2022年10月、DeNAに医療ICTベンチャーのアルムがグループインしました。
アルムはICTの力で医療の格差・ミスマッチをなくし、全ての人に公平な医療福祉の実現を目指し、世界を舞台に奔走しています。
展開するサービスの中でも、医療従事者向けのコミュニケーションアプリ『Join』は、すでに国内約500の病院などの医療施設が採用。グローバルでは累計30ヶ国以上・1150を超える施設が導入し、日々活用されています。
今回、アルムCTOのルイス・ロヨラ(Luis Loyola)とDeNA常務執行役員技術担当でアルムのVPoEも兼務するnekokakこと小林 篤(こばやし あつし)がDeNA×アルムが描く“医療の民主化”をテーマに対談。
アルムがDeNAとともに目指す未来に、想いを巡らせます。
アルムの先進性と、DeNA Qualityの融合を
小林 篤(以下、nekokak):ルイスさんのご自宅はチリのサンティアゴにあるんですよね。よくアルムの渋谷オフィスで見かけるイメージがありますが(笑)。
ルイス・ロヨラ(以下、ルイス):普段は生まれ故郷でもあるチリに住んでいますが、結構日本にいることが多いですね。マレーシア、アメリカ、ドイツなどの営業拠点に行くこともあります。
nekokak:あらためて、ルイスさんのアルムでの役割を聞かせてもらえますか?
ルイス:アルムの技術面とビジネス面をつなげる“ブリッジ”だと思っています。
CTOとして技術系のトップを務めていますが、チリ法人の代表もしているので、そのつなぎ役の役割がまずあるかなと。
アルムのソリューションは現在累計30ヶ国以上で採用されています。アルムの本社は日本にありますが、日本語、英語だけではなくスペイン語やポルトガル語を使う機会がある。そういう意味では国と国をつなぐ、架け橋の役割もありますね。
nekokak:アルムの前身である、スキルアップジャパン社時代から参画されていたんですよね?
ルイス:昔々の話ですが(笑)。日本では最初にNTTドコモに在籍していて、独ミュンヘンにあるラボにいたりしました。その後、坂野さん(アルム代表取締役社長)に呼ばれて、アルムへ。それが2009年です。
その頃、ちょうど映像配信事業などのどちらかというとエンタメ系のサービスを展開していたスキルアップジャパンが、医療領域の社会課題を解決する事業へと変わるタイミングでした。
nekokak:その事業転換は、アルムの素晴らしい決断だったと思います。
アルムはそもそも、ケーブルテレビやストリーミング配信のバックボーンとなる、映像配信系の優れた技術を持っていた。しかし、そこから一見畑違いの医療系の領域へと事業を変更したんですよね。
もっとも、積み上げていた映像関連の高い技術力をそのまま医療従事者が扱うバイタルデータ(※)や手術動画の配信に活かすことで、極めて解像度が高く、かつセキュアな医療動画や画像の配信を成し遂げてきたと理解しています。
※……バイタルデータ。人間の体温や心拍数、心電などの生体情報を指す。
DeNAは、ゲームやライブ配信サービスのようなエンタメ領域と、ヘルスケアを中心とした社会課題解決領域の2つを事業の柱と捉えています。この両軸でグローバルに出ていくとも明言している。
エンタメのノウハウを活かして医療領域へ飛び出し、さらにグローバルへすでに大きく歩みを進めているアルムの姿勢はお手本にしてもいいですね。
ルイス:ありがとうございます。
一方で、スタートアップであるアルムは組織としての面で未熟なところがありました。急成長する中で、エンジニアリングの運営体制を強固にする間がないまま、走り続けている認識があったのです。
DeNAにグループインしたことで、今、そのような足りない部分を埋めてもらえている実感があります。
nekokak:DeNAからの観点でいうと、アルムのチームは優秀な方が多いし、仕事に向かう姿勢や社内の雰囲気も素晴らしい。ただルイスさんが言うように、DeNAでは当たり前にある「品質管理部」のような部署や、エンジニアにフィットしたキャリアパス、特化したマネジメントがもう少しできるようになるといい気がします。
DeNAグループに入ってもらったことを機に、アルムの今あるよさを活かしつつ、足りない部分を補っていくのが、僕らDeNAの役割だと思っています。
ルイス:加えて、DeNAが持つデータ分析の知見は、私たちのプロダクトを磨き上げるうえで不可欠でした。実際に今、DeNAのデータアナリストやデータエンジニアの方々に出向してもらっています。
アルムの柱となるアプリ『Join』の新しいソリューションやプロジェクトにおいても、大きな役割を担ってくれていますよね。
いつどこにいても、ベストな医療が受けられる世界
nekokak:『Join』は医療従事者専用のアプリなので、そのすばらしさが広く伝わってない面があると思うんです。あらためて、どんなアプリか説明してもらえますか?
ルイス:医療の現場における“アクセシビリティの壁”を無くすことをミッションにつくられたコミュニケーションアプリです。
一般的に使われているメッセージアプリとは違い、ドクターとドクター、ドクターとナース、あるいはドクターと救命救急士といった具合に、医療従事者の方々をつなぐためのツールなんです。
この『Join』を通して、医療のプロフェッショナル同士が、目の前の患者さんの情報、たとえばCT画像やバイタルデータを瞬時にやりとりし、共有できるのです。
nekokak:『Join』が世界中の心疾患や脳卒中の患者さんの命を救うお手伝いができていることはすごいですよね。
ルイス:現在、世界の人々の死亡原因の1位は虚血性心疾患、2位は脳卒中です。この2つの疾患で毎年1600万人ほどが亡くなっていると言われています。
ただ、この2つの疾患とも「血管が詰まる」か「破裂する」かによって亡くなったり、疾患後の手立てが遅れるとQOL(Quality of life※)が下がったりするケースがとても多い。裏を返すと、血管が詰まった段階で、できるだけ早くドクターが診断し、正しく処置をすれば助かる可能性もうんと高まります。まさに『Join』ならそれができるのです。
※……QOL(Quality Of Life)。生活の質を指し、WHOでは「自分自身が生きている文化や価値観。目標・期待・基準・懸念に関連した自身の人生に対する個人の認識」としている。
nekokak:そう、たとえば道端で突然倒れてしまった方がいたとする。近くの人が救急車を呼んだら救急車がきてくれる。ここで、助かったかといえば、そうともいえません。
医療機関を探して搬送、レントゲンやCTを撮影するなどと、ステップをひとつずつ踏んでいるうちに、患者さんの容態が悪化する場合も往々にあり、刻一刻を争います。
ルイス:これまでそのような搬送中のコミュニケーションは電話で行われていました。
電話だと1回につき、1人のドクターにしかコンタクトを取れないので、そのドクターが電話に出なければ、さらに時間が経過してしまう。画像データのやりとりも今まではそう簡単に遠隔地からはできませんでした。
nekokak:それが『Join』ならできる。
現場に駆けつけた救急隊が、すぐに患者さんの容態をチャットで流せば、病院の看護師もドクターも、あるいは遠隔地の脳外科の専門医にもリアルタイムで共有できます。CT画像もアプリ上でブロードキャストで共有しながらチャットでやりとりができます。
「すぐに手術の用意をしたほうがいい」などと、遠隔地にいる専門医の適切な判断が可能になります。
ルイス:従来の医療従事者間のコミュニケーションコストをぐっと下げられる。その結果として、患者さんが倒れてから処置までの時間が一気に短縮できて、助かる確率がうんと上がります。
nekokak:進化したコミュニケーションツールが医療の現場を変え、ITの力で人の命を救える。言葉としてはよく聞きますが、本当にそれを実現しているのは素晴らしい価値提供ですよね。
さらに既存のチャットツールでは、こういった医療のセンシティブな情報のやりとりは、セキュリティ面で難しいのも大きなポイントですよね。
ルイス:そのとおりです。日本ならPMDA(※1)、アメリカならFDA(※2)といったように、医療従事者が使う医薬品や医療機器製品には、厳しい承認審査があり、この厚い壁をクリアする必要があります。
しかし『Join』は、セキュアなシステムとしてつくりあげたことで、この承認を得られました。そして日本で初めて保険診療の適用が認められたのです。
よかったのは、早くから脳外科や心疾患の専門医、あるいは救急医療のプロフェッショナルの方々にご協力をいただきながら開発してきたことでしょうね。
大切なバイタルデータや画像をやりとりするために、担保しなければいけない堅牢性をしっかりと実装しながら、ユーザビリティも相当に高いアプリをつくることができたと思っています。
※1……PMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)。独立行政法人医薬品医療機器総合機構の名称。医薬品・医療機器・再生医療等製品の承認審査・安全対策・健康被害救済の3つの業務を行う組織。
※2……FDA。アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration)の略称。食品などを取り締まるアメリカ合衆国の政府機関。
nekokak:だからこそ、日本だけでなく30ヶ国以上に及ぶ国の医療従事者の方々にも、採用していただけたのでしょうね。
ルイス:そう思います。日本発のプロダクトですが、ある南米のドクターが「『Join』はすばらしく使い勝手がいい」と口コミで広めてくれて、南米各地で一気に広がった例もあります。実際に臨床の現場で使っていただいた方々が、そのよさを実感して広めてくださっているのはとてもうれしいです。
質の高いプロダクトである証しでもあり、誇りに思います。
nekokak:また、多くの患者さんを助けるとともに、医療にまつわる多くの課題を解決するツールともいえますよね。
たとえば首都圏にいると気づきにくいですが、地方ではあらゆる専門医の数が少ない。しかし、『Join』ならば先程言ったように遠隔地と医療情報が素早く共有できるので、たとえば長崎の離島にいながら、東京にいる専門医のアドバイスをスピーディに受けて、処置できる。
いつどこにいても、適切でベストの医療処置を受けられる可能性が高まるわけですよね。よく言われる“医療格差”の解消の一端を担えます。
ルイス:国を超えた連携ももちろんありますよね。
ニューヨークにいる専門医の助言を、ケニアにいる医師が聞きながら適切な処理をする……といったことが可能になります。
nekokak:あと“医療教育”への貢献も大きいです。
遠隔で指導医が若手の執刀医をサポートすることができますし、研修においても名医といわれる執刀医の手術状況をストリーミング配信すれば、まるで同じ手術室で見ているように最新の医療技術や知識を学べます。将来的に執刀医がARグラスを活用するアイデアもありますよね。
また病気治療のニーズは、国の発展段階や経済状況によって大きく異なります。日本を例に出すと、長寿国で高齢化社会でもあるため、ガンや認知症の患者さんが多く、医療ニーズも高い。
しかし、日本に比べて平均年齢が若いチリなどでは今、経済発展の只中で、糖尿病のリスクのほうが課題視されていると聞きます。
ルイス:そうですね。だからドクターにしても設備にしても、あるいは知見にしても、国ごとのリソースに隔たりがあるんです。たとえば糖尿病予防や治療に関しては、チリではこれから益々ニーズが高まる一方で、知見が間に合わないほどです。
nekokak:一方で、日本はすでに糖尿病は数十年前からニーズが高く、知見をもった医師もたくさんいます。この情報格差は国を超えて『Join』でつながれば、極めてスムーズに需要と供給を満たせ、医療資源の有効活用ができそうです。
ルイス:そのとおりです。さらに『Join』がつくりだす価値にはまだまだ先がある。まさにDeNAと一緒に突き進めていきたい未来があるんですよ。
アルム×DeNAで医療の世界を民主化する
nekokak:アルムには『Join』だけではなく、介護や看護領域の従事者をつなげる『Team』、一般ユーザー向けのツールとして、健康や医療記録をデータとしてアプリで持ち歩き、いざというときにスムーズに医療機関に情報を提供できる『MySOS』というアプリも提供している。
それぞれは単体で運用されていますが、今まさにこれをつなげていくためのアクションをしているところです。
ルイス:今春から『MySOS』と日本政府が運営する「マイナポータル」が連携したのは、大きなトピックですよね。
これによってマイナポータルを経由して、自身の薬剤情報や健康・医療情報を取得し、持ち運べるようになりました。
nekokak:本来自身が持つべきはずだった“医療データ”をポータブル化したわけですよね。
そのうえで、先にあげた『Join』などとのデータ連携が進めば、自分がかかった病院に、すぐにそれまでの既往歴がわかるCT・MRIの画像データなどを共有できるようになる。
現状少しハードルが高いセカンドオピニオンを聞きやすくなるのはもちろん、近い将来、そのデータを見て、何かしらのリスクに気づいた医師がいたら『Join』を通して、世界中にいるスペシャリストに問診、あるいはアドバイスを受けることも可能になります。
ルイス:それにAIによるデータ解析を組み込めば、『MySOS』の健康データをもとに、すばやく「こんな病気のリスクがあるのではないか」と事前にアラートを出すことも可能です。将来的にはそれを検知して『Join』や『Team』につなげて、すぐに対処できるようになることも考えられます。
あとはIoTとの連携ですね。手術支援ロボットで知られている「ダビンチ」のようなものとつながれば、さらに遠隔にいても素晴らしい技術の手術を受けられる。早期発見から手術までの期間は驚くほど短縮されるでしょう。
今よりもずっと、たくさんの助かる命が増えると確信しています。
nekokak:医療をより“民主化”することになる。
いつどの国のどの地域にいても、最適な処方を選べるようになる。そんな未来をDeNA×アルムがつくりあげていきたいですね。
いずれにしても私は役員としてだけではなく、いちエンジニアとしても、とてもワクワクする仕事だなとアルムのオフィスにくるといつも感じているんですよ。
DeNAとは違った、まさにスタートアップらしい空気感があって、ひとつのフロアに数十人のエンジニアが賑やかに働いている。そのうえ、やはりグローバルな社会課題、多くの人の命にかかわる使命感ある仕事をしているのは、独特の高揚感があります。
ルイス:ありますね。グローバルでもアルムの正社員は今100人ちょっと。日本はもちろん、オーストラリア、アルゼンチン、インドネシア、フィリピン、パナマ、ポーランド、チリなど、本当に多国籍の人材が働いています。
ダイナミズムに溢れていて、楽しいですね。打ち上げのときも「カンパイ」の言葉がみな違っていたり、いろんな言葉が聞こえてくるんですよ(笑)。
nekokak:(笑)。そうした雰囲気の中で、日本のみならず世界の課題を変えて、未来をつくる仕事ができる。
世界的にも稀有な場所とタイミングだと思うので、ぜひ多くのエンジニア、またそれ以外の方にも仲間入りしてほしいですね。
ルイス:国籍ももちろん問いません!「カンパイ」でも「Cheers」でも「Salud」でも、一緒にたくさん言い合いたいですね(笑)。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:若林 あや 撮影:内田 麻美