DeNAの中国法人DeNA Chinaが手掛ける日本の人気IPのモバイルゲームアプリが、中国と周辺市場でロングセラーを続けています。
この快進撃を下支えしているのが、次世代ゲーム基盤のひとつである「LCX(Lowest Common X-border)」です。
実はこの「LCX」、日本と中国との“共創”によって開発されたもの。複雑な商習慣を持つ中国市場で盤石なゲーム配信を後押しすると共に、グローバル配信にもつなげるキーテクノロジーとなりつつあります。
どんなサービスで、どんな狙いをもって開発、運用されているのか。
「LCX」の開発を中国側で開発を指揮した厳 聖逸(げん せいいつ)、日本側で日中の間に入り現場をリードした王 汝佳(おう じょか)、そして、日本側をマネージメントした高橋 成人(たかはし なると)に、共創の経緯と苦労、そして中国とグローバル市場における希望について聞きました。
中国市場ならではの「壁」を超えるために
ーー中国市場におけるDeNAのゲームアプリが人気を続けています。DeNA Chinaに所属している厳さんは、人気の理由をどのように実感されていますか?
厳 聖逸(以下、厳):日本のマンガ、アニメは中国でも非常に人気が高く、こうしたIPを使った質の高いモバイルゲームタイトルをリリースしていることが、支持を得ている大きな理由かと感じます。
もちろん、ゲームそのもののクオリティの高さ、また、“落ちない”、“バグが少ない”といったDeNAならではの運用の安定性も、継続的にプレイしていただいている地盤になっていると感じます。
――そうした中国ゲーム事業の好調を支え、盤石にするためのサービスとして「LCX」がローンチ、運用されていると聞きました。いったいどんなものなのでしょう?
高橋 成人(以下、高橋):「LCX」はモバイル・バックエンド・アズ・ア・サービス(mBaaS)と呼ばれるゲームタイトルの共通機能をバックエンドで提供するクラウドベースのサービスです。中国と世界(日本)の間を跨いで使えるようにするための共通基盤になります。
厳:スマホゲームアプリをユーザーの方々に遊んでもらうためには、ゲームコンテンツが何であれ、AppleやGoogleのアカウントでサインインしたことを証明する「認証機能」や、アプリ内決済をする「課金機能」などが必要になります。
こうしたスマホゲームアプリの運営に共通して不可欠な機能を、「LCX」がmBaaSとして効率的に提供するのです。
もちろん、mBaaSは他社製のものもあるし、DeNAでもモバゲー時代から培ってきたノウハウを生かした既存のサービスがあります。
しかしこの「LCX」は、とくに中国を中心とした、グローバルな市場に対応できる仕様として企画開発されたことが、もっともユニークな特徴なんですよ。
――中国市場では、既存のmBaaSでは対応できないハードルがあるのですか?
厳:大きく2つあります。1つは「中国政府による法規制の壁」。もう1つは「配信ストアの壁」です。
まず前者に関して言うと、中国でゲームアプリを配信するためには「版号」という当局の許可が必要です。これは中国国内の会社しか取得できません。だからDeNAはDeNA Chinaを上海に作り、事業展開をしているわけです。
そのうえで細かな中国政府の法令に対応しなければ、実際のリリースはできません。
――具体的には、どのような法令があるのでしょう?
厳:たとえば「実名でログインして、実名認証をしないと遊べない」とか「未成年者は一定の制限時間までしか遊べず、課金もできない」といった具合です。
こうした当局のコンプライアンスをクリアしないと、ユーザーの方々に遊んでいただくことができないわけです。
高橋:しかも、頻繁にその細かな法令が変わる。配信、運用する側としては、それに迅速に対応する必要もあるんですよ。
厳:そうですね。たとえば2年ほど前までは未成年者は身元情報を登録するだけでプレイできましたが、ある時を機に遊べる時間が制限されました。さらに今は、未成年者は完全に週末しか遊べないようになっています。
高橋:おお。そこまで進んでいるんだ。
いずれにしても、こうした法律が交付されてから施行されるまでのリードタイムが極めて短いんです。国ごとに違う法規制は、日本だろうがヨーロッパだろうがあるのですが、この早さや頻度は中国ならではでしょうね。
――一方の「配信ストアの壁」というのは?
厳:日本や欧米の場合は、スマホゲームは、AppStoreかGoogle Playを抑えておけば、ほぼすべてのユーザーの方に配信できます。
しかし、中国ではGoogle Playが当局の規制によって使えません。
結果として、Android向けゲームアプリを配信するストアが数十乱立しています。それぞれのストアの仕様にあわせた細かな設計、開発、運用が必要になるんです。
――なるほど。こうした法規制と商習慣にフレキシブルに対応して、ゲームアプリをリリースし続けるためにも、ベースとなる「LCX」が不可欠だったわけですね。
高橋:はい。「LCX」があれば、さらに日本で作成したゲームアプリを、こうした複雑性を持ちながらも巨大な中国市場でスムーズにリリース・運用することが可能になります。
逆に中国で人気のゲームアプリを、日本はもちろんグローバルにリリースすることも容易になる。ゲームアプリの輸出入のスピードを上げてコストを下げる意味でも、日中両方、その先のグローバルで動くバックエンドサービスが戦略的にも欲しかった面があります。
厳:中国の先にあるグローバル戦略の意味では、「LCX」のモジュールとして「L Wallet」も不可欠でした。
――「L Wallet」とはなんですか?
厳:ゲーム内で使う仮想通貨を、各国や地域で違う通貨やスタイルを問わず共通管理できるモジュールです。
先に言ったように日本や欧米なら、App StoreとGoogle Play経由でクレジットカードで支払いが簡潔に済みます。
しかし、たとえば東南アジアや台湾は決してそれがポピュラーではない。たとえばベトナムならばクレジットカードより事前に現金をチャージしたプリペイドカードで課金するのがもっともスタンダードなスタイルです。
あるいは台湾ではゲームカードを購入して、カードに記載されたシリアルナンバーを登録して課金するほうが一般的だったりします。
王 汝佳(以下、王):ゲーム側にそうした通貨の違いやチャージシステムの違いに対応する方法もありましたが、「LCX」に乗せる形でこれに対応するモジュールをつくれば、やはりスムーズに、また、コストもかけずに運用できます。そこで「LCX」とほぼ同時に「L Wallet」を開発してきたというわけです。
――中国、そしてグローバルにおけるとても重要なサービスですよね。それをお三方が中心になって、作り上げてきたわけですね。
高橋:その通りです。厳さんはDeNA Chinaで上海にいながら中国側の法令や商習慣を理解したうえで、僕らに知見をくれる。そして東京にいる僕と王さん含めたエンジニアチームが、中国側のエンジニアと共同で開発するというスタイルをとりました。
言うほどカンタンには進みませんでしたけどね(笑)。
商習慣の違いから生まれた軋轢を、どう超えたか
――どんな体制で「LCX」は開発されたのでしょう?
高橋:日本側は最大9名で、サーバーサイド、SDKの設計・開発・QAに関わりました。「L Wallet」については3名で設計・開発を行いました。
厳:中国側は当時8人のチームで開発、テスト、応用を行いました。今は開発、テスト、インフラ合わせて13人のチームで応用を行っています。
――国境を超えてチームがつくられたわけですね。GitHubを介してリモート開発を?
厳:そうです。設計は日中、一緒に。みんなでレビューをしてソースコードを一応わけてどんどんすすめていった感じです。
――さきほど高橋さんは「カンタンではなかった」とおっしゃっていましたが、実際にどのような苦労があったのでしょうか?
高橋:やはりボトルネックとなったのは日中のモバイルゲームの文化と環境、商慣習がまったく違うことでした。
先に述べたように、中国政府のAPIを叩く必要がある、というのが日本の常識から考えるとまったく理解が追いつかなかったんですよね。
開発の段階で「実名を送信して、データベースと照合されないとゲームができない」とか。「たくさんのストアがあるから、運用するためにはそれぞれに対応できるようにしなければならない」とか。
「GoogleとAppleだけクリアすればいい」と考えていたこれまでのやり方がまったく通じない。何度も「これじゃ通らない」「この機能も入れないとダメですよ」と中国側から差し戻され、仕様追加、変更が続いたのは、苦労しましたね。
厳:わかります。中国側も同じ思いをしていました。
先ほどは中国政府の制約だけお話ししましたが、日本は日本でモバイルゲームを配信するためには「資金決済に関する法律」を満たす必要があります。そのためにけっこう複雑な会計レポートを毎日吐かせる必要があったんですね。
中国側のエンジニアにしてみると、「どうしてこんな複雑なレポートを出させる必要があるの?」と一度のやりとりではまったく納得してもらえなかった(笑)。
高橋:そうですね。これは本当に謝りたいんだけど、一度、中国側の開発者に対して怒ってしまったこともあって(笑)。
厳:レビューのとき、ありましたね(笑)。ただ、まさに互いの国の状況を理解していないからこそのもめごとでした。日本ではもっとも外せない大切なところで品質周りが甘かったり、重視しなかったりしましたからね。
高橋:コミュニケーションが課題でした。やはり日本チームのほとんどが中国語を話せない。中国側もほとんどが日本語を話せない。互いに片言の英語ですすめるから、コミュニケーションコストがかかるし……。だから、日本語が話せる厳さんがいてくれて助かったというか、いなかったらもっと大変なことになっていた気がします。
――実際、そうした商習慣の認識の違いや温度差、コミュニケーションのハードルはどう解決を?
厳:相互理解のために「コミュニケーションに時間を割いた」につきますね。週に1回の日中の定例ミーティングを実施。仕様の確認とすり合わせをまず続けました。
あと、互いの仕様や要望を伝えるだけではなく、「互いのゲームを触ってみる」ことも実践しましたね。中国側は日本のゲームアプリをダウンロードして実際にプレイをしてみる。そのうえで仕様書と照らし合わせて、「日本ではここまで作り込む必要がある」と実感を持って理解してもらう努力をしました。
高橋:日本側も実践して、実感しましたね。DeNA Chinaでリリースされたゲームを実際にダウンロードして試そうとしたら、実名を要求されてプレイできなかった。事実として理解はしていましたが「本当に実名認証を実装しないと何もできないんだな」と腑に落ちた感がありましたよね。あとは「すごい世界でサバイブしているな」ってのも実感できた(笑)。
互いの国の人間が入るようにチームを編成
――言葉の壁はどのように超えたのでしょうか?
厳:チーム編成として互いの国の人間が入るよう調整しましたよね。当時別件で中国に長時滞在していた日本人メンバーにプロジェクトマネージャー的な立ち位置で兼務してもらい、日本側の商習慣や要望で理解しにくいことがあれば、彼に中に入ってもらいました。
高橋:逆に日本側は、中国人である王さんに、積極的に橋渡し役としても意識してもらうよう依頼しましたよね。
王:中国人というわけじゃなく、サーバーサイドの人員として偶然アサインされたのですが、お役に立ててよかったです。
――王さんは、その意味では中国とのやりとりも、商習慣の違いも比較的、難なく過ごせた感がありますか?
王:そう思います。日中をクロスさせた人材配置があるだけで、コミュニケーションは大きく変わるというのをとても感じましたね。
もっともサーバーサイドは、コミュニケーションとはまた別にAlibaba Cloudで開発する必要があり、それに触ったことがなかったため、少し戸惑いました。逆に中国側は私たちが慣れているGoogle Cloudでの開発経験がなかった。仕組みの違うデータベースを扱うのは結構大変な作業だったなと。
ただ、実装後「LCX」が稼働したあとに、日本だけではなく本当に大勢の方々に利用いただきはじめた。大きなサービスの手助けをしたこと、大勢のユーザーの方々に楽しんでもらえたことはやりがいというか、うれしかったです。
――サービスインしたのは、2022年4月でした。問題なく稼働を?
厳:まったく問題ありませんでした。少し先行して日本からサービスインしていて、トラブルなどが起きたときの対処法なども含めてドキュメント化して中国側も共有してもらっていたので、盤石でしたね。
DeNA Chinaは今後もゲームアプリを「LCX」を利用してリリースし、また既存ゲームも移し替えていくことが決まっています。中国全土はもちろん、予定どおりグローバルに配信をすすめていく大切なプラットフォームとして育てていくつもりです。
王:苦労した甲斐がありましたね(笑)。
――グローバルへの足がかりとして、重要なプロジェクトでしたね。
厳:そうですね。ただ、個人的には「LCX」や「L Wallet」が立ち上がったこと自体より、このプロジェクトで日中の共創プロジェクトの経験が積み上がり、今後につながる関係性とナレッジを得たことの価値は大きいなと感じています。
王:それはありますね。エンジニアが眼の前の仕事をするなかで、当たり前のようにグローバルへの道筋があるのは、魅力的だなとも感じました。
高橋:本当にそうだね。僕もDeNAに入ったとき、まさかグローバルの領域に携わり、英語をここまで使うとは思っていなかった。なので実は最近、あらためて英会話レッスンを受けています(笑)。
厳:伸びているとはいえ、中国市場でのプレゼンスはまだまだのびしろばかりです。中国、そしてグローバルのダイナミックな仕事を体感してみたい方がいたら、ぜひジョインしていただきたいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
※本インタビュー・撮影は、政府公表のガイドラインに基づいた新型コロナウイルス感染予防対策ガイドラインに沿って実施しています。
執筆:箱田 高樹 編集:フルスイング編集部