

「座っていると腰が痛い」「パソコンを使っていると肩こりがひどい」
デスクワークをしている方の多くが、こうした症状に悩まされた経験があるはずです。DeNAでも、なんらかの身体的な痛みを抱えている社員は少なくありません。そんな状況を改善すべく、社員の健康サポートを担当する専門部署・CHO(Chief Health Officer)室ではデスクワークの座り⽅を改善することで腰痛・肩こりなどによる集中⼒低下を予防し、⽣産性を向上させるプロジェクトをスタートしました。
CHO室 室長代理の平井 孝幸(ひらい たかゆき)とシステム&デザイン本部 AIシステム部AI研究開発グループの春日 瑛(かすが あきら)は、このプロジェクトを推進するメンバーです。なぜ、彼らは社員の健康改善のために“フルスイング”するのでしょうか?
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社員の約7割が、腰痛・肩こりに悩まされている
――CHO室では社員を健康にするためのさまざまな取り組みをしていますが、その中でも「腰痛や肩こりの改善」に注目したのはどうしてですか?
平井:もともと、CHO室を立ち上げる前の2015年12月に、社員の健康状態に関する全社アンケートを取ったんです。そこで一番の課題となったのが、腰痛・肩こり。それが原因で、生産性が低下している人が全体の約7割もいました。中には、腰が痛くて会社を1週間休んだ社員や、数日間タクシーで通勤した社員もいて、「これは改善すべき大きな問題だ」と考えたんです。
株式会社ディー・エヌ・エー CHO室 室長代理 平井孝幸
健康経営アドバイザー。大学在学中にDeNAでインターンを行い内定をもらうものの他社に就職し半年で辞める。その後、人体や健康に関する本を半年で300冊以上読み、ライフスタイルを一新させて体重を3カ月で15kg減らす。その時に食生活や運動、メンタルマネジメントの大切さなど健康の価値を知る。一緒に働くみんながいつも絶好調でいられればもっと良い会社にしていけるのではないか。という想いのもと、2015年にDeNAでCHO室を立ち上げる。
2016年1月にCHO室を立ち上げた後、2016年11月の1か月間「腰痛撲滅プロジェクト」という独自のプログラムを実施しました。その後、2017年の新卒研修では健康領域のプログラムを取り入れ、「食事」「睡眠」「姿勢」「歯」に関する研修を行ったんです。実はその研修が、春日さんが姿勢改善プロジェクトにジョインするきっかけになりました。
――そのエピソード、ぜひ詳しく聞かせてほしいです。
システム&デザイン本部AIシステム部AI研究開発グループ 春日瑛
学部時代は人間工学に基づくオフィス環境の評価について研究しており、この頃から統計学に没頭し始める。大学院ではその延長線で統計的機械学習に基づく意思決定支援の研究に従事。2017年にDeNAに新卒入社後、主にオートモーティブ事業におけるAI研究開発に携わる一方で人間工学の研究経験を活かして社員の姿勢改善プロジェクトを行っている。休日はドライブ、ダイビング、スノーボード、スカイダイビング、キャンプなど自然を満喫するライフスタイルを送っている。
春日:私は大学時代に、ハーマンミラー社との共同プロジェクトで人間工学にもとづく「オフィス環境での疲労度や負担度の評価」についての研究をしていました。
だから、自分がかつて研究していた分野と研修の内容がリンクしていることにすごく感銘を受けたんです。そして同時に、自分の研究内容やスキルをCHO室の取り組みで活かせるかもしれないと考えて、「何かお手伝いさせてください」と手を挙げました。
取り組んだ2つの施策
――そうして、社員の姿勢改善プロジェクトがスタートしたのですね。まずは、何から着手しましたか?
春日:いきなり「姿勢改善プロジェクトを全社的に推進します」と声を上げても、受け入れてもらうことは難しいです。なぜなら、姿勢改善によりどんな効果が得られるか、示した実例が無いから。だからまず、どれほどの効果があるのか定量的に示せるようにするため、私が所属しているAIシステム部の先輩方に協力してもらい実証実験をすることにしました。
――具体的には、どんな実証実験を?
春日:実施した施策は大きく2つ。「アーロンチェア・モニターアームの導入」と「正しい着座姿勢を伝授」です。それらを試した上で、プレゼンティーイズム(※)がどれほど改善したかを定量評価しました。
※…従業員が出社していても、何らかの不調のせいで頭や体が思うように働かず、本来発揮されるべきパフォーマンス(職務遂⾏能⼒)が低下している状態のこと。
①アーロンチェア・モニターアームの導入
――アーロンチェアとモニターアームは、何が優れているんですか?
春日:アーロンチェアって独特の構造になっていて、座りながらも立った状態に近い姿勢を保つことができます。だから、筋肉の疲労度などをかなり軽減できるんです。アーロンチェアを使った場合と使わなかった場合で比較すると、過去の実験では僧帽筋や脊柱起立筋の負担度が60%近く減少するという結果が得られました。
あと、座るときには坐骨を立てることも重要なんですが、普通のイスでそれをするのってかなり大変な作業です。アーロンチェアにはポスチャーフィット(※)というパーツが使われていて、これを使うと何も意識しなくても自然に坐骨が立ちます。
※…2002年に登場した、姿勢を骨盤から支えるパーツ。ハーマンミラーによって特許が取得されている。骨盤の形状をしたパッドを背もたれの裏側から当てることで、背もたれの下部を少し前に押し出し、骨盤をサポートする。
――人間の身体構造に、とてもフィットしたイスなんですね。
春日:それからモニターアームの話をすると、一般的によく使われているディスプレイって、ほとんどの場合、高さが低すぎるんです。その状態で作業してしまうと目線が下がってしまい、眼精疲労や肩こりの原因になります。なるべく、目線の高さとディスプレイの上端を合わせるのがいいとされているんです。もちろん個人差はありますが。
モニターアームを使うことで、自分の目線や座高、机の高さなどに応じて柔軟に高さ調節ができるんです。そうすると、姿勢もよくなりますし目の疲れも自然となくなります。
②正しい着座姿勢を伝授
――次の「正しい着座姿勢を伝授」というのは?
春日:厚生労働省が発表しているVDT作業ガイドラインというものに、理想的な着座姿勢が定義されています。また、ハーマンミラー社からも着座姿勢についてのガイドラインが発表されています。これらの内容をベースとしつつ、AIシステム部の先輩方に、正しい姿勢をレクチャーしていきました。
▲ハーマンミラー社が発表している、着座姿勢についてのガイドライン。
ただし、当然のことですが体格には個人差があります。身長や体重も、骨格もそれぞれ異なっていますし、視力が違えば適切なモニターの位置も変わってきます。そういう部分は個別調整する必要があるので、自分が入り込んでいって各人のベストの設定をチューニングしていきました。
――最終的に、プレゼンティーイズムはどれほど改善しましたか?
春日:実施前の1か⽉と実施中の1か⽉で⽐較した結果、なんと約40%も改善したんです。これは、自分としてもけっこう衝撃的な結果でした。「こんなによくなるのか」と。
プロジェクトに参加してくれたAIシステム部の先輩方からも「首や肩の痛み・コリなどが軽減したことで集中力が改善した」「長時間座った後に立ち上がっても、腰のハリや痛みを感じる程度が減った」といった声があがっていました。
仮にAIシステム部30名に導入すると考えると、以下のような経済効果が期待できます。
――相当インパクトの大きい数字ですね! この結果を元に、今後はどういう展開を考えていますか?
平井:今回、使う道具や座り方を改善することによって、生産性や経済効果がどれほどあるかを定量的に示すことができました。この情報を元に、生産性向上のために予算を投じる価値があることを経営陣にも理解してもらい、最終的には全社展開していきたいと思っています。
健康改善プロジェクト推進のため、押さえるべきポイント
――社員の健康改善プロジェクトを推進したいと考えている企業に向けて、伝えておきたい成功のコツはありますか?
平井:いくつかあるので、順に解説しますね。
①徹底した従業員目線
平井:まず重要なのは、自社のことをしっかり調査すること。例えば、アンケートを取るなどして会社の現状把握をし、その上で施策を検討することが重要です。要するに、従業員目線ですね。
こうした健康に関する取り組みって「これをやれば、みんな喜んでくれるだろう」と推進者側の目線で考えてしまいがちです。でもそうしてしまうと、強制や押し付けっぽい感じになってしまいます。そうではなく、従業員にとって何が必要であり、どうすれば楽しんでもらいながら行動を変えられるかを考えることが重要なんです。
②「パフォーマンスアップのための健康」という打ち出し方をする
平井:それから、会社は成果を出す場所であり健康になるための場所ではないので、単なる健康改善の取り組みでは長続きしません。
例えば「塩分や糖分を控える」とか「野菜をたくさん食べる」といったように、病気を予防することを目的としたランチメニューづくりや情報発信をするケースが多いですが、そういう打ち出し方をしても、20~30代の方の多くにはなかなか響かないんです。
それよりも、「腸内環境を改善するとメンタルマネジメントしやすくなる」「姿勢が良くなると、こんなに生産性が高まる」「歩き方を改善すると、働いていく上で中長期的にこんなにメリットがある」といったように、取り組んでみたいと思ってもらえるようなプラスの情報をどんどん伝えましょう。
③健康改善による成果を定量的に伝える
平井:あとは、成果を定量的に伝えることで、費用対効果があることを周囲にしっかり伝えること。健康改善は福利厚生というよりも、“投資”だということを知ってもらうことが重要です。今回のケースでも、プレゼンティーイズムが約40%改善したことを数値として示せたのは非常によかったと思っています。
健康改善とは人生改善
――お2人が健康改善のための取り組みに“フルスイング”できたのって、どうしてだと思いますか?
平井:誰かを健康にするお手伝いをできることが、純粋に楽しいからだと思います。
例えば、睡眠に大きな悩みを抱えていた人が、研修を受けた後に睡眠の質が高くなって肌が綺麗になったり。腰痛や肩こりを抱えていた人が、歩くときや座るときの姿勢が改善したことで体の痛みがなくなったり。健康改善って人生改善なんです。そこに、大きなやりがいを感じています。
――春日さんとしてはどうですか?
春日:平井さんの話とも共通しますが、自分たちの取り組みによって「社員の誰かが、今まで知らなかったことに気づいてくれて、人生がプラスになってくれること」にすごくモチベーションを感じています。
例えば、姿勢改善プロジェクトの中でアーロンチェアやモニターアームを活用してもらうことで「こういう姿勢を取るとこんなに身体が楽になるんだ」と気づいてもらえる。その瞬間がすごく嬉しいです。
実は、こう言っている自分自身も、もともとはイスに全く興味がありませんでした。「イスなんて何を使っても一緒じゃないか」と思っていたんです。けれど、初めてアーロンチェアを知って座ったときに「こんなに座り心地がよくて、体にもいいイスがあったのか!」と衝撃を受けて、価値観が大きく変わりました。DeNAの他の社員にもぜひ気づいてほしい。そして、みんなに健康になってもらえたらと考えています。
平井:少し大きな話になりますが、今後、人が100歳まで生きることが当たり前の社会になっていきます。それにあたり、「どんな老後を過ごしたいか」を考えて、今を生きることが重要になってくると思うんです。
20~30代のうちに何を食べるか、どんな運動をするか、どういう睡眠をするか。その人の生活習慣が、後々の人生を形成していく。だからこそ、社員の健康状態を改善することは大きな意味を持っていると、私は考えています。このプロジェクトが、健康の大切さにみんなが気づいてくれるきっかけになれば嬉しいです。
まとめ
姿勢改善に効果的なこと
①アーロンチェア・モニターアームの導入
②正しい着座姿勢を伝授
健康改善プロジェクト推進のため、押さえるべきポイント
①徹底した従業員目線
②「パフォーマンスアップのための健康」という打ち出し方をする
③健康改善による成果を定量的に伝える
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
撮影:鈴木香那枝