事業・サービス

「受験生は、いわば未熟なプロジェクトマネージャー」 AIの波に背中を押され、念願の教育プロダクトを立ち上げた話

「自分が思う人生を、考えて、選べる。そんな社会にしたいですね」

そう語るのは、「教育×AI」の新サービスのプロダクトオーナー、水谷亮輔(みずたにりょうすけ)。彼は「AIによる受験学習の伴走型コーチング」というコンセプトを考え、企画書の代わりに生成AIで作成したプロトタイプを社内に持ち込み、AIイノベーション事業本部へ異動、新規事業を立ち上げました。

1週間でプロトタイプを作り上げ、社内を説得した“本気”の裏側、そして彼自身の受験生時代の原体験から生まれた「学習の民主化」への熱い想いに迫ります。

大学受験の最大の難問は「プロジェクトマネジメント」!?

──最近、AIイノベーション事業本部に異動して、受験生向けのAIプロダクトを開発していると聞いたのですが、どういうことをやっているのですか?

一言でいうと、受験生の「プロジェクトマネジメント」をAIが伴走してサポートするプロダクトをつくっています。

受験生って「未熟なプロジェクトマネージャー(以下、PM)」だなと思っていたんです。志望校というゴール(目標や納期)があって、現状の学力(リソース)がある。その差分を埋めるために計画を引き、PDCAを回しながら進捗を管理していかなきゃいけない。

でも、プロジェクトマネジメントって社会に出て経験して学ぶことであって、高校生にそれを一人でやれというのは酷ですよね。

──確かに、「計画倒れ」になる受験生は多そうです。水谷さんにもそんな経験が?

はい。私自身、地方(三重県)の出身で周りに大きな予備校もなく、東京大学(以下、東大)進学に向けたノウハウもない中で、一人手探りで勉強していました。

その時一番辛かったのは、勉強自体の難しさというよりも、「このやり方で本当に合格できるのか?」という見えない不安だったんです。結局、現役では合格できず、東京に出てきて予備校に通いました。

未熟なPMには、優秀な「補佐」が必要です。これまではそれが予備校の先生でしたが、コストもかかるし、住んでいる地域に左右されるし、属人化する。お金や情報がモノを言う受験システムに疑問を感じていました。

▲AIイノベーション事業本部プロダクト開発統括部 水谷 亮輔(みずたに りょうすけ)
2022年にDeNAに新卒入社し、『Pococha』事業部でユーザーコミュニティ運営に従事。2025年、「教育×AI」への関心の高まりから、AIイノベーション事業本部に異動し、新規事業の立ち上げに挑戦中。学生時代は教育NPOでの活動や教職課程履修と並行し、司法試験予備試験にも挑戦。

──AIでそれを解決しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?

2024年頃からChatGPTなどの生成AIを仕事で使うようになり、その性能に衝撃を受けました。その後、DeNA会長の南場さんから「AIオールイン」宣言が出されたこともあり、かねてから関心のあった教育領域×AIで何かやってみようと考え始めました。

「これだけ進化したAIを使えば、その生徒だけの優秀なPM補佐をつくれる」と確信して、動き出しました。

AIが「手書き答案」からつまずきを推論。一人ひとりの専属コーチに

──受験生をAIでサポートするプロダクト、もう少し具体的に教えてください。

提供する価値は大きく2つあります。1つは「現在の学力と志望校から逆算した最適な学習計画と教材の提示」、もう1つは「ゴールまでの長い道のりを伴走するコーチング」です。

「今週はこの教材をやりましょう」「このレベルの問題はバッチリですね!」といったように、日々の学習をナビゲートし、励ましてくれます。

──他のAI教材とは、どのような点が違うのでしょうか?

最大の違いは、「手書きの答案」のスクリーンショットをAIが読み取って分析できる点です。難関大学の数学などは選択式ではないため、答えが合っているかどうかより「解答を導き出すまでの過程」が重要です。図形問題や計算の途中式までAIが読み込み、「あなたはここまでは理解できているけど、ここでつまずいていますね」と推論して解説してくれます。

その上で、「次にやるべき問題はこれですよ」とネクストアクション(弱点克服の計画)まで提示する。この「現状把握→計画→実行」というプロジェクトマネジメントの小さなワンサイクルを回し切ることが、志望校合格という大きな山を登り切る力になるんです。 

これはまだ開発段階ですが、使えば使うほどユーザーの性格や学習スタイル(コツコツ型か、集中型かなど)をAIが学習し、その人専用のパートナーへと進化していく想定です。

──まさにAIネイティブな体験ですね。リリースはいつ頃を予定しているのですか?

実は、Webサービス「Sherpa」(仮称、プロジェクト名)として、数学のみを対象科目に、一部機能をすでにオープンβ版で公開しています。まだまだ開発中ですが、いずれスマホアプリとしてリリースし、マーケティングもやっていく予定です。

Sherpaのコアバリューである「思考過程の分析」と「最適な計画の提示」という伴走体験は、これまでは一部の環境に恵まれた生徒が、高額な予備校や家庭教師からしか得られなかったものです。スマホアプリとして安価に提供できれば、多くの高校生にとって、24時間365日、専属の優秀なコーチをポケットに入れて持ち歩けるようになります。

そして実はこの3月、オープンβ版を利用してくださっていた高校3年生のユーザーさんから「東大理一に合格しました!」と、嬉しいお知らせををいただきました。来年度にはさらに多くの方にDelightを届けたいと思っています。

企画書は書かない。「ビジネス職が1週間でプロトタイプ」の突破力

──ところで、新規事業の部署に自ら企画を持ち込んだそうですが、承認はスムーズでしたか?

抽象的な企画書では議論が空中戦になってしまうと思ったので、プロトタイプを作りました。AIイノベーション事業本部長から「企画提案には生成AIなどで開発したプロトタイプを持ってくること。企画書のみはNG」という方針がちょうど出されたので、「だったら、第一号になってやろう」と。

私はエンジニアではないのでコーディングもデザインもできませんが、AIツール(Vercel v0)を使って1週間ほどで形にしました。そして企画提案の前に、知り合いのツテをたどって、現役高校生や高校の先生にそのプロトタイプを触ってもらったんです。

──企画承認の前に、もうユーザー検証まで行ったんですか?

はい。私は以前、ライブコミュニケーションアプリ『Pococha』のユーザーリレーションチームにいたのですが、そこで「事業戦略や作り手の思い込みより、ユーザーがどう感じているかというファクトが一番強い」ということを学んでいたので。

実際に高校生に見せたら反応がすごく良く、同時に「私が苦しんだあの頃から10年経っても、誰もこの課題を解決してくれていないんだな」と痛感して、覚悟が決まりました。

高校生からのフィードバックとともに、企画会議に提案しました。「ほら、ユーザーが欲しがっていますよ!」と。事業本部側も「やってみろ」と背中を押してくれて、異動と立ち上げが決まりました。

──綿密な企画よりも、実際のユーザーの反応の方が説得力がありますね。

現在もこのスタイルを重視しています。最低限の機能でもオープンβ版として一般公開しているのは、本物の受験生に使ってもらいながら、フィードバックをもとに改善を重ねる方が開発のスピードにもクオリティにもつながるからです。

理想の完成形を100%だとしたら、今はまだ1%未満の状態です。できるだけクオリティを高くして世に出したい気持ちと、できるだけ早く出してユーザーの声を聞きたい気持ちのせめぎ合いで、すごく悩みます。

でも、高校生が使うプロダクトを社会人の思い込みでつくるのは無意味なので、実際に受験生に使ってもらうことを優先しています。今は知り合いのツテで高校生に広めてもらったり、塾などにチラシを配らせてもらったりして、地道にユーザーを集めています。

弁護士→教育→DeNA。ある「アニメ映画」が私の人生を変えた

──AIを活用してスマートに開発しつつも、動き方はすごく泥臭いですね。ここまで教育への強い思いがあるなら、教育の道に進む選択肢もあったと思うのですが、なぜDeNAに?

そうですよね(笑) ただ、DeNA入社を決めたときも、「これがやりたい!」という強い意志があったわけではないんです。大学時代も、進路をいろいろ悩んでいました。

少し遡って話をしますね。中学生の頃に見た法廷ドラマの主人公に憧れて、何となく弁護士を目指すようになりました。高校2、3年になって進路指導があるわけですが、正直なところ、やりたいことなんて特にありませんでした。東大を目指すというのは、周囲の大人的にも世間的にも納得感がある選択なので、猛勉強し、浪人を経て法学部に進学しました。

そこからも司法試験に向けて勉強漬けの日々でした。でも、ふとした時に、「これって本当に自分がやりたいことなんだっけ?」と悩むようになって、他の大学への転入なども考えました。

高校生の時にもっと将来についてしっかり考えればよかったと後悔しましたが、そもそも、社会に出たこともない高校生が、将来の目標を明確に決めるのって難しいですよね。でも、将来を考えたことにして、志望大学を決めなきゃいけない。

この「進路選択と意思決定のズレ」みたいな課題感について、教育領域で何かできるんじゃないかと思ったんです。

──そこで教育への思いが芽生えたと。

それで、司法試験の勉強と並行して教職課程を履修し、10代の子どもたちを支援する教育NPO「カタリバ」で活動を始めました。

毎日たくさんの中高生の相談に乗ったり、探究型学習のプロジェクトを行ったりする中で、教育の課題に向き合いたいという思いは強くなっていきました。ただ、教育現場で一人ひとりに向き合うことの大切さとともに、その途方もなさにもどかしさも感じていました。

──弁護士と教育と迷っていたのですね。

そんな私の進路を完全に白紙に戻す決定打になったのは、大学3年の秋に観たアニメ映画でした。司法試験予備試験の論文試験が終わった息抜きに観に行ったんですが、主人公と相棒の“飛べない恐竜”の挑戦と成長の物語に感動して、映画館で5回くらい大泣きしてしまって。悩んでいた自分に、「君ならできる!」と言われたような気がしたんです。

そして、何百万人もの人を感動させ、私の意識や行動まで変えてしまう、そんな仕事があることに衝撃を受けたんです。

弁護士の仕事は、誰かに起きたトラブル(マイナス)をゼロに戻す仕事です。でも私が本当にやりたいのは、この映画の作り手や主人公のように、誰かの心に寄り添い、感情や行動をプラスに変えることだと気づきました。

──そこから就職活動を始めたのですね。DeNAを選んだ決め手は?

DeNAを選んだのは、自分の人生にとって一番、違和感がなかったからです。それまでも紆余曲折があって悩んでいましたし、「これがやりたい!」という具体的なイメージもまだありませんでした。

例えば商社だったら、何年後かに海外赴任して、仕事のスケールが年々大きくなって…という入社後のイメージが綺麗に浮かんでしまった。でもDeNAは事業領域も多様で、起業して出ていく人もいて、数年先の自分が何をしているか、一番想像できなくてワクワクしたんです。

学力という「平等な武器」を配り直し、「学習の民主化」を実現する

──最後に、このプロダクトを通じて最終的に実現したいこと、水谷さんのビジョンを教えてください。

一言で言えば、「学習の民主化」です。 本来、学力というのは、生まれの貧しさや地方在住という環境のハンデを跳ね返し、自分の人生を切り拓くための「平等な武器」だったはずです。

しかし今の受験システムでは、お金や情報を多く持っている人が圧倒的に有利になっています。スタート段階の環境の差が社会に出てからも広がり、一生覆せなくなるのだとしたら、そんな世界に希望は持てません。

だからこそ、教育×AIプロダクトで所得格差、情報格差、地域格差をフラットにしたいんです。圧倒的な低価格で提供し、誰もが「優秀なAIコーチ=PM補佐」を味方につけられる。そうやって全国の中高生に学力という「平等な武器」を配り直すことが、最初のミッションです。

最低限の学力や考える力があって初めて、将来やりたいことやそのための進路を主体的に決めていくことができると思っています。

──学生時代に教育NPOで感じた課題とも繋がりますね。

はい。教育活動を通して一人ひとりの心に向き合う尊さを学んだ一方で、生身の人間が向き合える「人数の限界」にもどかしさも感じていました。しかし今のAI技術なら、「一人ひとりにパーソナライズして寄り添う教育」を、何百万人という規模で届けることができます。AIは単なる便利なツールではなく、人の心と行動を変える「パートナー」になれると信じています。

私が本当に実現したいのは、「誰もが、自分が思う人生を、自分で考えて、選べる社会」をつくることです。 

だから、いま作っている中高生向けの受験支援プロダクトは、そのための第一歩に過ぎません。受験だけでなく、子どもから大人まで学ぶ機会は多くありますし、ゆくゆくは勉強以外の分野にも広げられると思っています。

私自身がかつて、周囲の期待や世間の正解に流されて進路を決め、大学に入ってから「自分が本当にやりたいことって何だろう」と激しく後悔した人間です。自分の軸で人生を考え、自らの意志で決定していく。そういう人が増えれば、この社会はもっと良くなるはずです。

まだまだ最初の一歩目ですが、これからも「教育×AI」の領域でチャレンジしていきます。

※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。

執筆・編集:村田 喜直 撮影:小堀 将生

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