2023年4月、DeNAは正社員の勤務制度を見直し、より働きやすい制度を実現させました。
新たに導入したのは「スーパーフレックスタイム」制度。コアタイムがなく、平日と休日の時間単位で勤務日の振替が可能に、社員一人ひとりが自分のライフスタイルにあわせて働く時間を決められる勤務制度です。
「よりDeNAらしい働き方を実装するために、大胆な変更を決断しました。プロジェクトそのものはなかなかハードルの高いものでしたが……」と、ヒューマンリソース本部人事総務統括部の小林 裕樹(こばやし ゆうき)と西田 佳代子(にしだ かよこ)は口を揃えます。
制度導入プロジェクトはどのように進められ、どんな狙いがあったのでしょう?
その足取りからDeNAに根付くワークスタイルの哲学を探ります。
「土日の振替」も「中抜け」も、すべてOK!
――お二人とも、ずっとHR畑でキャリアを歩んでこられたのでしょうか。
西田 佳代子(以下、西田):私はそうですね。新卒では関西のメーカーに入り、人事部で給与や勤怠管理から工場の労務管理などの業務に従事してきました。
結婚を機に「ライフステージが変わってもキャリアを積める場」を求めてDeNAに転職。以来、HRで労務関連の制度設計やM&Aに関する仕事まで手掛けています。
小林 裕樹(以下、小林):私は、最初のキャリアはヤフーでエンジニアからスタートさせました。
ヤフーでいくつかのサービスを手掛けてきましたが、キャリアを考える中で自身の興味と強みを活かしていくために異動制度に手を挙げ、人事へ移りました。そして2020年にDeNAへ転職したのです。
今はその経験も生かして日々、エンジニアの気持ちを踏まえた制度設計、運用をしています。
――そんなお二人が携わったのが、全社的な「スーパーフレックスタイム制度(以下、スーパーフレックス)」への移行です。どのような勤務制度なのでしょう?
小林:スーパーフレックスそのものは、他社でも導入されていて、一般的に「コアタイムがないフレックス制度」のことです。
西田:ご存知のように、フレックスは毎日の始業と終業を含めた働く時間を従業員自身が自由に決められる制度です。朝9時〜夕方5時までなどと、決められた時間帯に働くのではなく、自由度が高い。
ただ、フレックスの場合は「1日のうち、必ずこの時間は働いてくださいね」と、定められたコアタイムが設定されています。スーパーフレックスには、そのコアタイムがありません。
――DeNAならではの特徴はありますか?
小林:大きく2つあります。
1つが土日の扱い方です。平日の勤務時間を「土日に振り替えて働いてもいい」ルールを定めたことです。もう1つが「中抜けOK」を謳ったことですね。
――「中抜け」とは?
西田:たとえば、午前中働いた後、お昼に病院に行くので、3時間仕事から抜けます。その後、15時から改めてまた働くなど。もちろん、その「中抜け」の理由が、家族との食事でも、映画を観るでも何でもOKなんです。
――従来の制度では「土日への振替」も「中抜け」もNGだったのですね?
西田:そうですね。それまでは、労働時間が長くても短くても、実際に働いた時間に関係なく契約労働時間分を働いたことにする「裁量労働制」と、コアタイムのある「フレックス制度」の2制度を混在して採用していました。
裁量労働制も自由度は高いのですが、土日は休日扱いで、働こうとすると休日出勤になりました。また、フレックス制度は先に指摘したとおり、「この時間は必ず働かなければ」とコアタイムがあるうえ、中抜けはできなかったのです。
こうした枠を取り払い、かつてより自由に自分の働く時間を設計できるようにしたわけです。
――なぜ今、このタイミングで、より自由度の高いスーパーフレックスに振り切って一本化したのでしょうか?
小林:大きかったのは、コロナ禍を経て、DeNAのワークスタイルが大きく変化したことです。
この3年で、DeNAではリモートと出社を織り交ぜた、ハイブリッドワークが浸透しました。出社率は約2割ほどで、多くの人が自宅などの好きな場所からオンラインで働いています。すると仕事とプライベートの区切りが難しくなる。
それならば、本当に自由に、それぞれが“自分の働きたい時間”を設定し、かつフレキシブルに変えられる勤務制度が最適だろうと考えました。
西田:さらに、企業として歴史を重ねてきた結果、社員の年齢構成が多彩になり、結婚、出産、育児、介護など、プライベートにおける時間の使い方も、人それぞれ。ライフステージも本当に多種多様です。
そうした、一人ひとりのスタイルにあわせて自由に働ける、そして“新たな挑戦ができるベース”を整えたかった面もあります。
――事業と共にワークスタイルのニーズが多様になったからこその、一本化なわけですね。
小林:はい。また一本化した際に大きかったのが、M&Aによって組織が拡大し、DeNAの事業・業務内容が多岐に渡ったことでした。
特に、このフルスイングでもおなじみの「クロスジョブ制度」や「シェイクハンズ制度」といった“DeNAならではのユニークな人事制度”の存在は、スーパーフレックスへの移行を、大いに後押ししたんですよ。
「裁量労働制×フレックス制度」。併用の課題と功罪
――どういうことでしょうか?
小林:「クロスジョブ」は今いる部署に在籍しながらリソースの30%までなら他部署と兼務できる制度です。また「シェイクハンズ」は自ら手を挙げて、対象先の本部長・事業部長と握手(合意)ができれば直属の上司の承認がなくても気軽に異動できるというもの。
両制度とも社員の可能性を拡張していくための、いかにもDeNAらしいキャリア支援(※)として社内外から好評をいただいています。
西田:先に述べた通り、これまで「裁量労働制」と「フレックス制度」の2制度を混在して採用していたのですが、裁量労働制は法律で、適用できる業務が厳密に決められているんですね。
たとえば、HR領域でも人事の企画を手掛ける業務は裁量労働の適用が可能ですが、給与計算業務だとNG。あるいはエンジニアでも工程によって、裁量労働制が可能か否か、変わってきてしまうのです。
※……DeNAのキャリア支援制度「クロスジョブ」「シェイクハンズ」など、DeNAが展開する各キャリア制度についてのインタビューはこちら。
――本来の所属部署では業務上、「裁量労働制」だけれど、クロスジョブで兼業する部署の仕事は「フレックス制度」だったりする。勤怠管理はもちろん、給与計算なども複雑になってしまうと?
小林:そのとおりです。新規事業が増え、新たな部署もどんどん生まれていく中で、シェイクハンズも含めて、よりダイナミックな異動が増えました。
もちろん、会社として事業を活性化したい。イノベーティブな発想が生まれやすくなり、どんどん推奨している動きです。
しかし、こと裏側を支える勤怠管理や給与面は、2制度が混在していたため、同じ社員にもかかわらず頻繁に変わってしまい、非常に複雑化していました。また、当の社員がこれらを理解し合意に至るまでに、かなりのコミュニケーションコストがかってしまうケースもありました。
西田:HR側としても大変な工数がかかっていました。異動表を見ながら、「Aさんはココとココを兼務していて、新しい部署の業務だと裁量労働制のままでいけるか、法律はどうか……」一人一人を確認して、また給与計算を変えるといった具合です。
――頻繁な異動や、多彩な部署間の兼務制度にシームレスに対応できる勤務制度が必要だった。それを叶えてくれるのが「スーパーフレックスタイム」だったのですね。
西田:そうです。また異動で、裁量労働制からフレックスに変わるときに、何かデフレ(下がる)のイメージを持たれることも少なからずあったんですね。
小林:「裁量」の言葉のイメージが強いというのもあると思います。
実のところ、フレックスでも裁量がなくなるわけではありませんが、自由度と裁量が増したスーパーフレックスに一本化したほうがすっきりと運営できるし、不満も生まれづらいと考えました。
――納得です。課題がそれだけ明確だったならば、制度変更はスムーズに進められたのでしょうか?
西田:いえ、そうでもなかったですね(笑)。
初の試み!全社から意見募集“働く価値観”を議論
――制度変更のプロジェクトで苦労したところは?
小林:我々チームメンバーの中では、比較的早くから土日振替ができ、中抜けもアリの「スーパーフレックスがベストだ」と話がまとまっていました。
ただ、少し輪を広げると、途端、なかなかその良さが伝わらなかったのです。
西田:プロジェクトの中心メンバーは我々を含めて4人だったのですが、直属の上長にプレゼンした時点で、つまずきましたよね(笑)。
「え、土日振替?土日って、そもそもみんな働きたくないよね?」と返されまして。
――なるほど。働き方のベースとなる制度なので、ライフスタイルを含めたワークスタイルにおける、“価値観の議論”にならざるを得ないんですね。
小林:そうなんです。我々プロジェクトチームの4人は、比較的“時間があるなら土日も有効に活用したい”タイプだったんです。
西田:特に私は今、土曜日に娘の習い事の付き添いで、時間が縛られながらも手が空く数時間があるんですね。その間に、少しでも仕事を進めたい。むしろ、平日は子どもたちが帰宅する夕方早めには仕事を繰り上げたいので、自由度の高いフレックスだと働きやすいなと思いました。
一方で、上長の意見もよくわかります。そもそも学校も役所も土日がデフォルトの休日。土日はしっかり休息をとる、という考え方が社会の根底にありますからね。
このように、価値観と自分の置かれた状況によって、制度の捉え方は全く違ってくる。経営会議で提案する際や、他部署へのヒアリングの時点でも、そうしたハードルを都度感じました。
――どのように、そのハードルを超えたのですか?
西田:できるだけ具体例を伝えるようにしました。身近な例で伝えるのが一番わかりやすいし、自分事化できるなと。
「平日働く分を土日にして自由度を……」と訴えるだけではなく、「通院しているBさんは平日にどうしても数時間、病院に行く必要がある。逆に病院が休みの土日は自由に時間が使えるのでスーパーフレックスならば平準化できる」などと。
あるいは「土日をしっかり休みたいCさんは……」といったように、多種多様な価値観とライフステージの違いによって、いかに働き方のニーズが違うのかを、リアルに伝わるように擦り合わせていきました。
――丁寧に一人ひとりの顔が見えるように、制度のメリットを伝えたのですね。
小林:実際のスケジュールを図表にして、振替勤務を使った場合の例を視覚化するなど、ビジュアルで大掴みしてもらうことも意識しました。
スピーディに自由度が高いからこそ、多様なワークスタイルに対応できることが伝えられたと思います。
――他には、どんなハードル、もしくは意見がありましたか?
西田:「今の制度で満足しているのになぜ変えるの?」という声もありましたね。
裏を返すと、DeNAは働きやすさを常に意識して、制度や施策を打ち続けてきた。アンケートをとっても働き方に関しての従業員満足度が高いので、そういう声も多かったんです。
ただ、マジョリティの方々からは抜け落ちる、多様な意見もあるので、やはりそこも丁寧に伝えました。また「決して今より悪くなることはない。今、不満や不足を感じている方にもメリットがあるんですよ」と、伝える努力を重ね続けました。
小林:中には、いかに短い時間で、最大のアウトプットを出すかに価値を抱いて働いている方もいまして。また、労働基準法36条(36協定)を超えることはないが、考え方として、スーパーフレックスになることで、さらに時間を意識するような働き方になるのではないか?という意見もありました。
西田:まさに裁量労働制の良い点でもありネガティブでもある部分、社員の健康面や労働時間管理面にもリスクがあることが浮き彫りになり、その理解もしていただくような説明を、途中からは入れるようにしました。
――初めて全社員に向けて意見を求める試みもされたそうですね。
西田:はい。これまで話してきたような、これまでの制度の課題とニーズ、そもそもDeNAが考えている働き方の思想、そして「土日振替」などの具体的な事例などを多角的に伝える動画を作成して展開しました。
その後、Googleフォームで意見を求めると、約200名、全社員の13%ほどの方から声をいただくことができました。
ここでも本当に多彩な意見をいただけて、DeNAに根付く“発言責任”も垣間見られました。こうして、全社的に積極的で建設的な議論ができたし、制度を磨き上げることにもなったと思っています。
――まさに全員参加でつくりあげた「スーパーフレックスタイム制度」ですね。そういえば、コアタイムはないが、“平日の11時~14時は勤務推奨時間”と銘打ったそうですね。この狙いは?
西田:個人の自由を大いに尊重する制度ではあるのですが、やはり互いに会議や相談をしたいタイミングもある。その際に、“つながりやすい時間”はあったほうがいいという声を反映させました。
一人ひとりが自分の裁量を自由に発揮しながら、チームとしてのつながりも大切にして、バランスよく成果を出していこうというメッセージです。
――とてもDeNAらしい、バランスのとれた勤務制度が完成しましたね。
小林:そうですね。ただ、完成ではない。
働き方や制度のニーズは、これからもDeNAの状況によって変わって然るべきだとも考えています。これからも新制度を推し進めながら、柔軟に。そのときどきで働きやすく、よりよい制度を見直しながら、引き続き磨き上げていきたいですね。
※本記事掲載の情報は、公開日時点のものです。
執筆:箱田 高樹 編集:若林 あや 撮影:小堀 将生