横浜DeNAベイスターズ、型破りな観戦体験で満員御礼!25年シーズンは「チームの勝利」に貢献するマーケ戦略!?
2025.02.21
「プロ野球は“勝つこと”がすべて」
──勝負の世界であるプロ野球に対して、そう感じている人は多いのではないだろうか。そのため、即戦力となるスター選手の獲得が大きく報じられ、戦力を高めることが最優先にも見える。しかしながら、横浜DeNAベイスターズ(以下、ベイスターズ)は勝つことと同時に“組織文化”に着目し、組織を進化させてきたという。
しかもその取り組みの中核にあるのは、ビジネス現場でよく聞く「多様性」や「心理的安全性」というキーワード。
従来の“上下関係が厳しい”世界のイメージとは真逆の手法で、同球団は2011年の取得直後こそ「万年最下位」の烙印を押されていたが、それから10年余りで複数回のAクラス入りを果たし、そして昨年はついに26年ぶりの日本シリーズ優勝へ辿り着いた。
驚くべきは、それが短期的な施策ではなく、長期的に組織そのものの進化を重視している点だ。今回は、チーム統括本部長として球団の変革をリードする萩原龍大氏への取材をもとに、この“勝負の世界×組織開発”の取り組みに迫る。
目次
──今日はベイスターズが日本一を達成した今時点から過去を振り返っていただいて、萩原さんが取り組まれてきたことをお伺いしていきたいと思いま……
うーん、ちょっと違いますね。私たちはまだ日本一を達成した感覚は持っていないんです。確かに日本シリーズは優勝しましたが、リーグ優勝はしていない。スタートラインに立った感覚です。
──なるほど……そうなんですね。
さらに言えば、私たちの究極的な目標は「世界一の球団になり、世界一であり続ける」ことです。そのためには、球団が組織として進化していかなければならない。そのプロセスにおいて、「多様性」や「心理的安全性」を重視した取り組みを行っているんです。
──ビジネスの世界では定着した感のある「多様性」や「心理的安全性」といった概念ですが、プロ野球という「結果がすべて」の世界とは、正直あまり結びつかない印象があります。どうしてそのようなアプローチをとっているんでしょうか?
確かに「勝負の世界で心理的安全性?」と意外に思われるかもしれません。
そもそも、チームを強くするためにはいくつかやり方はあると思います。その王道は「選手編成を変える」こと。 例えばプロスポーツの世界では、お金をつぎ込む親会社であれば、もうとんでもない額の選手年俸を出して短期的に強くして、そこから考えるというパターンもあるでしょう。
でも2012年頃の私たちは、単体の独立採算で球団が存続することがゴールとして求められていたので、お金をかけて選手編成を変えることはまず無理でした。
そこで考えたことは、「1回だけ勝てばいいのか?それとも、継続的に強くしたいのか?」ということ。どういうゴールを描いているかで取り組み方って変わるはずだと考えたんです。それに対しては経営陣の意思として「短期的なやり方を取り組みたいチームではない」という方向で一致していました。そうなると、組織とか文化を変えていかないといけないなと。
──その時点で組織や文化に向き合う覚悟が固まっていたわけですね。
そうですね。ずっと負けが続いてきたチームは、「弱くあるべき選択肢」をずっと取り続けているからそうなっているわけで、強くなる方向の意思決定を一つひとつし続けるように変える必要がある。
そのときに遠回りかもしれないけど、文化とかそこにいる人の意識を変えることが結局は早道なんじゃないかと思ったんです。それも人の入れ替えで実現するのではなくて、中長期的に今いる人たちの思考とか文化を変えていくことが強くなる道なんじゃないかなと思ってまず取り組み始めたのが、球団でのチームビルディングです。
──でもプロ野球の世界って、上下関係が厳しくて監督やコーチの指示は絶対。「チームで」とはならないイメージを持つ人が多いと思います。
それは正直、僕もDeNAから球団に出向してきて最初に感じたことでした。チームだけでなく、何なら球団のオフィスやIT環境も古くて、まるで昭和の職員室にいるみたいだなと(笑)。「この環境を変えていきたい」と痛感したんです。
──2011年12月にDeNAがベイスターズを取得したとき、萩原さんは最初はコーポレート部門の整備担当として球団に入ったんですよね。その当時の様子をもう少し詳しく聞かせてください。
例を挙げるなら、当時はこんな状況でした。
・ 球団事務所の入口にセキュリティがなく、誰でも出入りできる
・事務所内でタバコが吸える環境が残っている
・ 全社のメールサーバーの容量が約500MBで、100名程度で共有するも困っていない
それまで、最先端と言われるようなネットビジネスの世界で生きていたのでギャップがありすぎて、受け入れきれなかったんです。だから何とかしなきゃと使命感みたいなものを勝手に感じてしまって。
また、時間との戦いでもありました。2011年12月2日にベイスターズを取得しましたが、翌年の3月の後半にはシーズンが開幕してしまう。でもユニフォームもなければ、予算も立てられていない。とにかく時間がない中で、いろんなものを力技で進めたのがとても記憶に残っています。寝る時間もなかったので、会社の近くにワンルームマンションを借りて寝泊まりしていましたね。
全社員と30分ずつ面談もするんですけど、100人前後を1週間程度でやるといったハードな時間の使い方をしながら、こちらの人手も足りない中で次々と意思決定をしていかなきゃいけない。すごく大変だったことを記憶しています。もう1回やれと言われても正直キツいです。
──取り組む中で、萩原さんの中で考え方が変わった部分もありますか?
DeNAの子会社という位置づけになったので、まず人事制度を持ってくるなどひたすら仕組みを移植する、つまりDeNA色に染めていくということがやるべきことだと疑いなく思ってやっていました。
ただその認識がネックになったといいますか、当時は破竹の勢いで業績を伸ばし成長していた会社から出向してきたので、あらゆる組織文化の中でDeNAがイケてると思い込んでいたんですね。でも、DeNA流が「正しい」と思い込んでしまったのは間違いだったなと思っています。「違い」として認めることなく、「良い悪い」で解釈してしまったのは、すごく反省すべき点でした。
──会社としての体裁が整ったのちに、いよいよチームとしての取り組みが始まっていくんですね。具体的にどんなアプローチをされたんですか?
まず取り組んだのはオフシーズンでのチーム全体で5、6人ずつに分かれてのグループワークです。広い会場に机を並べて、「この球団の現状はどう思いますか?」とか「優勝するためにどんな取り組みが必要だと思いますか?」といったテーマで対話することを取っ掛かりとしてやりました。
──最初はいかがでしたか?
驚いたのは、優勝できるとほとんど誰も口にできないことです。
優勝しようとか、優勝できるとか……優勝という言葉自体を発することがほぼできなかったのがすごく印象的でした。ベイスターズとしては1998年の優勝が最後だったんですね。なので、 優勝を体験している人も少ないんです。それではということで、優勝経験者を外部から呼んでも、結局「優勝できないだろう」と潜在的に思っている雰囲気に飲まれちゃう。個人の問題というよりも、全体として重くのしかかってる空気感が優勝を遠ざけている。そういう感覚になったのを覚えています。
──だとすると、取り組みに対する違和感の声も相当あったのでは?
そうですね。「意味がない」とか「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだ」とか。そりゃそうだよなと。 私に置き換えてみれば、年末年始の数少ないオフの間に何日も仕事を入れられるような感覚だと思うので、わからないでもないです。
でも、「オフシーズンは本当に休みなんでしょうか?」っていう問いをしていかなければいけなかったんですよね。 我々は優勝するために集まっているので、そこから逆算していつから準備をどう開始していくのか?
今までのベイスターズはシーズン終わって順位が決まった瞬間から1月31日ぐらいまでオフなんですよ。秋季キャンプとかいろいろやってたんですけど、結局オフはオフという状態。誰も翌年の優勝をイメージして、そこから自分の取り組みやチームの取り組みを分解して自分の業務まで落とせていない、そういう環境なんだと強く感じましたね。
──そんな中でもうまくいったことはありましたか?
いや……初期の取り組みはほとんど何もうまくいかなかったかな……
黙殺というか、日々の行動に変化を加えようと提案しても具体的な行動に反映されないので、私はいないのと一緒だったと感じます。
──では、どう対応されたんですか?
何とか受け入れられないかなと、バッティング練習中にチームウェアを着て外野で球拾いをやってみたりもしました。高校までではありますが野球の経験があったので。とはいえ外野はほぼやったことないんですけど(笑)。結果的に効果があったかどうかわからないです。でもこちらが指示するばかりではなく、一度向こうに飛び込んだらどうなるかと、やれることは全部やってみたっていう感じです。
最初に言った失敗は、文化の違いを「良い悪い」で判断したことで起きたと思うんです。「違い」を自分で体験してみることが必要だったんでしょうけど、足らなかったんですよ。 外野での球拾いも多少意味はあったかもしれないけど、もっと視点を交換するべきだった。お互いにコミュニケーションの質と量を担保しなかったことが良くなかった。
──なかなか難しい状況ですね。そこから次の段階に移るにはどのような変化があったんですか?
それからも5、6年はチームビルディングをやり続けました。マネジメント層やスタッフに分けて合同でやってみたり、2019年ぐらいには選手向けにもやりだして、一通りチームビルディングをやり切りました。もう、やってない場所がないというぐらい。
だけど、なんか突き抜けないんですよ。 チームの本質的な問題が解決できない。
毎年毎年、人と人がぶつかってうまくコミュニケーションが成り立たなくなる問題が起きる。そこで断絶している分だけ周りがすごく困るんです。そして、特定の人に気を使うことで組織がうまくいかなくなる。そういう状況がずっと変わらなくて。
そのうちにコロナ禍になりました。「今だからできることプロジェクト」と銘打って、コーチやスタッフにロジカルシンキングの研修を受けてもらったり、世界の野球を学ぶ講義を受講してもらったりと、いろいろやりました。この球団はどこに向かっていくのかを示した「ビジョンマップ」をつくってみたり、チームのミッション・ビジョン・バリューもつくりました。それでもうまくいかない。
そんな時に川尻さん(川尻 隆:Body Craft代表。ベイスターズの組織改革アドバイザー)という方に出会いました。2019年頃からチームのトレーナー陣に対してオフに研修をしていただいていた方でした。アメリカのサンディエゴにお住まいなのでなかなか会う機会がなかったんですが、コロナ禍になってオンラインが当たり前になり、たまたま話す機会があったんです。そこで「マネジメントがうまくいかない問題」を相談してみたところ、
「結局、あなたたちが人への理解が無いマネジメントをしているからじゃないですか?」
と言われたんです。
──指摘された瞬間の萩原さんのお気持ちは?
めちゃくちゃカチンと来まして(笑)。私は人事を専門としてやってきましたし、その頃はベイスターズがAクラス入りするぐらいの成績にはなってきていたので、ある程度の自負もあったんですけど、根底から否定されたような気持ちになりました。当時の私はすごく自己顕示欲の強い人間だったので、いや俺の方がわかっているはずだと、そういう気持ちを表明していた気がします。
──それでも、やってみたんですね。
どうにかチームを良くしたいと藁にもすがる思いだったので、当時2軍の監督だった三浦大輔さん(現1軍監督)や私を含めてマネジメントチーム6人ぐらいで川尻さんのお話を聞いたんです。そこで伝えられたのは「自己進化型組織」という概念でした。
──自己進化型組織とは、興味深いです。どのようなものですか?
組織の成長のためにはチームビルディングだけやってもダメなんですね。人の本質を理解し、個が成長することとチームビルディングが掛け合わさって初めて組織は自走するようになる。
さらに自己進化型組織の考え方は、組織が進化するメカニズムを「多様性 × 選択圧」で説明しています。この仕組みを持っているのが自己進化型組織で、この2つの要素をどうやってデザインするかが肝になってきます。
──キーワードの1つ目、「多様性」が出てきました。
よく例えられるのは「氷河期」です。氷河期という環境的な圧がかかる時代にもし生物種に多様性がなかったら、絶滅の可能性が高まってしまいます。その時々でどんな環境変化が起こるかはわからないので、生物種が生き残るために環境に適応して進化するには、中身がどうであれそもそも多様であることそのものが重要です。
自己進化型組織で多様性と言われてるものの定義は何かというと、「視点の数」なんですね。ジェンダーだとか、年齢、国籍といった表に見える違いが本質なのではなくて、考え方や価値観といったその人自身が持っている視点。これが組織の中に多ければ多いほど、より進化に必要な考え方と価値観が集まるという考え方です。
会社という1つの組織が生き残っていくには、 偏った少ない視点ではなく多様な視点があって、それを取り入れられる状態にしておかないと、環境に適応できず絶滅してしまう。そういったことのないように、なるべく多様な視点を持った方がいいよ、という形で理解しています。
──もう1つの「選択圧」は聞きなれない言葉ですが、どういう意味でしょうか?
先程の「氷河期」の話で言えば、その変化に適応した種しか生存できないような環境的な圧のことを指しています。
組織で言えば、何を成し遂げたいのか、どうやって成し遂げるのか、何を大切にするのかといった大きな進化の方向性と、そのために各自に果たしてもらう責任のことと理解しています。多様な価値観、視点が大事だと言いましたが、大前提としてその組織が進みたい方向や成し遂げたいゴールに同意できなかったり、そのための責任を果たせない場合はその組織には適応しなくなりますよね。そういった組織の進化の方向性に各自を向かわせる圧と思って頂けるとよいかと思います。
──これは一般的にはあまり馴染みのない概念ですね。
そうですよね。この2つをそれぞれ高めていくことで、進化が進むと考えているのが自己進化組織の理想です。この2つを4つの象限で表したのが次の図です。
右下のフェーズ1は「多様性が低くて選択圧が高い状態」。世の中で言われる「多様性が無い」状態とは多様な価値観を認めない状態のことなんですね。「正しいのはこの価値観だけ」と 1つの方向に進み、もし共感できないなら外れてくださいと。それ以外に選択肢がないっていう状態が、いわゆる「トップダウン組織」と呼ばれるものです。このフェーズの問題点は、組織が自ら進化していかないんですね。
その後、左下のフェーズ2では選択圧、つまりトップダウンを一旦低い状態にします。でも多様性も低いまま。価値観は多様じゃないけれども、とりあえず圧は低い状態です。そして次が左上のフェーズ3です。選択圧が低い中で、多様性がすごく高まった状態。
そして最後のフェーズ4を自己進化型組織の理想形としていて、多様性も高いし選択圧も高い状態です。多様な価値観が担保された中で、一定の方向へ進化させる力を高めたフェーズ4の段階が理想です。
──多様性を高めるフェーズ2から3への移行で大事にするべきことは何でしょうか?
1つには心理的安全性だと思います。本当の意味で進化を促すようなマインドセットや環境にしていくんだったら、心理的安全性を高めることがすごく大事なポイント。
例えば、組織における重要なコミュニケーション手段として、いま多くの会社で1on1が実施されていると思います。これにはまずメンバーのマネージャーに対する心理的安全性をすごく高めた状態でなければ、基本的には機能しないと思っています。
心を開けない上司と何を話してもあんまり意味ないじゃないですか。本心を隠した言葉でやってても結局うまくいかない。まず選択圧を下げて、大丈夫、ここにいていいよ、どんな意見を言ってもいいんだよっていう状態をつくらないと、作業の進捗確認程度にしかならない時間になってしまいます。心理的安全性がない中での1on1は本心を出せない、形だけのものになってしまっていたなと、すごい反省を元にたどり着いています。
──フェーズ1から4に一気に進めたりはしないのでしょうか?
自己進化型組織に進化するためには、この1、2、3、4というフェーズを順番に経ていかないといけません。フェーズ1から一気に4というのは絶対に進めないと思っています。トップダウンのプレッシャーが強い中で、個人が自由に意見を言える環境をつくれるかというと、なかなか想像できないですよね。一旦は選択圧、つまり組織としての変化へのプレッシャーを低い状態にして、そして多様性を高めて、最後にもう1回選択圧をかけるというのが自己進化型組織への進化を進める順序です。
我々も最初はフェーズ1の状態でした、特に野球界は、トップダウンの強い状態が当たり前なので、ここを低くしてまず多様性を高めてということを力を入れてやっている状態です。今のベイスターズは全体としてはフェーズ3の状態で、ここから4に行けたらいいかなと私なりには感じています。
──2024年の日本シリーズ優勝は良い影響を与えているのでしょうか?
このフェーズ4への移行において、その体験が大きな影響を与えてくれていると感じています。日本シリーズを突破するところまでたどり着いたからこそ、想像していなかったことや、想像できていると思っていたけどわかっていなかったことが多かった。
11月の頭まで試合があって、シーズンというものは最後までいくとどうなるかをやっと全員が体感したわけです。 だから、2024年秋のチーム全体を包む空気は、それまでとは全く違いました。
リーグ優勝という取り逃がしたものを全員で取りに行かなきゃいけないと、初めて全員の意思が一つになった。しかも日本シリーズを勝ち抜いた経験をしたので彼らは今、11月の頭にはこうだ、10月にはこう、9月にこうってシーズンマネジメントを必死でやってくれてるんです。 去年までいくら言っても、感覚がつかめないからできなかったものが、1回体験したらみんなが逆算できるようになったのは、当たり前でもあり不思議だなと思います。
──自己進化型組織の考え方に忠実に、一歩一歩歩みを進められている印象ですが、最初からできたのでしょうか?
最初は全然理解できなかったです。「へぇー、そうなんだ」ぐらい(笑)。
当時の自分は結局のところ「ツール」として学んでいるだけでした。でも、こういう取り組みの肝って、自分にどう向き合うかだと思うんです。
自分がどうありたいか、そして人生の中で組織とどう関わっていくか、この組織をどうしたいか、そういう己と向き合うことが一番最初のステップなのに、何か組織の教科書みたいなものを読んで、これを使うとこうなるんでしょって上辺だけでやってるのが最初の半年だったんです。
でも川尻さんからは、「あなたはこのチームをどうしたいんですか?リーダーとしてどうなりたいんですか?あなたはどうありたいんですか?」っていうのをずっと問われ続けるんです。 結構きついですよ。
──川尻さんが求める答えではなかったということなのか、それとも自分の考えがうまくまとめられなかったのか、どういう状況だったんですか?
そうですね……自分と対話していないから、自分の中にあるものをうまく表現できない感じでしょうか。これが俺の考えですって言ってるのと、本当にやりたいことがつながってないわけですよ。顕在と潜在が。潜在的に自分がどうしたいのかを問われてるのに、顕在で返してしまう。何か違うって彼から言われてました。
自己進化型組織にしたいと言っているのに、「あなたは進化し続けたいと思ってるんですか。 進化し続けるんですか。進化し続けて、どこにゴールを持ってるんですか。そもそも大切にしたい価値観は何ですか」って問われたときに、答えられないんですよ。今なら答えられますよ。でも当時はそこに向き合うことをしていなかった。何か考えてるふりをして、考えてるっぽい答えを出してたんです。
それは本当じゃないですよねって言われ続けたときに、答えが出てこない。もう今のままの自分ではこの球団のこのチームのトップを張ることは適切でないと自分で認識したところから、自分の変化が始まったように感じています。
──誰でも自分の潜在意識と向き合うのは難しいことだと思います。
私は若い頃から、次の朝起きなきゃいいのにって思って毎晩寝てたんです。 10代の後半ぐらいからいわゆるセルフネグレクト(自分自身による自分の世話の放棄や放任のこと)をしていました。暴飲暴食も大好きだし、体に悪いことも大好きだし、今考えると、いかに人生を早く終えるかの生活をずっとしていた。だから、人との関係も長く続くわけがないと思ってるところがあって、潜在意識でそういう生き方をしてきたんだなと気がついたんです。そんな人間が組織の長になったときに、幸せな環境を作れない。だからそれをやめることから始めたんです。
ちょうどその頃、ベイスターズが創業10周年だから我々の目標をつくろうという話が出たときに、「世界一」という言葉が出てきたんですよ。 世界の最先端を行く、次の野球をリードするような強くて、進んでいるチームをつくりたいという思いをマネジメントメンバー全員で共有できたんです。
この「世界一」が出てきたタイミングと自分がセルフネグレクトをやめるタイミングが揃った。進化し続けなきゃ世界なんか行けるわけがないし、目の前に置かれてる自己進化型組織をうちのチームで体現しようと腑に落ちたんです。球団が求めていて、俺も進化したいと。
──「組織を変えたければ、まず自分と向き合え」ということだったんですね。
先ほど言った通り、1回だけ勝てばいいというチームであればこんな苦しいことは必要ないです。でも我々が目指しているのは、継続的に進化し続ける強いチームです。そうなったときに、進化に必要なものが多様性と選択圧でした。
多様性がなぜ必要かというと、良質な意思決定には視点の数が必要だから。性別だとか年齢だとかそういうことではなくて、価値観やその人が持っている視点が組織内に多ければ多いほど、進化に必要な考え方と価値観が寄り多く集まるっていうだけのことです。
生き残る、進化するための意思決定や取り組みをすることができるようになるから多様性が必要なんです。多様性それ自体が目的ではなく、進化するために必要な視点をどれだけ確保できるかが重要。そして、多様性と言っても自分の好き勝手にやれるわけじゃなくて、組織が向かっているゴールに向けた意見が欲しいので、ちゃんと方向性づけするという圧も必要なんです。
──そのために心理的安全性も必要になってくる?
チームに必要とされていて自分が思ってる意見をいくらでも述べていいんだっていう状態を作ることで、まず個人が自由に考えを述べられるようになる。そしてその人数が多ければ多いほど、意思決定者は多様な視点を得ることができて、意思決定の精度を上げることができるんです。
余談ですが、自己進化型組織の理解を深めるためにヨーロッパに出張した時があったのですが、成功例に学ぶだけでなく、失敗例も見ようということでアウシュビッツ強制収容所にも行ってきました。先の4象限でいうとフェーズ1の、選択圧が強くて、多様性がない組織ですね。文化としてそういう組織にならないよう、新しい視点を学んだりしました。
──たまに「成長のためには多様性だとか、心理的安全性なんて言ってられない」という声を見聞きします。例えばトップダウンで会社を回している社長が、うちの会社では不要だって思ってるうちはいらない?
いらないです、いらないです。
トップが意思決定して回さなきゃいけない、余裕がないという組織も絶対あるでしょう。トップがそれで生き残れると思っているのであれば、悪くないと思います。これも目的の違いであって、良し悪しで判断するものではない。
──お話を聞いて改めて思うのは、何のためにという目的の重要性です。
トップダウンのデメリットは、トップの能力以上に質の高い意思決定ができない点です。トップが全てになってしまって多様な視点がない上に、それを超えるような意思決定を取り入れられない。トップがパーフェクトヒューマンならいいですけど、その人はいつかいなくなる。その時に組織が崩壊したら継続性がない。
継続的に良い組織をつくりたいんだったら、進化しなきゃいけないし、進化するための視点は多い方がいいし、次を担える育成もちゃんとしなきゃいけないよねっていう、普通のことを普通に言ってるだけだとは思っています。
──ベイスターズは世界を目指すための進化を目的にしているから、多様性や心理的安全性にも取り組んでいるんだと。
そうです。我々が目指したいゴールには、それが今一番適切だと思ってるからやってるんです。
──ありがとうございます。最後に組織変革で悩んでいる、特に若手ビジネスパーソンに対して萩原さんからメッセージをお願いします。
残酷かもしれないですけど、結局は所属する組織のトップがどうありたいかがすごく影響力が大きいので、自分に合った組織を選ぶというのも一つの正解ではないでしょうか。
往々にして自分の好きな業種とか自分のやりたい仕事で、かつ、その組織形態まで全部にパーフェクトを求めるじゃないですか。でもそんな理想的な組織はないので、どこかで優先順位を付けないといけないと思います。
理想とする組織が見当たらないんだったら自分で作るか、優先順位つけて選ぶしかない。不満ばっかり言っていても何も変わらない。自分の人生は自分のものだって思うところから始めないと、自分の人生取り戻せないっていうのはずっと言っていることです。
──まるで10年前の萩原さんのようですが、組織を変える前にまず自分と向き合うということですね。
そうです。 まず自分の人生のゴールとか、人生の価値観とかを明らかにしないと、何をすべきかが見えてこないので、まずはそこをちゃんと決めた方がいい。途中で変わってもいいから、まずは決めてみることと思います。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆・編集:大槻 幸夫 撮影:内田 麻美
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