

「パントマイムを習ったんです。研修期間中に」。DeNAの注力事業のひとつ、ゲーム事業のデザイン部でOJT中の村尾拓美はZoomの画面を通して語ります。もちろん彼女の職種はパフォーマーではなく、DeNAのデザイナー。一見、遠い場所にあるそのスキルを、なぜ習う必要があったのでしょうか。
「今の仕事に大いにつながるからですよ」と村尾のチューターを担当した伊藤尚文がつなげます。
「広く」「分厚く」「面白い」と定評のあるDeNAの新卒デザイナー研修。昨年身を持ってそれを味わった村尾とチューターだった伊藤が今回画面越しに対面。未来のため、デザイナーは何を身につけ、積み上げていくべきか。OJTを振り返りつつ、語り合ってもらいました。
手厚すぎる?デザイナーの新卒育成プログラム
伊藤 尚文(以下、伊藤):今回は2019年の11月から3ヶ月にわたって私がチューターをしたOJT研修を振り返る企画です。
まずは、DeNAのデザイン部の新人研修の概要を読者の方々にお伝えしたいと思います。村尾さんは2019年にデザイナー(ゲーム)職としてDeNAに入社。その後約1年をかけてさまざまな研修を受けてきましたよね。

2019年新卒入社。東京藝術大学大学院美術研究科 工芸専攻染織研究領域 修了。学生時代は染め糸や織り布で立体作品をつくる他、現代舞踊やパフォーマンスの衣装を手がける。
村尾 拓美(以下、村尾):そうですね。デザイナー研修は前後半に分かれる形式で行われました。
前半の技術研修は、自分で1つのゲームを想定し世界観やコンセプトを設定。UI、キャラモデル、背景モデル、モーション、エフェクトのセクションで5つのアセットをつくり、ゲーム制作に必要なビジュアルデザイン全体を学ぶというものでした。
1ヶ月ごとに現場の一線級の先輩方が講師になって、ゲーム制作のイロハをイチから教えてもらいました。各セクションの終了時には毎回プレゼンを行い、その中でどんなデザインをしていくのか研鑽を積みながらゲーム制作の全体像を知ることができました。特に私は、学生時代PhotoshopとIllustratorくらいしか使った経験がなかったので、この前半の研修内容はデザイナーの必須となるスキルを体系的に学ぶことができとても助かりましたね。
そして後半は3ヶ月ずつ異なるチームに配属され、現場の中で仕事に触れながら学ぶOJT(※1)研修。これまでに3つのグループをめぐり、現在はUIグループでのOJTを行っています。
※1……On the Job Training の略。先輩社員が現場での実務を通じて業務を教える方法

ゲーム業界歴23年目。これまで10本のゲーム開発と2本の映像制作に携わり、モーションキャプチャーの収録と編集/リギング/ツール開発/手づけアニメーション/プロシージャルアニメーション/物理設定/遷移設定と、ゲーム開発におけるアニメーション作業工程のほぼ全てを経験。DeNAでは新たにマネージャーとしての経験も積み始めたところ。
伊藤:入社後、1年以上の期間をかけてゲーム開発のデザイナーとしての基礎を研修としてみっちり学べる。とても手厚い、贅沢な研修だよね。
村尾:めっちゃ「贅沢プラン」です(笑)。私はもともと大学では工芸科で染織を専攻してコスチュームづくりをしてきました。大学卒業後はチームでのモノづくりをしたかったのと、ゲームが好きという理由でDeNAに入りましたが、さっきもお話したとおりCGなどはほとんど手がけたことがなく、ゲーム制作に必要とされるITの知識に関して不安もあったんです。
就活時に「大丈夫。DeNAはしっかりと濃い研修を用意しているから」と言われて飛び込んだのですが、それはもう本当に、職業訓練所に入学したような充実度でしたね。

伊藤:3DCGなんてつくったこともなかった、という新卒デザイナーは多かったよね。特に村尾さんの同期は。
村尾:そうですね。同期のデザイナーは6名ですが、日本画専攻や彫刻をやっていた方など、その道にどっぷり浸かって学んできたメンバーが揃っていると思います。ただゲーム制作の経験はないけれどベースとなる画力や造形力、構成力は高くて。また得意分野がはっきりしているから、前半の研修中、同期の姿からかなり刺激を受けました。

たとえば、日本画専攻のメンバーは平面的な表現に長けていて、2Dアニメの表現が抜群にうまかったんです。また、立体作品を手がけてきたメンバーは空間の捉え方が素晴らしくて、背景づくりのときに突出していました。ちなみに私のコスチュームづくりも「着た人が動いたときに布や柄がどう見えるか」を考えてつくっていたので、それは今、モーションやエフェクトづくりで感覚的に活きていると思います。
アナログで基礎をしっかり学んできた人が、武器としてデジタル表現を手に入れると強いなあ、と実感する研修でもありましたね。

伊藤:そして半年後にOJT研修へ。最初に配属されたのがモーション班で、私が村尾さんのチューターについた。村尾さんはエネルギーが溢れていて「うわっ、物怖じせずにぐいぐい来る子だな」という印象だったのを覚えています。
村尾:私は基本的にコミュニケーションが好きだし、何でも知りたがる好奇心も強いタイプなんですよね。「物怖じせず……」というのは、すみません、という感じですが(笑)。
「リアリティ」の真髄はパントマイムにあり?
村尾:ところで、伊藤さんはこれまでも新人研修などのデザイナー育成にはずっと関わってきたんですか?
伊藤:いえ、実は今回が初めてでした。ただ20年以上アニメーションの仕事をしてきて、「新卒の育成をしたい」というモチベーションは高かった。だから今回はそれが叶ってうれしかったですね。
村尾:「育成をしたい」と思った理由は何ですか?
伊藤:本来物事にはすべてロジックがあって、アニメーションの技術だって言語化して伝承できるんです。けれど、現場では感覚で語られていることが多く、その教え方にジレンマがあったんです。
若い人にこそ言語化して形式知化したアニメーション制作のスキルを身につけてほしいし、「自分なら教えられる」という自負もありました。
村尾:伊藤さんの教え方はすごくわかりやすかったです。でも伊藤さんといえばやっぱり……。
伊藤:はい。「パントマイム」です(笑)。村尾さんにはOJTのときにも話したけれど、パントマイムって、イギリスなどでは学術的に教えられていたりするんですね。
「本当はモノがないのに、どのように体を動かすと重いモノを持っているように見えるか」「どのように体を動かすと、性格や感情を表現できるか」とか、すべてに“理屈”がある。その理屈がそのままアニメーションの表現に活かせるんです。
村尾:もちろん今は理解できるのですが、OJTで最初に伊藤さんのお話を聞いたときは衝撃でしたよ。「じゃあ、ちょっとパントマイムについて説明するね……」と始まりましたから(笑)。

伊藤:そうそう。たとえば「人間がカップを持つ」という単純な動きも、リアルの世界ではただカップに手を伸ばしてさほど大きなアクションもせず手に取ることが自然。けれど、アニメでこれをそのまま表現すると何をやっているかわからなくなってしまう。
だから、アニメにリアリティを加えるならば、カップをつかむ前の指を大きく開き、パッとカップを掴む形に変化させてその対比をつくります。これが誇張。そして持ち上げるために力が入った一瞬を表現するために指や手首がピクッとなり、カップをほんの少しだけ傾けるコマをあえてつくる。これがクリック。
どちらもパントマイムのほんの一例ですが、CGアニメにはとても有益な技術です。
村尾:パントマイムの理屈とCGアニメの技法をあわせて学べたのは、とても貴重でしたね。本当に身になるというか、体と頭に染み込んでいくように学べました。
最初は『上に投げたボールが床に落ちて弾んでいる様子』というシンプルなアニメづくりが課題でしたよね。
伊藤:最初はあえて1フレームずつ手で調整して、「どうすれば重力を感じられるか」「惰性がだんだん弱まるのを表せるか」「距離は」「動きは」と細かに、手を動かしてもらいながらでした。
村尾:それをクリアすると次に『2つの重さの違うボールが箱のなかに落ちてきて、動きが止まるまでのアニメ』『3関節のある振り子がどう動くか』などと、少しずつハードルをあげた課題に挑戦させてもらって。

伊藤:でも、村尾さんは最初から「筋がいいな」と感動しましたよ。
村尾:え!めっちゃうれしい。どこで感じました?
伊藤:私がモーションで重視するのは、「物理的に正しい動きをつくれているか」とパントマイムを軸にした「リアリティを宿せているか」。加えて、その2つを実現するためには、自分のつくったモーションを「客観視できるか否か」が極めて大事。村尾さんは、それがすごくできていました。
課題に取り組む中で、「この動きには違和感がある」というのを伝える前に自分で気づいていたし、指摘するときもどこに問題があるのかをすぐに見つけ出し、修正できていましたしね。

村尾:たぶん理由は2つあって、ひとつはアーティストというかクリエイター思考がずっとあったので、自分のつくったもの=自分の分身のような意識が強い。「自分が納得いかないものをつくりたくない」という気持ちが人一倍あるんです。
あとは、学生時代に美術予備校の学生講師をしていたのですが、「デッサンは客観視が大事!」と言い続けていたので、自分ができないわけにはいかない……と生徒の目を意識していました(笑)。その経験があったからかな……?
中でも「クレーンゲームの動き」をアニメにしていくプロセスは本当に印象に残りましたね。
伊藤:実際にゲームセンターに行って本物のクレーンゲームの動きを観察してから、それをアニメーションで再現してみましたよね。

村尾:はい。実際のクレーンゲームって、クレーンをよく観察してみると振動しながら移動しているんですよね。ゲームセンターに行った後、気づいた動きをアニメに取り入れたり、またその頃、実際にパントマイムの講習にも参加したりしました。
伊藤:そうでした。ちょうど私が教わっているパントマイムの先生が講習会をやるというので紹介したら、参加してくれて。そういう好奇心旺盛なところは本当に感心しきりでした。
物怖じせず、何にでも首を突っ込むことがチャンスの場を広げる鍵
村尾:そして現在はUIグループでOJTに取り組んでいますが、伊藤さん、「研修生としての村尾」はいかがでした?
伊藤:率直にいうと「ずっとアニメーションを教えていきたいな」と思いましたよね。
村尾:めっちゃ高評価じゃないですか(笑)。
伊藤:村尾さんは「コンピューターが苦手」「ほとんど触ってこなかった」と言いながら、途中簡単なスクリプトを書けるようになり、自分でアニメーション作業の補助ツールみたいなものを実装しちゃいましたよね。技術面でも、すさまじい吸収力だなと感じていました。
こちらが理屈で伝えたことをしっかり受け止め吸収して、どんどんレベルがあがっていくのがわかるのは、チューターとしてこの上なく嬉しかったですから。
村尾:最初の基礎研修のときに軽くコーディングも教わって、めちゃくちゃ楽しかったんです。その話をしたとき、伊藤さんが「それなら何かつくっちゃえば?」と言ってくださったので、コレ幸いとやっちゃった感じです。
研修中とにかくいろんな質問をしたと思うのですが、その都度真摯に答えてくださって、さらに挑戦の場もつくってくれましたよね。その積み重ねが自分の力になっていったんだと思います。
伊藤:いろんなものに興味をもって、まずやってみる村尾さんの姿勢もフィットしているんだと思いますよ。
村尾:そうだとしたら嬉しいです。とにかくなんでも首を突っ込むタイプで、逆に言えば、やってみると「あ、これは苦手な領域だな」というのも気づけますし。いずれにしても、やらないとわからない、というのが本音です。
伊藤:確かにDeNAのデザイナーはいろんな領域に挑戦できる、首を突っ込める環境が揃っていると思います。
今後もデザイナーとして挑戦の幅を広げていってほしいし、知識とスキルという引き出しを持って、何か依頼がはいったら「いいですよ!」と引き受けられるような「周りから頼られる存在」になっていってほしいと期待しています。
村尾:ありがたいです。ゲームやCGアニメの業界の未来をさらに大きく形作っていく存在になれるよう、いろいろな挑戦をし続けていきたいと思います。
「ゲームはどんな要素からできているのか」を前半の技術研修で密度濃く学び、その後OJTでの現場研修を経てデザイナーに必要な技術と知識を身につけていった村尾。
「事業に貢献できるデザイナーになって欲しい」と設計された育成カリキュラムには、一生デザイナーとして生きていける、活躍し続けられる素養を身につけ成長していってほしいという人事や現場の想いが込められています。
デジタル表現という武器を手に入れた彼女が、今後デザイナーとしてどんな道筋を描いていくのか。「どんなデザイナーを目指していきたいか」の問いに「今は“これ”と決めずに何でも幅広くやってみて自分の力を試していきたい」と答えた村尾の視線の先に、飽くなき探究心を見た気がします。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき
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