サッカー、野球、バスケットボール、ラグビー、バレーボール、アメフト、フットサルの7競技、神奈川に本拠地を置く15のスポーツチームのアスリートがサッカーゲーム『FIFA 20』で対戦。
2020年5月30日と31日の2日間にわたって行われたこのeスポーツ大会『One KANAGAWA Sports All-Star Cup 2020』は、新型コロナウィルスに対峙する神奈川県下の医療従事者への寄付を目的としたチャリティイベントでした。
「準備期間はわずか1ヶ月。コロナ禍の中で打ち合わせも折衝もほぼリモート。最小の人数で連携スピードを上げながらイベント当日に向けて準備を進めました。なかなかハードでしたが新たな学びと発見がありました」と企画・運営を担当した山下隼生(やました はやき)は明かします。
なぜ彼らは、短期間でチャレンジングなイベントを成功させるに至ったのか。そもそもDeNAが手がけるeスポーツとは?中心メンバーの3人に聞きました。
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アスリートが本気でeスポーツに参戦!
――チャリティeスポーツ大会『One KANAGAWA Sports All-Star Cup 2020』の動画、拝見しました。選手の方々はみんなゲームもうまいのか、と驚かされました。
山下 隼生(以下、山下):ええ、ゲーム種目はサッカーゲーム『FIFA 20』でしたが、プレイした経験がある選手は実は1~2名だけでした。それでも事前レクチャーと数日の練習だけで、皆さん腕を上げられていて(笑)。
小島 泰洋(以下、小島):湘南ベルマーレや川崎フロンターレといったサッカークラブだけではなく、横浜DeNAベイスターズやバスケットボールの川崎ブレイブサンダース、バレーボールのNECレッドロケッツなど、競技はバラバラなのに、しっかりと試合を組み立てられていました。
事前に相手選手のことを調べている方もいらっしゃって。さすがプロだな、と感動しましたね。あと、ゲーム中にオンラインで聞こえてくる会話も新鮮でした。
――そうですね。試合中に選手同士の声が聞ける臨場感は独特でした。
小島:実際の試合では選手の声はなかなか聞こえませんからね。
山下:「え、そのスルーパス通っちゃうの?実際なら無理でしょ!」とかね(笑)。優勝したのはゲーム好きで知られる横浜F・マリノスの遠藤渓太選手だったのですが、思い通りに操作できないゲーム内の自分に対して「遠藤はこういうとき使えないんだよなあ」とプレー中にツッコミを入れているという不思議なシーンがあり、見ている私も思わず笑ってしまいました。
堀口 祐樹(以下、堀口):普段応援しているチームや選手の別の一面が見られるとあって、各チームのサポーターや選手のファンの方々にもとても好評でしたよね。「初めて見たけれど、ゲーム観戦って面白い」「eスポーツ大会って楽しい」と、これまで届かなかった方々に魅力をお届けできたのも大きなメリットでしたね。
――結局、2日間の大会で、どれくらいの寄付金が集まったのでしょう?
堀口:多くの方からご賛同いただき、総額281万2498円を「かながわコロナ医療・福祉等応援基金」に寄付できました。クラウドファンディングと企業協賛、動画配信サイト「OPENREC.tv」内での有料チャット機能と、あとはDeNAの「モバオク」での出場選手サイン入りグッズのオークションで寄付を募りました。
――なるほど。そもそも、神奈川のスポーツチーム同士によるeスポーツ大会を、DeNAが運営するに至ったきっかけを教えてください。
山下:大きくは3つありまして、一つは言うまでもなくコロナ禍によってスポーツ観戦の機会がなくなったこと、二つ目は私たちの部署が当初企画していた大きなイベントが中止になったこと、そして湘南ベルマーレさんが「医療従事者を支援するチャリティ大会」を企画されていたことでした。
コロナ禍で加速した「遠隔でもeスポーツを届けたい」という想い
――確かに、新型コロナウィルスの影響でさまざまなイベントが中止になりましたが、その影響範囲は大きかったと。
堀口:はい。私たちが籍を置くeスポーツマーケティンググループは、自社のゲームコンテンツのリテンションを高めたり、新たなマーケティング領域としてeスポーツの新しいスタイルを模索する部署なのですが、コロナ禍によって、従来型の企画遂行はできない状態になりました。
山下:2019年に初開催し好評をいただいた『NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2』についても、今年の開催はプレイヤーやファンの皆様の安心・安全を最優先に考え、5月に予定されていた開催を見送りました。
――『NPB eスポーツシリーズ スプラトゥーン2』というのはNPB(一般社団法人日本野球機構)が主催するeスポーツ大会なのですか?
小島:はい。一般から募集した参加者が、プロ野球12球団の名を背負った球団代表プレイヤーとしてオリジナルのユニフォームを着用し『スプラトゥーン2』で5月から9月の半年間にわたり競い合う予定でした。
山下:eスポーツファンだけではなく、プロ野球ファンの方々にもリーチした新しいエンターテインメント事業。今年正式に立ち上がった、私たちeスポーツマーケティンググループが企画・運営を手がけていました。
――それが新型コロナウィルスの影響で中止になったと。
堀口:ええ。開催を希望するファンの皆様の声に応えようと、オンラインでの開催も含めて協議を重ねていったのですが、出場プレイヤーが全国各地に散らばっており、それぞれの拠点から安定した環境での開催には時間を要するという判断によって5月の開催は中止になりました。
山下:コロナ禍によってさまざまなスポーツイベントや試合が中止される中、DeNAのゲームやスポーツ事業の知見を活かして新たなエンタメをファンの方々に届けられないか。スポーツ事業本部に相談するうちに、「実は湘南ベルマーレさんから『神奈川のスポーツチームを集めてeスポーツ大会をやりたい。DeNAの横浜DeNAベイスターズと川崎ブレイブサンダースも参加しないか』と声をかけられている」という話を聞きまして。
――発起人は湘南ベルマーレさんだったんですね。
山下:はい。その時期、DeNAでは新型コロナウィルス対策本部が、対策に貢献できるプロジェクトの予算を確保していました。そこで「全面的にDeNAで企画、運営をやらせていただけないか」と湘南ベルマーレさんと並走することになったんです。
――なるほど。それが5月頭くらいですか?もう開催日まで1ヶ月を切っているタイミングでしたよね。DeNAの座組はお三方がメインで……?
山下:そうですね。我々がコアメンバーとして全体を見ながら、映像編集や収録時のアシスタント、リモートクラブハウスでの対応等、社内のいくつかの事業部から援軍として参加してもらったメンバーもいますし、日頃お付き合いのある社外の方にも協力していただきました。いずれにしても本来の1/3くらいのスタッフ数で、チーム全体で乗り切った感が強いですね。
私はプロジェクトマネージャーの役割で企画から全体進行を担いましたが、もうそれは本当に、各メンバーがいくつも兼務して、といった状況でした。高いレベルでコミットしていただき感謝しかないです。
堀口:確かに。私は大会の収録や試合のライブ配信などをすべて担当しました。わかりやすくいうと、カメラマン兼、音響兼、スイッチャー兼、エンジニア、みたいなイメージですね。
小島:私は大会用のWebサイト制作と運営保守、あとは大会当日、会場じゃなく各チームのクラブハウスからリモート参加した選手の機材や設備のバックアップなどを担当しました。
堀口:今回改めて、職人肌のメンバーが多く、それぞれがビジネス目線でとことん工夫する現場だなと実感しましたね。と同時に、スケジュールがタイトだったこともあり、人数を絞って「こと」に向かうことでコミュニケーションコストを下げることもできたと思います。
――参加チームや選手の調整はどのように進められたのでしょうか?
山下:そこはすべて湘南ベルマーレさんが担っていただきました。
堀口:役割が分担できたのは、スムーズに大会準備を進められた要因の一つだったと思います。一方で大会そのものの運営は全面的にDeNAに任せてもらえました。eスポーツ運営チームがあり、ゲームの知見もあって、そのうえでスポーツ事業も手がけているDeNAの強みを存分に活かせ、非常にやりやすかったです。
小島:時期的にフルリモートでの勤務でしたので、我々3人はずっと各自宅からゲーマー向けのボイスチャット「Discord(ディスコード)」がつながっている状態で、企画の内容を詰めていったんです。
――急造とはいえ、フルリモートで進めることに不便は感じなかったのでしょうか?
山下:そこは特に問題なく、各メンバーがイベントをどう盛り上げるか、アイデアをオンライン上で出し合いながら準備を進めていきました。また、DeNAの幅広いアセットを使えたこともスムーズに進められた要因だと思います。
小島:特に、横浜スタジアム(以下、ハマスタ)の存在は大きかったですね。
ヘルスケア事業部との連携で、新型コロナ対策も万全に
――横浜DeNAベイスターズの本拠地であるハマスタを会場に使う案は最初からあったのですか?
山下:いえ、途中から出てきた案です。コロナ禍で観客は入れられないため、大きな会場を使う必要はありませんでした。そこで、当初案ではリモートで各チームのクラブハウスからオンライン対戦してもらう予定だったんです。
ただ、各チームの通信環境に不安があった。セキュリティ上の都合で通信制限をしているクラブも多かったですし、『FIFA 20』プレイ用のPS4の操作に不慣れな方もいるだろうということで、完全リモートでの実施には不安がありました。
堀口:そこで「ネットワークが安定した会場に来てもらって対戦してもらおう」という話になったんです。けれど、選手の方々の感染リスクを高めるわけにはいかない。そこで、改めてスポーツ事業本部に相談したんですよね。
山下:そう。最初は横浜にある横浜DeNAベイスターズのオフィスも入っている「THE BAYS」を使おうと考えましたが、スポーツ事業本部が「ハマスタを使うのはどうだろう?」と提案してくれて。ハマスタはスタジアム内に多数の個室観覧席(NISSAN STAR SUITES)を所有しており、選手の方々に一人ずつ、別々の個室に入ってもらいプレイすれば密にはなりません。ネット回線ももちろん問題なく、高品質のライブをお届けできますからね。
小島:しかも車で駐車場からそのまま乗り付けられるようになっているので、うまくやればスタッフや参加選手同士が一切接触せずに入室することが可能です。選手の方々を最小限のリスクで迎えられる環境が整っているのがハマスタでした。
山下:また、DeNAのヘルスケア事業に、元厚労省の医系技官でCMO(チーフ・メディカル・オフィサー)である三宅がいたのも大きなバックアップですね。彼は新型コロナウィルス対策本部のトップでもあり、今回の新型コロナ対策も監修してくれました。
小島:「駐車場から個室観覧席までの導線は誰にも会わないように設計を」「入り口に名簿と体温計とアルコール消毒液を」「一試合終わるたびに部屋すべてを換気して」といった具合に、細かに設定、指示してもらえた。
山下:当初、いくつかのチームは感染リスクを恐れて参加を躊躇しておられたのですが、我々の新型コロナ対策を詳細まで伝えることで、納得して参加を決断していただけたのは嬉しかったですね。
――ところで、大会の配信もすべてライブ配信ではなく、録画と組み合わせたのも通常のeスポーツ大会とは違うスタイルだったように思います。
山下:はい。新型コロナウィルスの影響で多くがオフになっていたとはいえ、15ものチームのスポーツ選手のスケジュールを2日に絞って調整するのは困難。それで、収録日を5日間設けて、その間に対戦を収録するスタイルにしたんです。
――でも実況中継はライブ配信でした。臨場感がぐっと出ましたよね。
堀口:これには理由が2つあって、一つはチャリティで有料チャットの仕組みを入れていたので、インタラクティブな要素は欠かせないという想いがありました。もう一つは、実況しながら放映したほうが臨場感もあって、かつトータルの制作コストも下げられるという判断からでした。
――ただ通常のeスポーツ大会ならリアルの会場で対戦者同士が対峙、コミュニケーションをとるのも醍醐味の一つです。それが互いに別の部屋だというのは、不安もあったのでは?
堀口:そうですね。対戦者同士は映像をZoomでつないで、選手同士の声はヘッドセットをつけてDiscordで、というスタイルを用意しました。リアルタイムで画と音をつなぐならこのスタイルがベストだというのは、自分たちがリモートワークする中で実感していたことでもあって。
ただ収録時に、選手の方々が予想以上に盛り上がってくれたのは、先に言ったような「アスリートとしてのポテンシャル」も大きかった。あともう一つ、「ラッキー」もあったんですよね。
eスポーツ大会の可能性を切り拓いていくために
――収録時のラッキー、とは何だったのですか?
山下:予選リーグの初戦が湘南ベルマーレフットサルクラブのロドリゴ選手で、とても陽気な選手だったんです。シュートを決めたら踊ったり、自分一人でチャント(応援歌)を歌ったり、ムードをぐっと押しあげてくれた。
他の選手もロドリゴ選手に引っ張られるように「これくらいはじけたほうがいいのか」という雰囲気になって(笑)。
堀口:結果として、皆さん本当に意識して積極的に話してくれた気がします。だからガチではあるのですが、少しゆるく楽しいバラエティ番組のようなノリが出せたかもしれませんね。
――確かに収録された画面のスイッチングや実況の方のトーンなども、テレビのバラエティ番組に近い感じでした。eスポーツの緊張感と共に、別の楽しさもありました。
堀口:そうですね。そこは最初からライブスイッチングで収録して、その場の空気をうまく届けられるよう意識しました。
――数人の選手はハマスタではなく遠隔からの参加でしたが、そこはどのようにフォローしたのですか?
小島:私を含めて3人が各クラブハウスへ出向き、事前セッティングからすべて行いました。もっとも選手には接触しないようにゲームとヘッドセットと通信環境を整えたら、別の部屋からZoomとDiscordで連絡する、という近接リモートスタイルでしたけどね(笑)。
山下:そういったオフラインのことも含めて、コロナ禍によって急遽実施したスタイルでしたが、とても学びと発見のある大会になりました。運営スタイルも、見せ方も。
eスポーツってどうしても、「ユニフォームを着て腕組したチームがスタイリッシュに大会に挑む」とか「高額賞金が出てグローバルに広がっている」いうイメージがスタンダードになりつつありました。
けれど、もっと大きな可能性がeスポーツにはある気がするんです。もっと気楽にゆるくやってもいいし、バラエティ番組のようなものがもっとあってもいい。今回のようなセレブリティカップだって頻繁にあっていいと思うんです。eスポーツの可能性を開いてくれる貴重な機会だなとつくりながら思いましたね。
――視聴者の方や周囲の方の反応はこれまでと比べていかがでしたか?
堀口:まさにそれで。普段eスポーツをご覧にならない方々にリーチできた実感はあります。各チームのサポーターの方から「またやってほしい」「eスポーツって面白いですね」という声があったのは先に言ったとおりですが、各チームの関係者の方が熱心に見学されていたのも印象的でした。
――逆風の中で開いた大会でしたが、その分とても大きな収穫があったようですね。
山下:繰り返しになりますが、何だかまとまりすぎていた感のあるeスポーツの可能性を、あらためて開いてくれたのは大きいと思います。すごくシンプルに「誰しも楽しめるゲーム大会の面白さ」に気づかせてくれた。
堀口:そのうえで私たちも、もっといろんなアイデアを形にして、新しく広く大きなeスポーツの世界を拓けたら最高です。
小島:そして、eスポーツの可能性はこんなものじゃないと信じている人、もっともっと面白くしたい、できる、やってみたい、という人がいたら、ぜひ一緒のチームでeスポーツを盛り上げていきたいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生
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