コロナ禍をきっかけに、企業のあり方として一気に関心が高まった「健康経営」。DeNAは2016年に社員の健康サポートを行う専門部署CHO(Chief Health Officer)室を設立し、他に先駆けていち早く健康経営に取り組んできました。
モデルケースがない中、手探りで活動を開始したCHO室が、どのように歩み、活動してきたのか。どんなポリシーや考えのもと、施策を打ち出してきたのか。そして、方針転換を迫られたコロナ禍をどう乗り越えたのかーー。
勢いのある熱量と行動力で部署を立ち上げた、CHO室室長代理の平井 孝幸(ひらい たかゆき)と施策の企画・推進を担う植田 くるみ(うえだ くるみ)に話を聞きました。
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WILLを実行・実現した「健康経営」
──CHO室が立ち上がった当時、「健康経営」という言葉は世間でほとんど知られていませんでした。どんな経緯でこの事業に取り組むことになったのでしょうか?
平井 孝幸(以下、平井):私は20代前半にプロゴルファーを目指していたんです。父親がプロスポーツ選手で、一般家庭以上に体調管理を意識する環境で育ったことの影響もあるのか、体のコンディションを整えることと競技パフォーマンスの向上とがリンクした実体験を持っていて。
常に体調万全である自分がふと職場を見回すと、何かしら心身に不調を抱えた人や食生活が乱れている人が少なくないのが気になりました。当時、人事部所属だった立場から見ても、彼らは充分なパフォーマンスを発揮しきれていないように感じました。
もちろん、健康相談窓口や産業医は設置されていました。しかし、社員の運動、食事、睡眠、メンタル、オーラルケアなどから健康面をサポートする体制は整っておらず、不調を抱えた人に姿勢矯正用の器具を紹介したり、腸内環境に関するアドバイスをしたりと、個人的な活動をしていました。
そんなタイミングで、某雑誌で組まれていた健康経営についての特集を目にしまして。
──「これだ!」となったのですね。
平井:従業員の健康状態を上向きにすることで、国から評価されたり、株価に好影響を及ぼすことにつながったりするのなら、趣味の延長でしていたことが仕事として成り立つかもしれない、と思い立ちました。
すぐに社員ヒアリングを実施しつつ、専門家の力を借りて企画書を作成。役員にプレゼンをしました。最終的に、出勤時間帯の南場の自宅まで何度か出向き、道中さまざまな話を重ね、GOサインをもらいました。
DeNAはヘルスケア事業やスポーツ事業などを通じ、健康寿命を延伸するための取り組みを行なってきた企業です。また、自分のWILLとDeNAとしての方向性、社会の求めているものが合致すれば、挑戦させてくれるカルチャーがあります。
そういう土壌があるからこそ、いち早く健康経営に着手できた、というのはあるでしょうね。
──CHO室の立ち上げ当初、どんな施策を打っていたのですか?
平井:良質かつ知って得する健康情報を広げ、ヘルスリテラシーを高めることを優先し、まずは健康セミナーを開催することから始めました。健康推進部という部活をつくり、1年間でセミナーやワークショップを100回ぐらい行ないながら、協力者を募り、バーチャル組織のような形で活動していました。
──100回も?すごい数ですね。
植田 くるみ(以下、植田):当時、私は他部署にいたのですが、セミナー開催のアナウンスメールが怒涛の勢いで届いていたのをよく覚えています(笑)。
平井の人脈や渉外力をフル活用して、医師や歯科医、整骨院の先生、食品メーカーさん、玄米食やスムージーのお店の方などにご登壇いただき、あらゆる角度から“健康”の発信をしていましたね。
平井:思いついたアイデアは即行動に移していました。DeNA社員がどんな分野に関心があるのか、この期間の施策で理解が深まり、翌年以降の方向性を決めるのにも役立ちました。
健康の押し付けではない、“意識づくり”
──1人きりのCHO室がどんなきっかけで拡大フェーズに突入したのでしょう。
平井:活動過程で企業側、特にベンチャー企業ほど「健康は自己責任」と、考える風潮が強いのを感じました。
経営的な視点からも、社員の健康に投資をすることが会社の業績向上につながる、という健康経営の意義を広めるために、渋谷区の企業や団体が集まる「渋谷ウェルネスシティ・コンソーシアム」を設立しました。
区役所や近隣の主要企業に話をするにあたり、経済産業省に助言を仰いでいたら、国の採択事業として予算がつくことになったのです。それにともない、CHO室のメンバーも増え、今に至っています。
──組織の成長と共に施策の幅も広がりましたよね。具体例を教えてください。
植田:私は2017年3月にCHO室にアサインされ、最初に取り掛かったことが、その年からスタートした、新卒社員向けの健康研修プログラムです。
若い時は心身に不調が出にくく、無理も利きますし、リカバリーも早い。でも、健康貯金は年齢と共に確実に目減りしていきます。その蓄えが減少するスピードを鈍化させるには、“ヘルスリテラシー”を養うことが重要だと考えました。その意識づけを促すための研修プログラムです。
結果、「ワークパフォーマンスの向上」という観点でプログラムを組んだところ、手応えを感じました。研修後に配属された事業部とは別に「CHO室の活動に関わりたい!」と手伝ってくれるサポーターができたくらいです。
──他の施策はいかがでしょう?
植田:セミナーやワークショップの開催と並行して、オフィスに設置してある自販機の飲み物や社内カフェテリアの食べ物に健康的な選択肢を増やしたり、トイレに健康意識を喚起するポスターを貼ったりなど、さまざまな施策(※)を行いました。
※……植田推進の取り組み、健康にいいお弁当メニュー開発「ウェルメシプロジェクト」の紹介記事はこちら
──当時、施策を打ち出すにあたり、設定したテーマやポリシーはありましたか?
植田:会社にいると体調が上向く、「オフィスに来るだけで健康になる」を目指していました。ただ、健康に関する意識の持ち方、考え方は人によって異なります。
CHO室は、健康であることを強要しているわけではありません。押し付けにならないように注意を払いました。自然と受け入れられる、あくまでも“意識づくり”ができるような施策を心がけていました。ここは今も変わりません。
ピンチをチャンスに。オンラインでも感じた手応え
──それらの取り組みが評価され、2019年から2年連続で経済産業省と東京証券取引所による「健康経営銘柄」に選定されましたね。
植田:モデルケースがない中、手探りで進めながらも、1つ成功事例を作ることができたと達成感がありました。
ただコロナ禍をきっかけに、DeNAはリモートワークをメインとした、ハイブリッドワークへと働き方がシフトしました。ともなって、CHO室が目指していたテーマ「オフィスに来るだけで健康になる」の方針転換を迫られることになりまして……。
──働き方が変わり、また手探り状態に戻った、と。
植田:戸惑いました。オンラインを活用する以外の手段はなかったので、対面でやっていたことを、少しずつオンラインに置き換えることから始めました。
とりあえず前進しなければいけませんし、健康状態への危機感が最高潮に達していたので、むしろチャンスでもありました。
──どんなオンライン施策を行ったのでしょうか?
植田:懸念されたのが運動不足が及ぼす影響だったので、体を動かすことがいいかなと。
社内部活動のひとつ、リフレッシュ部でヨガ教室を行っていたので、リフレッシュ部とCHO室で誰でも参加できる、週1オンラインヨガ教室を共同開催しました。
家族全員が外に出られず、家の中にいる状況ですから、やはりストレスが溜まっていたようで、多くのメンバーが参加してくれました。自宅からカメラオフで参加できる気軽さもあったようです。今もこの教室は継続しています。
──現在は施策立案の方向性も、ずいぶんと定まってきたのではないでしょうか?
植田:そうですね。オンラインに替わっても一方的な座学にならないように、必ず体験型のコミュニケーション活性を促すコンテンツを提供しています。
例えば、社内オンライン運動会「Fit Festa Online」を開催したのですが、その中の1種目として行った、DeSCヘルスケア開発の『kencom 』アプリを利用したウォーキングイベント、「みんなで歩活」などがそうです。
チーム対抗型のイベントであるため、健康増進とコミュニケーション促進の2方向の活性化が目的です。上位のチームには豪華な商品を用意し、リモートワークでも仲間とつながれるウォーキングイベントとして、かなり盛り上がりました。
他には、リモート環境下でも、自発的にメンタルを整えることができるように、臨床心理カウンセラーの先生をオーナーに据えた、オンラインカフェを定期開催しています。
誰でも気軽に先生に相談することができる場所で、各々コーヒーやおやつを片手に雑談を楽しんだり、仕事をしたりしながら、リスナーとしての参加も可能な、出入り自由な空間です。マネジメントスキルの参考に活用している、マネジャークラスのメンバーもいます。
また、スポーツ事業部があるおかげで、所属選手によるストレッチ方法や、チーム専属の管理栄養士によるレシピ紹介などのコンテンツ作成ができるのも、DeNAならではですね。(※)
※……CHO室のさまざまな取り組み、イベント開催レポートはこちら
働き方が変わっても、過去最高の健康状態を記録
──CHO室を設立してから、DeNA社員の健康意識の向上を感じられますか?
平井:CHO室では全社員へ向けたアンケートを定期的に実施しています。リモートワーク環境下の働き方についてアンケート調査したところ、(※1)社会的に増加しているメンタルリスク者数などの顕著な悪化傾向はありませんでした。
その結果が、これまでのCHO室の活動の成果であったら嬉しいと思います。
植田:主観的な健康状態と健康意識の数値はどちらも過去最高値をマークしました。個人の生産性についても7割以上からポジティブな回答を得ています。
昨年、南場からCMOでもあった三宅(※2)にCHOが引き継がれたこともあり、今後さらに医学的な視点からも、より充実した施策ができる体制になったと思います。
※1……2021年1月~2月にかけて実施したアンケート結果資料はこちら
※2……三宅 邦明(みやけ くにあき)。CHO室室長、DeSCヘルスケア株式会社・株式会社DeNAライフサイエンス代表取締役医師。2019年4月DeNA入社、2021年4月Chief Medical Officer(CMO)就任。CHO交代につき、南場と三宅との対談記事はこちら
──7割はかなりの好成績ですね。新たな課題はありますか?
植田:一人暮らしの若年男性を中心に、生活リズムの乱れが見られました。特に食生活ですね。
そこで、以前から他企業、特に食品関係の会社さんとのコラボ企画を積極的に進めていたこともあり、「筋肉食堂」さんや「Muscle Deli」さんとのコラボ企画で、オンラインセミナーを開催しました。
オンラインで専用クーポンの発券や、モニター希望者の自宅にお弁当を宅配するなど、オンラインであっても座学と組み合わせ、実際に体験できる企画へとこだわりました。
食には“楽しむ”という側面があるので、比較的健康意識の高低に関わらず、多くのメンバーが関心を持ちやすい領域ですね。
DeNAの“ウェルビーイング”に資する
平井:以前より感じていましたが、常日頃から自分の健康状態に気を配っている人は、自発的に「健康」を学び、実践しています。最近は、それがより顕著になってきていると思います。
そうではない人の意識をどう変えていくか。これはCHO室の立ち上げ時から抱えている課題でもあります。
パフォーマンスを最大限に発揮できる健康状態を維持するには、知識と感性、あと意識力が必要です。そこを促していかなければいけないと。
──意識力が一番の難所かもしれませんね……。
平井:だからこそ健康を強要することになってはいけないし、そうならないように心がけています。混同されやすいのが「健康経営=社員の健康管理」することではありません。健康はとてもパーソナルな領域ですから。
CHO室のミッションは、「最大限のワークパフォーマンスを発揮できる環境づくり」です。それが、健康経営の本質だと考えています。DeNAのメンバー、それぞれがプロフェッショナルとして輝き続け、Delightを届け続けるには、健康は重要なファクターです。
仕事へのプロ意識が高い人ほど業務を優先し、自分のコンディショニングについて二の次になりがちなので、その部分をサポートするのが我々の役割です。
──健康経営の概念は以前よりも浸透してきたように感じます。先駆者として、この先の展望をどう思い描いていますか?
平井:健康に対する意識は根付いてきたように感じているので、次のフェーズは、DeNAのみんながいつまでも未病、かつ心身共に健康的に働ける状況をつくっていくことですね。
従業員の健康面に投資するのは効果が出づらい面もある。しかし、DeNAの“ウェルビーイング”に資する取り組みをしていくことは、企業価値向上にもつながります。そういう未来であるといいですよね。
それを牽引できるような、さらなる“攻め”の健康経営を目指していきたいと考えています。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。
執筆:片岡 靖代 編集:若林 あや 撮影:小堀 将生