デザインから事業を牽引するために。10年目にしてデザイン組織を新体制へ
2024.09.30


国内最高峰の芸術大学として、圧倒的な技術と感性を磨き続ける東京藝術大学(以下、東京藝大)の学生たち。しかし、その尖った才能を卒業後の長い人生においてどう活かしていくべきなのか不安を抱える学生も少なくありません。
「作家活動をするか、就職するか」という二元論に閉じることなく、才能や技術を社会実装する選択肢を広げたい。これは日本のクリエイティブ・コンテンツ産業の将来を担う人材育成の課題であり、イノベーションやグローバルでの競争力が求められる企業側の課題でもあるという想いから、DeNAと東京藝大の共同プロジェクトが動き出しました。
今回はこの取り組みが立ち上がった背景と、第一弾として藝大生15名が参加したゲームの企画制作ワークショップ「DeNA SUMMER GAME CAMP」の手応えと今後の展望について、プロジェクトを担当した東京藝術大学の岡本教授とDeNAゲームサービス事業部所属で自身も藝大OBである本多に話を聞きました。
目次
——今回の東京藝大とDeNAのプロジェクトは、当時藝大の副学長を務められていた岡本教授とDeNA南場会長の対話から始まったと伺いました。どのような経緯だったのでしょうか?
岡本:きっかけは、経団連が2023年に出した「エンターテインメント・コンテンツ2023」というレポートを私が拝読したことです。レポートで日本のコンテンツ産業を成長させるための柱の一つとして「人材育成」が掲げられていたことに、大学の人間として驚きました。
——産業界が「人材育成」を優先課題としたことに対し、教育機関としてアクションを取られたのですね。
岡本:はい。すぐに問い合わせ、レポートの中心メンバーが南場さんだとお聞きしてご紹介をお願いしました。その後経団連主催のディスカッションの機会をいただき、その場で南場さんに「ぜひ藝大の現場を見に来てほしい」と訴えたところ、すぐに横浜キャンパスに来てくださいました。
——南場が訪問した際は、どのような話をされたのでしょうか。
岡本:藝大の現状を厳しい部分も包み隠さずお伝えしました。国立大学である藝大は予算削減や光熱費の高騰など、非常に厳しい経営状況にあります。南場さんに「これが日本のコンテンツ産業を支える人材を育てる現場です」と、半ば訴えるような気持ちもありました。
クリエイター育成にお金が回るエコシステムなども議論しましたが、何より南場さんが目を向けたのは「日本のクリエイティブ教育のあり方、構造」についてでした。
「日本のクリエイティブは一人の“匠”が0から100までを担う職人芸に頼る部分が大きいが、グローバルでは各分野のスペシャリストでチームを作り、統合的に価値を最大化する仕組みが主流になっている」とご指摘があり、藝大も従来の「一人で完結させる」だけでなく「多様な専門家とつながるコラボレーションの技術」も学ぶ機会があるといいのではないかと意見が一致しました。
——この南場との課題感の共有を受けて、今回のワークショップが立ち上がったんですね。
岡本:1度目のご来校からほどなくして、南場さんとゲームサービス事業本部長の井口さんが自ら企画書を持ってプレゼンに来られました。「今後機会があれば」で終わらずすぐに行動し、これほど具体的で熱意のある提案をくださる企業があるのかと驚きました。
本多:南場の訪問後に井口から議論内容が共有され、藝大との人材育成プロジェクトがすぐに立ち上がりました。日頃デザイナーの採用やマネジメントに関わっており興味があることと、自身も藝大の大学院出身なのでぜひやりたいと手を挙げ、主担当になりました。
——今回実施した「DeNA SUMMER GAME CAMP」について教えてください。具体的にどのようなワークショップだったのでしょうか。
本多:学生がチームに分かれ、5日間でパズルゲームを完成させるというものです。大枠となるゲームの企画と開発環境はあらかじめ社内で用意し、学生は各チームでゲームコンセプトやビジュアルコンセプトを設計したうえで、それに基づいたゲーム性の調整やアセット制作、さらに余力があればBGMやエフェクトのカスタマイズも行い、ターゲットに合わせたゲームに仕上げるというプログラムでした。
美術専攻だけでなく音楽専攻も含めた学部生から院生、卒業後3年以内の卒業生まで多くの方に応募いただき、今回は15名が参加。3名ずつ5チームに分かれて、それぞれのチームに藝大卒のDeNA社員が1名講師として入りワークショップを進めました。
——「ゲーム作り」と聞くと誰もが知っているようなRPGやアクションゲームなどを想像したのですが、シンプルなゲームなんですね。
本多:はい。学生たちには短い時間で作りきるところまで体験してもらうことを最優先したかったのでカジュアルゲームをテーマとして設定し、ターゲットユーザーも学生が自由に設定するのではなく「30代男性、社長」などあえて学生と距離のあるペルソナを用意し、くじ引きで決めました。
制作プロセスはDeNAのゲーム開発手法である「ソフトローンチ戦略」を取り入れました。ビジネス視点でのモノづくりとして、まずは仮説や調査をもとにターゲットが楽しんでプレイしてくれると考えるものをスモールに作り、ユーザーの反応を見ながら改善・拡大していくアプローチです。
スマホゲームなので派手さはあまりなく、普段の自由な制作にはないような制約もあったことから、学生がモチベーションをもって取り組んでくれるか不安でしたが、私自身が社会人になって学んで良かったことや、学生のうちに知りたかったことなどをなるべく体験してもらいたいと思いカリキュラムを考えました。
岡本:芸術というのは、自分から発するものなので、ここまで他者視点を規定されてしまうと学生たちが抵抗を感じるのではないかと私も少しハラハラしていました。アーティストにとって、視点の制約は自由を奪うものと捉えられがちですから。
——藝大生にとっては、普段の創作活動とはかなり勝手が違いそうです。実際の反応はいかがでしたか。
本多:ふたをあけてみると学生はとても生き生きとして積極的に参加してくれました。特にコンセプトを決める際に「〇〇な世界観で、〇〇を届ける」のような穴埋め式のフレームワークを提示したところ議論が爆発し、くじ引きで決まったペルソナのことを想像しながらたくさんのアイデアを出し合っていました。
一方で「納得のいく言語化」や「チームで意見をまとめる」というところは多くの学生が苦戦していました。自分とは違うターゲットの内面を想像したり、チーム内でも一人ひとり異なる考えや感性から生まれたアイデアを一つにまとめるという作業は経験が必要です。
コンセプト決定には想定の何倍もの時間をかけるチームが続出し、自分たちのアイデアやこだわりをターゲットユーザーに届けるには何が必要なのか、苦しんでいました。それこそが個人の感性をチームで共有しあい、社会に受け入れられるものとして実装していく「接続」そのものだと思います。
——そんな中で、メンターとして参加したDeNA社員はどのようなサポートをしたのでしょうか。
本多:各チームに1名ずつ講師が付きましたが、正解を教えるのではなく「ターゲットユーザーに届けたい体験を作れているか」「その表現はコンセプトに沿っているか」などの客観的な問いを投げかけ、気づきを与えるサポート役に徹してもらいました。
学生たちのクリエイティビティを最大限まで引き出し、自分たちの手でゲームを作り上げたという実感を持ってもらいたかったんです。
——藝大側の体制についても伺います。今回、学内の「アートキャリアオフィス」もプロジェクトに関わったとのことですが、どのような組織なのでしょうか?
岡本:アートキャリアオフィスは、アーティストが社会で活躍していくための手助けをする部署です。就職支援はもちろん、確定申告のやり方といった実務的な部分まで含め、学生が社会とどう接点を持って生きていくかを多角的にサポートしています。
本多:今回のプロジェクトでは、ゲームに関心のある学生や、ゲーム業界への就職を考えている卒業生へ確実にリーチするために、卒業生や在校生を含めた全学生への告知や募集後の連絡窓口など学生に対するフロント業務全般を担当していただきました。
——5日間を終えて、学生たちの変化をどう感じましたか?
岡本:最も象徴的だったのは、毎日行われた「プレイ会(テストプレイ)」の様子です。普段の藝大での講評会は先達の先生から評価される、学生にとっては、ある意味「緊張する場」なのですが、プレイ会は他者が自分たちの作品で楽しむ姿を目の当たりにする場。自分の表現がユーザーに届いた瞬間の喜びはもちろん、届かなかったとしてもどうすれば改善できるかの課題を明確にしてブラッシュアップすることは学生にとってモチベーションになったようで、その熱量は大きな変化でした。
本多:3日目には「教室を早く開けてほしい」と学生が直談判にくるほど熱中してくれました。成果物のクオリティも私たちの想像を超えるもので、初めてのゲーム開発でやれないことが多いとネガティブな体験になってしまうと考え、作り切れない想定でかなりの機能をあらかじめ用意しましたがほぼ全チームが使い切り、余力があればと思っていたBGMやエフェクトに至る細部まで作り込まれていました。
岡本:参加した学生からは「粘り強く最後までやる力が伸びた」という声もありました。元々制作に向き合って没頭する資質のある藝大生ですが、それがビジネスでのモノづくりでも発揮されて最後までこだわり抜いてくれたのかもしれません。
本多:実施後のアンケートでは回答者全員が「自身の能力が伸びたと思う」と評価してくれました。具体的には「ターゲットユーザーに即した企画・コンセプトの設計を行う能力」「ユーザー体験やプレイ感を意識したゲーム性・ビジュアルの制作能力」といった、私たちが持ち込んだ「客観性」「論理」に関する回答が多く、プログラムに込めた想いは伝わったのではないかと思います。
——今回のワークショップを終えて、藝大はじめ美大生やクリエイター志望の方に伝えたいことはありますか。
岡本:学生の中には「就職したらもう創作人生は終わりだ」という人もいますが、そうじゃないということです。「就職すると、最初は少し時間がかかるかもしれないけど絶対1人より大きなことができるから面白い」と常々伝えていますが、その意味が少しは伝わったのではないかと思います。
本多:私が一番伝えたいのは、藝大生のポテンシャルがあれば企業の中でも「意外と大体いける」ということです。私も就職活動の前は「舞台美術や彫刻を学んできたのでそれ関係かな」という考えしかなかったのですが、縁あってDeNAに入社し、様々な業務に携わらせていただいています。
藝大生は「正解もやり方もない白紙の状態からなんとか形にする力」を10代のうちから訓練を重ねて身につけています。そこにビジネスの論理や客観性という接続回路が加わることで、社会のどこでも活躍できる。就職は才能を殺すことではなくむしろ大きなスケールで才能を発揮する場なんだと感じてもらえたら嬉しいですね。
岡本:この「白紙から形にする力」は、クリエイティブやコンテンツに限らず今後どの業界でも企業が求める力だと思います。そのポテンシャルと、論理やコラボレーションのトレーニングを受けた人材を活用することでイノベーションを期待できるのではないでしょうか。
——今後、このプロジェクトをどのように広げていきたいとお考えですか。
岡本:これを単発のイベントで終わらせたくはありません。藝大としても今回のような企業との接点を増やし社会とのサステナブルな関係を築いていきたいですし、ゆくゆくは大学の経営課題も解決できるようお金を生み出すところまで取り組めればとても良いと思います。
本多:DeNAとしてもこの取り組みを点で終わらせずに継続し、他の学校や企業とも協働を拡げ業界全体のエコシステムとしていきたいと考えています。文化庁をはじめ官公庁とも連携しながら、日本の「才能」が埋もれることなく活躍し続けられる構造を作ることで、日本のエンタメを「国力」にすることを目指していきたいです。
——私たちも、まずはDeNAという企業が異能・才能を積極的に受け入れ、その個性が新しい価値を生み出す場であり続けられると良いと思います。本日はありがとうございました。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆・編集:大山 達也 撮影:内田 麻美
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