CULTURE
18.06.21
課題設定がカギ! サービス改善に結びついたデータ分析3事例

多くの人に愛される、良質なサービスをつくる。
その目標を実現するには「サービスを開発して世に出すだけ」では不十分。さまざまな観点をもとに改善を続けていく必要があります。改善すべき点を見つける有効な手段として、多くの企業が用いている手法が「データ分析」です。
DeNAには、創業当時からデータを分析してサービスのPDCAを回す文化がありました。以来、ありとあらゆる事業の基盤に分析技術を導入しており、アナリストたちが“フルスイング”し続けているのです。
今回は、『Anyca』『逆転オセロニア』『歌マクロス スマホDeカルチャー』、の事例をもとに、DeNAのアナリストたちが事業上の課題に対して、どんな分析を行ってきたのかを解説します。
目次
CASE1) Anyca
<課題>アプリのダウンロードは増えてきたけれど、コア機能の利用者が伸び悩んでいる
ーー『Anyca』のプロジェクトで実施した分析について教えてください!
中野:『Anyca』には大きく分けて、クルマをシェアするオーナーと利用するドライバーという2種類のお客さまがいます。
サービスを伸ばすためにどちらが重要かというのは鶏と卵の関係みたいなところがありますが、まずは「乗ってみたい!」と思えるクルマが沢山あるサービスにしていくという方針を打ち出していました。そのうえで「オーナーを増やすために何をすべきか」を分析していったんです。
ーー分析の結果、何がわかってきましたか?
中野:カーシェアに興味はあるけれど愛車をシェアするのは少し怖いといった心理的ハードルがあることや、アプリ上でクルマを登録しはじめたものの途中でやめてしまうオーナーが想定以上に多いことなどがわかってきました。
前者については、もちろん『Anyca』では既に安心・安全のための取り組みをしていますが、CtoCカーシェアという文化がどれほど浸透しているかにも左右されるので、ある程度時間をかけながら安心感を醸成していこうという方針になりました。
一方後者は、せっかく興味を持って行動を起こしていただいているにも関わらず登録には至っていないというもったいない状況。すぐにでも改善すべきだと考えたんです。
『Anyca』ではオーナー登録の際に車種や写真、免許証情報など多くの項目を入力する必要があります。かつ、安心・安全面を考慮するとこれらの項目を減らすことは難しい。そのため「いかにして入力のモチベーションを保ち続けてもらうか」を考える必要が出てきました。
DeSCヘルスケア ヘルスケア型保険開発部 中野憲
2013年4月DeNAに新卒入社。マンガボックス、Anycaなど主に非ゲーム領域のエンタメサービスにて、分析環境構築・意思決定支援・オペレーション改善等の実施。2017年4月よりDeSCヘルスケアに出向し、ヘルスケアデータの分析によるInsurTech領域に挑戦中。
ーーどんな方法で、それらを実現していきましたか?
中野:「モチベーションが上がるような情報を入力中に見せる」「記入例などを見せて入力をサポートする」という方向性で、施策を検討していくことになりました。
前者としては、「オーナーが登録しようとしているクルマの車種や登録地域、年式といった情報をもとに登録後の収入を予測し、登録中のアプリ画面上で表示する」という施策を実施しました。
実施前も「登録したオーナーは1か月平均で○万円くらいの収入があります」という趣旨の情報は出していました。でも、この情報だけでは「自分の愛車の場合だと、どれくらいの金額になるのか知りたい」というオーナーのニーズに応えられていなかったんです。
▲実際に改善された登録画面。1ヶ月あたりの予測収入がわかるようになっている。
後者としては、よりスムーズに入力できるように記入のコツや記入例を表示するといった施策を行いました。
ーー「どうすれば、お客さまが面倒な入力作業を楽しんでくれるか」を考えるのは、UX改善のために重要な要素なんですね。そのノウハウを学ぶために有効な方法はありますか?
中野:データ分析によって、どの部分がお客さまにとってハードルになっているかを知るのはもちろん有効です。それ以外にも、世の中にある色々なサービスを使い倒して「これは入力しやすい」とか「入力しづらい」という知識や経験を増やしていくことがより重要だと思います。
そのうえで、「なぜ入力しやすい(しづらい)と感じたのか」「どうすれば入力しやすくなるのか」を考えていく。そうすることで、心地よいUXについての知見が貯まっていくはずです。
CASE2)逆転オセロニア
<課題>新規プレイヤーの継続率がなかなか伸びない
ーーこの課題は、ゲーム開発に携わる多くの方が悩んでいるでしょうね。
奥村:はい。『逆転オセロニア』に限らず、ゲームを育てていくうえでは「継続率をどう改善していくか」は非常に大事だと考えています。
ゲームの運用って難しい部分があって、売上が伸び悩んだりすると、一般論として「魅力的なアイテムやイベントを投下することで目先の売上を伸ばそう」という短期的な思考になることがあるかと思います。
でも、そうした施策はインフレを加速させたり、ゲームから離れてしまうプレイヤーが増えてしまったりして、長期的に見ればタイトルの寿命自体を縮めてしまうんです。
『逆転オセロニア』では継続率をとても大切にしています。これは考えたら当たり前の話で、要するに「プレイヤーがいつも遊びたいと思えるゲームをつくる」ということだと思うんです。その目標を実現するため、さまざまな専門領域のアナリストがそれぞれの角度から分析を行っています。
AIシステム部AI研究開発グループ 奥村エルネスト純
国内外で観測的宇宙論の研究に従事し、京都大学理学研究科宇宙物理学専攻にて博士号取得。2014年4月にDeNAでデータアナリストとしてのキャリアをスタート。事業推進をデータからサポートすることを目指し、主にゲーム領域のデータ分析・パラメータ設計の経験を積む。2017年1月より機械学習エンジニアに転身し、強化学習技術を中心としたゲームAIの研究開発を推進。『逆転オセロニア』には、リリース前からアナリストとして関わっていた。
ーー継続率を伸ばすため、どういった調査を実施しましたか?
奥村:とにかく使えるチャネルは全て使っていました。行動ログデータはもちろん、お客さまインタビューやゲーム内アンケートの調査結果も有益でした。
ーー分析というと「ログ解析」というイメージを持ちますが、それだけでは不十分なのですか?
奥村:DeNAでは、ゲーム内のさまざまな部分でログを取得しており、プレイヤーの行動を可視化しています。
ただ、そうしたログが持つ情報はあくまでも「行動の結果」でしかありません。もちろんこうしたログが持つ情報量は多く、さまざまなゲーム内施策に役立っています。ですが、行動に至った「背景」にたどり着きづらいという欠点も抱えています。
継続率を改善するには、プレイヤーがなぜゲームを遊ぶのを止めてしまったのか、その理由を理解することが何より大切です。それらの仮説理解を深めるため、お客さまインタビューやゲーム内アンケートなどで取得した情報をログ解析と合わせて活用しています。
お客さまインタビューはゲームに対する定性的な仮説構築を、ゲーム内アンケートはそれらの定性的な仮説を定量的に検証するために用いています。
ーーお客さまからのヒアリングで見えてきた課題は何でしたか?
奥村:いくつかあったのですが、継続率を下げる大きな要因になっていたものでいうと、例えばプレイヤー同士のマッチングアルゴリズム。特に初戦の体験が継続率に大きく影響していることがわかってきました。
継続に関する課題仮説はチーム内からもたくさんあがっていたのですが、それらの影響度を定量的に可視化してみることで、どの課題から優先的に着手すべきかが見えてきたのは大きかったです。そこからは、行動ログを分析することで解決策にたどり着くことができます。
マッチングの設計はかなり難しく、ヒットポイントや持っているコマの種類、プレイヤーの属性など、考慮できる変数が山ほどあります。リリース当初はさまざまな変数を組み合わせて設定していましたが、具体的にどの変数が“適切な”マッチングに重要かを把握する必要がありました。
▲プレイヤー同士の対戦が人気の『逆転オセロニア』では、マッチングのアルゴリズムでプレイヤーの満足度が大きく左右される
ーーどうやって、使うべき変数を見つけ出していきましたか?
奥村:ログを分析して、継続率にネガティブに作用している変数を洗い出しました。「ヒットポイントに差がある」「相手のリーダー駒が強力すぎる」など、プレイヤーがネガティブに感じるであろう点の候補はあったので、各因子と継続率との相関を取ってデータドリブンにマッチングを見直したんです。
調査により「プレイヤーにネガティブな印象を与える」と判断されたマッチングの要素をすぐに改善していきました。その結果、改善の度にPvP機能を遊んでいただく方の継続率が数ポイント上昇しました。
これはあくまで改善の一例ですが、さまざまな課題に対してこのような分析を行いました。リリースの1年後には、施策効果も含めて30日継続率が2倍、60日継続率が3倍まで改善することができたんです。
ーーそんなに良くなったんですね! 「プレイヤー同士が対戦するゲームでどうマッチングロジックをつくるか?」は、多くのゲーム開発者が悩んでいることだと思います。汎用的に使えるノウハウはありますか?
奥村:正直なところ、適切なマッチングの定義はタイトルによって異なり、そのゲームがプレイヤーにどのような体験を提供したいかによります。
でも、基準にすべきことはあって「プレイヤーにとっての納得感があるか」です。例えば、プレイヤー同士の強さに差があるようなマッチングをするゲームであっても、プレイヤーが「これは、そういうゲームだ」と理解している上で楽しんでいるのであれば問題はありません。
現在の『逆転オセロニア』のマッチングロジックは初期の頃とは大きく変わっていて、基本は同じような強さの人同士が当たるようなロジックになっています。
もちろん、それでもデッキやパラメータに差があるプレイヤー同士がマッチングしてしまうこともありますが、「同じように勝ち上がってきたプレイヤー同士が対戦している」という体験を楽しんでいただければ、いたずらに大量の変数を調整しなくてもロジックとして成立すると思います。
CASE3)歌マクロス スマホDeカルチャー
<課題1>インゲーム・アウトゲームのそれぞれの要素が、どれくらいゲームの満足度を左右するのか判別できなかった
ーー「インゲーム(※1)・アウトゲーム(※2)それぞれの要素が、どれくらい〜」というのは、IP(※3)系のゲームではよく出てくる課題なんですか?
白石:そうですね。キャラクターがゲームのメイン要素になっていて、かつリズムゲームの要素があるスキームでは、この課題はよく出てきます。「キャラクターの魅力」「ゲームジャンル」のどちらを成長軸としての優先度を高めれば効果的なのかよくわからない、という状態です。
『歌マクロス スマホDeカルチャー』においても、この状態を解決しなければ、実施する施策の方向性を定めづらくなるため、お客さまのゲーム満足度が何に起因しているのかを分析し始めました。
※1......ゲームスキームといったゲームの中身やカテゴリーのこと。本タイトルの場合は音楽ゲーム。
※2......1以外のゲームにおける要素のこと。本タイトルの場合はマクロス(アニメ・キャラクターなど)を指す。
※3......知的財産権のこと。この場合はアニメの版権(著作権)を指す。
ゲーム・エンターテインメント事業本部ゲーム事業部分析部第一グループ 白石裕人
2017年新卒入社。大学ではレコメンドエンジンについて研究し、DeNAに入社後はアプリゲームの分析を複数担当。2017年3Q新人賞受賞。今後は分析の対象ドメインを広げつつ、機械学習を用いてより高度な分析を進めたいと考えている。
ーー分析の結果、どのような要素が満足度向上のために効果的だとわかりましたか?
白石:プレイヤーの熱中の仕方に一定の傾向があり、アウトゲーム要素のキャラクター愛を醸成することによってプレイヤーの欲求を満たせると考えました。
音楽ゲームが好きな方は他の音楽ゲームも好きなので、このゲームである程度のスコアに達したらすぐ他のゲームに移ってしまいます。でも、IPそのものが好きな方の場合、キャラクターへの熱量が高まった後は音楽ゲーム要素を徐々に好きになってくれるため、長く遊び続けてくれるんです。
▲白石さんは、データ分析をするなかで「プレイヤーの成長推移」を表すグラフを作成したという。横軸は音楽ゲームとしてのスキル、縦軸はキャラクターへの愛を示しており、どのようなルートを経てトッププレイヤーになっていくのかが可視化されている。
ーーアウトゲームを好きになってもらうには、具体的にどんな施策を実施するのが効果的ですか?
白石:「スキン(※4)獲得までのフロー」を改善することが効果的だという結果が出ました。
その要素はもともと訴求軸としては成り立っていたものの、獲得までの道のりが遠かったんです。提供したいUXである「IPへの愛が止まらない」という姿をまだ満たしきれていない状態になっていました。プレイヤーの方々からも「もっとスキンを獲得しやすくしてほしい」という意見はよく挙がっていたんです。
ですが、取得を容易にしたり、スコアを上げやすくしたりといった施策はゲームバランスのインフレを起こしてしまう可能性もあります。どこまでやっていいのか、製作者としては悩むところです。
分析の結果それらの要素が全く足りていないとわかったので、進むべき方向性が明確になりました。
※4......本記事ではゲームキャラの服・アイテムのことを指す。
<課題2>新規プレイヤーが何を求めてゲームに入ってきたのかがわからない
白石:またそもそもインゲーム・アウトゲームそれぞれのどんな要素を求めて新規プレイヤーがゲームを始めたのか、情報を取れていない課題がありました。そのため、このゲームでは新しく「起動時アンケート」を導入しました。
これは、ゲーム起動時のアセットをダウンロードしている時間に、何をきっかけとしてゲームを遊び始めたのかアンケートを取るというものです。今後はDeNAが提供する多くのゲームに導入されると思います。
起動時アンケートの項目は下記になります。
1.IPを好きな度合い
2.リズムゲームを好きな度合い
3.IPの好きなシリーズ
4.IPの好きな要素(バトル/歌/ロボット/美少女など)
※現在はデジタルマーケティングのターゲティング等に使用しています。
このアンケートでログを取得することで、プレイヤーがIPそのものを求めてゲームを始めたのか、もしくは音楽ゲームを求めて始めたのか、情報を可視化できるようになりました。
今後はプレイヤーのニーズとゲームが提供する体験とのミスマッチを減らしていけるはずです。
お客さまの気持ちになりきり、改善ポイントを見つけていく
ーー最後に、3人が思う「アナリストに必要なこと」を教えてください!
白石:分析は「意思決定を後押しするためのものだ」という意識を持つこと。アナリストは意思決定に必要な客観的情報を揃えて、メンバーに対して適切に提示してあげることが重要だと思います。
それから僕は、興味や好奇心を持ってゲームやアプリを徹底的に使いこむようにしています。使いながら、「ここは面白くない」「ここはイケてる」「この機能、プレイヤーはどう思うんだろう」といった発見を増やしていく。その作業の蓄積が、アナリストとしての判断軸を増やすことに繋がっていくと思います。
奥村:アナリストは定義が難しい職業で、データを扱う技術そのものは比較的すぐに身に付けられるんです。でもそれは、アナリストのスキルのうち10%くらいでしかないと思っています。
本当に大切なのは、その数字・データをどんな施策に結びつけていくか、どうやって数字だけでは見えない仮説を拾い出し、現場と上手にコミュニケーションをとってビジネス課題を解決していくかなんです。
それを達成するには、分析における「目的」が何なのかを考えていかなければなりません。そのうえで、分析の方向性を定めて、結果をどう利用していくのか。そういった各工程が全て1本の線として繋がらないと、分析が成果に結びつかないんです。
中野:アナリストは「何を解決すればいいのか(イシュー)を見つける力」が一番重要だと思っています。データ分析は解決手段の1つでしかありません。分析手法やデータ分析による解決ということにとらわれすぎると、解決すべき課題を見つけられなくなってしまいます。
もちろん分析手法に精通しているからこそ見えるイシューは存在するので専門知識は重要ですが、扱うサービス領域についての専門知識、競合の状況、社内のリソースなど、多種多様な知識をうまく組み合わせることでより良いイシューを設定できると思います。
それさえ設定してしまえば、あとは解決のために泥臭く動き回るだけです。
問題設定こそが一番重要で、一番難しい。そして、一番楽しい部分だと思います。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:中薗昴 編集:下島夏蓮 撮影:小堀将生