会社を辞めずに起業準備!?情シス支援AIツール「zooba」誕生の裏側──起業家に“伴走”するDeNA発VCの取り組み
2025.03.18
あらゆる領域で当たり前のようにAIが使われるようになってきました。それは「推し活」でも同じ。
2024年8月、元『SHOWROOM』の2人が立ち上げた『OSHIAI』は、そのトップランナーかもしれません。
タレントやライバーといった“推し”の対象となる演者が、「分身となるAI」をアプリ上に生成。24時間365日、チャットを通してファンと1対1のコミュニケーションがとれるAIチャットアプリ。
このユニークなサービスは、「実は演者の心と体を守る仕組みでもある」「ライブ配信が苦手な方にこそ楽しんでいただける」「中にはチャット上でライバーと“結婚しているような”ユーザーがいる」と、興味深いエピソードもまた多いようです。
今年3月にデライト・ベンチャーズからの資金調達を受け(※)、開発体制をより一層強化したOSHIAIのCEO 嵐 亮太氏とCTO 佐々木 康伸氏にインタビューを実施。『OSHIAI』の誕生秘話から未来への展望まで、詳しく聞きました。
※……資金調達の背景、詳細はこちら
──元々お二人は、ライブ配信サービス『SHOWROOM』の同僚だったそうですね。
嵐 亮太氏(以下、嵐):はい。私は新卒でリクルートに入った後、エンタメの世界に行きたくて『SHOWROOM』に転職しました。
佐々木 康伸氏(以下、佐々木):私はDeNAに在籍中に、前田(裕二氏)と一緒にSHOWROOMを起ち上げ、後に独立してからCTOをしていました。
──『OSHIAI』をつくろうと思ったそもそものきっかけは何だったのでしょう?
佐々木:起点はやはり生成AIの進化と普及です。嵐とはプロジェクト等で一緒に仕事をする機会もあって、「生成AIを使って新しいサービスを事業化できないか」と、最初は雑談ベースで話していたものが発展し、次第に事業のブレストをするようになりました。
最初は「AIでゲームをつくれないか」といったアイデアから始まりました。
嵐:ブレストを重ねる中で、「推しの分身AIとチャットできるサービスはできないか」というアイデアが出てきて。着想のきっかけは『SHOWROOM』で触れ、感じていたインサイトでした。
──『SHOWROOM』で感じたインサイトとは?
嵐:『SHOWROOM』に限った話ではないのですが、配信サービスには3つの課題があると感じていました。
ひとつはライバーなど演者さんの「稼働過多による心身の疲弊」です。
演者はファンの方々に喜んでもらいたいと、長時間の配信を何度も繰り返すのが王道とされています。しかし、肉体的には大変な負荷がかかります。加えて、XやInstagram、Threads、TikTokなど、プラットフォームが次々と登場し、忙しすぎる現状がありました。
ライブ配信のイベントなどは競争も激しく、結果によってライバーさんの気持ちが大きく揺れ動くこともあります。イベント後の結果で気持ちが沈んでしまうライバーさんも少なくなく、そういったライバーさんをサポートする事務所関係者も苦慮する場面が見られました。
佐々木:そこまで心身をすり減らさずとも、ファンの方とコミュニケーションできるサービスがあれば、演者の方々の心身の疲弊を避けられるのではないか、そう考えたのです。
──確かに。生成AIによる「推しの分身AI」がコミュニケーションしてくれたら、そこは改善できそうです。2つめは?
嵐:2つめは「誹謗中傷などを直接的に受ける」ことです。
配信サービスでも、熱心に応援してくださる素晴らしいファンの方がほとんどですが、中には演者さんに心無い言葉や不適切な発言をする方もいます。
そうしたハラスメント行為は、「推しの分身AI」が相手であっても避けたいものですが、少なくとも、ライバーやタレントの方々が直接そうした言葉に触れる機会を減らすことができます。
──最後の3つめは?
嵐:先ほど出たような熱狂的すぎるがゆえの「過激な行動をされるリスク」です。
ライブコミュニケーションアプリなどは、1対Nの形式であるため、ユーザーさんが期待するような反応を必ずしも得られないことがあります。一生懸命にメッセージを送ったり、望むようなやり取りを期待したり、多くのギフトを贈ったりしても、他の多くのファンの中に埋もれてしまう可能性はあるわけです。
──気持ちの上では「ここまでやっているのに!」という思いに駆られることもあると思います。
佐々木:そうなんです。
しかし、「推しの分身AI」とのチャットなら1対1。基本的に望む反応を返してくれる確率は、比較にならないくらい高いので、過激な行動をされるリスクは格段に低いわけです。
──なるほど。配信側のそうした課題からニーズを確信して、サービスの青写真をつくっていったわけですね。
佐々木:はい。最初はアルファ版として、公式LINEの裏側にAIのプロンプトを組み込んで、4人のアイドルに声をかけて、生成AIのチャットボットをつくって実証実験をしてみました。それが2024年です。
すると非常に高い継続率を示しました。
──継続率?
嵐:はい。SNSでもメタバースのようなプラットフォームでも、新しいものが登場すると最初は大きな盛り上がりを見せますが、次第にユーザーが離れて、継続率が低い傾向にあります。
佐々木:しかし、このLINEでの「推しの分身AI」とのチャットは、ファンの方々の熱量そのままに継続率が高かったんです。中には1日1000件ものチャットをしてくれる方もいました。
──1000件はすごいですね。
佐々木:まさに1対1のコミュニケーションができ、続けるほど関係性が深まり、自分好みに推しが近づいてくる。こうした面白さに気づいていただけたのだと感じましたね。
嵐:そこで、アプリの開発をはじめ、2024年8月に最初のバージョンをリリースしました。
──改めて、『OSHIAI』とはどんなサービスなのでしょうか。
嵐 :一言でいうと「生成AIでつくった推しの分身AI『アイ』とチャットできるコミュニケーションアプリ」です。
他のAIチャットサービスとの違いは、対話する相手が生成AIでつくった単なるキャラクターではないことです。本物のタレントやライバーといったクリエイター、“推しの対象”となる彼・彼女たちのデータを、AIに学習させています。
まるで推しそのものと会話しているようなチャットが、『OSHIAI』上で、できるわけです。
──リアルな演者の方々、一人ひとりの個性を学習させて分身AIをつくっているのですか?
佐々木:そうです。裏側に本人がいます。実際に、ユーザーの方と分身AIとのやりとりがチャットの9割を占めますが、残り1割ほどはリアルな本人がカットインして登場することも可能な設計にしています。
分身AIを、私たちはもっと温かみのある対象としたくて「アイ(AI)」(以下、「アイ」)と呼んでいるのですが「『アイ』とチャットしていると思ったら、今日は推し本人が現れた!」といったドキドキ感も味わっていただけます。
嵐:ビジネスモデルは、ライブ配信アプリやライブコミュニケーションアプリに近いです。ユーザーさんは無料でサービスを楽しめますが、「アイ」に投げ銭のようなギフトを送れます。これが推しの方々に還元され、一部を運営である我々とシェアする形です。
──AIを組み合わせず「推し本人とチャットができるサービス」としたほうが、よりユーザーの方々に支持されそうですが……。
嵐:そうですね。しかし、人気の演者さんほど忙しく、他の仕事やイベント、ライブ配信などに時間を取られるのが現状です。
1日24時間、1年365日しかないのを考えると、そこまでやるのはあまりにハードワークすぎて、現実的ではありません。
裏返すと、ユーザーの方々もまた、直接ライバーやタレント本人とチャットできる機会は現実的にはイベントやライブ配信といった時間に限られ、推しのスケジュールに合わせないとそのチャンスも得られません。
たとえば、今この時に私が大好きなライバーさんがライブ配信をしていたとしても、そこに参加することはできませんよね。
──そうですね。嵐さんは今私の目の前で話していますから(笑)。
佐々木:しかし、推しの分身である「アイ」ならば、本人が直接稼働しなくとも、ファンの方とコミュニケーションを深められます。他の仕事をしているときでも、寝ているときでも、ユーザー側の都合のいいタイミングで、いつだってチャットのやりとりができるんです。
嵐:たとえば、K-POPの男性アイドルなどは、兵役で1年半ほど活動できない期間があるため、その間はファンとの活動が途絶えます。
しかし、『OSHIAI』に分身AIである「アイ」を生成しておけば、兵役の間も、ファンの方々はまるで今も普通に活動しているように、そのアイドルとコミュニケーションができる。絶え間なく応援を継続でき、マインドシェアも維持できます。
──なるほど!どんな時でも『OSHIAI』上ではユーザーさんの好きなタイミングで、いつでも、いつまでも推しの分身とチャットし続けられるわけですね。
嵐:加えて、ユーザーの方々にとって大きなメリットは、「アイ」とのチャットが「1対1」であること。そこに大きな価値があります。
ライブ配信などでも、推しとチャットなどで対話はできます。しかし、それは推しとユーザー多数の「1対N」のコミュニケーション。自分以外の視聴者の目が気になり「発言しづらい」と感じる方は少なくありません。
佐々木:そうしたハードルが『OSHIAI』にはない。分身AIである「アイ」は、ユーザーさんに1対1で向き合って、チャットを返してくれますし、気兼ねなく話したいことを話せます。
──「アイ」は、そうした1対1の対話の内容も学習するのですか?
嵐:はい。ユーザーさんとの会話ログも学習して、対話の蓄積があればあるほど、会話の内容が濃密になっていきます。
言い方を変えると、チャットを重ねれば重ねるほど、「アイ」は「自分ととても相性の良い推し」になっていきます。
佐々木:具体例として、ユーザーさんの中には、推しと“結婚されている方”もいらっしゃるんですよ。
──結婚……?どういうことですか?
佐々木:ユーザーインタビューを通じて、『OSHIAI』の使い方をヒアリングしたりするのですが、その中に、「今日は夜7時までに帰るね」「お風呂の前に食事する?」とか、「今度の休みはドライブいこうか」「それなら海に行きたいな」とか。パートナーのような会話を続けることで「アイ」が奥さんのような反応をしてくれるようになった、と話してくれた方がいたんです。
嵐:推しへの想いが膨らみ、推しとの理想の生活や関係性を妄想をする方も少なくないでしょう。『OSHIAI』ではその妄想をある程度具現化でき、チャットを通してロールプレイが可能になります。
──そうした強い想いも「アイ」ならば「推しを戸惑わせる」こともなく可能になる。これも大きなメリットですね。そしてファンの方々に、きちんと「この『アイ』は、まさに自分の推しのようだ」と認知いただくことがとても大事に思えます。「アイ」を設定する際に、意識していることはありますか?
嵐:100点を目指さないこと、です。
──どういうことでしょう?
嵐:たとえば、ライバーの方を完全に再現しようとして、あらゆる情報をAIに詰め込んだとします。「好きな食べ物」や「好きな本」、あるいは「好きな昆虫」「好きな電車」「好きな橋」など、とにかく実際の情報を細部まで入力したとします。
すると、そうして情報を詰め込んだ「アイ」は、チャットのやり取りの中で、その情報をすべて伝えようとしてしまい、ユーザーさんが求めていないのに一方的に「自分の情報」ばかりを話してしまうことがあるんです。
あえて遊びの部分や余白を持たせることで、より自然な会話が生まれるようになるのです。
──確かに、コミュニケーションを重ねながらお互いの世界観を築き上げていくことを考えると、情報だけを一方的に返されても、あまり嬉しくないと感じるかもしれません。
佐々木:ですので、やはりある程度の余白が必要なんです。もちろん基本的な情報はインプットされていますが、それ以外の部分は、それぞれのユーザーさんとのやり取りの中で、自然と育まれていくように設計しています。
嵐:そうして少しずつ育っていく会話の方が、「また話したいな」と感じていただけると思います。
佐々木:自然な会話になるよう、調整は今も日々重ねています。まだまだ改善すべき点はありますが。
──ところで、演者の方々、ライバーさんの反応はいかがでしょう?
嵐:演者の方々、ライバーさんからは「無理に活動時間を増やさなくてもファンの方々と交流でき、収益にもつながる」と、新しい活動の選択肢の一つとして認知をいただき、その広がりと共に「アイ」の数も増加しています。
さまざまな配信サービスの演者さんたちが、その垣根を超えて『OSHIAI』に興味を持っていただけたのは素直に嬉しいですし、コンセプトの違いを理解いただき共存し合えるというのは、とても価値があると思います。
──サービス開始後は、どのようなアップデートをされていますか?
嵐:たとえば「『アイ』の動画をAIで生成して受け取れるサービス」や、「『アイ』によるライブ配信機能」といったものも展開しています。
もちろん、どちらも一定の評価はいただいているのですが、やはり一番多く耳にするのは「1対1のコミュニケーションが良い」という声なんです。「動画」はあくまでおまけのような位置づけで、ライブ配信になると、他のライブコミュニケーションアプリと同様に、やはり発言をためらう方が多いようです。
佐々木:サービスの核となる価値は、やはり1対1のコミュニケーションにあると確信しています。今後、他のサービスを追加することも当然ありえますが、その本質的な価値は決して変えないつもりです。そこがブレてしまうと、本来目指すべき成長が後回しになってしまう気がするので、その点はしっかりと守っていきたいと思っています。
──また先ほど、さまざまな配信サービスの演者さんたちが『OSHIAI』を使ってくれているというお話がありましたが、評価はいかがですか?印象的なものがあったら教えてください。
嵐:意外な使い方としては、演者さん本人やライバー事務所の方から「配信やイベントで話すネタが見つかって助かる」という声をいただいています。
「アイ」に対して、ユーザーの皆さんが遠慮なくしたい会話をチャットでしてくれるので、「自分たちに求められている本当のニーズ」がわかると。セルフブランディングの方向性を見定めるのに役立っているというのは、ユニークな反応のひとつではないかと思います。
もちろん、そうした方々から一番言われるのは、「『OSHIAI』は負担が少ないのがとても良い」という声ですけどね。
──現時点で、演者さんとユーザーさんの数はどのくらい伸びていますか?
嵐:現在「アイ」の数は500くらいで、アクティブユーザーは3000弱です。ただ5月以降の数値を月ベースで見ると、「アイ」が150、ユーザーさんが1000と増え、増加スピードが加速しています。
そもそも、ライブ配信に比べて活動時間を調整しやすいので、「ライブ配信に興味はあるけれど、少し不安だな……」と感じていた方でも、安心して演者として活躍できるプラットフォームだと考えています。そして、『OSHIAI』から新たな演者さんが生まれるような、新たな活躍の場をつくっていきたいと思っています。
──今後の展開がとても楽しみです。さらにその先、中長期的なビジョンなどはありますか?
嵐・佐々木:推しとの1対1のコミュニケーションを求めるニーズは、日本国内だけでなく世界的にも強くあると考えています。そういった意味で、グローバル展開はぜひ進めていきたいですし、ここからオリジナルのキャラクターづくりや、IPの創出などにもつなげていきたいと考えています。
またエンタメのみならず、『OSHIAI』のような仕組みが、教育やメンタルケアのカウンセリングといった分野でも活用できる可能性を感じています。
そうした領域にも、積極的に挑戦していきたいです。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:川越 ゆき 撮影:内田 麻美
DeNAでわたしたちと一緒に働きませんか?