経営戦略をサポートして事業成長に貢献する「戦略人事」を成功させる鍵として、HRBP(=HRビジネスパートナー)という概念が近年注目を集めています。DeNAでは、2014年からHRBPを導入し、かつチームで戦略人事にあたることで、さまざまな課題を解決し事業経営をドライブさせる存在として事業部を支援してきました。
DeNAのHRBPがチームで戦略人事にあたるうえで欠かせないフレームワークに「HRBPスクラム」があります。では、HRBPスクラムとはいったいどういうものなのでしょうか。また、戦略人事をチームで行うことによってどんな効果が得られるのでしょうか。
ゲーム・エンターテインメント事業本部 組織開発部 部長の菅原啓太(すがわら けいた)に、HRBPスクラムの概要や手法、それによるメリット・デメリットなどについて話を聞いていくうちに、戦略人事におけるチームづくりの秘訣が見えてきました。
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チームで戦略人事にあたる4つのメリット
メリット1:複眼による成果の最大化
戦略人事をチームで実践するメリットは4つあると考えています。1つ目は「複眼による成果の最大化」です。経営や人事は答えが決まっているものではありません。それゆえ、さまざまな視点からメリットやデメリットを検討しなければならない。1人の思い込みではなく、チームのいろいろな角度からの複眼によってアウトプットの質をあげていくことが必要です。
メリット2:フィードバックによるHRBPの育成・成長
2つ目は「フィードバックによるHRBPの育成・成長」です。人が育つには2つの条件があると思います。1つは「機会」、もう1つが「フィードバック」です。DeNAには「人は仕事で育つ」という文化が根付いていますが、実は仕事の「機会」だけでは不十分で、マネージャーによる「フィードバック」が必要です。
フィードバックはできるだけタイムリーにあった方がいいし、頻度が多ければ多いほどいい。でも現実問題として、1対1でマネージャーがフィードバックできる機会はおよそ週に1度。そこをチームで動くことができればメンバー同士からもフィードバックを受けることができますし、フィードバックの頻度が増えれば成長は自ずと加速するんですよね。
メリット3:仕事の見える化による属人化の解消
3つ目は「仕事の見える化による属人化の解消」です。戦略人事に限らず、ほとんどの仕事はチームでやらなければ属人化してしまいます。1人の人事担当が築いた人間関係は属人化しやすく、形がないですよね。こういう仕事をソロ活動化していくと「この人事担当者がいなくなったら……」という話になりがちです。これをチームでやれば、誰かが体調を崩して休んだりした場合でも、メンバー間でフォローし合って仕事を進めることが可能です。
メリット4:トランザクティブメモリーの向上
4つ目は「トランザクティブメモリーの向上」です。これは「ある問題が起きた時、それについて誰が知っているかを知っていること」と言えばいいでしょうか。HRBPチームでは、毎日「デイリースクラム」というミーティングをしていて、それぞれ前日にやったことと当日にやることを共有します。
当然、自分の担当領域以外の情報に多く触れることになります。そうすると、私がほとんど接点のない部署でも、その部署が現在どういう状況にあり、誰が何に詳しいか、問題が起きた時に誰に相談すべきかを把握している状況をつくることができますよね。
担当領域以外の情報に触れていなければ、情報はチームではなく個々人に分断されてしまいます。「トランザクティブメモリーが向上しない」状況になってしまうと、限られた視点と範囲でしか課題解決ができず、戦略人事を実践できない、というわけです。
DeNAのHRBPが取り組む「HRBPスクラム」とは
では、チームで戦略人事を実践するために取り組んでいることは何か。その1つが「HRBPスクラム」です。
HRBPスクラムとは、ソフトウェア開発の手法「スクラム開発」を組織開発に適応したもの。スクラム開発は、ソフトウェア開発における反復的で漸進的なアジャイル開発方法(※1)です。「スプリント」という数週間単位ごとに動くソフトウェアを開発し、タスクはプロダクトバックログで優先順位付けされて管理されます。スプリント内の期間における目標は開発チームが設定しますが、ソフトウェアの評価はプロダクトオーナーが担います。
※1……ソフトウェア工学において迅速かつ適応的にソフトウェア開発を行う軽量な開発手法群の総称
ただしこれはソフトウェアの手法なので、人事の仕事には合いません。そこで、戦略人事の実践に向けて活用できるようにスクラムをアレンジしました。
具体的には、スプリント期間を2週間に設定し、隔週ごとに3時間のセレモニー(※2)を行います。また、毎日30分のデイリースクラムを行うことで、スプリント期間におけるバックログの進捗確認とフリートークの時間を設けました。これを受けて各人が新たにバックログを作成します。それから、チームが取り組むことはチームで決めることが必要と考え、プロダクトオーナーは不在。バックログへの業務の差し込みを認めて、目標は可変的なものとしました。
※2……セレモニーは、レビュー・振り返り・プランニングで構成。セレモニーについての詳細は以下【HRBPスクラムの「セレモニー」について】を参照
【HRBPスクラムの「セレモニー」について】
■スプリントプランニング
・人事の定常業務も多いので、細かいバックログ作成は個々のメンバーに委ねる
・とかく差し込みがあるのが人事。2割の余力を残してスプリントバックログを作成
■デイリースクラム
・チームメンバーごとの進捗報告(チェックイン)
・言いたいこと・聞きたいこと
■スプリントレビュー
・人事の仕事にもアウトプットはある。レビューを意識したアウトプット作りを
・人事戦略や計画、組織編成案、組織開発資料、サーベイ分析結果など
■レトロスペクティブ(振り返り)
・KPT、トリプルニッケルスなど
HRBPスクラムのメリットとデメリット
人事に限らず、スクラムは中途半端にやると効果が出ません。そのため、このフレームワークを厳守することがポイントです。「毎日集まらなくてもいいんじゃない?」とか、そういった意見は考慮せず徹底してやること、これが大切です。
以下のように、それぞれのアクションの提供価値の機会に応じてポイントをつけるのですが、そのスプリント内の期間でやったことの合計値がHRBPチームで出せたアウトプットの総量になるわけです。これが、だんだん増えてきています。2017年からこの取り組みを始めて、ちょうど50スプリント目。過去に遡って内容を見返してみると、仕事の質が変わってきていることが顕著にあらわれるんです。
同時に、数値化することでチームの提供価値も明確になります。例えば私が2週間で消化できるポイントが100だとしたら、それ以上はバックログに積み込まない。そうすることで仕事量を適正に保つこともできます。
一方で、ポイントが高い=提供価値が高い、としてアクションを選ぶのは、一見正しいように見えるけれど、実際はケースバイケースですよね。ポイントがつくミーティングに参加する時間よりも、ポイントはつかないけれども大事なミーティングに向けて準備をする時間の方が優先されるべき状況だって当然あり得ます。
だから、一人ひとりがしっかり考えて取捨選択することが大切です。さらに言えば、3ポイントの仕事にきちんと3ポイントのバリューを出せているかどうかPDCAを回し続けることも重要だといえるでしょう。
HRBPスクラム導入前を振り返ると、以前の我々は、御用聞きだったように思います。部門からの要望に応えるだけの受け身の仕事がメインになっていました。でもこのフレームを導入したことで、先回りして事業部に提案しながら動くことができ、事業部と並走して考えるアクションが増えました。
もちろん、デメリットもあります。HRBPスクラムのデメリットは「時間」。2週間に1回3時間のセレモニーを行い、毎日30分のデイリースクラムを組む。2週間で合計8時間のミーティングは多い、と感じるかもしれません。これは工夫次第で短縮することも可能だとは思います。しかし、我々のチームに限って言えば、むしろ時間が足りなくて、2時間のセレモニーを3時間に延ばしたという経緯があります。これはメリットとデメリットのトレードオフだとは思いますね。
根幹にあるのはコミュニケーション
戦略人事にはいろいろな仕事がありますが、なかでも大事だと思うのは、経営と現場に筋を通すこと。人事は人事のためでなく、あくまで経営や事業のためにあるものです。経営戦略や事業戦略に人事戦略が紐づき、現場の人事オペレーションまで繋がっていなければいけない。ここに筋を通すことがまず大事で、それを担うのが戦略人事だと思います。
また、経営と現場に筋を通すために人事はチームで取り組むことが必要です。そして、チームをつくるために重要なのはコミュニケーションです。チーム共通のゴールや統一された方向性を示し、そこへ向かう道筋をプロセス化すること。そのためのすり合わせのことをコミュニケーションと呼ぶのではないでしょうか。
さらに言えば、きちんとチーム内で役割分担することも重要です。役割分担のためには相互理解が必要ですから、やはりこの話の根幹にあるのはコミュニケーションなんです。コミュニケーションの量と質を両面で担保するフレームワーク。これこそ、HRBPスクラムが戦略人事のチームづくりに役立っている、と言いきれる最大のポイントです。ただ、まだまだ私たちのチームも完璧ではないですし、これからも進化しないといけません。今後もチームでのコミュニケーションを大切にして、経営や事業に資する強いチームづくりをしていきたいと思います。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
聞き手:坪井 一樹 執筆:山田宗太朗 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生
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