歴史あるヘルスケア企業の「AIオールイン」―データホライゾン流「変革」の舞台裏(前編)
2025.10.28


2025年5月の「データホライゾンもAIにオールイン」宣言。前編では、自治体にデータヘルス関連サービスを提供する歴史あるデータホライゾン社(以下、DH)をいかにして「AIを呼吸するように使う組織」へと変貌させようとしているのか、そのビジョンと戦略について語られました。
経営陣が着火した「AI活用のホットスポット(成功の火種)」。しかし、その火を絶やさず、組織全体へと広げていくのは、他ならぬ現場のメンバーたちです。
後編では、変革の最前線に立つ4人の「現場ヒーロー」が集結。前編で語られた壮大なビジョンの裏側にあった、孤独な葛藤、周囲からのプレッシャー、そして有効なプロンプトに辿り着くまでの泥臭い試行錯誤まで、きれいごとではない、変革の「本音」を余すことなく語ってもらいました。
目次
──前編では、経営陣の視点からの戦略や「DH AI Day」といった全社員を巻き込む“仕掛け”についてお話を伺いました。それから約半年。DHにおけるAI活用は、今どのようなフェーズにありますか?
伊藤 康太郎(以下、伊藤):現在は「AI活用の日常化」が最重要テーマです。目的は「生産性を高めることで顧客に向き合う時間を増やし、社員一人ひとりの創造性を解放すること」に尽きます。
当社データホライゾンの事業は、一人の営業担当者が15〜20もの自治体様を受け持つことも珍しくありません。非常にオペレーショナルな業務に支えられているからこそ、一部のメンバーがスペシャリストとして牽引するのではなく、組織の全員が「息を吸うように」AIを使える状態を目指してきました。
この半年で、社員から寄せられる相談の「質」が明らかに変化してきました。当初は「ツールの使い方が分からない」「AIにデータを入れてもいいのか」といった不安からスタートしましたが、今では「もっと業務を加速させるツールを自作したい」といった具体的な要望が出るなど、一定の成果は出ています。
去年の夏時点では、ここにいる早野さんや鈴木さんといった一部のアーリーアダプターが盛り上がっている状況でしたが、現在はその次の層へと確実に組織の「地熱」が上がっている手応えがあります。
──ここからは、現場の皆さんのお話を伺っていきたいと思います。2025年2月にDeNAグループ会長の南場から「AIオールイン」の宣言が出た際、現場にはどのような空気が流れたのでしょうか。
田口 恭輔(以下、田口):正直に言えば、当時は営業部門はどこか他人事だったと記憶しています。「なんとなくバックオフィス側、特に開発部門に関係ありそうだなぁ」という漠然としたイメージが先行していたのが実態です。その後しばらくしてAI活用を推進するワーキンググループが東日本営業部内に立ち上がりました。現部長の松本さんから「組織立って本気で推進するチームが必要だよね」と声が上がったのがきっかけです。
伊藤:「DHもAIにオールイン」を5月に宣言し、組織としてワーキンググループを本格的に始動させる段階で、横断的なプロジェクトとバッティングしないよう各拠点に働きかけていったのですが、東日本営業の拠点では、その頃既にワーキングチームが発足してAI活用を推進していた印象です。
田口:そうですね。私たちの部門では先行的にAI活用に向き合っていたと思います。ただ、当初は推進するにも何ができるか全く未知数で、まずは現在の日常業務に置き換えられそうなものをリストアップするところから始めました。そんな中、鈴木さんが自身で活用していたAIの利用方法を周囲に広めてくれたんです。
鈴木 海(以下、鈴木):私は昨年入社したのですが、入社1年目かつ営業経験ゼロの新人でした。営業のイロハをキャッチアップしながら、同時にお客様のところへ提案しに行かなければならない。何を話せばいいのか、資料をどうつくるべきか分からない中で、私にとってはAIが武器になると思いました。
──それは、鈴木さんがいち早くAIを活用し始めていたということですか。
鈴木:入社前に大学院でデータサイエンスを学んでいた背景があり、入社当時からSlackの「ChatAI」や内製の生成AIプラットフォーム「SAI」を使い、プロポーザルの膨大な文字起こしをAIに任せるなどして、提案資料の作成にAIを活用していました。
そんな中、会社が「AIにオールイン」の方針を打ち出し、強力なツール環境が整いました。そこで、経験豊富な先輩方に追いつくために、AIの力を最大限に活かそうと考えたのです。先輩方の指導とAI活用をかけ合わせることで、より早く成長し、先輩方に追いつくことを目標にしました。
田口:鈴木さんのような若手が率先して動きました。その動きを見た周囲から「新人の鈴木がツールを活用して文章をつくっているぞ」と興味を呼び、AIへの関心が高まっていきました。先行事例があったのでワーキンググループの立ち上がりも大変スムーズでした。少し個人的な話になりますが、AI活用推進のモチベーションの背景には「反骨精神」もありました。
──反骨精神?
田口:はい。長年いた「業務課」は、営業が受注してきた案件の仕様をバックオフィスにつなぐ、営業言語を社内言語に翻訳する役割を担う部署でした。両方の部署と密接にコミュニケーションしたからこそ、営業とバックオフィスのそれぞれでナレッジがブラックボックス化し、特定の個人に紐づいている状況に頻繁に遭遇し苛立ちを感じていました。
「AIオールイン」という言葉を聞いた時、「本当に使いこなせるのか」という疑問もありましたが、一方でこの新しいツールを使って個人のナレッジを組織の共有資産へとアップデートし、誰もが最高のパフォーマンスを発揮できる環境をつくりたいと強く思いました。「AIオールイン」の号令が出たこと、ワーキンググループのリーダーという立場をいただいたことで、推進するための良い意味で「免罪符」を得たような、思い切り突き進んでいいんだというワクワク感がありました。
──「免罪符」という強力なカードを手に入れて、そこからどのようにドライブさせていったのですか?
田口:鈴木さんの活用方法を実演してもらい、「これならみんな真似できるんじゃないか」とその具体を仕組み化していきました。彼のエッセンスがメンバーの武器となり、大きな推進力を生み出しました。
──推進にあたって、歴史ある組織ゆえの苦労もあったのではないでしょうか。
早野 佑紀(以下、早野):「AIオールイン」の号令がかかった当時、周りでAIを利用しているメンバーはほとんどいませんでした。私は2024年の夏頃から個人的にGeminiやChatGPTの検証を始め、その後、会社から検証依頼をいただいたり、個人で検証したり、言わば“こっそり”AI活用を進めていました。ですから、「AIオールイン」を聞いた時は本当に嬉しかったです。
これで堂々とAIを使っていける、周囲にもその便利さを伝えていきたいという気持ちになりました。ただ、広め方が分からなかった。AIを使っている人も周りにあまりいないし、「AIやっていこう」と巻き込んでいくような動きは、これまでしたことがなくて不安でした。当時はAIが社内でまだそこまで広まっていない頃だったので、発信していくことで誤った情報を広めたり、会社のリスクにならないかという心配もありました。
伊藤:早野さんとはSlackのDMや会議で頻繁にやり取りをして、「僕が責任を持つから、僕からの指示だと伝えて迷わず突き進んで欲しい」と伝えていました。
当初「DHもAIオールイン」を宣言したものの、現場のメンバーがどこまでこの熱量についてきてくれるか、半分自信がなかったというのが率直なところです。「自分の業務にはAIなんて関係ない」と思われる懸念もありました。AIを組織に浸透させていくには、各現場で推進してくれるキーパーソンを探し、仲間を増やしていくことが必須でした。早野さんもその動きの中で見つけた1人でした。
早野:伊藤さんの言葉やサポートは本当に心強かったです。動き続けられた理由は、AIへの強い好奇心に加えて、早く動かないと取り残されるという危機感でした。活用事例や推進の仕方を知りたくて、社外のAI関連イベントに足を運び、情報をキャッチアップしに行きました。たまたま、AIを業務で推進している方に出会って話を聞き、現場が動くことの重要性を実感したのが、その後のきっかけでした。
課内でAI事例の共有会を月1回の頻度で始め、企画から集客まで準備は大変でしたが、アンケートで「AIを使うようになった」という回答が90%から100%に伸びたときは、やってきてよかったと手応えを感じました。
──福田さんのいる運用推進部通知係ではどうでしたか。
福田 祐作(以下、福田):早野さんと同様に壁はありました。セキュリティへの不安から「自分たちは使わない方がいいんじゃないか」と考えるメンバーも多く、当初はあまり活用が進んでいませんでした。
──どうやってその状況を打破したのですか。
福田:理屈で考える前に、まずは毎日必ず全員がGeminiを使うことを心がけました。画面に表示される「星のボタン(Geminiのボタン)」を1日1回は押して、「何でもいいからGeminiと話してみよう」とメンバーに声をかけ、小さな習慣づくりから始めたんです。
AIはプログラムと違って、日本語の曖昧な指示でも意図を汲み取ってくれます。これまでスプレッドシートのフィルターを駆使していた作業が、日本語で問いかけるだけで完結する。この「圧倒的な楽」を体感してもらうことで、少しずつ部の空気を変えていきました。
伊藤:この場にいるメンバー誰1人欠けてもこの取り組みは成立しません。早野さんは機械学習の素養があり、鈴木さんはデータサイエンスを学んできた。そして田口さんはミドルオフィスで両方の領域を理解している。AIと営業、AIと分析といった異なるドメインを跨げる素養のあるメンバーが揃ったのは必然性を感じます。
また、福田さんも開発経験を持ちながら現在は運用を担っている。こうしたバックグラウンドを持つ人たちが浮上してきたところに、経営陣から「AIオールイン」の号令という「錦の御旗」が与えられ、公に大手を振って推進できるようになった。このメンバーだからこそ、最初から自分ごととして捉えられたのだと思います。
──具体的に、AIは現場にどのような付加価値をもたらしていますか。
鈴木:報告書を自治体様に提出する際、内容が専門的すぎると「どう見ればいいのか」と聞かれることがあります。自分の解釈を挟みつつ、AIを使って「専門知識のない人でも分かるようにまとめて」といった具合に指示を出すと、非常に分かりやすく内容を分解して修正案を提案してくれます。
専門知識の有無に関わらず、誰にでも伝わるように情報を整理する上で、AIは強力なサポート役です。自分でファクトチェックができない部分は先輩方に確認しながら、AIを壁打ち相手やコーチとして「お客様に集中できる環境」をつくっています。
田口:営業の日報や価格レビューの質問も劇的に変わったと感じます。ベテラン社員が指摘しそうなポイントをあらかじめAIに学習させ、提出前にセルフチェックできるようにしたんです。これにより、上司と部下の「手戻り」という摩擦が解消されました。
AIを活用して、負荷の大きかった文字起こしや議事録作成などの作業時間を大幅に短縮できるようになったことはもちろん素晴らしいことではありますが、営業目線で見ればそれらは付加価値を生む業務ではありません。本来の仕事は「顧客に向き合う時間」を増やし、お客様への提案の質をあげ、回数を増やしていくこと。今後は、本来やるべき業務を圧迫してしまっている雑務のAI化を更に加速させて、出来ない理由を一つずつ丁寧にシューティングしていく。そして本来の価値創造に十分に時間を使えるようにしていきたいですね。
──運用推進部ではどのような変化がありますか。
福田:実は、AIを推進する活動の一環として、サービス仕様の膨大な知識をAIに集約した「知識箱」をつくりました。
当社のサービス仕様は非常に複雑で、覚えるのが大変です。仕様書や運用資料など数多く存在しており、相互での関連性も重要です。熟読するにはかなりの時間を要しますがAIは直近で必要となる情報をプロンプトとすれば複数の資料を連結し瞬時に答えをくれます。これまで複数の資料を紐付けるには自分が直接集約してまとめる、もしくは細かいプログラミングが必要でしたが、AIはとても柔軟で、多少指示が外れても意図を理解して情報を集めてくれます。これは従来のプログラミングでは到達できなかったスピード感で、言葉一つで完結するようになりました。
今ではドキュメントを引っ張り出さなくても、AIに聞けば速やかに答えを引き出せます。そしてこの知識箱は元々、営業とのコミュニケーションのインターフェースとしてつくったものでしたが、部内のメンバーに共有したところ、社内ナレッジの底上げに役立つと活用が始まっています。
これは非常に大きな変化です。また、メンバーの一人が主導して、部内でAI活用事例を共有し、フィードバックし合おうという動きが出てきました。「やはり事例を知ることは大事だよね」と昨年10月頃から取り組んでいます。
──AI活用に慎重だった部門においても確実に変化が現れ、部門を跨いだ共通ツールの活用も始まっているのですね。
福田:AI活用に慎重であるがゆえに「石橋を叩きすぎる」面はまだあると思いますが、私がつくった「知識箱」が部門を跨いで活用され始め、少しずつ部門間の共通言語ができつつある実感があります。
現在はさらに、「納品物の品質チェック」にAIを使えないか試行錯誤を重ねています。納品チェックにはかなりの工数がかかるため品質重視は当然ですが、これを自律的なAIエージェントによって一気通貫で自動化すべく、現在その仕組みを構築中です。検品にAIを使っている他社の事例もありますので実現に向けて取り組んでいきたいと思っています。
──皆さんがこれほどAIにのめり込む「動力源」を最後に教えてください。
鈴木:一番は自分の市場価値への危機感です。今AIとしっかり向き合わなければ、自分の価値は相対的に下がっていくと思います。AIという補助輪を使いこなし、ハイパフォーマーに追いつくことが、今の私の生き残り戦略です。また、AIへの取り組みを通じて他拠点のメンバーとつながり、人と知識の輪が広がっていっていることも今後の大きな成果、収穫につながると実感しています。
早野:私は単純に「AIが楽しい」という気持ちと、タスクの改善提案をして周囲に喜んでもらえるのが純粋に嬉しいです。その結果、今では「これってAIできるかな?」と社内から相談がくることがあります。お客様の要求水準が上がる中で、みんなで相乗効果を生んで共に成長していきたいと考えています。
福田:効率化で生まれた余裕で、また次の新しいアイデアを考えたい。それがエンジニアとしての純粋な喜びです。
田口:3月からは、活用から取り残されている層向けに、1対1で教える「個別塾」を始めました。グループで実施するワークショップでは拾えない悩みを細やかにキャッチアップし、誰一人取り残さない組織を目指していきます。
伊藤:皆さんのような「現場のヒーロー」の点と点が、今ようやく線になり始めています。まだ部門間の「サイロ(壁)」は存在し、種は撒かれたものの壁を越えられていない課題もあります。それをいい意味で「どう壊していくか」が次のフェーズだと思います。
現場が自発的に「スマートに、賢く、楽しく」AIを使いこなし、自分の時間をどこにかけたいかを主体的に考える。この姿こそが、組織を変える最大の原動力です。
「AIオールイン」というトップの号令。その内実を覗けば、そこには新人の切実な生存戦略や、ベテランの反骨精神がありました。経営が「祭り」を仕掛け、現場がその舞台で「ヒーロー」として躍動する。DHの変革が力強いのは、この両輪が噛み合い始めたからに他なりません。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
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執筆・編集:川越 ゆき 撮影:内田 麻美
撮影場所:WeWork 渋谷スクランブルスクエア 共用エリア/会議室
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