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「いまマーケターが価値を出せるのはコミュニティマーケティングだ」Anyca宮本が理論と実践でたどりついたブランド戦略

2018.05.18

「お客さまと直接お会いして、コミュニティをマーケティングに活用することが、マーケターにとって必須になってくる」

こう話すのは、個人間でクルマをシェアするカーシェアリングサービス『Anyca(エニカ)』のコミュニティ&PRマネージャー 宮本昌尚(みやもと まさなお)。

お客さまのコミュニティを大切にし、手触り感を重視したマーケティングを行っている『Anyca』。他でもない宮本自身が、このサービスと出会ったことによって、コミュニティマーケティングの本当の価値に気づいたのだそうです。

コミュニティマーケティングに注目が集まりながらも、「目に見えるマーケティング成果が見えづらい」と有用性に疑問を抱くマーケターも多いもの。

そんな中、マーケターとして“フルスイング”する彼が『Anyca』を通じて確立させた、コミュニティをマーケティング成果に結びつけるコミュニティブランド戦略とは?

コミュニティマーケティングが注目される背景

ーーなぜ今後、コミュニティマーケティングが重要になってくるのでしょうか?

宮本:リアルとネットの無限ループが起きるようになってきたからですね。

ーー「リアルとネットの無限ループ」とは?

宮本:花見を例に解説します。友人や知人がSNSに花見の写真をアップし、それを見て「綺麗だな」と足を運んでみることって多いですよね。

その後、行った人がまたSNSに写真をアップして、それを見た誰かがまた足を運びます。つまり、ネットの情報とリアルの行動がぐるぐる回っている状態になっているんです。

オートモーティブ事業本部 カーシェアリンググループ コミュニティ&PRマネージャー 宮本昌尚
外資系コンサルティング会社のITコンサルタントを経て、デジタルマーケティングに特化したコンサルティング会社に転職。ソーシャルメディアの黎明期から、ソーシャルメディアマーケティングの戦略策定、運用などを実施。その後、新規部門を立ち上げ、コミュニティの戦略策定からユーザーと共創した商品企画などを実施。その後、DeNAに入社し、メディア事業部を経てオートモーティブ事業本部へ。

ーーSNSを使っていると、“あるある”なシチュエーションですね。

宮本:同じことが、イベントやコミュニティでも起きています。何かのイベントに行った後、「○○はすごく良かった」とSNSに情報をアップし、それを見た誰かが興味を持つという現象が起こりやすくなりました。

だから、SNS普及によって、興味関心をベースに人が集まるコミュニティがそもそも成立しやすくなった、というのが世の中に起きた変化です。

もう1つの変化として、世の中が変化してライフスタイルが多様化した影響で、以前と比べてマスマーケティングが効きづらくなっています。

ーー確かに、よくそういう話は聞きますよね。

▲宮本作成のスライド(以下、記事中に掲載するスライドは全て宮本作成のもの)。

宮本:マーケティングファネル(※1)で考えたとき、AISAS(アイサス)と言われるものの前に「そもそも、その商材(例えば、ビールやクルマなど)に興味を持つのか?」というライフスタイルファネルがあります。

以前は、ライフスタイルが画一的だったため、マス商材であれば誰でも欲しかった。15秒間のTVCMで認知を取るだけで売れました。

でも、今はライフスタイルが多様化しています。その結果、「若者のビール離れ」「若者のクルマ離れ」などと言われるように、マス商材であっても興味を持たない層が出てきました。

つまり、ライフスタイルファネル自体を広げないといくら認知を取っても売れないんです。普段ビールを飲まない人に、TVCMをいくら観せても買わないですよね。

※1……商品やサービスの購買過程をフェーズで分けモデル化したもの

ーーではなぜ、興味を持ってもらううえでコミュニティが効果的なのですか?

宮本:人間は、サービスや制度を「楽しんでいる人」を見ることで、すごく心が動かされるからです。

つまり、コミュニティを経由して「『Anyca』によってハッピーになった人」を見て、「自分もハッピーになれるかもしれないから、使ってみよう」と思ってもらえる。そのポジティブな情報を伝える場として、コミュニティは有効に機能します。

ーー有用性があるのに、なぜコミュニティマーケティングは普及しないのでしょうか?

宮本:それは、コミュニティマーケティングの実施方法が間違っているからだと思いますね。やってしまいがちな4つの間違いがあり、簡単な表にするとこんな感じです。

ここからは、正しい戦略について解説したいと思います。

「コミュニティを育てる」ための方程式

①戦略から立ててはいけない!? まずはお客さまと飲みに行こう

宮本:まず大切なのは、「戦略から立てないこと」です。

ーー意外ですね。まずは「戦略」から、というのはマーケティングだけではなくあらゆる仕事の定石かと思っていました。

宮本:戦略とは「ゴール」と「現状」があって、その間にある課題を埋めるために存在します。

でも、マーケターはお客さまと実際に会っていないことが多いので、彼ら/彼女らがどんなニーズや課題を持っているのか、手触り感がありません。「現状」がわからないのです。

また、コミュニティはLTV(※2)向上や友だち紹介など、さまざまなゴールを設定できるため、「何をゴールにするか」で戦略も当然変わります。

つまり、「現状」も「ゴール」を把握できていない状態では、本来は戦略を立てられないはずなんです。

※2……LifeTimeValue。ある1人のお客さまが生涯にわたり企業にもたらした価値の合計のこと。

ーー耳の痛い話ですね……。では、お客さまのことを知るためにはどうすれば?

宮本:すごく原始的なのですが、一緒に飲みに行くことです。そうすることで、お客さまのことをより深く理解できますし、本音が引き出しやすくなります。

普段どんな生活をしていて、どんなニーズがあるのか。何に困っているのか。それらの情報を把握することで、「コミュニティを作れば、こんなゴールが達成できるのではないか」と仮説が立てられるようになります。

ーーなるほど。確かにそうかもしれませんが、お客さまと実際に飲みに行くだけで、仕事に結びつけるのは難しい気もします(笑)。お客さまのリアルな声を聞いたことで、具体的な施策に結びついた例はありますか?

宮本:飲みじゃなくても、気軽に雑談できるくらいお客さまと距離が近くなったからこそ実現できたこと、という意味合いであれば、Webメディアの『Anyca STORIES』が良い施策例だと思います。

▲Webメディア『Anyca STORIES』。Anycaを通じて生まれたカーライフやエピソードに関する記事を読むことができる。(出典:http://news.anyca.net/

僕は『Anyca』のプロジェクトチームに配属された後、お客さまの声を聞く機会がたくさんありました。

「シェアしたクルマの返却のときにお土産を貰った」「シェアした人同士で仲良くなって近所のお祭りに行くようになった」など、それを聞くだけで「『Anyca』って面白いな」と思えるような、ストーリーがたくさんあって。

「『Anyca』を通じて、たくさんの素敵なストーリーが生まれているのに、サービスを使っている99%の人に届いていないのはもったいない!」と思ったんです。

そこで、そのストーリーを記事化してオンライン上でも読めるようにしました。

このアイデアを思いついたのも、お客さまと会ったからこそ。だからまずは、お客さまと向き合い、仲良くなることが大事です。

そして、ここで作った記事が後に広告換算で2億円以上のマーケティング成果を生むのですが、その話は後ほどしますね(笑)。

②「お客さまがヒーローになれる機会」をつくる

ーーコミュニティを立ち上げてみたもののなかなか活性化しない、という話もよく聞きます。どうしたら良いのでしょうか?

宮本:イベントを開催するなど、お客さま同士が会える機会を設けること。着火剤になるようなものを仕掛けていくことが重要です。Anycaでは、ほぼ1週間に1回以上イベントがあります。

ーー1週間に1回も! そんなにイベントを開催するのは大変そうで尻込みしてしまうのですが……(笑)。

宮本:多くの方は、イベントを開催するとき、集まってもらったお客さまに“おもてなし”しなくては、という意識で入念に準備してしまうんです。そうすると大変ですよね。

ーー『Anyca』はそうではないのですか?

宮本:私も『Anyca』のイベントに参加し始めた頃はびっくりしたのですが、参加しているお客さまが誘導や受付、片付けなどを手伝ってくれています。たぶん、そういう方がいないとイベントを開催できないです(笑)。

そこで気づいたのは、”おもてなし”も大事なんですけど、一緒に作っていくほうがお客さまも楽しいんだということです。本当にありがたいことですけどね。

それから、「お客さま1人ひとりがヒーローになれる機会」をつくることも必要だと思います。例えば、メディアなどの取材に出てもらうとか、イベントで登壇してもらうとか。

『Anyca』の利用者に聞いてみてもそれは明らかで、「運営側から何かをお願いされたとき」に『Anyca』好き度がグンと上がった方が多いそうなんです。

だからこそ、各人にそれぞれの役割を担ってもらい、コミュニティのなかに居場所があると思ってもらえるのがベストですね。

ーー帰属意識が高まるわけですね。

宮本:それに関連して、最近は「コミュニティリーダー制」という制度を設けています。これは、お客さまのなかから選出し、期間限定でコミュニティのリーダーをやってもらうというものです。

ーーお客さまにコミュニティのリーダーをやってもらうんですか!?

宮本:もともと、『Anyca』のコミュニティはDeNAの他のメンバーが主導して盛り上げていました。彼はリーダーシップも人望もあったので、コミュニティの中心になっていたんです。お客さまを自宅に招き入れたりもしていたんです。

けれど、僕が去年からコミュニティの運営を引き継いだ際、「彼とはキャラクターが違うから、同じようなコミュニティマネジメントはできない」と思いました。それで、コミュニティリーダー制を取り入れ、お客さまに主導してもらう形にしたんです。

▲コミュニティリーダーなど、ご協力いただいている利用者を横浜DeNAベイスターズのVIPルーム観戦にご招待。スタッフとともに記念撮影をした。

「コミュニティをマーケティングに活かす」ための方程式

③新規獲得だけでなく、5つの価値を重視する

ーーコミュニティをマーケティングに活かすうえで、気をつけるべきことはありますか?

宮本:BtoCのマーケティングにおいて、多くの場合はKGIが「新規獲得」になります。だから、マーケターはコミュニティを活用するときに「友だち紹介によって新規獲得をしたい」と思いがちです。

ーーそう思う気持ち、とてもわかります……!

宮本:そうですよね。実際、『Anyca』でもドライバー登録の3割は友だち紹介経由で、多くの割合を占めています。

実は『Anyca』でコミュニティマーケティングに関わり始めた当初、友だち紹介による登録数をさらに増やすことを目的にさまざまな施策を検討したのですが、全く結果が出ませんでした。

▲「友だち紹介のさらなる拡大施策は全く効果が出なかった」と話す宮本。

ーー全く、ですか……?

宮本:なぜかというと、『Anyca』をよく利用してくださる方って、すでに友だちにサービスを紹介してくれているんですよ。

だから、それ以上に紹介を増やそうとしても難しい。後になってから、「設定した目標自体が間違っていた」と気づきました。

ーーコミュニティを立ち上げれば新規顧客の紹介が増えると思っている方はきっと多いですよね。紹介キャンペーンがダメならば、どんなマーケティング施策には向いているのでしょうか?

宮本:「顧客の5VALUE」という図を用いて説明しますね。

例えば、LTVに注目して、お客さまの購入量を増やすこともできます。

お客さまの知識価値(サービスを利用する中で得ている経験や知識)に注目することで、前に紹介した『Anyca STORIES』のようなコンテンツを作ることもできるでしょう。

また、共創価値に注目することで、イベントを一緒に作ったり、コミュニティリーダーになってもらって一緒にコミュニティを盛り上げたりもできます。

先ほどの「①戦略から立ててはいけない!? まずはお客さまと飲みに行こう」の章で述べたゴールがこの5つです。

だから、お客さまと飲みに行ったらときには「この5つの価値をマーケティングに活かせないかな」って考えながら飲んでください(笑)。

ーーなるほど、ただ単に飲むだけじゃないんですね(笑)。意識してみます。

④コミュニティは「種芋」。単体で成果を出すのではなく、他の施策と組み合わせる

ーーロイヤルティを高めることには有効なんですね。でも新しい売上をコミュニティがもたらしてくれることも、つい期待してしまいますが。

宮本:コミュニティは種芋であって、食べてはいけないんですよ。

ーー「種芋」とは……?

宮本:コミュニティ単体から成果を得ようとしてはいけないということです。コミュニティを育てて、それを他のマーケティング手法と組み合わせることで成果を上げていきます。

ーーつまり、コミュニティ自体に売上目標は設定しないということですか?

宮本:はい。『Anyca』では、コミュニティマーケティング単体のKPIは設定していないです。

コミュニティに所属する人たちに対して「よりたくさん買ってもらおう」とか「より多くの人を紹介してもらおう」と考えてしまうと、大きなマーケティング成果には繋がりません。

また、コミュニティの熱量がそのままPRやマーケティングの成果に結びつくとは限りません。コミュニティが2倍盛り上がれば、PR効果が2倍出るわけではない。両者はあくまで非連続です。

ーーPRやマーケティングの成果に直結しないのだとすれば、やはりコミュニティの効果を出していくことは難しいのではないでしょうか?

宮本:非連続ですが、コミュニティが育っていたことにより、とても大きなPR・マーケティング効果が出ることがあります。

例えば、『Anyca』利用者のストーリーをテレビの取材で使ってもらったことがあります。

過去に「シェアリングエコノミー特集として10分の枠を取っているので、3 分ほど『Anyca』を扱いたいです。取材させてください」とテレビ局の方から連絡が来ました。

その際に「お客さまのストーリーがこんなにたくさんあります」と『Anyca STORIES』の記事を見せたんです。

そうすると「『Anyca』だけで3分だけではなく10分持ちそうですね。まるまる『Anyca』の特集にしましょう」と10分の枠を抑えてもらえて。

テレビCMに換算すると2億円くらいの価値があって、新規登録してくださるお客さまがすごく増えました。

ーー2億円ですか! それはすごい。

宮本:他の手法と組み合わせるという意識を常に持っておくことが、成果を出すうえで重要なんです。

コミュニティブランド戦略の図の通り、コミュニティから施策を積み上げていき、ブランドを作っていきます。

そうすれば、認知などコミュニティ単体では不得意な領域でも成果が挙げられるんです。

あえて、コミュニティマーケティングではなく、コミュニティブランド戦略という言葉を使っているのは、複数の施策を積み上げていきながらブランド・エクイティ(ブランドの資産価値)を作り、中長期的な成果を作っているところがブランド作りに近いと考えているからです。

企業のマーケター“だからこそ”出せる価値を

宮本:コミュニティマーケティングって、ある意味、原点回帰だと僕は思います。昔ながらの個人商店と同じ状態に戻るというか。

八百屋を経営している人って、お客さまから「ウチの子ども、メロンが好きなんだよ」という話を聞いたら「じゃあ、メロンを仕入れよう」とやっていたはずなんですよね。それと一緒です。

ちゃんと生の声を聞いて、マーケティングに反映させる時代になっていくんだと思います。

ーーとすると、もしかしたらコミュニティマーケティングのスキルがマーケターにとって今後は必須になってくるかもしれないですね。

宮本:むしろ、それができなくてどこで価値を出すのだろう、と思います。

PR・広告に関する知識は広告代理店にいる人々の方がずっとたくさん持っている。その前提があるなかで「企業のマーケターだからこそ出せる価値」を生み出していかなければいけません。

それは、お客さまのことを手触り感をもって知っていて、一緒にサービスを作っていけることだと思います。

「こんな施策考えてるんだけど、どう思いますか?」ってFacebookメッセンジャーでお客さまに聞いて、反応がよかったら「それじゃ、明日からやりますね!」と行動に移す。これって、企業のマーケターじゃないとできないですよね。

そう考えれば、コミュニティマーケティングの重要性にたどり着くはずなんです。

ーー先ほどおっしゃっていた「戦略から立てずにまずはお客さまと飲みに行く」と関連したお話ですね。お客さまと“一緒に”サービスを作っていこう、と。

宮本:そうです。僕は、コミュニティマーケティングの普及がマーケターの復権につながると考えます。

これまでは、「競合が新しく○○マーケティングを始めたからうちもやりましょう」という提案を受けて、どの会社も同じような流行のマーケティング手法を試すことが多かったです。でも、それって全然お客さま目線じゃないんですよね。

でも、コミュニティを手に入れたマーケターはわかるんです。「うちのお客さまには、その手法は向いていない。むしろ求めているのはこっちだ」と。そうして自然に、競合と違うマーケティング手法が生まれていきます。

つまり、コミュニティと既存のマーケティング手法を組み合わせることで、「マーケターだからこそ生み出せるもの」が増えるということ。

そうなれば、マーケターの市場価値は上がり、お客さまに提供できる価値そのものも向上していくはずです。

そして、なによりマーケターの仕事が楽しくてワクワクするものになります。お客さまの笑顔が目に浮かびますから。

まとめ

コミュニティマーケティングを成功させる方程式

①戦略から立てない。まずはお客さまと一緒に飲みに行く

②「お客さまがヒーローになれる機会」をつくる

③新規獲得“以外”の価値を重視する

④コミュニティは「種芋」。単体で成果を出すのではなく、他の施策と組み合わせる

※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。

執筆:中薗昴 編集:榮田佳織 撮影:YUKO CHIBA(DOUBLE ONE)

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