DeNA南場智子が語る「AI時代の会社経営と成長戦略」全文書き起こし
2025.02.14
2025年7月10日に開催された日本最大級のHRラーニングイベント「HR SUCCESS SUMMIT 2025」(株式会社ビズリーチ主催)より、DeNA会長・南場智子の基調講演を全文お届けします。
「AIにオールインする」と宣言したDeNAは、この半年でどのように変革を遂げたのか。
本講演では、全社員へのAIツール導入、AIエキスパートチームによる徹底支援、そして独自のAIスキル評価「DARS(DeNA AI Readiness Score)」導入といった具体的な人材戦略を詳述。さらに、「組織が人を使うのではなく、人が組織を使う」というDeNA独自の哲学に基づいたスピンアウト支援にも言及し、AI時代における企業と個人の新たな関係性、そしてDeNAが追求し続ける「Delight」の未来を語りました。
目次
皆さん、こんにちは。本日はDeNAがAIネイティブカンパニーに変革していくための取り組みをお話させていただきます。
DeNAが「AIにオールインする」と公表したのは今年の2月。それから半年近くが経ちました。実はその前から、粛々とさまざまな準備を進めてきました。今回は、実際に今、DeNAがどのような状況にあるのかを皆さんに共有したいと思います。
まず、DeNAがAIにオールインするために実践している3つの戦略をご紹介します。
1つ目は「AIによる全社生産性向上」です。これが最も重要であり、これによってさまざまな余力を生み出します。そして2つ目が「AIによる既存事業の競争力強化」、3つ目が「AI新規事業の創出・グロース」です。
AIネイティブなカンパニーへと変革しなければ、生産性や生み出すプロダクトに大きな変化は生まれず、競合に大きく差をつけられてしまうでしょう。本日は、人材や組織に関わる皆様がお集まりですので、主に1つ目と2つ目の戦略についてお話しします。
本題に入る前に、まずDeNAがどのような会社か、正確にご存じない方も多いと思いますので、簡単に事業の説明をしたいと思います。
DeNAはゲーム、ライブコミュニティといったエンタメからヘルスケア・メディカル、スポーツ、そしてスポーツを中心としたまちづくり、オートモーティブ、新領域まで、多岐にわたる事業を展開しています。
これだけ事業領域が広いと、資本市場からはコングロマリット・ディスカウントを受けて大変な面もありますが、我々はメンバーが心から「やりたい」と思ったことで、世の中に大きなDelight(喜び)を届けることを目指す会社なので、事業はこれからもどんどん増えていきます。
とにかく幅広い。デジタルITサービスもあれば、物理的なリアルな世界の事業もあるということ。エンタメもあれば、社会課題解決型の事業もあります。そして、組織内のITリテラシーやAIリテラシーには非常に大きな差があります。そのような企業が、全体としてどうやってAIでアップデートしていくのか、というお話をさせていただきたいと思います。
まず、AIネイティブカンパニーに変わっていくためには、2つの大きなタスクがあると考えています。一つは、社員一人ひとりがAIを活用するスキルを格段に向上させ、その能力を最大限に引き出すこと。エンパワーメントです。そしてもう一つは、AIを前提に業務フロー自体を大幅につくり変えていくことです。
本日は「人」というお題をいただいていますので、まずは一人ひとりのエンパワーメントの話から入りたいと思います。
各人のスキルアップ、エンパワーメントにおいて、我々が重要視していることは、まず起点となるエンジニアを完全武装させることです。当然のことながら、GitHub CopilotやCursorといった開発支援ツール、最近ではDevinのようなエージェント系のツールも使いこなすことが求められます。
率直に申し上げて、腕利きでプライドのあるエンジニアほど、多少の抵抗を示すことがあります。ツールを自分にフィットさせる努力をするよりも、自分でコードを書いた方が早いと考えてしまいがちです。しかし、DeNAではこれを「マンダトリー」、つまり義務として、全員に取り組んでもらっています。
次に、ボトムアップ型の取り組みとして、全社員に最低限のツールを提供するということです。
DeNAの場合はGemini Advancedを全社員に導入しました。これは有料なので多少費用はかかりますが、最低限の環境を整えるということです。そして、最低限の武器を与えたら、次に重要なのは「押し付けないこと」。そして、+αの武器を使う自由度を確保することです。DeNAの社風かもしれませんが、次から次へと新しいAIエージェントやツールが登場する中で、「あれを使いたい」「これを使いたい」という声が多く聞かれます。そこで我々は、最新ツールを全社員が使いたいと手を挙げたその瞬間に「試用」を許可するプロセスを構築しました。
「利用」と「試用」は分けて考え、会社の基幹システムに組み込むといった本格的な「利用」には、セキュリティ部隊が迅速に評価を行いますが、まず「試して使う」ことはすぐにできます。最新ツールを全社員が「即座に」「安全に」試せるプロセスは、非常に大きな効果をもたらしています。
もう一つ重要なのが、互いに教え合う環境を構築することです。これは一見当たり前のようですが、実はどの企業においても、若手、特に新卒社員が鍵を握っています。今の学生は息を吸うようにAIツールを使っていますから、たとえ自社がITの最先端をいっていなくても、新卒社員を採用すれば大丈夫です。彼らはさまざまな知識を持っています。
DeNAの場合、各部門でTips共有会が行われています。「最近こんなツールをこう使っているんだってドヤりたい人いる?」と声をかけると、多くの若手が手を挙げドヤってくれます。そして「そのツールはなかなかいいね、みんなで使ってみよう」といった話につながっていきます。ドヤる若手、大切です。
さらに、社内にはバリバリのAIエキスパートチームがいます。彼らは会社の中核に位置し、全社の生産性向上、既存事業の競争力強化、新規事業の創出・グロースのすべてをサポートしています。
例えば、既存事業のある部門に出張し、合宿を行うことがあります。『Pococha』部門での事例を紹介しますと、まずAIで何を実現したいかというテーマを7つ定めました。「こんなことができたらいいな」「こんな機能を追加したいね」といった具体的な目標です。そして、7つのチームをつくり、各チームに『Pococha』の企画メンバー2名とAIエキスパートチームのメンバー2名が入ります。4人で1つのユニットを組み、まず全員で特定のツール、この時はDevinだったと思いますが、その使いこなし方を学ぶワークショップを行った後、各班が1つのテーマを請け負い、どうすれば実現できるかを企画部門とAIエキスパートで相談しながら実際につくっていきました。
この合宿の成果は、7つの重要な機能が実現できたことだけではありません。この合宿後、『Pococha』チームのキーパーソン14人は、完全にAIエージェントツールを使いこなせるようになりました。このような合宿を経験した部門は、もはや企画書ではなくプロトタイプで物事を進めるようになります。
「新しい企画の提案は、企画書じゃなくてプロトを見せて」「業務をこんな風に効率化したいって?プロトをつくってみてよ」といったコミュニケーションが生まれます。紙の企画書では互いのイメージにズレが生じやすいのですが、プロトタイプがあると全く異なり、即座にイメージが共有でき、「使ってみた」時の違和感なども検証できます。このように、この合宿を経験した部門は、どんどんエンパワーされていきました。
もう一つの事例として、横浜DeNAベイスターズを中心とするスポーツ・スマートシティ事業本部での取り組みをご紹介します。ここでは、異なるアプローチを試みました。
スポーツ・スマートシティ事業本部の拠点である横浜や川崎のメンバーに対し、AIで実現したいアイデアを募集しました。ここでポイントだったのは、「AIで実現したいことを教えてください」と言いながら、「AIで可能かどうか分からなくても構いません」と付け加え、参加のハードルを下げて呼びかけたことです。
その結果、106件ものアイデアが集まりました。そこから、実現の難易度、実現までの時間、学習用データの有無といった基準で63件に絞り込み、以下のカテゴリーに分類しました。
この最後のカテゴリーから優先順位を高くして実装を進めることとし、この絞り込みのプロセスは、AIエキスパートと現場が共同で行いました。
AIを組織に浸透させるには、AIが「役に立つ」という実績を上げ、その効果を実感してもらうことが非常に重要です。
AIエキスパートチームは、この実績づくりに加え、ナレッジデータベースの構築も担っています。日々膨大な数の新しいAIツールやファウンデーションモデルが登場する中で、チームはこれらをほぼリアルタイムで評価し、その知見をデータベースに集約しています。
例えば、開発支援ツールは昨年の後半だけでも主要なものがこれだけあります(上図)。コンテンツ制作AIサービスやHR系、その他マーケティングツール等も同様です。最近では、開発されたアプリやウェブサービスのコードを読み込み、それに基づいてマーケティングプランを作成・実行するツールまで登場しています。
AIエキスパートチームは、こうしたツールが事業に本当に役に立つのかどうかを、事業インパクト、品質、セキュリティ、法務、データガバナンス、使い勝手、コスト、サポート体制といった、多角的な視点で評価し、その結果を社内で公開しています。
さらに、DeNA発のベンチャーキャピタル(VC)であるデライト・ベンチャーズの投資先にも、この評価データベースを公開する取り組みを進めています。事業会社ならではの解像度で評価していますので、きっと参考にしていただけると思います。このように、AIエキスパートチームは各事業部への出張支援やプロジェクト実現のサポートに加え、ナレッジデータベースの構築も担っています。
全社的なAI活用能力の向上には、「スキルの可視化」と「評価への反映」が不可欠です。DeNAではそのための独自AIスキル評価指標として、「DARS(DeNA AI Readiness Score)」(以下、「DARS」)を導入しています。
「DARS」は、AIツールの習熟度をレベル1から5の5段階で定義しています。レベル1は「基本的な利用ができ、指示されればAIツールを使える」段階、レベル5は「AIを駆使し、個人のパフォーマンスはもとより、組織全体の生産性や成果を飛躍的に向上させられる」段階と定めています。
「DARS」評価において重要なのは、単に「AIツールを知っている」ことではありません。AIツールを実際に「使い倒す」ことで、自身の業務パフォーマンス、ひいては組織全体の成果にどれだけ貢献できたか。その実績がランクアップに繋がります。
ここまでは主に個人のスキルアップや組織全体のエンパワーメントについてお話ししてきましたが、次に「業務フローの組み換え」についてご説明します。
業務フローを変革する上で重要なのは、まず小さな領域で「緒戦の勝利(=確かな成功体験)」を積み重ねることです。
例えばDeNAでは、『Pococha』の配信審査の一部にAIを導入し、人による審査工数を60%削減することに成功しました。これは非常に分かりやすい成果と言えるでしょう。また、法務部門が行う外部サービスの利用規約レビュー業務においても、まずAIにレビューをさせ、AIが判断に迷った場合にのみ人が対応するプロセスを導入した結果、人によるレビュー工数を70%削減できました。
このように、まずは限定された領域で具体的な成果を出すことで、「これはクールだね、使えるね」と社員全員が実感することが大切です。そうした手応えを基に、部門全体の業務フローを大きく変革していくのが、一見遠回りのようでいて、実は最も確実で重要なステップだと考えています。
さて、ここからは生産性向上だけでなく、会社全体の質的な底上げに貢献した事例をいくつかご紹介します。
一つは、DeNAで導入している目標立案支援ツールです。このツールは約6割の社員に愛用されているのですが、ここにAIを組み込んだことで、チャット形式で目標立案をサポートできるようになりました。良い目標とは具体性があり、達成度が測れるものであることはご存じの通りです。しかし、これまで漠然とした目標を立てるメンバーもおり、マネージャーとのミーティングで差し戻しになることが頻繁にありました。このAIツールを導入後は、差し戻しが大幅に減少し、より本質的な議論が可能になっています。
またDeNAは個人の成長のためにも「ストレッチアサイン」、すなわち十分に難易度の高い挑戦的な役割を任せることを重視しています。しかし、中には挑戦的とは言えない目標を設定するメンバーもいます。その際もマネージャーとの差し戻しが発生していますが、このAIツールには、目標が十分に「ストレッチしているか」を確認する機能が備わっています。これにより、マネージャーとのミーティングは差し戻しなしで、一層中身の濃いものになります。
もう一つ、これはDeNAが自社開発したものではないものの、導入して非常に良いと感じているのが「AI社長」(※)というサービスです。
※……「AI社長」はDeNAの元社員が独立起業して立ち上げたスタートアップが提供するサービス。
これは社長の考えをAIに徹底的に学習させ、社員が気軽に質問できるようにするツールです。社長は現場のマネジメントや情報収集で忙しく、常に飛び回っています。そんな社長に、例えばSlackで気軽に質問するのは、社員としては気が引けることもあるでしょう。しかし、AI相手ならそうした遠慮は不要です。
社長自身も、「大事なことは何回でも繰り返し言ってほしい」とよく言われますが、全社員と等しく、かつ最も重要な瞬間に接点を持つことは容易ではありません。そこで、「困ったときには、まず『AI社長』に聞いてみてほしい。自分の考えがインストールされているから」と促しています。
このサービスは今、全国的に急速に普及していますが、DeNAでも事業本部長や子会社の社長が活用しています。導入した子会社の社長からは、「自分の考えをAIにインストールする過程で、普段いかに自分の考えが整理されていなかったかに気づかされた。このつくるプロセス自体が非常に有益だった」という声が聞かれました。また、「経営方針に一貫性が出てきた」という副次的な効果もあったそうです。現場の社員からも、いつでも社長の考え方を確認できるため便利だという声が寄せられています。これは業務の質を向上させるとても良いツールですね。
ここまで、ごく一部の事例ではありますが、DeNAがAIによって社員をどのようにエンパワーしているかをお話ししました。ここからは視点を広げ、「人と組織とAI」について考えてみたいと思います。
そもそも、組織とは、自分一人の力ではできないことを、皆で力を合わせて成し遂げるために形成されるものです。ところが、AIの登場によって、一人でできることの範囲がどんどん拡大しています。そうなると、「もうAIでいいじゃないか」と、組織に属さない人も出てくるかもしれません。人の自由を奪うことはできませんし、そういう生き方を選ぶのも良いでしょう。
では、組織としてはどうでしょうか。私は、組織にとっても、AIでさらにエンパワーされた人々と一緒になって、これまでにないような偉大なことを成し遂げるチャンスの時代だと捉えています。そして、組織にしかできないことはあるのでしょうか。AIは作業も得意ですし、目標を設定することも意外とできます。「このプロジェクトを成功させたい」と言えば、そのためには何をすべきか、というステップをAIが提示してくれ、その一つ一つが目標になり得ます。ですから、「AIは目標設定ができない」「指示ができない」というのは、AIエージェントの時代にはもはや通用しないかもしれません。
しかし、AIは契約主体にはなれません。約束をして責任を取る、という主体にはなれないのです。一方で、組織はそれができます。組織は契約主体となって責任を持ち、その責任を果たさなかったり、社会的に無責任なことをしたりすれば罰せられる、という秩序もあります。もちろん、人も契約主体になれますし、責任を負い、罰せられることもある、という秩序の中で生きています。
では、組織にしかできないことは何か。それは「永続性」だと私は思います。人の命、人格は長くても百年です。しかし、法人格は終わりを想定していない、つまり永続を前提としています。ここが一つ、大きなポイントではないでしょうか。
法人格と人格にはもう一つ大きな差があります。人も法人も、何かを所有したり売買したりすることはできますが、人は所有されたり売買されることはありえません。しかし、法人は所有されることができ、売買の対象にもなります。この「所有され、売買されることもできる」という点が、法人格という便利な存在の「永続性」という前提をさらに強化していると思います。
それがあるからこそ、「このプロダクトやサービスは、あの人が亡くなったら終わりますよ」ということではなく、永続するという暗黙の前提に立った信頼やブランドを、法人は構築することができるのです。
では、人にしかできないことは何か。色々とありますが、最終的には、人を鼓舞したり、感動を与えたりすることは、やはり人が一番ではないかと思います。『プロジェクトX』のようなドラマを見ていても、企業を特集しているようで、実際にはその中にいる「人」に焦点を当てることで感動を呼んでいます。私たちは人間である以上、人間の営みに感動するようにプログラムされているのだと思います。
このように、人と組織とAIには、それぞれ本質的な強みや役割があります。しかし、それ以外の部分は、技術の進歩とともにガラガラと音を立てて変わっていくのです。この変化は非常に速く、5年後はなんとなく予測できても、10年後にAIがどこまで進化しているかを正確に見通せる人はなかなかいません。それによって、組織と人の関係が実際にどう変わっていくのか、私もまだ考察中であり、今すぐ答えを出すことはできません。
しかしながら、この波は未知の部分を含んでいるものの、大変に大きく、皆さんの人生や会社や社会のあり方に大きな影響を与えます。どうせ影響を受けるならば、受け身になるのではなく、関与していこうではありませんか。未知のものの発展に翻弄されてしまうくらいなら、未来をつくる側に入っていきましょう。そのためには、やはりAIをみんなで使いこなし、「今、何が生まれていて、どこまでできるようになっていて、そして人とAIの関係はどうなっていくのか」ということを、本やYouTube、ポッドキャストで学ぶだけでなく、実際に「やってみる」ことで実感し、一緒に進んでいきましょう。ぜひ、このことをお伝えしたいです。
その際、重要なのは、現場の社員がさまざまなツールを使いこなす一方で、経営トップの皆様にも、AIの可能性や未来に対するワクワク感、「これは便利だ」という感覚をぜひ実感し、興奮していただきたいということです。そうしたトップがいる会社の方が、変革は速く進むでしょう。
本日お集まりのトップマネジメントの皆様にも、ぜひ実際にAIを試していただきたいと思います。効率化だけでなく、仕事の質が格段に向上するはずです。私自身、その効果を強く実感しています。先日も別の会で話しましたが、自身の健康寿命があと十数年かと暗い気持ちになっていたのが、AIというツールを手にした今、「これから10倍仕事ができる、百数十年分の仕事をしてやるぞ」と意気込んでいます。
この夏はプロトタイプを自ら開発する「バイブコーディング」に挑戦したいと思っています。新しいアイデアが次々と浮かぶものの、それを口にするだけでは各部門から「プロトがないと検討できません」と言われることが増えてきました。
やはり自分でもプロダクトを生み出したい。私と同じ思いを抱いている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで、私が実際に使っている便利なツールをご紹介したり、開発にも一緒に挑戦する『社長限定ブートキャンプ』の実施を検討中です。社長の方、あるいは「自社の社長に参加させたい」とお考えの方は、ぜひお声がけください。
さらに、社外向けには、弊社のAIエキスパートチームが企業に出張し、部門のキーパーソンを変革する合宿プログラムの展開を検討しています。その他、企業幹部向けのブートキャンプや、DeNAのAIへの取り組みの全てをお話しする「DeNA AI大解剖セミナー」の開催も予定しています。本日は時間の都合上、全てをお伝えできませんでしたが、このセミナーでは私たちのAIへの取り組みを余すところなくお伝えし、皆様の事業に役立つヒントを得ていただけると考えています。
ご興味をお持ちいただけた方は、こちらのQRコード(上図)から詳細情報をご確認ください。ご関心のある項目をお知らせいただければ、後日改めてご案内いたします。
さて、少し話を変えまして、DeNAの新規事業創出の取り組みについてお話ししたいと思います。最初に「AIにオールインするために実践している3つの戦略」として、1)全社生産性向上、2)既存事業の競争力強化、3)新規事業の創出・グロースを挙げました。この3)の新規事業創出において、DeNAがどのように組織を動かしているか、特に社内人材の独立起業、いわゆるスピンアウトを支援するという「遠心力」の活用についてお話しします。
なぜこのようなことをするのか。その根底には、DeNAの人材に対する基本的な考え方があります。それは、「組織が人を使う」のではなく、むしろ「人が組織を使う」べきだというものです。組織は、そこで働く人が輝くためのステージであると考えています。そしてもう一つ、社員の「囲い込み」も、顧客の「囲い込み」も良くないと考えています。この「囲い込まない」という姿勢は、DeNAが特徴的に持つ価値観です。
よく「失われた30年」と言われますが、うまくいっている国と日本の差はどこにあるのでしょうか。私は、経済成長している国々では、ある世代でスタートアップが次々と生まれ、新しい企業群が形成され、その次の世代でもまた新たな企業が生まれ、さらにその次の世代でも生まれていく、という循環があるからではないかと考えています。
新しい世代の主役たちがどんどん生まれ、前の世代を凌駕していくことで、経済は成長していきます。長く続いている大企業もありますが、そうした会社は新しい世代の会社を買収することで成長を続けています。例えばGoogleも、YouTubeやAndroidを買収しなければ、今の姿はなかったかもしれません。基本的には、スタートアップが生まれることで経済全体がアップデートされていくことが重要です。
一方、日本の場合はどうでしょうか。ある世代で企業が生まれましたが、その後はDXやGXといった形で、既存の枠組みの中での「改善」に留まってしまっている、というのが私のイメージです。日本に必要なのは、改善ではなく、しがらみのない「改革」、イノベーションではないでしょうか。
そうした考えから、スタートアップが日本経済を牽引する一つの鍵になると考え、その促進に何ができるかを検討し始めました。DeNAには、事業リーダーとしてマネジメントキャリアを歩む人、そしてスペシャリストとして専門性を極める人のキャリアパスがあります。世界トップクラスのスペシャリストであれば、社長よりも高い報酬を得ることも可能ですし、マネジメントとスペシャリストのキャリアを相互に行き来する社員もいます。
こうしたキャリアパスは多くの企業にも存在すると思いますが、DeNAでは3番目のキャリアパスとして「独立起業・スピンアウト」を正式に設けています。これまでも個人的に親しい社員が独立することはありましたが、会社として公式に支援することはありませんでした。そこで、この独立起業を公式に支援するために、デライト・ベンチャーズというファンドを立ち上げました。
私たちは、起業家精神が旺盛な人材を多く採用しています。入社時に将来のキャリアビジョンを尋ねると、「ぜひ起業したい」と答える人が非常に多い会社です。DeNAで数年間大活躍し、実力をつけた社員には、プロジェクトの合間に少し時間ができたタイミングを見計らって、私から直接Slackメッセージを送ることがあります。例えば「ハロー元気ですか?南場ですが雑談しませんか?明日の18時とか空いてる?ボットじゃないよ」といった具合です。これは2020年から続けている実際のやりとりで、その後Zoomなどで話をします。
もう一つのリクルーティング手法は、社内アンケートの実施です。デライト・ベンチャーズには、常に数多くの事業アイデアが集まっています。そのアイデアの種を探すため、「解決したい課題はないですか?」といったアンケートを社内外で実施しており、DeNA社内でも積極的に行っています。
例えば、ゲーム事業部にいた豊田さんは、ご自身のマンション管理組合の理事長経験で痛感した「マンションの修繕がひどく、フェアな見積もりがなかなか出てこない」という課題を非常に熱く語ってくれました。そこで、「その課題解決、自分でやってみない?」と声をかけたら、「やります」と。彼はDeNAを卒業し、デライト・ベンチャーズが15%ほど出資。残りの85%は彼自身が持って起業しました。今では他のベンチャーキャピタルからも出資を受け、独立したスタートアップとして奮闘しています。
同様に、IT部門にいた名和さんは、「SaaSツールの登録管理がめちゃくちゃ大変で、何とかしたい」という課題を解決したいという熱い思いを語ってくれました。そこで「自分で起業しない?」と声をかけたら、「やります」と。彼女もDeNAを卒業し、今やそのサービスは急成長中です。
このように、アンケートや私からの声かけをきっかけに、社員がDeNAを飛び出していきます。私は会社をザクロに例え、「中にある宝石のような粒々(人材)を閉じ込めるのではなく、外に開放しよう」と話しています。その方が表面積が大きくなり、事業機会も増えます。「こぼれていく人がいてもいいじゃないか」というのが私の考え方です。
「ザクロをひっくり返せ」とずっと言い続けていたら、最近の若者は「ザクロはジュースでしか見たことがない」と言うので、夜空に例えることにしました。DeNAからスピンアウトして外で頑張っている人たちは、同じ志を持つ素晴らしい仲間です。個人的に親しくするだけでなく、できる限り、少しでも出資をさせていただき、応援し合える環境にしようという考え方です。
そして、よく考えてみれば、DeNAのOB/OGだけでなく、世の中には同じように素晴らしい志を持つ起業家がたくさんいます。そうしたDeNA出身者以外の人たちにも同じように出資し、サポートし、つながりをつくっていく。そして、AIネイティブ化なども含めて、全力で支援していく関係を築く。この構想を「完成形だね」と話したところ、社内のスタッフから「南場さんの汚れた心が出ていますよ。DeNAより大きい会社に成長してほしくないということですね」と言われ、慌てて完成図をつくり直しました。
DeNAももちろん挑戦を続けます。そして、皆で切磋琢磨していこうと。目指すはDeNAではなく、Beyond Google、そのくらいの気概で取り組んでいきましょう。
私たちは「Delight」という言葉を大切にしています。DeNAはDelightを提供するために活動している会社です。Delightとは、辞書では「喜び」とありますが、私の捉え方は、思わず顔がパッと明るくなるような、「ここまでやってくれるの、DeNA!」という、ちょっとした驚きを伴う喜びです。これを提供することを、会社として最も重視しています。
一つの星より、星座の方がDelightは大きい。そして、星座よりも、ギャラクシー(銀河系)の方が世の中に提供できるDelightは大きい。基本的に、会社同士が助け合い、良い志で世の中を前に進めていきたいと考えています。
実際に、素晴らしい起業家が次々と生まれています。そうしたメンバーたちをこれからも応援し、どんどん増やしていきたいと考えています。
本日は、AIの波についてお話ししました。この波には3つの特徴があります。「影響が全方位であること」「変化が非常に速いこと」、そして「一定の閾値を超えたその先の未来が未知であること」。この大きな波を、皆で力を合わせてつかまえましょう。
皆さんの既存の事業はきっと大きく変わるでしょうし、皆さんの人生も、これまで以上にさらに彩り豊かになると思います。ご清聴ありがとうございました。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
編集:川越 ゆき 撮影:小堀 将生
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