官民人事交流制度で国土交通省(以下、国交省)から初めてDeNAに長期研修生として派遣された木下 覚人(きのした あきと)さん。2020年4〜8月の5ヶ月間、個人間カーシェアリング事業『Anyca(エニカ)』(以下、Anyca)を手がけるDeNA SOMPO Mobility(※1)で業務にあたりました。
事業部長の馬場光(ばば ひかる)が彼をアサインしたのは、法人によるカーシェアモデルケースづくり。
派遣直後にコロナ禍で全社リモートワークが推奨される中、木下さんはフルリモート勤務体制の下で「離島活性化」「防災インフラ」「商店街活性化」などの新しいモデルケースを提案。高速PDCAを繰り返し、短期間で事業化へと運びました。
フルリモート環境下での研修、ほぼオンラインでのマネジメントを行うにあたり、馬場はどのようにコミュニケーションを重ね、木下さんはどんなマインドでプロジェクトにコミットしていったのでしょうか。対談を通じて5ヶ月の研修期間を振り返ってもらいました。
※1……株式会社DeNA SOMPO Mobilityは、「安心・安全」な個人間カーシェア市場の実現を目指し、DeNAとSOMPOホールディングスによって設立された、モビリティ領域における合弁会社。
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新しいビジネスモデルをつくり、提案せよ
馬場 光(以下、馬場):国交省からDeNAへの派遣は木下さんが初のケース。辞令が出されて最初どう思われました?
木下覚人(以下、木下):率直に驚きました。直属の課長から内示を口頭でいただくのですが、省内の異動だと思っていたので、まさか「DeNA」と言われるとは想像もしていませんでしたね。驚きの次に、これは面白くなりそうだという好奇心がわいてきて。ただその時点では社名しか教えてもらえず、自分がDeNAで何をするのかはまったくイメージできませんでした。
馬場:お互いに段階的に理解を深める必要がありました。木下さんにはAnycaの仕組みと運用を実感してもらうことが一つ。それだけで終わらずDeNAで得た何かを持ち帰ってほしいと考えていました。それで、実際に事業をつくるところまでやってもらおうと2段階で目標を設定したんです。
木下:初日、馬場さんから話を聞いて、「あっ、自分はそういうことをやるんだ」と初めて理解しました。
馬場:ストレッチな目標だから、プレッシャーに感じたかもしれないけど。
木下:良いプレッシャーがありました。「共同使用の仕組みを使って、社会課題の解決に資する、法人によるカーシェアのモデルケースをつくってほしい」という馬場さんからのオーダーにすごく共感しましたが、それを「法人や自治体にそのまま提案できるところまで考えてほしい」と言われたときは、さてどうしたものかと……。ゼロから提案する経験は仕事ではあまりなくて、大学院の研究室で教授に提案書を出しては「全然ダメ」と言われ続けた時のことを思い出しました。
馬場:業務目標に対して、木下さんなりのテーマはありましたか?
木下:公共性はしっかり意識しようと。DeNAの人たちと霞が関の人間とでは、パブリックのイメージは違うんじゃないかと感じたんです。それなら、公共のど真ん中の現場にいた人間としての知見を活かして、何か良いものをつくりたいと思いました。
オンラインだからこそ掴めたチームの空気感
木下:派遣直後の4月7日に新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が発令され、DeNAは基本フルリモート勤務になって、派遣5ヶ月間でオフィスに出社したのは6回だけ。でも、この研修期間を振り返ると、リモートだったからこそ、チーム体制もプロジェクトの動きも早い段階で把握できたし、馬場さんのマネジメントでメンバーシップを発揮することができたと思います。
馬場:今期、Anycaチームは各メンバーにリーダーシップを発揮してもらおうと、フルリモート勤務に移行すると同時期に、チームを10のプロジェクトチームに分けました。
プロジェクト間のつながり、各プロジェクトの目的、進捗、オーナーなどのアサインをすべてスプレッドシート上で見える化して、月1の全体ミーティングで各オーナーが発表する開かれた場をつくりました。木下さんには、そこに1プロジェクトのオーナーとして参加していただきましたし、それ以外にもDeNAを感じてもらえるようにプロジェクト外のAIチームとのミーティングに入ってもらったりしました。
木下:はい。当初はDeNAのエンジニアの中に入って自分は何ができるんだろうと考えていましたが、デザインやマーケティングなどいろいろな職種のキーマンが集まってチームとして成り立っていることがわかり、自分も力を発揮できる場所が見つけられると思いました。
馬場:木下さんは、チームのSlackを見ればオフラインで話を聞くよりも雰囲気がわかると言っていましたが、なぜですか?
木下:たとえば、「そのことなら○○さんに聞けばいい」と言われても、その○○さんが何をしているどういう人なのか、Zoomで顔合わせをしただけではよくわからなくて。もう少し情報を掴みたいと、Slackの過去ログを見ました。日報がスラック上で運用されており、そこにコメントがいっぱい付いてたので、チームの雰囲気を文字上で掴むことができたんです。
馬場:確かに、発言の内容とやり取りがすべて残されているので、情報が単発ではなくて前後の文脈もセットで見えてくる。さらに、Anycaでは毎朝Slackに日報を書くのですが、そこに「ひとこと」というフリーコメント枠があります。制約がないから何を書くかはその人次第、それを継続してやっていくと人間性とかも見えてくるかもしれませんね。
木下:そうなんです。もし、対面でのコミュニケーションがメインだったら、部署の体制やチーム内でどんな業務が進んでいるのかを短期間で把握し、スムーズな連携はとれていなかったんじゃないかと思うんです。Anycaチームは、オンラインでオープンな議論がされていて、メンバーの問いに対する馬場さんの判断も可視化されていました。
馬場:積極的に発言する側の立場になってもらったのもチームに溶け込む良い機会になったのかなと思います。早々にオンラインミーティングの場で発表してもらいましたが、それ以外のどのミーティングでも自分の意見を持ち、オンラインという発言しにくい環境でも自発的に発言していましたよね。
木下:全体ミーティングで、皆が自分の関わっているプロジェクトや立場に関係なく積極的に意見しているのが印象的でした。もちろん自分の仕事の報告はしますが、たとえば、デザイナーだからといってデザイナー視点からの発言しかしないのではなく、どの側面からも発言があるんですよね。
自分は国交省から来ているけれど、ここでは「霞ヶ関の人間」ではなく「Anycaの1メンバー」としての役割が求められている。そのことを最初に感じられたのは、その後プロジェクトを進める上で思考の縛りなく、柔軟な視点を持つことにつながったと思います。
データ調査に基づく仮説、壁打ちを繰り返し事業化を推進
木下:アサインされた「法人によるカーシェアモデルケースづくり」は、まずAnycaの過去資料の読み込みからスタートし、レポートを作成、その後情報収集や事業部メンバーへの提案・壁打ちを経て課題を特定、仮説に基づいて最初2案を提出しました。
馬場:ブレスト的に企画の壁打ち会議を定期的に入れましたよね。木下さんへのお題について、僕も答えがわかっていないから、一事業責任者としてやるべきかどうかの判断をひたすら返し続けて、そこで新しいものがあったら膨らませてもらって。
木下:はい。でも最初の2案は複数の自治体に提案しましたが前向きな回答を得られず。結構ショックでしたし、派遣期間も残り少なくなってしまっていることに焦りがありました。でもそこでなぜうまくいかなかったのか、現場の状況や意見を直接聞くことで課題の整理と仮説の見直しができ、発想・方針の転換につながりました。Anycaメンバーにも支えられて、次の「防災インフラ」モデル(※2)の提案に至ったときは、めげずに考え抜いて本当に良かったと思いました。5ヶ月間の派遣期間中、「基礎調査、課題の特定・仮説化、営業・提案、仮説の見直し」を一つのサイクルとして繰り返し回し続け、モデルケースの検討を進めていきました。
※2……災害時に地場の企業が持つ社有車や市民のクルマをAnycaを通じて自治体にシェアする仕組みを構築し、災害対応力の向上につなげる施策。災害時の都市OSとしての役割も期待される。
一度聞いてみたかったのですが、馬場さんなりのマネジメントのルールはあるんでしょうか?
馬場:DeNAには「ことに向かう」という行動指針があるように、僕も役割としては「ことを成すこと」の「こと」を決め切る部分にこだわっています。逆にどうやるかの「HOW」はメンバーの方ができる事が多いし、細かく言わないようにしています。ことを成すためのやりかたは一つでなくていい。そこは各メンバーの創意工夫を信じ任せたいと思っています。
最近、チームメンバーからの提案には「自信があるか?」だけは最初に聞きます。「本当に自信のあるものだけをやろうよ。行先はちゃんと整理進行するから」と伝えています。
木下:馬場さんは提案する時に否定せず最後まで聞いてくれる。勉強会のような雰囲気もあって、自分の考えを臆せず伝えることができました。僕は、これを出したらなんて思われるだろうとか、何か言われたら嫌だなと、ついつい考えてしまうところがあるんですけど、そういうことに力を割かなくていいと感じましたね。自身で考え立てた仮説に対し、思考を思いきりストレッチさせながらやっていいんだって。
馬場:木下さんは、調査力が本当に高いと思いました。大量の情報から正しい一次情報にアクセスし、それらを読み解き、理解する力もしっかりあって、アウトプットも早い。ここまでの情報の整理力は、事業会社ではあまり見ないスキルセットかもしれません。さらに、提案前には現地調査をしたり、事前の準備に対する姿勢も素晴らしいと思いました。
木下:国交省では、その情報を誰が言っているとか、どこから持ってきたのかは常に問われるので、できるだけ確かな情報で説明責任を果たす意識はあると思います。Anycaチームでは全国的な指標とかマクロな調査結果からデータを拾うことはあまりないのかなという印象を受けたんです。一方、国は大量にマクロデータを収集・分析している機関なので、そこに価値があると思って意識的に知見をインプットするように務めました。
馬場:条文や国が発表したレポートって読み解くのが難しいことが多いんだけど、ちゃんと整理をして情報を伝えているのはすごいなと。
木下:馬場さんが僕の発言に「あっ、そうなんだ」と傾聴してくれることが、結構うれしかったんです。事業をまるまる動かして何でも知っていると思っていた方が、僕が提出したレポートに対し、「なるほど、知らなかった」と調査の価値を認めてくれる。次にもっと面白いものを見つけたいというモチベーションになりました。
馬場:物事を考えていく中で、情報を整理したいことっていっぱいあるじゃないですか。木下さんは、その思考の近いところに整理されたデータをポンと期待値を超える精度の高さで出してくれる。それが素直にすごいと思ったんです。
既存の枠組みを超えた視点が新しい社会の仕組みをつくる
馬場:少し話が逸れるけど、2人で出張に行って高速道路を走っているとき、この道路は先輩がつくったとか、道路脇のポールはどう改良されたとか。僕は全く考えたこともなかった話をしてくれて、木下さんには国交省目線を教えてもらいました。
木下:目線の違いはあると思います。ちょっとマニアックなネタが多かったかもしれませんが(笑)。
馬場:また別の雑談で「カーシェアリングがもっと大きくなったらハードはどうあるべきか」という話になったとき、僕はてっきりデバイスとかクルマのことかと思ったら、木下さんが言うのは「道路」をどうするかということだった。道路を変化させられる対象と思ったことがなかったので、育ったカルチャーや環境の違いで、視座や対象が変わるんだなと実感しましたね。
木下:その点、僕はこれまでの仕事の経験もあって、ハード面からの視点が強かったとすごく思いました。構造的なこととか、どうやってものをつくるのか、というところですよね。じゃあ、その上にどういう車が走っていて、運転しているのは誰か、という視点が弱かったと気付かされました。物事をハードとソフトの両方の視点から、よりバランスを持って見るというのは、Anycaチームに来て得たことです。
馬場:また、研修期間の後半になって「商店街活性化」(※3)のモデルを提案してくれたとき、ブレスト実施から数日の間に企画をフィックスさせ、営業資料も完成させていた。そのスピードにも驚きましたが、木下さんがチラシをFAXで流したいと、いかにもFAX用っぽいDMを自作してきたのはとても印象に残る出来事でした。確かに、商店主はデジマやメールじゃなくてFAXのほうが安心だろうと思ったし、ユーザー目線の「HOW」の幅広さに驚きました。
※3……コロナ禍で収入が低減する商店の経済負担を和らげ、カーシェアをきっかけに顧客との接点をつくり集客につなげる施策。
木下:商店街の事務所は電話とFAXの連絡先しか無いところが結構あったので……。以前の提案先で自分の提案のあとに馬場さんがフォローアップで先方の質問に答えているのを見て、自分は提案するばかりで提案される側には少し無頓着だったと気付いたことがありました。またユーザーさんに直接電話インタビューするような機会もあったので、ユーザー目線をより強く意識するようになったと思います。
馬場:僕も木下さんと一緒に仕事をして得られた発想があります。
木下:どんなことですか?
馬場:従来のサービスレイヤーでまずニッチなところを攻めて、そこから広げていくときに、変えられるものと変えられないものがあって、木下さんが言っていたハードの部分の道路や橋は変えられないものに入れていました。でも、こちら側から働きかけることで変えられるかもしれないと思うようになりました。今後、街づくりの視点でビジネスを進められるんじゃないかって。
木下:シェアリングには眠っている資産を活かす大きなポテンシャルがあると思います。カーシェアリングのプラットフォームを使って、ソフト面から人の生活や社会の問題を解決できるというのは、僕にとっても新たな発想でした。
知る楽しみの先にある、つくる楽しみへシフト
馬場:研修期間中にいろいろなビジネスモデルを提案して、実用化できたのは一つの成果だと思います。アイデアを考えるのは簡単だけど、実現させるのは難しくて面白いと僕は思う。仕事ってそういうものですよね。
木下:私もそう思います。アイデアを出すところから、失敗しつつも、それを乗り越えて次の行動に移していくというのはとてもやりがいのあるものだと思いました。少し恥ずかしい話ですが、学生のとき就職するのがすごく嫌で、もう人生にこれ以上楽しいことなんかないだろう、と絶望的な内容の日記を学生最後の日に涙ながらに書いた記憶があります。国交省に入省して4年半、そのうちDeNAでの5ヶ月間の経験も含めて仕事に対して思うことがあるんです。
馬場:それはどんなこと?
木下:仕事というものを通じて、より高次元の楽しさにリーチできるってことです。学生のときは、研究もそうだけれど、深く知ることの楽しさが中心でした。仕事をして思ったのは、知る先につくる楽しみがさらに高次元であって、それに触れることはアドレナリンが出るほどたまらなく楽しい。これから就職する学生のみなさんも恐れずに、より高次元にある楽しさを掴みに行ってほしいですね。
馬場:それはすごく共感します。知る楽しさからつくる楽しさにシフトしようとするとき、そこにはすごく大きなハードルがある。この人たちには理解してもらえないとか、この法律があるからできないとか、そう言って諦めるんじゃなくて、この法律は誰を守っているんだろう、と一回そもそもの部分に立ち戻ってみる作業は好奇心のなせるもので、楽しみを取りに行くための問いだと思う。
壁にぶつかった時にこそ相手目線に立って「なぜだろう?」を繰り返していくと、いつか本当にやりたいことに出会えるんじゃないかと思います。
IT企業のDeNAで木下さんが経験したのは、圧倒的なスピード感の中で自分のアイデアを責任をもって舵を取る仕事。そして、役割を果たすためにつくられた、リモートであってもパフォーマンスを落とさせない環境でした。
官民人事交流から生まれたカーシェアリングのモデルケースは、今後さらに磨かれ、変化に俊敏に適応する社会のインフラになるかもしれません。ハードとソフトが一つのシステムとして、人々の生活や地域の課題を解決するーー官民共創で描く未来社会像が見えてきたような気がします。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:さとう ともこ 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生
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