2019年4月にCOO(最高執行責任者)、6月には取締役に就任した岡村 信悟(おかむら しんご)。
2016年に総務省からDeNAに入社し、スポーツ事業を牽引。横浜DeNAベイスターズ代表取締役社長として「横浜スポーツタウン構想」を立ち上げた人物です。
COOとしてより多くのメンバーを統べることになった岡村に、現在の想い、未来へ向けての構想を聞きました。
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「個性」があれば、輝けるタイミングが必ず訪れる
――岡村さんは官庁からベンチャー企業であるDeNAに転職という異色の経歴をおもちですが、DeNAのどういったところに魅力を感じたのでしょう?
20世紀の日本において、企業に所属し、没個性的にその一員としてふさわしいふるまいを求められることは「常識」でした。もちろんそれは高度経済成長期の文化であり、すべてを否定しているわけではありません。ただ、DeNAにはそういった「常識」にとらわれない際立つ個性のメンバーが非常に多かった。南場さんしかり、守安さんしかり……。そこに魅力を感じました。
また、DeNAカルチャーの特徴のひとつ、「こと」に向かう、という姿勢を強く感じていましたね。一企業のエゴを超えた公平無私な姿勢、公益や公共性といった課題に真摯に取り組んでいた印象があります。
入社してからも、自動運転やヘルスケアなど、既存の社会システムを変えていくといった一筋縄ではいかない領域に突き進む姿勢は、転職時に思ったことが間違っていなかったんだなと実感しています。
今や積極的にプライベートセクターが公共領域を担う時代です。ただ、こういった事業はどんなに素晴らしいスタープレイヤーでも、決して1人では成し遂げられないレベルの領域。この取り組みを実現するために個を活かし、組織力を醸成していかなければなりません。
――そういった難題を実現するために必要なことは何だと思われますか?
私は幼い頃から本と人が好きで、歴史をずっと研究してきました。その経験から、カリスマ1人が引っ張る組織は「ありえない」と思っているんです。どんなカリスマ的な英雄も、人生で考えるとその輝きはほんの一瞬。ほとんどの時期は苦闘しています。たとえば、フランス革命を経て皇帝の座についたナポレオンも十数年で没落の道をたどり、生涯ずっと隆盛を誇ったわけではありません。
つまり、誰しもがポテンシャルを持っていて、逆に誰しもがポテンシャルを発揮できない時期もあるということ。その時の運や環境も影響しますし、特に今はインターネットが“個の時代”を切り拓き、一人ひとりが想いを世の中に向けて発信できます。個性や自分らしさといったポテンシャルがより重要になってきている時代でもありますね。
だからこそ、個性的な仲間が集まっているDeNAは、“可能性の山”なわけです。1人のカリスマが出てくるよりは、その時々の一等星がそれぞれのタイミングで光り輝く方がずっといいと考えています。
私の役割は「星座を描くこと」。「個」という星々をつなぐことが使命
――それらの可能性を、岡村さんはどのようにまとめていくのでしょう?
私が果たすべき役割は、まさに社員の皆さんとともに「星座を描く」ことだと思っています。場としてのDeNAに集まった個性が、それぞれ1つの星として、自分なりの輝きかたをする。そして、私はその星々を「つなぐ」。すると、遠くから見るとみんなが集まって素晴らしい星座を描いている。そういった状況を常につくることですね。
何かが輝いて見える時は、それを支えている大勢がいます。DeNAという場に集まった人たちが個で輝くことももちろん重要ですが、連携して支え合うことがより大切です。
ある人が「少し調子が悪くて」と星の輝きが失せた時でも、みんなが支えることでその輝きを取り戻せるチャンスが訪れる。連携したそれぞれの星が一所懸命輝くことでしか大空に星座は描けないと思っています。
そのためには、DeNA Quality(※1)で表現されているようなDeNA社員一人一人の良さに加え「みんなで連帯感を高める」ということが必要です。「支え合って生きる」「繋がっていく」ことだと思います。お互いをもっと認めること、そして辛い時は1人で頑張り抜くのではなく、支え合っていくこと。
だからこそ、私はみなさんが取り組んでいることを学び、理解し、共感していかなくてはなりません。社員が手がけていることに対する尊敬と、それを「鼓舞したい」という気持ち、そしてそれが達成された時の喜びを分かち合えることが重要だと思います。
人間誰しもコミュニケーションを取ることが、時には疎ましく、面倒になることもありますが、そういう時でも相手の目を見て「おはよう」と言ってみると何かがつながっていくのではないでしょうか。それは必ずしも言語、音声だけではなくて、様々なツールやサインでもよいと思います。私自身がそうだったのですが、何気ない一言でも声をかけてもらえることで「この人、私を見てくれているんだな」と鼓舞されることってありますよね。
※1……「デライトにまっすぐに向かうため」に掲げられたDeNAの行動指針。「『こと』に向かう」「全力コミット」「2ランクアップ」「透明性」「発言責任」の5項目から成る。
DeNAのこれからの指針は”遊び”。快適な空間や時間の先にはエンターテインメントがある
――DeNAの未来について岡村さんはどのようにお考えでしょうか?
我々はゲーム・エンターテインメントで大きく成長した会社です。私はそれが素晴らしいことだと思っています。トランプ・花札・囲碁・将棋などのゲームはもはや文化ですよね。つまり、我々が営んでいるのは「文化づくり」なんです。
オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガ(※2)が言っているように、人間と動物の違いは”遊ぶ”ことにあります。スポーツも語源は気晴らしです。AIだったら絶対にしない非合理なことを人間はわざわざ行う。”遊ぶ”ことに時間を使って知恵をこらすのが人間なんです。
ホイジンガは「文化の本質は遊びである」とも言っています。「ゲームで遊ぶ」ということは、大きな目で見ると極めて人間らしい営みで、インターネットの世界で「楽しむ」「気晴らしをする」ことを提供しているDeNAが成長してきたことは、決して偶然ではないと考えています。むしろ、DeNAのこれからのありようまで規定しているのではないでしょうか。
※2……1872-1945 オランダの歴史家。『中世の秋』『ホモ・ルーデンス』などの著作で世界的に知られている。
――この“遊び”という要素は、他の事業ではどのように発揮されるのでしょうか?
この“遊び”はゲームだけではなく、社会システムの変革や、リアルの社会とネットの融合に密接にかかわってきます。より快適な空間や時間を考えると、その先には必ずエンターテインメントがあるんです。
たとえばインターフェースが楽しければ、サービスに触れるきっかけになりますよね。そういったウキウキ楽しめる、人が落ち込みそうな時に支えられるエンターテインメントの要素が、我々が進めていくこれからの事業でも常に存在すると考えています。
一見遊びとは無縁に感じるモビリティなんかも、いわば快適さの究極形。ヘルスケア事業で取り組んでいる「健康寿命の延伸」も遊びの精神だと思います。つまり、それこそが「文化」なのではないでしょうか。単に機能だけが提供されるのではなく、遊び心があるのが我々の良さだと考えています。
さまざまな時間・空間の上に、我々がゲームで培ってきたような人間が楽しめる要素を増やしていく。それをDeNAだけでやるのではなく、いろんな仲間を刺激して我々の企業のありようも含めてみなさんに興味を持ってもらい、DeNAらしく一緒にやっていくことが理想ですね。
全ての出来事は無駄ではない。つらい経験も財産に
――岡村さんが働く上で、大切にしていることはありますか?
「周囲を楽しくする」ということを心がけています。
長年勤めた総務省はとても楽しい職場で、ちょうど南場さんと出会った頃は、担当している仕事が順調。自分の活躍の場を広げていくことに力を注いでいました。
ただ、今振り返ると、その頃は鼻につくようなところがあったと思うんです。結果、上司とのコミュニケーションもうまくいかず、一年ほどまったく自分が思うように働けませんでした。承認を得るための部内調整もままならず、仕事が止まってしまうわけです。初めて仕事がつらいと感じました。
でも、このときの経験は、怒りを表に出したり不機嫌な顔になったり、相手がコミュニケーションを取りたいという意思を阻害することは絶対に避けようと誓うきっかけになりました。もともと人に対して寛容な方だと思いますが、より自覚的になったというんでしょうか。
全ての出来事は無駄ではない。どんなにつらい体験でも「何かしら気づきを得られた」と捉えることで、たいていのことは克服できると思っています。
一人ひとりが素晴らしい瞬間を味わえる“健康体の組織”へ
――会社として歩むべき方向についてはどうお考えですか?
先ほどは個人の体験ですが、私は会社もそうあるべきだと考えています。組織は常に万全、完璧というわけではありません。ケガもすれば風邪もひく。でも総じて“健康体”にできればよいと思っています。
2017年、横浜DeNAベイスターズが日本シリーズに出場したとき、初めて「経営って面白いな」と思いました。みんながいきいきと、それぞれの組織で誇りを持って事業を推し進め、日本シリーズ出場という結果も出た。ゲーテの『ファウスト』に出てくる「時よ止まれ、汝は余りにも美しい」という言葉が思い浮かび、例えようもなく調和がとれた素晴らしい瞬間を味わったのを憶えています。
そういった、働いていることが喜びにつながる最高の瞬間を、たくさんの社員に感じて欲しいんです。そのために「個」という星をつなぐ「星座作り」を支え続けていきたい。これからが本番です。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:榮田 佳織 編集:川越 ゆき 撮影:石津 大助