DeNAが挑む「AIネイティブカンパニー」への全社的取り組み。人をエンパワーし、イノベーションを創出する─南場智子
2025.07.29
「自社のAI活用レベルは、今どの地点にあるのだろうか?」──AI導入を進める一方で、その浸透度や効果を測る「ものさし」をどう持ったら良いのか、と感じている方もいるのではないでしょうか。
DeNAが全社を挙げて取り組むAI戦略「AIオールイン」(※1)。その変革を加速させる仕組みとして、8月から本格的に運用スタートしたのが全社のAIスキルを評価する指標「DeNA AI Readiness Score」(以下、DARS)(※2)です。
※1……2025年2月の「DeNA × AI Day || DeNA TechCon 2025」で南場が語った「AIオールイン」の詳細はこちら
※2……プレスリリース「全社のAIスキルを評価する指標『DeNA AI Readiness Score(DARS)』を導入開始」はこちら
単なるスキル評価ではなく、社員や組織のAI活用状況を定量的に把握し、組織と個人の成長を促す“地図”だというDARSは、どのようにして生まれ、AIネイティブ企業への変革にどのような影響をもたらすのか。
本記事では、DARSの立案者であるIT本部AI・データ戦略統括部の部長 加茂 雄亮と、全社の人材育成を担うHR本部ピープルデベロップメント部の部長 澤村 正樹に、その設計思想から未来の展望、そしてAIネイティブ企業への道筋について、深く話を聞きました。
目次
──DARSは、社員や組織のAI活用レベルを客観的に評価・可視化し、会社全体のAI活用レベルを底上げするための指標とのことですが、元は加茂さんの構想から始まったと伺いました。改めてその経緯について教えてください。
加茂 雄亮(以下、加茂):DARSの構想は、私がエンジニアのキャリアについて抱いた強い危機感「このままでは、エンジニアがAIを使った開発手法の変化に取り残されてしまうかも知れない」から始まっています。
当初は、その切迫感を込めて「DeNAエンジニア補完計画」という名称を掲げていました。その名のとおり、最初はエンジニアのためのもので、DeNAのエンジニアを変えなければならないという想いが込められていました。
その提案書をIT本部長の金子 俊一さん(※)や、HR本部長の菅原 啓太さんに見せたのがスタートです。その後、南場さんの「AIオールイン」宣言後に構想が具体化していく中で、菅原さんからの「エンジニアだけでなく、全社的にAIの浸透度をスコアリングした方がいいのではないか」という人事目線でのアドバイスを受け、そこから全社の戦略、そして人事制度としてしっかり考えていくことになりました。
私がまずエンジニアのレベル感を考え、それを基に組織レベルを設計しました。そして、非エンジニアにも活用してもらうのはどうあるべきかを関係各所を巻き込みながら議論を重ね、最終的に人事のみなさんに正式な成果物として形にしてもらいました。
※……DeNA ENGINEERING BLOGで展開中の連載『AIジャーニーの足跡』初回では、DeNAが「AIオールイン」という宣言を掲げた背景、その戦略の全体像、そして「AIジャーニー」と呼ぶ、この旅にかける想いについて金子が話しています。詳しくはこちら。
──いつ頃から構想されていたのでしょうか?
加茂:私の頭の中には、1年ほど前(2024年)からありました。というのも、AI技術が日進月歩で進化し、活用が世間でも広まる中、社内全体がどれだけAIを活用できているかを測る指標がなかったからです。 モニタリングできなければ、次に打つべき施策も、施策の効果も感覚でしか判断できません。個々のレベル付けは定性的であっても、ある程度、統計的かつ定量的に判断できるようにしたいと考えたのがきっかけです。
──人事側でもAIスコアリング構想の必要性は感じていたのでしょうか?
澤村 正樹(以下、澤村):AIの普及は全社戦略として非常に重要です。その戦略に基づいた人事施策を考えるのが私たちの部署、ピープルデベロップメント部の役割であり、いくつかアプローチすべき点を検討していました。
その一つが個人の成長に向けた評価サイクルへの組み込み、もう一つが環境と文化の面を押し上げるための組織状況アンケートです。この二つで状況を可視化し、どう改善していくかを測る必要性を感じていたので、DARSの評価部分と整合性をとって進めました。
加茂:少し話が広がりますが、南場さんとは「AIネイティブ企業とは何か」という議論をよくしました。南場さんは「ユニコーン企業を100社つくる」「社内の生産性を倍増させ、その分をすべて新規事業開発に向ける」(※1)といった目標を掲げています。(※2)
※1……南場が語った「DeNAがAIとどう向き合っていくのか」の詳細はこちら
※2……DeNAが目指す経営戦略やビジョンの全体像については、2025年3月期の統合報告書で詳しく解説しています。
これを実現するには、まず現在地を知らなければ、目標までの道のりがどれだけ遠いかすら分かりません。たとえるなら、“地図”が必要です。今自分たちがどこにいるのかという座標を把握するための手段がDARSです。これは組織のためだけでなく、従業員一人ひとりのためにもなる、「個人と会社の知識の地図」だと位置づけています。
澤村:AIという技術の盛り上がりは、数十年に一度の非常に大きな変革です。これから生まれる会社は、AIを前提に全く異なる戦略をとってくるでしょう。創業から28年になるDeNAも、この変革期に会社として生まれ変わらなければなりません。そのためには、AIの力を会社全体で高めていくことが不可欠です。
──レベル分けの基準は、当初はもっと難易度の高いものだったと伺いました。初期構想からどのように調整されていったのでしょうか。
加茂:そうですね。今でも構想の中には非公開の「EXTRA Level」が存在します。いずれはそこを目指してほしいですが、道のりが遠すぎると現実的ではありませんよね。菅原さんからも、適切な粒度で段階的に見せる必要があるというアドバイスをもらい、「ここまでいけばAIネイティブ企業と言える」というレベル感を意識して設定しました。私が最初に提案したものはかなり壮大なものでしたので、それをより身近で達成しやすいものに調整しました。
──レベル分けの設定で意識したことはありますか?
澤村:開発者は「このツールを使いこなせているか」といった形で具体的に設定できますが、非開発者側はどうしても抽象的になりがちです。抽象的だとレベル毎の差が出にくいため、できるだけ分かりやすく判断できるように意識しました。
──DARSは個人の目標設定に組み込まれる一方で、直接的な人事評価とは結びつかない設計になっている点がユニークだと感じます。その意図についてお聞かせください。
澤村:この問いは、社内外のさまざまなところで聞かれる質問ですが、DeNAの人事評価で最も重要な根幹は「成果を出すこと」です。能力についても成果を出す中で「発揮された能力」を評価します。今回のAIにおいても、まず成果を出すことが大前提で、その中でAIを活用し、より高い目標に挑戦していきましょう、という考え方です。
しかし、AIを使う場合と使わない場合では、目標の高さは確実に変わるはずです。AIでより高い目標を目指せないか、業務を効率化できないか、といったことを目標設定の際に必ず盛り込んでほしい、というメッセージを込めています。
加茂:補足すると、評価には相対評価的な要素もあります。今後、AIを活用した人とそうでない人では、成果の出方に差が出てくるでしょう。目標設定においても、AIによって自分の成長や能力向上の幅が大きく広がります。そこがAIを使っている人と使っていない人の差になってくるはずです。ぜひDARSを、自分の能力を解放するためのツールとして、構えることなく捉えてほしいと思います。
澤村:今後、DARSが当たり前になり、全社員のレベルが十分に向上すれば、将来的にはこのレベル付け自体が不要になる可能性もあります。その時、DARSは底上げという役割を終え、次の変革に向けて、たとえばトップタレントをどう育成していくかといった、より戦略的なアジェンダに変わっていくと思います。
──DARSのレベル分けは本人とマネージャーの裁量に委ねられる部分も大きいと思いますが、運用の考え方はあるのでしょうか?
澤村:参考として「この職種ならこのレベルが妥当」といった基準は提示したいと考えています。ただ、DARSのレベル分け自体も流動的なものだと考えています。AIの進化は速く、1年後には今の基準が低すぎると感じるようになるかもしれません。その場合は、DARSの表現や定義もアップデートしていく必要があります。
まず直近の全社員のDARSレベルは、上半期の評価時に把握できると思います。そのデータから「レベル3や4はどういう人か」という具体的な像を把握し、それを基に、さらにDARSの設計も改善できると考えています。
そのため、最初から厳密に基準を定義するのではなく、各マネージャーが考える「レベル3とはこういう人」というイメージの総量や統計的な平均を測ってみたいのです。まずは、「レベル3はこう、レベル4はこう」というような緩やかな基準に留めておき、実際にデータが集まった後で答え合わせをしながら、より適切な基準に調整していくのが良いと考えています。
大切なのは、レベル分けの正確なエビデンスを詳細に集めることではありません。それよりも「組織全体のAIレベルを、どうすれば引き上げられるか」、つまり現状との差分をどう埋めていくかにこそ注目してほしいのです。
加茂:たとえば、実態と乖離したレベルを申告しても、本質的な意味はありません。本当にそうなら、当社の事業は既に飛躍的に成長しているはずです。DARSの整合性は他の事業の数字を見れば明らかになります。ですから、DARSを可視化することで、今後組織がどうよくなるかに意識を向けてほしいですね。
──目標や成果のレベル上げを目指すうえで、DARSはどんな役割を果たすとお考えですか?
加茂:私はDARSを一種の「カンフル剤」だと考えています。目標設定自体そもそも難しいもので、ときには現状維持の成果目標に甘んじてしまうこともあるでしょう。しかし、AIを使うこと、そしてストレッチ目標を目指す、という全社指針にてらすと現状維持では目標として成立しません。「現状維持ではなく、もう一歩先へ進もう」と考えると、必然的に業務プロセスを刷新せざるを得ません。個々の業務が改善されれば、事業戦略も進化していくはずです。
ストレッチ目標は達成確率50%程度のものを指しますが、AIを使えば25%程度の目標でも達成できる可能性が生まれます。AIは、これまで「あと一歩」届かなかった目標をもう一段引き上げるためのツールです。AIで「こんなこともできるかもしれない」と考えてもらえると嬉しいです。
──これからの時代、キャリアを考える上で、AIとはどう向き合うと良いと思いますか?
澤村:これは大きな変革期なので、一人ひとりが自分で答えを見つける必要があります。自分の今の役割がAIによってどう変わるのか、それぞれが考えていく段階です。
一つアドバイスするなら、テクノロジーに楽観的に向き合うことが重要ではないかと考えています。テクノロジーによって業務は良くなるというスタンスで向き合うことが、これからの時代に適応する鍵ではないでしょうか。
加茂:対象を十分に理解していなければ、未来は予測できません。キャリアも同じです。私は「AIオールイン」宣言の前に、南場さんに「2030年までに世の中はこうなります」という未来予想をお伝えしました。AIへの深い理解がなければ、AIネイティブカンパニーというビジョンは描けません。これは個人のキャリアも同じです。自分の仕事がどう変わるかを想像するには、AIを知る必要があります。DeNAは一人ひとりの裁量が大きく、誰かが手取り足取り教えることはできません。だからこそ、選択権をAIに委ねるのではなく、AIを使って自ら選択する側に回ってほしいのです。
──それでは最後に、DARSが目指す今後の展望についてお聞かせください。
澤村:まずDARSを通じて、DeNAのAI活用レベルを組織全体で向上させることが直近の目標です。しかし、これはDeNAがAIネイティブカンパニーに変革していくための壮大な計画の1ステップに過ぎません。私たちが本当に目指すのは、既存事業のあり方を変革し、イノベーションを次々と生み出す世界観の実現です。DARSの導入をきっかけに組織のAIレベルが上がり、新しい事業の創出や、これまでにない業務効率化といった具体的な成果につなげていきたいと考えています。
加茂:DARSの導入は、全社員がAIを“自分ごと”として捉えるための重要な一歩だと考えています。AIの活用が浸透することで、日々の業務プロセスが進化し、ひいては新たなイノベーションの土壌が育まれると信じています。
AIレベルを上げていく、というと身構えてしまうかもしれませんが、大切なのは「現在のやり方が本当に完璧なのか?」と常に問い続ける姿勢だと思います。少しでも改善の余地があれば、AIがその解決策の一つになり得るかもしれないと活用する。DARSが、そうした一人ひとりの向上心に火をつけ、DeNA全体の成長を加速させるエンジンとなることを期待しています。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
編集:川越 ゆき 撮影:内田 麻美
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