事業戦略と連動した人事戦略の必要性が高まるなか、これからの人事の在り方として、経営者や事業責任者とともに戦略的に動く人事、HRBP(=HRビジネスパートナー)という存在が注目されています。
DeNAでは、2014年から「事業に資する人事」としてHRBPの概念を取り入れ、事業リーダーのパートナーとして戦略人事の実践を推進してきました。
では具体的に、HRBPは事業リーダーとどのように関わるのか?
DeNAのゲーム・エンターテインメント事業本部(以下、GE事業本部)でHRBPを担う、山下裕大(やました ひろお)と、DeNA Games Tokyo(以下、DGT)の代表取締役社長、川口俊(かわぐち しゅん)との対談を通じ、HRBPの実態に迫ります。
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人材の力を引き出し、心を揺さぶる
――まずはじめに、HRBPとは何かについて教えてください。
山下 裕大(以下、山下):HRBPとは、経営者や事業リーダーのパートナーとして、人事と経営の両面から事業の成長を牽引するビジネスパートナーのことを言います。
DeNAのHRBPは「戦略人事を実践するHRゼネラリスト」として、人材の登用、マネジメント強化、チームビルディングなどの人・組織面のパートナーにとどまらず、事業課題解決のための壁打ちといった細部にいたるまで、人事と経営をつなぐ戦略人事としての役割を担っています。
――人事・経営の両側面を理解しつなぐためには、幅広い知識や経験が必要とされそうですね。ところで、山下さんとDGTの代表を務める川口さんの最初の出会いはいつなのですか?
川口 俊(以下、川口):DeNAに転職して1年くらい経ったときですね。その頃の僕は、DeNAでブラウザーゲームのプランナーとして活動していました。
山下:私自身も入社して数ヶ月だったのですが、何名か面談させてもらった1人にプランナーをしていた川口さんがいました。「今仕事をしていて何が楽しい?」という質問をしたのが最初の出会いになります。
川口:当時、新卒1~2年目くらいの人たちが大型案件を日常的に運営している姿を見て、素直に「すごい」と感じていました。それで「そんなメンバーと一緒に働けていることが楽しい」と山下さんに伝えたら「目線、低いね」と言われまして(笑)。
――「目線、低いね」という一言にはビックリしてしまいそうですね。
山下:そんなストレートな表現だったかな……。
川口さんは、当時から事業をリードするポテンシャルを十分に持ち合わせていると感じていました。でも、本人は意識していないというか、気づいていない印象がありました。
それで、刺激を与えようとあえて強めの言葉をかけたのを覚えています。彼への期待がなければ、そのような発言はしませんよ(笑)。
――川口さんは、山下さんとのやりとりで印象に残っている場面はありますか?
川口:僕がDeNAで運営していたあるゲームタイトルをDGTに移管し、今後のキャリアについて考えていたときの話ですね。
前職が自動車関係だったこともあり、オートモーティブ事業で新たなキャリアを歩むのはどうかと山下さんに相談したんです。そうしたら「違うんじゃない?」と返されまして……。
山下:動機に軸がない、と感じたんです。
川口さんは「お客さまのために」という視点を常に持っているのですが、この時ばかりはオートモーティブ事業のビジョンに共感した、誰か困っている人を助けたい、という感じではなかった。
そうであれば、彼のお客さまに真摯に向き合う誠実な仕事ぶりを、DGTでも存分に発揮してほしいと思いました。それで「まずは積み上げてきたものをDGTのメンバーに伝授してから考えてもいいんじゃない?」という話をさせてもらったんです。
川口:キャリアに関しての考え方が変わったタイミングでしたね。
DGTの業務に携わるなかで、自分自身多くの知見やノウハウを得てきました。それらを現場に伝えていくことでメンバーが成長できる環境をつくり、事業の推進力を高めたい。
そんなふうに自分のキャリアを考えるようになりました。結局2年たった今、DGTで代表までやっているわけですが(笑)。
――事業リーダーの気づきを促すのもHRBPの役割のひとつなんですね。
山下:要所要所、事業にインパクトを与える人になれるよう、それぞれのキャリアに添った選択を後押しできるようサポートし、心を揺さぶることをしますね。
もちろん、このときの拠り所は「事業の成功」という経営視点ですが、役職に関係なく新人だろうが経営層だろうが、その人の役割に応じたアドバイスをしています。
川口:“心を揺さぶる”といえば、山下さんに言われて、めちゃくちゃ揺さぶられた言葉があって。
「センスないね」なんですよ。
良い悪いの前に「未来を描く」。リーダーの意識改革から始まったチームづくり
――なかなか衝撃的な言葉ですね。それはどのようなシチュエーションで言われたのでしょうか?
川口:DeNAが企画・開発したゲームタイトルを、途中からDGTへ運営移管したときのことです。
こういう場合、DeNAとDGTのメンバーが一緒になってチームをつくるのですが、このチームができた直後のタイミングで、チームの雰囲気に違和感を感じるようになったんです。
――そう感じた原因は?
川口:今になって考えると「価値観の違い」だったと思います。
当時のDeNAのゲーム事業部は「熱量高くスピード感のあるゲームづくりをしている若手主体のチーム」。逆にDGTは、比較的年齢層が高かったこともあり「バランス感を持ってゲームづくりをしているベテラン中心のチーム」でした。
「論理的」というところは共通していたものの、事業に向かう姿勢ややり方の部分でお互いに疑問を抱く状況になってしまって……。
――HRBPとしては、その状況をどう捉えていたのでしょう?
山下:大型IPタイトルの運営移管は、メンバー全員が共通の価値観をもって向かわないといけません。
困難な状況下においても、お客さまに良いものを届け続けるには、そのタイトルに関わっているメンバー同士が一枚岩となって、組織の課題にしっかりと向き合い、メンバー同士で議論する必要がありました。
――当時はまだ、共通の価値観をもって事業に向かうチームには成り得ていなかったと。
川口:私は当時ディレクターとしてこのプロジェクトに関わっていたのですが、山下さんがアラートを出してくれるまで、この危機を感じていなかったんですね。
本来はDeNAとDGTのメンバーが合流した新たなチームとして、過去の運営のやり方にとらわれずに新しいやり方を見出さなければならなかった。けれどその時は正直それまでのDeNAの運営方法を押し通そうと考えていた面もありまして……。
だからそのやり方についてこれないメンバーがいても「自分たちだけでも何とかやりますから!」と言ってしまったんです。
山下:そう。その解決策を指して「センスない」と(笑)。もし川口さんの言ったとおりに進めていたら、問題を先送りにしただけで、すぐにまた同じ問題に直面すると思ったからですね。
――どのように手を打っていったのでしょう?
山下:まずは「良い悪いの前に“未来を描こう”」という提案をしました。
今をただ乗り切るのではなく、どんなメンバーが、どのように運営していくのが川口さんの理想かと。それをきっかけに未来を描くためのキックオフの場をつくりましたね。
川口:キックオフの場所は会議室ではなく秋葉原の居酒屋でしたよね(笑)。正直、そんな機会って必要かなと感じていた面もありました。けれど腹を割って話したら、見る目が変わりました。たとえばお客さまに対する意識。「お客さまにすばらしい経験を」という根っこの部分はお互いに共通であることに気づいたりして。
山下:そのうえで丸1日時間をとって「理想のチームとは?」と議論しあいました。このとき最初に私のほうから理想のチーム、いい組織って一般的にこうだよね、と記したドキュメントを渡したんですね。
そのドキュメントは、「チームで話し合って物事を決める事ができている」、「リスクが共有され、リスクの回避方法が話されている」、「運営しているゲームタイトルの目標が共有されており、ステークホルダーが理解している」他、チームづくりに必要な要素を盛り込んだものでした。
けれど、途中から川口さんたち、チーム一人一人が「いや、むしろこうだよね」と自発的にチーム像をゼロベースでつくり始めたんです。正直、その時点で「あ、大丈夫だな」という感覚はありました。同じ目的を持って自走しはじめた組織は強いですから。
川口:現にその後、チームはひとつになって、移管も驚くほどスムーズに進みましたね。
――そうだったのですね。ただ、いま振り返るとスムーズに意識改革できたように聞こえますが、やはり当時は相当苦労があった気がします。
山下:「今いるメンバーでどう勝つか」って紙を渡したこと、覚えている?
川口:もちろん覚えていますよ。確かにあれは「ハッ」としました。自分は目の前のリソースで勝とうとする努力や工夫を怠っていただけかもなって。
山下:お互いの仕事ぶりもわかっていて、苦境に強い人を現場にいれたい、という川口さんの気持ちは理解していたのですが、当時は「新規のゲーム開発にリソースを重点的にあてる」という事業戦略だったため「今いるメンバーでどう勝つか」って話をしたんです。経営って、簡単にいうとリソースをどう差配するかじゃないですか。
だからといって、戦略の話を当時の経営メンバー以外に言っても刺さらない。少なくとも当時の川口さんには刺さらなかったはずです。
それで「ないものに目を向けずに、今いるメンバーでどのように勝とうかを考えよう」という話をしたのを覚えています。とはいえ、採用チームも頑張って、後々は優秀なDGTのメンバーがどんどんアサインされていくわけですが……。
川口:社長となった今は、ぐっと胸に刺さりますね(笑)。
山下:まさにそれで、HRBPの仕事は事業戦略と人事戦略をつなげ、それらを実行に落とし込んで成果を出すこと。
ただ、その「実行」をどのように成すか。「HOW」の部分は人それぞれであり、事業リーダーのキャラクターやフェーズによっても異なります。
この事業視点と、人に寄り添うコミュニケーション。この両者の比重を、事業状況やパートナーによって柔軟に、最適に変える。これがHRBPに最も求められる要件かもしれません。
事業の成功を導くため、何ができるかを徹底的に考えつくす
――HRBPである山下さんは、川口さんにとってどんな存在ですか?
川口:パートナーであり……「師匠」ですかね。
山下:懐かしい、よく言ってくれてたよね(笑)。マネージャー研修の場でそう呼ばれたので、他のHRメンバーにいじられましたよ。
川口:上司ではないんですが、7年間ずっと、もちろんHRやキャリアに関わることが多いのですが、僕が携わる事業の悩みをいつでもオープンに聞いてくれる。また事業の細かなところは詳しくなくても「きっとこういうことじゃないかな」「もしかして、こういう悩み?」と的確に、誠実に答えが戻ってきます。
だから、人事まわりのことに限らず、ゲーム運営に関わるちょっとした課題や、経営判断みたいなところまで、誰よりも気兼ねなく相談できるんです。「山下さんに話すと、事業が進むな」という感覚があるんですよね。
山下:そんなふうに言われると、めちゃくちゃうれしいですね(笑)。
――山下さんは、事業リーダーからの相談に応えられるよう、日々実践していることはありますか?
山下:事業部の経営メンバーとともに、中長期的な事業戦略から組織戦略、採用や育成のデザインにいたるまで、さまざまなテーマをどのように考えているか直接話すようにしています。また、同じチームの仲間とHRBPスクラム(※)を通じて、日頃から密な情報交換や議論をして事業全体の課題を捉えるようにしていますね。
※……アジャイルソフトウェア開発手法のひとつである「スクラム」を組織開発の業務に合わせて取り入れた、DeNAのHRBP独自のチーム運営手法のこと
――現場の事業リーダーと事業課題について話す際、意識していることはありますか?
山下:「単位軸」や「時間軸」をすごく意識しています。「単位軸」を具体的に言うと、業界レベルで物事を考えるのか、会社単位、事業部単位、ゲームタイトル単位、個人単位で物事をみるかで、見えてくるものも変わってきます。
また「時間軸」に関しては、現場にいるとどうしても目の前の課題や、短期的な数字/成果に目を取られがちになります。もっと長いスパンで、5年後、10年後を思い描いていないと中長期での事業成功は成り立ちません。
私も前職で現場にいた時に、重要度よりも緊急度で動いてしまった経験があるので、あえて軸や切り口を変えながらさまざまな角度で物事を見ることも必要かなと思います。
――お話をうかがっていて、HRBPがカバーする仕事の領域は本当に多岐に渡るのだなと感じます。その上で、事業の成功を導くために一番大切なことは何だと思われますか。
山下:いくつかありますが、一番は、「事業リーダーの感情に共感し、共通の価値観を持って事業の成功に向かうこと」でしょうか。やっぱり、どこまでいっても人は感情の動物じゃないですか。
事業リーダーはすごく孤独ですし、数字の責任も持っています。まずそこに1番に寄り添おうと。そのうえで「事業を成功させるために何ができるか」を考える。ここが肝だと感じています。
HRBPは人と事業に対して真剣であれ
――川口さんは事業リーダーとして、HRBPにどんな人物像を求めますか?
川口:僕は「真剣な人」が好きなんです。それは、山下さんをパートナーとして信頼している根底にある部分でもあります。些細な悩みでもいつも真剣に向き合ってくれて、1on1でもそうだし、日々のSlackでもすぐ応えてくれる。
問いかけたときに「関係ないです」「僕じゃないですね」とならない、そういうマインドを持って並走してくれる方と、僕はパートナーとして切磋琢磨したいという気持ちがあります。
山下:ビジネスパートナーとして真剣かつ誠実であることは大事ですね。さっき川口さんから師匠と言ってもらいましたが、HRBPがいれば何でも上手くいくわけではなく、上手くいかなかった失敗談も沢山ありますし、そのような時は素直に謝ることが大切だと思っています。
そうした姿勢を認めてもらっているからこそ、共通の目標に向かって一緒に事業を強くするための対話ができるのかもしれないですね。
――最後に、山下さんが一緒に働きたいと思うのはどんな人ですか?
山下:DeNAで一緒に働くHRBPのメンバーを見ても、それぞれにいろいろな強みを持っており、課題解決の手法は各々で異なります。けれど「真剣に人と事業に向き合って、一緒に事業を成長させていきたい」という考え方は共通しています。
そういう価値観があれば一緒に働いていてもお互いに学べる部分があると思うし、事業リーダーからも必要とされるHRBPになれるのではないでしょうか。
HRBPの組織が立ち上がって約5年になりますが、ここ数年は切磋琢磨しあえるHRBPの仲間が異動や採用によってチームに加わってくれて、私自身も刺激になっています。
これからも新しい仲間が増え、一緒にスクラムを組んで日々研鑽しながら、事業に貢献できるHRBPになっていきたいと思っています。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生