この春、DeNAに新しい役職が誕生しました。チーフ・メディカル・オフィサー(CMO)です。
自宅でできる遺伝子検査『MYCODE』。「楽しみながら、健康に」をコンセプトにした健康保険組合向けアプリ『KenCoM』、さらに『AI創薬』や、がんを早期発見する血液検査システムの共同開発……。着実に積み上げてきたヘルスケア事業を、次のフェーズへと押し上げたい。そんな願いから、DeNAはインターネット業界では珍しいCMOを設置しました。
その役割を担うのは、三宅 邦明(みやけ くにあき)。
元厚生労働省の「医系技官」として、生活習慣病対策やHIV対策、新型インフルエンザ対策などを手がけてきた、日本のヘルスケア界のキーマンです。
なぜいま彼はDeNAにジョインしたのか? ここから目指す、日本の健康産業の未来とは?
CMO就任直後の三宅に直撃しました。
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医療現場にある矛盾を解消していくことがモチベーション
――そもそも医療の道を目指した理由はなんだったのでしょう?
三宅:高校まではロボット博士が夢だったんですよ。ガンダム世代だったので(笑)。
ただ仕事として考えると、研究室にこもるよりも、人から直接「ありがとう」といわれる仕事のほうが、やりがいがありそうだと感じた。「患者さんと対面し、病気を治す医者は理想かも」と考えて医学部へ進んだわけです。
――ただ医学部卒業後、医師にはならず、厚労省入りしたんですよね。
三宅:これも途中からです。医学部時代は精神科医になろうとしていました。
25年以上前ですが、当時は医療におけるインフォームド・コンセント(※1)の概念も浸透していなくて、末期がんの患者に対して「余命宣告」などができない現実があった。
しかし、末期がんであっても、大抵の場合、死に至るまではそれなりの期間があるんですね。精神面をケアしたうえで宣告をすると、この時間にやり残したことができる。QOL、つまり生活の質をあげられる可能性は高いわけです。
ところが、大学の先輩で先に入省している方に「精神科医として終末期の方々の心のケアにあたりたい」と話したら、言われたんです。
「三宅、それは制度の問題だぞ。変えろ、お前が!」と。そして、まんまと入省を(笑)。
※1……患者・家族が病状や治療について十分に理解し、また、医療職も患者・家族の意向や様々な状況や説明内容をどのように受け止めたか、どのような医療を選択するか、患者・家族、医療職、ソーシャルワーカーやケアマネジャーなど関係者と互いに情報共有し、皆で合意するプロセス
――なるほど。医療をとりまく課題に関する意識が高かった結果、ともいえますね。
三宅:どうでしょうか。
ただ入省直後、1年間は病院の現場に立たせてもらったんですね。このとき先輩方に現行の医療制度に対するグチを聞かされたことは強烈に残っています。「どうせ何も変わらない」と役所に失望していたわけです。
――それは悔しさを感じるとともにモチベーションにもなりそうな……。
三宅:まさにそうでした。
24年間、さきほど言った生活習慣病対策、結核感染症対策、内閣府に出張って新型インフルエンザ対策といった、国レベルの大きな施策の設計や運営を任されたこともあるにはあった。
しかし、規模は小さくても医療現場にある矛盾を、着実に解消をしていくような仕事にこそ、モチベーションとカタルシスを感じていましたね。
救える命を増やした、救急救命士制度の改定
――他に厚労省時代に取り組まれた施策で印象的なものはありますか?
三宅:3年目、消防庁に出向していた時に手がけた、救急救命士制度の改定です。
救急救命士制度というのは、当時まだ新しくできたばかりの制度。それ以前は、救急車で医療機関へ搬送する際でも、法律にしばられて、救急隊員は医療行為が何もできなかったんです。
けれど「それでは問題がある。救急隊員もある程度医療行為をできるようにしよう」と声があがって新しい法律が作られ、そこから生まれた制度でした。
――すばらしい制度ですよね。
三宅:はい。だから、熱意ある方々が「救急救命士になりたい」と集まり、一躍人気の職業になるほどでした。
ところが、制度創設時も、消防隊員による直接の救命処置に関わる医療行為に対しては制約だらけだったんです。
「医療行為ができるのは救急車内と救急現場だけ」「高度な医療行為は医師の電話指示がなければしてはならない」とか。特に問題だったのは「心肺停止状態の患者にしか医療行為できない」として運用されていたこと。
――つまり、極めて危険な状況になるまで、消防士は手を出せなかった?
三宅:そうです。
本来は、心臓か呼吸か、どちらかが停止しただけなら、医療措置で蘇生する可能性はうんとあがる。しかし両方がとまるまで何も…となると、助かる命を目の前で助けられない辛い状況が生まれていた。
一生懸命学んだことが活かせないことに、現場で涙を流す救命士がいたと聞いています。
――それをどうやって変えていったのでしょうか?
三宅:法律の所管は厚生労働省だったんです。
当時の私は消防庁にいたので、法律を所管する厚労省の担当に直談判して、医療的な必要性を共有しました。
そして、「救急救命士法の中にある『心肺停止状態』とは、心臓か肺のどっちかが止まればいいんですよね?」と直截聞いたんです。そしたら、相手も国民の命を救うために、どう考えるべきか悩んでくれて、勇気を出して「その通りです。」と応えてくれたんです。それで、それを文書にしてもらった。
このやりとりを全国の消防署にファックスしました。「法解釈はこのとおりです。片方がとまったら医療行為をお願いします」と。
――すごいですね。電話とファックス1本で制度を変え、現場を変えて、救える命を増やした。
三宅:現場の矛盾を解消すること、そのためにシステムを作れることが、現場レベルで実践できた。私にとってはやはり、最もやりがいも意義もある仕事だったと自負しています。
――しかし、そうなると厚労省でそれほど多くの成果を残し、充実感も味わってきた三宅さんが、DeNAに移られた理由がなおさら知りたくなります。
三宅:まあ、いくつかあって、1つは当時、DeNAライフサイエンスの代表をつとめていた大井さん(※2)がいたこと。私が消防庁に出向していた頃の同僚で今も関係性が続いており、彼の働きを横目で見ていたことがあります。
※2……大井 潤、現DeNA 経営企画本部長
――ではDeNAのヘルスケア事業にそもそも注視されていた?
三宅:たまに相談を受けていましたが、「おもしろそうなことを楽しそうにやってやがるなあ」という意識はありましたね(笑)。そのうえで大きかったのは「DeNAならもっと幅広に日本のヘルスケアを変えていけそうだな」と考えたからです。
ヘルスケア事業のストロングポイントになりえる、ベイスターズの存在
三宅:たとえば医療やヘルスケアの課題を解決するとき、医療制度や健康診断の在り方、医療法の整備などは効果的で大切です。
しかし、医療の領域を超えたところにも、大切な役割がある。たとえば「住環境」。住む場所や環境は衛生的に優れていなければ健康は保たれない。あるいは「移動手段」。モビリティが充実していなければ、買い物難民が生まれ、栄養も偏っていく可能性がありますよね。
――確かに。医療を超えたところに医療に関わるフィールドと課題が多々ありますね。
三宅:こうした課題は厚労省だけでは、到底解決できない。各省庁が専門化して、タテ割りに設計されていますからね。だから実行しようと思うと他省庁、たとえば国交省などと連携して…...となるのですが、やはり役所にいて実感するのは、ヨコ展開の連携が苦手なことなんです。
――どうしてもスピード感が出せず、思ったような成果が出しづらくなる。そのジレンマみたいなものがあったわけですね。
三宅:しかし、DeNAはゲームなどのノウハウを活かしたヘルスケア事業を展開していると同時に、オートモーティブの事業もローンチさせています。
たとえば、娯楽的要素を入れたヘルスケアサービスを打ち出しながら、オートモーティブ事業と連携すると、自動運転車で、買い物難民となっている高齢者の方をスーパーまで連れ出すことができる。
店内を少しでも歩けば、安全な場所での運動にもなる。そして大事なことですが、好きな食材を買えるという喜びも実現できる。多層的な生活習慣病の予防を自社だけで生み出せるわけですからね。
――ある種、医療の世界を目指した頃からのビジョンが、DeNAという新たなフィールドで挑戦することで実現しやすいだろうと。
三宅:加えて生命保険会社とコラボレーションしてDeNAの健康増進支援サービス『KenCoM』を使って、健康増進のための生命保険商品を展開していく、というタイミングだったことも大きいです。実は厚労省時代からずっと考えていたアイデアと似ていたんですよ。
頭で考えるだけだった試みが、すでに動き始めているというワクワク感。ドキドキのほうが強いかな。いまこのタイミングで、そんな前向きな挑戦ができることに魅かれました。
――周囲にはこの転身に驚かれた方も多かったのでは?
三宅:「何でベイスターズの親会社に?」という反応もありましたね(笑)。でも実は、野球などのスポーツビジネスを手がけていることも、ヘルスケア事業としてはとても意義があると感じています。
――というと?
三宅:健康といったときに、肉体的な健康ばかりに目を向けがちですが、違うんですよ。健康って“心身”ともに健やかじゃないと、真の意味で、健康とはいえない。
たとえばベイスターズのファン同士が一緒に応援に行けば、そのコミュニティに所属する安心感が得られる。家族や仕事の仲間などのコミュニティとは別の喜びがあるんです。
――家とも職場とも違うサードプレイスですね。
三宅:そう。家族がちょっとギクシャクしていても、仕事がうまくいっていなくても、同じチームを応援して一喜一憂できる仲間と繋がれている。そんな人って、強いし、しなやかなんですよ。
DeNAのビジョンにある「デライト」が健康の側面からみても提供できているし、もっとつなぎあわせたスキームとして提案できる。そんな未来をつくりだせる気がします。
多彩なメンバーと一緒につくる、ヘルスケアの未来
――実際厚労省からDeNAにきて戸惑われたことはなかったですか?
三宅:すごいなと感じたのは「スピード感」「フラット感」「ペーパーレス感」ですね。
――ペーパーレス感(笑)。
三宅:厚労省時代は40人の課の課長だったんです。その課だけでコピー機やプリンターが10台くらいあった。それが今は60人くらいの部屋で1台ですからね。それがほぼ動いていない。個室だって2,500人の組織で、4部屋しかないと聞きました。いかに合理的でフラットでスピード感のある組織かと。
――そんな場で、三宅CMOがどんな施策を繰り出していくのか楽しみです。
三宅:私自身も楽しみです(笑)。
DeNAには、Kaggler(※3)のような本当に優秀なエンジニアがあちこちにいる。こういう多彩なメンバーと一緒に仕事ができるという経験は、役所時代ではなかなかできませんよね。
この集団がヘルスケアという大きな領域にどう挑んでいくのか、本当にワクワクします。
本来、医療分野は、ベンチャーが手を出しにくい領域なんですね。当たり前ですが、安全性と有効性の目が厳しいため「ベータ版を走らせながら、トライアンドエラーで...…」とはやりづらい。
※3……Kaggleとは、多くのデータサイエンティストたちが集い、企業や研究者が投稿したデータに対しての最適モデルを競い合うプラットフォーム。Kagglerはそこで競い合う人のことを指す。
――ヘルスケア領域ならではですね。
三宅:しかし、我々は永久ベンチャーというスタンスを持ち、ゲーム事業などで築いてきた基盤もある。とても実行力の高い組織だと考えているんですよ。
インパクトのある挑戦をしたいエンジニアの方、あるいは今いる場所でジレンマを感じてきた医療関連のキャリアを持つ方々には、ぜひジョインしてもらいたい。ここで一緒に未来をつくる仲間を募っていきたいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:八島 朱里・栗原 ひろみ 撮影:杉本 晴