼を得るために、取り組んでいることは?

純粋にプロダクトやサービスをよくすること、お客さまやチームの仲間に対して価値を生むことに真摯に取り組み、結果が出るまでやり抜くことです。

また、ユーザー理解のためには時間を惜しまないことも重要だと考えています。ゲーム事業部にいたとき、私はもともとゲームをしませんが、ユーザーの皆さんの気持ちを理解することは必須なので、朝から晩までゲームをしていました。『川崎ブレイブサンダース』のTikTokを立ち上げるときも、それまでほとんど視聴したことがなかったので、1日5時間、6時間と見ていたら、自分なりにおもしろさを解釈することができました。

データ分析時に筋の良い仮説を出すためにも、具体的な施策に落とし込むためにも、自分で体験をして、本質的なおもしろさや課題を知りにいくアクションはマストだと考えています。

――スピーディーに駆け上がってきた藤掛さんにとって、自己実現とはどんなことでしょうか?

私は自分がスピーディーに走っている認識がまったくなくて(笑)。高校や大学の知人の中にスポーツビジネスで働いている人はいないですし、DeNAでも子会社でやらせてもらっていることなので、社内のキャリアステップを登るメインルートとも違う。独自路線をいっているかもしれません。

キャリアで大きな決断をした後も、自分でやりたいことを取りにいって、やらせていただくスタンスは変わっていません。この状態になりたいからと、逆算でキャリアを組むのではなく、そのときそのときの、自分の純粋な想いにしたがっていきたいですね。

DeNAで働く魅力と今後の展望

藤掛 直人

――DeNAに入社を決めた理由は?また、実際に入社してみていかがですか?

私が新卒就活時に持っていた企業選びの軸は、楽しく働けて、成長できる環境であることでした。そのために私が求めていたのは、裁量が与えられて自分で意思決定できること。もう1つは、自分が優秀だと思える人たちに囲まれていることでした。それを満たしていたことがDeNAに入社した理由です。いろんなことにチャレンジさせてくれる環境が、DeNAの魅力だと思います。

これまで、仕事の意思決定や進め方において理不尽だとか、意味がわからないと感じたことはないですね。自分の意見が通らないことは、もちろんありますが、DeNAには意見を戦わせる風土があるので腹落ちできます。

一般的に、面倒くさいからと上から言われた通りにやる、という考え方もあるかもしれません。でも、それはプロダクトやサービスを良くすることにはつながりません。お互いにいいと思っている意見を戦わせることは組織にとって健全なこと。異なる主張を重宝するのがDeNAです。

――今後、実現したいことをお聞かせください。

クラブ観点で言うと、競技面でも事業面でも、Bリーグを引っ張っていく存在になりたいですね。スポーツ業界という括りの中でも、常に新しいことに挑戦するフロントランナーとして業界に刺激を与えられる存在になりたいです。

あとは個人的な想いとして、チームを応援してくださる一人ひとりが、試合が楽しみだから今日の仕事をがんばろうとか、試合が楽しかったから明日もがんばろう、というような活力の源になれたらいいなと思っています。

実は、本を出すタイミングで自身のSNSを本格的に運用し始めました。事業のことならやり切れるのですが、自分のこととなると気恥ずかしさもあり……(笑)。前にアカウントを作ったまま、ほとんど使っていない状態だったので、そういうことも今後は仕事の一部として頑張らなくちゃと思っているところですね。

※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。

執筆:さとう ともこ 編集:若林 あや 撮影:小堀 将生

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