経営者や事業リーダーと並走して、人事と経営の両面から事業の成長を牽引するHRBP(=HRビジネスパートナー)――。
現在、DeNAのHRBPは「戦略人事を実践するHRゼネラリスト」として、人・組織面のパートナーにとどまらず、事業課題解決のための壁打ちといった細部にいたるまで、人事と経営をつなぐ戦略人事としての役割を担っています。
もっとも、DeNAのHRBPも最初から求められる役割を全うできたわけではありません。彼ら自身も仕事でつまずき、戸惑い、失敗してきたからこそ、「事業に資する人事」として戦略人事を実践できているのです。
「HRBP STORY」第2回目の今回は、ゲーム・エンターテインメント事業に携わる3人のプロフェッショナルが互いの失敗体験を告白。トライ&エラーを繰り返すことで得た、HRBPの現場で求められるスキルとマインドについて聞きました。
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さまざまな業界から集まったHRBPメンバー。至った道のりも三者三様
――人事と経営をつなぐ戦略人事として活動するみなさんですが、まずは今に至るキャリアの経緯をうかがえますか? まずは坪井さんから。
坪井 一樹(以下、坪井):私は新卒で人事コンサルの会社に入社し、4年ほどクライアントワークとして組織の課題解決に取り組みました。その経験の中で、次第に事業会社の中で組織変革に携わる仕事がしたいと考えるようになり、外資のIT系ベンチャーへ転職。その後、「組織づくり」だけでなく「事業づくり」を通じて世の中に新しい価値を創出したいと、別のIT系ベンチャーへ転職したんです。
――「事業づくり」ですか?
坪井:はい、はじめは新規事業企画やアライアンス業務に携わっていました。しばらくして、事業の成長と共に組織力の強化がテーマとなり、「組織づくり」の業務が徐々に増えていきました。そこで、当時日本ではあまり知られていなかったHRBPの機能を立ち上げる経験をしました。
そして2018年の11月からDeNAへ。HRBPとして事業をドライブさせることはもちろん、HRBPや戦略人事の概念を通じて「事業に資する人事」のあり方をいかに世の中に根付かせられるか、という広報活動のミッションにも情熱を持って仕事をしています。
――では次に野田さん。これまでの経歴を教えてください。
野田 竜平(以下、野田):はい。僕は2012年に新卒でDeNAに入り、最初はECモールの広告営業をしていました。3年目に「自分自身が大きな成果を出すことよりも、チームメンバーが大きな成果を出すことに寄与するプロセスが好きだ」ということに気づき、人事への異動願いを出して新卒採用に異動しました。
新卒採用になりエンジニアやデザイナーの新卒採用を3年続ける中で、「彼らがもっと働きやすい場、活躍できる場をつくれるようになりたい」と考えるようになりました。
――そう思わせる何かきっかけがあったのですか?
野田:新卒で入社したメンバーには、活躍する人だけではなくて、なかなか芽が出ずに悩む人もいて……もどかしさを感じたのがきっかけですね。採用して終わりではなく、異動や評価、制度作りなど人事に関わることを全方位でカバーできるようになりたいと考えたんです。
その後全社の人事制度企画や採用広報にも携わりましたが、人事としての立場で考えて推進しても、どうしてもただの「べき論」として事業現場に受け取られるというか、うわ滑る感覚がありまして……。より現場に近く、事業の中で、人事的なソリューションを提示していくHRBPへと転身しました。2018年の7月からですね。
――興味深いですね……。最後は有園さん。まずはキャリアの変遷から聞かせていただけますか?
有園 桂(以下、有園):私はちょっと特殊で、もう20年前になりますが、学生時代から当時急成長していた中古流通業界に飛び込んで店長になりました。さらに数店舗を運営する子会社の代表として、学生社長をしていました。
――学生時代にすでに社長ですか!?
有園:はい。会社運営を数年経験した後、本社で新卒採用を見ることになったのが人事キャリアのはじまりです。その2年後に「ITベンチャーの世界が見てみたい」と転職。そこでは人事部の立ち上げから手がける経験をさせてもらいました。その後は外資系の銀行に転職、そこでは「仕組み化」を目指すフェーズだったので人事制度の設計に力を入れていました。
とはいえ、すばらしい制度をつくっても、思うようにそれが回るとは限りません。30代はずっと人事周りで悩みながら試行錯誤をくり返していましたね。そのタイミングでDeNAとは出会いました。HRBPチームとして、愚直に人事の課題に取り組もうというスタイルに魅かれ2018年に飛び込んだんです。
過去の失敗から得た教訓。あの「しくじり」のおかげで今の自分がある
――皆さんそれぞれユニークなキャリアをお持ちですが、過去の失敗や挫折の経験が、今のHRBPとしての活動に活きていると感じることはありますか?
坪井:たくさんありますよ(笑)。
――せっかくお三方いらっしゃるので、ご本人以外の方から見たメンバーの強みをうかがいながら、その強みの裏にある「失敗から得た教訓」をご本人からうかがっていきたいと思います。
失敗談1:事業づくりの挑戦は「0→1」も「1→10」もダメ。事業の難しさを痛感
――ではあらためて、坪井さんの強みは何だと思われますか?
野田:「事業目線」に尽きますね。
坪井さんはDeNAに入社したての頃、事業や組織に関しての数字を周囲にヒアリングしていましたよね。普通なら意識しないような細かいところまで聞いていたのを覚えています。だからこそ現状を把握した上で、中長期的な事業経営に関する視点を持った議論ができる。「事業の戦略をふまえると組織や人もこうした方が良いよね」という、事業の方向性から人事としての動きにつなげていく力が強いと感じます。
有園:「単なる人事じゃない」スタンスが色濃いんですよね、坪井さんは。事業リーダーに対して最適な言葉を臆せず発せられるのも、人事という役割に縛られず、目線がフラットだからじゃないかなと思います。
坪井:こういうフィードバック良いですね。失敗談が話しやすくなります(笑)。
――ではその勢いで(笑)。その強みにつながる失敗談をお話いただけますか?
坪井:まず有園さんが言う「単なる人事じゃない」スタンスは、とても大切にしているんです。「人事として」よりも先に、「ビジネスパートナーとして」関わっている感覚です。事業にとって、また業務にとってどんな変化が必要なのか、人や組織のパフォーマンス向上のためには何が必要なのか、を常に考えています。
なぜ「事業目線」を強みに感じてもらえたのかを考えてみると、私がことごとく「事業で大きな価値を生み出せなかった」という挫折の原体験が大きいのかもしれません。
――「事業づくりを手がけたい」と転職した前職での話ですか?
坪井:はい。「新たな事業をつくるぞ!」と強い意志を持って転職。ところが、企画をつくるもサービスを立ち上げることは叶いませんでした。
それなら……と今度はスタートアップ企業とアライアンスを組んで、新しい事業をグロースさせようとしましたが、事業として大きく成長するまでには至らず。自分なりに精一杯やったつもりが、結果として事業の0→1も、1→10も思い描いたようにはいかなかった。「事業づくりはこれほどまでに難しいのか……」と肌身で感じましたね。そして、自分には事業づくりで新しい価値を創出する力がないんだなと(笑)。
一方で、組織づくりに関しては今までに取り組めていなかったことに対していろいろなアイデアが出てくるし、新しい価値を生み出せている手応えも感じていました。であれば、事業経験のある人事として、事業をつくる人達に貢献できる価値提供に注力していこうと舵を切り替えました。
――事業の大変さを知っているからこそ、事業づくりに対して誠実に向き合えると?
坪井:それはあると思いますね。事業こそ大切なんだ、という考え方が根っこにあるので、事業を前進させようと考えるスタンスは人事になっても手放したくないなと。事業の成功に向き合い続ける「事業ファースト」のHRBPでありたいと思いますね。
失敗談2:目の前のやるべきことにこだわりすぎて、広告営業時代は目標未達の日々
――野田さんは新卒でDeNAに入社。他の方とは異なるバックグラウンドをお持ちですが、野田さんの強みとは何でしょう?
坪井:「クリティカルシンキング」が習慣になっていることでしょうか。「そもそもそれはなんでやってるんでしたっけ?」「なぜその考え方が必要なんでしょう?」と、野田さんはいつもゼロベースの思考で「そもそも論」から思案する。
これ、実は難しいことだと思うんです。私のように4社を経験してきていると、これまで得た経験やフレームワークに当てはめて課題解決にあたることもできる。場合によってはそれが自分の考え方の中でしか対処できないデメリットにもなりえるのですが、野田さんにはそれがなく、いつでも本質に迫る問いかけができる。HRBPとしての強みだと感じますね。
有園:DeNAには「DeNA Quality(以下、DQ)」と呼ばれる行動指針があるのですが、野田さんはまさにその体現者でもありますよね。例えば、DQには『「こと」にむかう』という行動指針があり、本質的な価値を追求するというコンテキストがあるのですが、野田さんは「クリティカルシンキング」があるからこそ、より本質的な価値が何かを考えるようにしている。そこからマルチタスクで仕事をこなし、人を巻き込みながらスピード感を持って仕事が出来るのも強みと言えますね。
――それを受けて、野田さん。その強みは過去のどんな失敗に裏付けられていると思われますか?
野田:入社1年目の広告営業時代、毎月のように営業目標が未達だったことでしょうね。
――意外な答えでちょっと驚きましたが、営業職時代は成績が悪かったのですか?
野田:全然ダメでした(笑)。
僕は既存のクライアント向けの営業だったのですが、目標達成のために目の前のことを必死になってクリアしていっても目標に到達できず、ただひたすら走っているだけの時期がありました。
「どうするか」と悩んでもがいていたとき、リーダーが既存のクライアント向けの営業だけではなく、新規顧客を開拓して高い目標を達成していたんですね。それを目の当たりにして、「目標達成のために目の前のことをがむしゃらに頑張ってもうまくいかないなら、物事の見方や考え方から変えていくしかない」と気づいたんです。
――発想を変えたことで行動が変わったのですか?
野田:はい。例えば、商品の1つである広告枠をお客さまにマッチする形に作り変えたり、プラットフォーム自体のPVを増やすためのマーケティング領域に踏み込んだ企画をするようになり、結果的に個人の目標を達成できるようになりました。
それからチームリーダーとなってチームの目標を追うことになり、各人が持つ競合の情報を集約して展開する仕組みを作ったり、新入社員の研修を設計して推進したり。このタイミングで「ポジションによって見える景色が変わっていくこと」と「多くの場合は今見えている景色だけでは高い目標は達成できないこと」を学びましたね。
――その学びはHRBPの仕事にどう活きていると思われますか?
野田:HRBPの仕事は、事業部全体の方針や組織状況を把握したうえで事業リーダーに寄り添い、そのシーンで足りていない視点を補完して意思決定の質を高めていく仕事だと思っています。
事業リーダーは自分の責任範囲とする事業や組織のことを真剣に考え抜いている分、事業部全体の目的や中長期的なビジョンなどの視点が欠けてしまうこともあります。全体調和をうまく保って事業リーダー各人が気持ちよくコトに向かえるように、今の事業リーダーが見ている景色に新しい視点を提供することを意識しています。
坪井:なるほど。だからこそ「そもそも何のために」と問い直すことがクセになっているんですね。
野田:もちろん僕自身が常に適切に考えられているかというとそうではないですが。ただ、HRBPとして「寄り添い」だけじゃなくバランス良く「問いかけ」をしていくのは常に自分の中で意識し続けたいと思っています。
失敗談3:期待していた若手社員の心の声を受け取れず、退職届けを受け取った
――では有園さんの強みはどこだと感じますか?有園さんは幅広い業種の人事キャリアをお持ちですよね。
坪井:それは「懐の深さ」ですね。事業リーダーにしろ、我々にしろ、有園さんに相談をすると、必ず受けとめてくれる。自分の意見を押し通すでもなく、しっかり傾聴してくれたうえで、スッと適切なアドバイスをくれるんです。
野田:僕は「柳力」と命名しています。柳のようにしなやかに、どんな悩みも受け止めてくれて、場合によってはそのまま投げ返したりもされる(笑)。
――そんな有園さんの今に活きる失敗談をうかがえますか?
有園:多々ありますが、一番印象に残っているのは、中古流通業界時代でのことですね。
――詳しく聞かせていただけますか?
有園:冒頭の経歴説明でも述べましたが、そこでは20代前半で大勢のスタッフがいる組織を預かる経験をさせてもらいました。
当初はひたすら先頭に立って、店舗運営から人のマネジメントまで何でもやって、周囲へのあたりもきつかったと思います。当然、そんな組織では人もついてこない、数字も上がらない。焦ってますます悪循環を生むという状況で……。
――今とは全く異なるイメージで当時の姿が想像もつかないですが、そのやり方を続けることがベストだと?
有園:いいえ、途中で気づいて。というよりも気づかされまして。
ちょうど店舗のリニューアルを準備していたとき、そこに入ってくれた新卒の女性スタッフがやる気もスキルもあって、「彼女は絶対に育ってくれる」と期待していました。
リニューアルという節目だから仕事そのものはハード。それに加えてあたりはきつい。それでもすごく頑張ってくれていたので「これが仕上がるときには、彼女は一人前になる!どこに出しても恥ずかしくない人材だ!」と確信して……。喜びが最高潮になるまさにその直前“退職届”を出されたんです。
リニューアル前日に徹夜した、その翌朝でした。
野田:キビしい……。
有園:すぐには納得できず、「もう一度チャンスがほしい」と陳謝して、頼み込みました。
――結局、その方は?
有園:辞めちゃいましたね。ただこの強烈な失敗があって、当たり前のことですが「人の思いは千差万別だ」ということを肝に銘じるようになりました。そして「相手が本心でどう思っているかを理解するのは難しい」ということをずっと意識しながら仕事をするようになりましたね。
だからHRBPとなった今も、「現場の大変さは理解できていないかもしれない」「メンバーの言葉には別の背景があるかもしれない」と極めて慎重に考えるようにしています。
坪井:それが懐の深さにつながっているわけですね。
有園:何が起きても驚かなくなった……という面もあると思います(笑)。
何をすべきかを問い続ける姿勢が人と事業を強くする
――――「事業目線」「クリティカルシンキング」「懐の深さ」と、それぞれの強みをうかがいましたが、HRBPに求められるスキルとマインドとは何でしょうか?
野田:個人的には、全てを1人のHRBPが持っている必要はなく、パートナーとなる事業リーダーの特性や事業上の課題によって必要とされるスキルが異なってくると思います。
坪井:私も同感。HRBPそれぞれの個性や強みを活かして、チームとして戦略人事を実践することが大切だと思いますね。
有園:あとは、人事としてだけではなく、事業側でしか味わえない苦い経験があることは、マストかどうかはわからないけれど、我々HRBPチームの強みかもしれません。
坪井:ただ、自分の経験を投影させるだけだとHRBPはつとまらないと思います。個人の経験でしか推し量れない狭い視野では、DeNAの事業、あるいは事業リーダーが向き合っている課題に対峙できませんから。
野田:人と事業をより強くするために広い視野でコトに向かうこと、目の前の課題と全体の課題を意識しながら事業を前に進めるために何をすべきかを問い続ける姿勢が、より組織を強くするのだと思います。
有園:リーダーの想いや考えを尊重しながらも、常に客観的に状況を見極め、人事として何ができるかを追求して事業の成功に貢献する。「戦略人事を実践するHRゼネラリスト」として、そういう思いを持ったHRBPの仲間を増やしていけたら最高ですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生
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