コスト・品質ともに最高レベルを実現していた、DeNAのオンプレミス。しかし2018年6月、DeNAは全社方針としてそのオンプレミスを捨て、3年の移行期間をかけクラウドに全面移行することを決定しました。
なぜDeNAは経営の意思決定として、当初「3倍のコストになる」と言われたクラウド全面移行に踏み切ったのか?
本記事では「クラウドシフト決定の判断」に至る経営者の思いを語った『Google Cloud Next ’19 in Tokyo』でのDeNA代表取締役会長 南場 智子(なんば ともこ)講演内容をノーカット掲載します!
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「経営の言語」と「技術の言語」両方話せる人材を信頼する
私がDeNAを立ち上げたのは、1999年。今からちょうど20年前です。もともと、経営コンサルタントをしていました。得意なのは戦略や提携。それからマーケティングや分析などですね。一緒に起業した仲間も、同じファームから連れてきた2人です。
ですから、そうしたことに議論を費やしていました。軽んじていたのが、モノづくり。その認識が甘かったです。最初のサービスのシステム開発。要件定義は自分たちで行いましたが、作り込み・実装は外部のパートナーさんにお任せしてしまいました。丸投げですね。
そして、「今日開発が全て終わっている!」という日に、コードが1行も書けていないという事態に見舞われて、DeNAは始まる前に終わってしまいそうな状態になりました。なので、「コンサルタントは信じるな」というのが今日のメッセージング……ではありません。私たちがその後、どのような道のりをたどったかという話をしたいと思います。
その出来事の後、私たちは技術をアウトソースに依存しているということを深く反省し、エンジニアの採用に奔走。2000年には完全な内製体制を築くことができました。ですが、私自身のシステムリテラシーが急速に高まる訳ではありません。
では、どうやって経営していたのかというとやはり「経営の言語」と「技術の言語」両方しっかり話せる人材を横に置いて、技術に関わることはその人の判断を信頼して経営するということをやるしかありませんでした。けれども、幸いなことに私は人運に恵まれ、DeNAの技術力は急速に強化されていきます。
オンプレミスか、クラウドか。正義vs正義の論争勃発
そして培ったDeNAの技術力で、「1日のリクエスト数が50億を超え、1秒に数十万のリクエストが集中するような状態でも全く問題なく安定的に稼働し続けるシステム」を作り上げることができました。
この規模感ですと、数万台のサーバーが必要だと思われるかもしれませんが、実際には3,000台のサーバーで、インフラの技術者は数十人。数十人の下のほう、今だと40人ほどです。初速で数千万人のユーザーが集まるようなサービスも、サーバーダウンゼロできちんと立ち上げることができる。おそらく日本でもトップのインフラ技術力を身につけていたのではないかと思います。
私はそれで非常に機嫌良く、経営をしていました。ところが2018年に経営者として大きな選択を迫られます。
というのも、私が信頼していた技術陣が「オンプレミスかクラウドか」ということで大きく論を分けたんです。DeNAは2015年くらいから徐々にクラウドを利用していましたが、当時はまだ圧倒的にオンプレミスをマネージしていました。
しかし、購入してから7、8年経過しているサーバーが大半。故障も増え運用工数も上がっていたし、サービスがどんどん多様化して複雑になり、セキュリティに関わる運用の工数も非常に高まっていたという頃です。
「この際、一気にクラウドにシフトすべきなんじゃないか」ということを言い出したクラウド派。「いやいや、オンプレミスこそが我々の強みだ」とオンプレミス派。こうして、オンプレミス派とクラウド派で大きく2つに分かれてしまったんです。
そこで経営トップとしていろいろな質問を投げるんですけれども、同じ質問でも答えが両者で全く違うので非常に戸惑いました。私は実際に経営会議で「これは宗教なの?」と質問したくらいです。よくよく聞くとクオリティの部分はプロコン(※)はあっても、だいたい拮抗するところまで持っていける。デリバリーはもちろんクラウドが有利。しかしコストですね、1番話が分かれたのは。
オンプレミス派は「今、クラウドにシフトすると3倍のコストがかかります」という話をします。クラウド派は「いやいや、1円でも安くしようというベンチャー魂を大切にしてるからこそクラウドです」と。
※……Pros/Cons。良い点、悪い点。
優秀なエンジニアをもっと創造的な仕事にフォーカスさせたい
この試算の差というかコストの差は、どちらも嘘をついているわけではないんです。「減価償却済みサーバーをこのまま使い続ける前提で比べると、今の利用の仕方で全面クラウドシフトすればコストが3倍になるのは事実」だと。
しかし、我々の優秀なエンジニアがクラウドを使い倒し「いかにクラウドで品質を落とさずに低コストで運用できるのか」に頭脳と工数を使えば、今のオンプレミスのコスト体系にかなり近づけることができる。これが真理であったと。
そうしてQCDの差が縮まると、なおさら決断を迷いますよね。経営者にとって何が決定打となったかというと、“人材”です。CTOの小林が言いました。「我々の優秀なエンジニアをもっともっと創造的な仕事にフォーカスさせたいんだ」と。
オンプレミスの膨大な規模のシステムを運用していくには、しなければいけないことが無数にあります。故障の対応はもちろんのこと、サーバーやネットワーク機器などの固定資産や部品など消耗品の在庫管理、電流値・温度・耐荷重・集約率を踏まえたサーバーラックの管理など。それから、緊急時にはデータセンターに飛んで行ったり。
大事なんだけれども必ずしも創造的とは言えない仕事にエンジニアのかなりの工数を取られていた。
この事実は私にとって非常に説得力を持ちました。これが決定的な要素となって、DeNAはクラウドシフトを決めます。
私が「でも少し残念だよね。これまでせっかく培ってきた、サーバーサイド技術の蓄積を活かせなくなるのは残念だよね」と言うと、「いやいや、それが間違っているんです」と言われ、いろいろと教えてもらいました。
つまり、「私たちは技術の蓄積があるからこそ、GCP(※3)のカタログスペック以上のものをリクエストすることができる」と。
※3……Google Cloud Platform。Google が提供するクラウドコンピューティングサービス。
GCPの方々とは、とことん議論させていただきました。私たちが投げかける議題に、本当にGCPのメンバーはいつも前向きに応えてくれて、とことん議論してくれるんです。そこに私たちは「このカタログスペックにある以上のことをできないか」と要求するだけではなく、技術力を背景に、「できるはずですよね。こんな工夫をすれば」とそういうツッコミを入れることができる。
そして、それに応えてくださるGCPメンバーも、時には本国にフィーチャーリクエストを出してくださり、それがGCPに反映されていく、と。
ですから私たちの技術力は決して無駄にはなっていなくて、技術力があるからこそ、カタログ以上の機能を使うことが今もできています。そして何よりの喜びは、我々が我々の要求でもってフィーチャーリクエストを出し、それが反映されればDeNAだけではなく世界中の企業がそれを使えることになる。
技術力で、世の中にデライトを届けている。こんなすばらしいことはないということで、このクラウドシフトに関して、曇りなくいい決定をしたなあと、私は経営者として思っています。
Google とともに「Google を超える大きな喜び」を
DeNAは今、GCPを使い倒しています。私たちはエンターテインメントの会社なのですが、極めて真面目にエンターテインメントに取り組んでいます。「真面目に」とは何なのかというと、徹底的に分析をする。BigQueryを用いて分析をしています。
1番重視しているのが、リターンレートですね。全ての施策について「リターンレートにどう影響するのか」というのをかなり厳密に見ていて、成功している施策の分析、成功していない施策の改良をしていく。それにより、長く愛されるゲームが実現できていると思います。リターンレートを向上するために役立った施策を集めて新しいゲームの開発をするので、打率が高くなるという効果もあります。
そして、GCPを用いてスマホアプリがPCで遊べる『AndApp』やタクシー配車の『MOV』なども提供しています。今注目していただいている『ポケモンマスターズ』はGCPを用いて、オールクラウドネイティブで開発しています。ここ、驚くとこですよ。(会場、拍手)ありがとうございます。Googleさんに拍手、ですね。
それからDeNAは、エンターテインメントだけではなく社会課題解決型の事業にも挑戦しています。
オートモーティブ事業では日本の交通不全を解決するためにさまざまなサービスを提供しています。タクシー配車の『MOV』に加え、個人間カーシェアリングの『Anyca』。自動運転にも挑戦しているところです。
さらに、「健康寿命を延伸する」というビジョンのもと、多様なヘルスケアサービスも展開しています。そしてスポーツ。『DeNAベイスターズ』は昨日も勝ちました。バスケットボールの『川崎ブレイブサンダース』、『横浜DeNAランニングクラブ』。そうしたスポーツチームの運営に加えて、施設の運営にも乗り出しています。
ITとAIを用いて、世の中に大きな喜びを届けたい。そのために、もっともっといろんな工夫をして喜びを届ける。過去20年私たちはDeNAを経営してきましたけれども、常に目標として勝手にライバル視していたのはGoogle です。
やはり、私個人の生活を考えてもこの20年で1番私に大きな変化をもたらした、あるいは大きな喜び、生活の仕方、情報の取り方、遊び方全てに大きな影響を与えたのはGoogle です。そのGoogle を超えるようなインパクトを出していきたいんです。
DeNAはいろいろな事業を展開しています。こうした諸々の事業で総合的に世の中に提供するデライトの総和でGoogle を超克したいと思っているんですが、それをなんと、Google さんと一緒に、素晴らしいパートナーシップで挑戦できるということが本当に大きな喜びです。
本日は本当にご静聴ありがとうございました。
■技術トップがクラウド移行を決めた背景、現場技術リーダーが語る移行プロジェクト進捗は下記で公開中!
「オンプレミスに強みをもつDeNAはなぜクラウド化を決めたのか? その舞台裏と今後の展望」
「クラウドへ全面移行するDeNA。現場リーダー2人が3カ年計画の進捗と展望を語る」
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写真提供:Google 編集:榮田 佳織